第55話 似たもの同士

「昼休みに話がしたいって、ミインで連絡して来て。いきなりどうしたんだ? 」


「…うん。いきなり連絡して、ごめんね」


 石井の疑問に、聖羅は俯きながら弱々しく答える。どこか落ち着きも無い。緊張でもしているのだろうか。


「まあ、いいけど。俺も居心地の悪い教室から逃げることが出来たし」


 特に怒ることも無く、石井は周囲を見渡す。周りに他の人が居ないか、確認するためだろう。


 今は昼休みは始まったばかりだ。そのため、全ての教室が生徒達の声で溢れ、騒がしい。


 そんな中、聖羅と石井は4時間目の終了のチャイムが鳴ったと同時に、それぞれの教室を抜け、前もって決めていた集合場所に集まった。聖羅から話を持ち掛けたのだ。


 場所は普段から人気の全くない空き教室を選んだ。この空き教室は、昔使われていた教室である。現在は一切使われていない静かで虚しい部屋だ。


 ちなみに、例の女子3人から瑞貴がいじめを受けた空き教室とは異なる。聖羅と石井が利用する空き教室は別物だ。


「あのね。前にあたしは和久君にしたよね」


 タイミングを図り、顔を上げて真剣な目で石井を見据え、聖羅は衝撃の事実を口にする。


 この事実は聖羅と石井しか知らない。


「…うん。そうだったな」


 特に何かを気にした様子も無く、たった今にでも思い出したように、石井は淡白に答える。どうやら石井は聖羅の告白を軽く捉えているようだ。表情や口調から推測できる。


 そんな石井の配慮の無い言動に、聖羅は分かりやすく眉をひそめる。少なからず、不快感を抱いたのだろう。


 しかし、すぐに普段の顔に戻し、話を続ける。


「あたしは天音君のことは全然好きではなかった。彼氏が居ない期間が耐えられないから、陰キャで付き合えそうと思えたから、わざわざ告白までした。告白は成功して、付き合うことになった」


 つらつらと今まで明らかになっていなかった事実を、聖羅は捲し立てるように述べる。話は、ここで終わらない。


「でもある日、和久君からのアピールを受けて、天音君のことなんてどうでも良くなった。元々、天音君のことは1ミリも好きじゃなかったし、和久君の方が比べ物にならないほど魅力的だったから。それで、何回かデートしてホテルにも行った。初めても捧げた。でも、和久君は好きな人達が居るからと、あたしの告白を断った。でも、今は違うよね? 」


「は? それはどういうことだ? 意味が分からない」


 聖羅の紡いだ最後の言葉を理解できず、額にしわを寄せながら、石井は疑問を呈する。


「最近、あたしと和久君は学校で気まずい思いをしている。それこそ他の生徒達が全員敵に見えるぐらい。それが、あたしにとって苦しくて仕方がないの。…本当に」


 全てを諦めたように、聖羅は目を合わせないように下を向く。まるで過去の行いを後悔しているみたいだ。だが、時は進んでも遡ることは出来ない。そういった点で人生は残酷だ。


「だから、あたし達の身を守るために付き合わない? 和久君にとっても悪くない提案じゃないかな? もちろん、あたしにもメリットしかない。付き合うことで学校内でたった1人の頼もしい味方を作れて、心の拠り所が出来ると思うけど」


「……」


 聖羅の提案に即答できず、石井は黙って口を噤む。


 正直、石井は聖羅のことを好きではない。異性としては見えるが、どうしても遊びの女としか見えない。石井の好意は、ある女子達にあった。そのため、告白を断りたい気持ちが強くなる。


 だが、聖羅の言い分も一理あった。お互いにメリットがあり、これからの学校生活を少しでも楽に過ごせる未来が見えた。


 そして、自身の気持ちと告白を受け入れた上で得られるメリットを天秤に乗せた結果、1つの決断を下した。


「わ、分かった。そうしよう。俺達の今後の学校生活のためにな。今日からお前と付き合うよ」


 少しでも学校で自分の身を守ることを優先し、石井は告白を受け入れる。自身の気持ちを無視し、押し殺した。


「ふふっ。ありがとう。嬉しい!! やっと彼氏ができたよ。しかも前の彼氏よりも圧倒的にイケメンで魅力的な彼氏がね」


 先ほどまでの暗い空気とは打って変わり、聖羅は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。


 心の底から彼氏が出来、しかも石井と付き合えたことを喜んでいる様子だ。


 あれだけ颯に執着していたのに、すっかり元カレの存在などを忘れ去ったような言動を取る。


 おそろしい女である。


 しかし、この時には聖羅と石井は知らなかった。これから彼らにとって、厳しく破壊的な道を歩むことになる。

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