那由多の愛
有理
那由多の愛
「那由多の愛」
愛してるなんて、簡単に言わないで。
高梨 志麻(たかなし しま)
南 那由多(みなみ なゆた)
高梨N「彼女は言う。」
南「私の愛は重すぎるから。」
高梨N「滑らかに首をなぞりながら。」
南「重くて重くてきっと潰しちゃうよ。」
高梨N「馬乗りした彼女は、言う。」
南(たいとるこーる)「那由多の愛」
______
高梨「ん。コーヒー。」
南「わあ、ありがとうございます。いただきます。」
高梨「進捗どうですか。」
南「まあまあですよ。予定通り。」
高梨「さすが。」
南「部下が優秀なもので。」
高梨N「ゴールドの電子タバコを仕舞い、差し出したコーヒーを器用に片手で開ける。華奢なピアスと長いまつ毛。いかにもデキる女、南 那由多は俺の後輩だ。」
南「あれ?高梨先輩の分は?」
高梨「さっき打ち合わせでも飲んだから。」
南「へー。わざわざ買ってきてくれたんですか。」
高梨「泣き顔、みてやろうと思って。」
南「誰の?」
高梨「ん。」
南「私?」
高梨「そ。」
南「あはは、そりゃあ残念でした。」
高梨「あたられてたろ。部長に。」
南「馬の耳に念仏。」
高梨「それ意味違うぞ?」
南「まあまあ。奥さんと揉めたんじゃないですかね?その八つ当たり。慣れたもんです。」
高梨「慣れるもんじゃないんだけどな。」
南「いいんですよ。女なのにキャリアアップしてる、っていうあの人にとっては憎たらしい的なんですから。」
高梨「良くないんだけどなー。そういうのは。」
南「自己犠牲?ってわけでもないからいいんですよ。」
高梨N「俺はそうやってカラッと笑う彼女が好きだった。」
南「高梨先輩こそ、そっちのプロジェクト。デザイン担当してるの佐藤さんなんでしょ?」
高梨「ああ。そう。」
南「あの人愛想もないし頑固だから大変でしょ。」
高梨「まあなー。でも、最近プライベートでごたついてるみたいで、代理の人がよく来るよ。」
南「へー。結婚したばっかりなのに。」
高梨「人事の槙野。」
南「ああ槙野さん、驚きましたよね」
高梨「うちの会社、槙野の親父さんの傘下に入るって噂。」
南「他部署も大変そうですね。」
高梨「他人事か?」
南「ははは。」
高梨「あ、今日の夜とかどう?久々に一杯。」
南「あー、いいですね。」
高梨「だろ?最近お前捕まらなかったし。」
南「あ。でも明日だと助かります。」
高梨「先約?いや、明日でもいいんだけどさ。」
南「はは。じゃあまた連絡します。」
高梨「ああ、うん。」
高梨N「彼女とは高校生の時知り合った。2つ下の後輩。よく話すようになったのはお互い大学生になってからだった。ほぼ飲みサーと化していた文藝サークルで再会し意気投合してよく飲みにいった。」
南「えー?高梨先輩彼女いないんですか?」
高梨N「けらけら笑う彼女が、3件目に差し掛かったいつも通りの飲み会を特別に変えていく」
南「じゃあー先輩の彼女にでもなろーかなー」
高梨N「生唾を飲む音が俺の体内で響いた」
南「なーんて。はは、じょーだんです」
高梨N「今でも思い出す。彼女のビールを流し込む喉の動きと」
南「私の愛は重いからー、先輩なんて潰しちゃいますよ。」
南「ね。先輩。」
高梨N「傾げた首。一瞬の無音。俺が声を発する前に酔い潰れたサークル仲間が割って入ってきた。言いそびれた言葉を今でも俺は言えないでいる。」
高梨N「行きつけの居酒屋で夜ご飯代わりの晩酌を済ませて明日はどこに行こうかと考えながら帰路につく。近道だからとホテル街を抜ける。聞き慣れた声に思わず振り返った。」
南「ありがとうございましたー。」
高梨「…なゆ、た?」
南「あ、れ?先輩」
高梨「お前、何して」
高梨N「彼女が男と出てきた建物は高級風俗店だった。」
南「…先輩こそー。こんなとこで何してるんですか。」
高梨「俺は、ここ通ると家近いから」
南「へー。」
高梨「那由多お前」
