第54話 復縁の希望

 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン。


 1時間目の授業の終わりを告げるチャイムが、校内全体に響き渡る。


 チャイムが鳴り響く間に授業を終わらせ、教員は教室の前の戸から退出する。


 教室の戸が完全に閉まったと同時に、生徒達から緊張感が、弾けるように抜ける。


 大きくあくびをする者、友人と雑談する者、トイレに行く者など、生徒達は自由にする。


 颯は眠そうに目をこすりながら、1時間目に使った教科書やノートを机の中に仕舞う。


「ちょっといい? 」


 次の授業の準備に取り掛かる颯に、様子を窺い、聖羅が声を掛ける。


 以前までの明るい雰囲気は消え失せ、ダークなマイナスのオーラがプンプン漂う。


 精神的に問題を抱えている感じがする。


「伊藤さん。…悪いけど、伊藤さんと話すことは何もないよ」


 目を合わせず、そっぽを向きながら、颯は聞く耳を持たない。


 言葉通り話すことは無く、正直に言えば会話すら交わしたくなかった。


 時間が経過しても、颯にとって聖羅は浮気した元カノである。


 良いイメージは決して無い。聖羅に対して悪いイメージしか無い。聖羅の言葉をどうしても信じることが出来ない。何事かと疑ってしまう。


「そ、そこをなんとか! ちょっとだけでいいから! ねっ」


 慌てた様子で、颯に顔を近づけ、頼み込む聖羅。そのせいで、颯の顔の近くに、聖羅の顔が接近する。


 浮気した元カノの顔が、近くに飛び込み、不快感を覚える。


 聖羅の顔は整っており、付き合ってる間は、魅力的に映っていた。だが今は違う。


 目に入れたくない衝動に駆られる。そのため、聖羅の顔を視界に入れることを避けるため、分かりやすく距離を取り、目を逸らす。


 隠さずに、嫌悪感を露わにする。心の中では今すぐでも離れて欲しい気分である。


「お~す。颯、会いに来たぞ! ——— おい! 何やってたんだ!! お前!!! 」


 ベストタイミングと言うべきか。休み時間なため、少しでも颯と一緒に過ごしたい遥希が2年6組の教室を訪れる。


 目の前に映る光景を目にし、ダッシュで駆け寄り、遥希は颯と聖羅の間に割って入る。そして、聖羅を強引に颯から引き離す。


「ちょ、何するの。乱暴にしないで」


 苛立ちを隠さず、冷たく小さな声で、聖羅が不満を口にする。目は鋭く、遥希を睨み付ける形だ。


「うるさい! 黙れ!! 浮気して裏切ったクズ野郎が、颯に接近していれば、そうせざるを得ないだろう。そんなことも分からないのか? 」


 明らかに不機嫌な聖羅に一切怯えず、遥希は躊躇い無く言い返す。


 そんな遥希の強気な態度に、その場から逃げるように、聖羅は後ろに下がる。遥希に圧倒されている。


「颯君、遥希ちゃん。どうしたの? 」


 遥希のちょっと後に入室した瑞貴が、何事かと颯の席まで足を運ぶ。


「ああ、瑞貴か。このクズ1号が、何を考えたか知らないが。颯に接近してたんだ。颯が嫌そうにも関わらず、不用意に顔まで近づけてたんだぞ。信じられるか? 」


 苛立ちを抑えられず、口調を荒らし、遥希は事情を瑞貴に説明する。


「へぇ〜〜。それは遥希ちゃんが怒るのも無理ないね。それにしてもムカつくね。目の前の女子は自分の立場を分かってるのかな? もしかしてバカなの? 」


 おっとりした口調は残しながらも、淡々と相手の傷つく言葉を、瑞貴は紡ぐ。遠慮は全くない。


「私も、それは思った。バカなのかと。それと、もしかしたら、神経が狂ってるのかもしれんな。常人とは違った感覚を持っているのかもしれん。だとしても、許せる行為ではないがな」


 瑞貴に便乗し、遥希も言いたい放題だ。まるで聖羅の人権など完全に無視しているかのようだ。


「な、なんなの! あなた達2人、あたしの邪魔ばかりして!! 今は、あたしと天音君の間での掛け合いなんだから。関係ない人間は入ってこないでくれる!! 」


 怒りが限界を突破し、溢れるように、聖羅は叫ぶように大きな声を上げる。胸中は穏やかでは無いようだ。乱れに乱れている。


「いや、関係あるぞ」


「うん。関係あるね。大アリだね」


 聖羅の言葉を特に気にした様子も無く、遥希と瑞貴は平然と答える。


 そして、如何にも自然な形で遥希と瑞貴は、各々で颯の両腕に抱きつく。以前と同じで、遥希が右腕、瑞貴が左腕を確保する。


 当然、遥希と瑞稀の豊満な胸が、颯の両腕を挟む。


(やばい。流石にやばいって。柔らかすぎるし、心地もいいけど。いけないことしてるって!! )


 そのおかげで、颯の心臓はドクンッと大きく跳ね、興奮とと共に、理性がゴリゴリと削られる。


 颯の心の状態など、お構いなしに聖羅にこれでもかと見せつけるように、遥希と瑞貴は颯の腕をガッシリとホールドする。


 それから同時に、はっきりと言い切る。


「颯は私の大事な男だから」「颯君は、うちの大事な男の子だから」

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