南「あははー。見られちゃったか。」
高梨「…ちょっと来い」
南「あ、ちょっと待って。着替えてくるから。」
高梨「…」
南「逃げたりしませんから。何ならついてきます?」
高梨「分かったよ。」
南「じゃ、」
高梨N「バツが悪そうに苦笑いしながら彼女は店に戻って行った。ものの数分で昼間に見たベージュのスーツをきた彼女が片手を上げて戻ってきた。」
南「お待たせしました。」
高梨「早かったな。」
南「シャワー済ませてたし、本当に着替えるだけだったんで。」
高梨「…どっか場所変えるか。」
南「うちでもいいですよ。近いし。てか、ご近所さんだったんですね。」
高梨「いや、外でいい」
南「そうですか?」
高梨「…いくぞ。」
高梨N「ホテル街を抜け、1番手前にあったバーに入店した。彼女の手首を掴み半ば引きずるようなスピードで。バーテンダーに察されたのか、奥のカウンターへと案内された。」
南「…先輩ってば強引なんだから。手首、そろそろ痛いんですけど?」
高梨「ごめん。」
南「あ、甘くないロングでおすすめ下さい。先輩は?」
高梨「お前、飲む気か。」
南「ここにきて飲まないのは不自然でしょ?」
高梨「…ジンフィズを。」
南「あれ?ウィスキーじゃなくて?」
高梨「ゆっくり飲んでる場合じゃないだろ。」
南「えー。私あの丸い氷好きなのになー。」
高梨「…」
高梨N「カラッと笑う彼女が好きだった、なのに。」
南「…がっかりしました?」
高梨「…」
南「…そうでもないか。」
高梨「いくらだ」
南「へ?」
高梨「金に困ってんだろ。うちの会社副業禁止だし、表立って普通の副業できないからだろう。金くらい俺が貸してやる。いくらだ。」
南「はは、先輩らしい」
高梨「那由多。俺は真剣に」
南「あれは趣味です。」
高梨「し、趣味…?」
南「友人の店です。お金は貰ってませんよ。まあ、たまーにチップーとか言ってちょこっと貰うことありますけど。」
高梨「…ちょっと、ちょっと待て意味が」
南「あーあ。先輩に見られたのはちょっとショックだったなー。1番知られたくない人に1番にバレちゃった。」
高梨「何を」
南「“依存症”。そんな名前付けられてますけど私にとってはただの趣味ですよ。」
高梨「依存、」
南「はは。狂ってるでしょー。私もそう思いますよ。薬物療法とかも試したんですけどね。即効性なくて続かなくて。」
高梨「いつから…」
南「…大学、かな。おかしいなーって思ったのは。」
高梨「…全然気付かなかった。」
南「そりゃそうでしょ。バレてちゃ恰好の的じゃないですか。」
高梨N「ケラケラ笑っている彼女の目は、1ミリも笑っていなかった。コースターに置かれたモヒート。飾られたミントを取り俺のグラスに乗せる。」
南「忘れてくれません?ミントあげるんで。」
高梨「どういう理論だよ。」
南「ああ、言い方が悪いですかね。」
南「放っておいてくれませんか。今まで通り。」
高梨N「突き放された言葉はギリギリと胃を刺激する」
南「私の愛は重すぎるから。こうやって発散しないとぶっ壊れちゃうんです。」
高梨「発散って」
南「だって行為中なら、とりあえず許されるでしょ。とりあえず愛されてる気になるでしょ。だから」
高梨「俺は嫌だ。」
南「いや、」
高梨「俺は、嫌だ。」
南「…」
高梨「前も言ってたな。お前。愛が重いとかなんとか。俺、お前の価値観は分かんないけどさ、そういう、行為じゃなくて、もっとなんか方法があるんじゃないかって」
南「…ないですよ。」
高梨「決めつけるなよ。」
南「じゃあ先輩、代わりになってくれるんですか」
高梨「な、」
南「顔も名前も知らない奴の代わりに、なってくれるんですか。」
高梨N「生唾を飲む音が俺の体内で響く。脳裏にちりつくモヒートを流し込む喉の動き。」
高梨N「傾げた首。一瞬の無音。」
_________
南「うわー。広いですねー。モデルハウスみたい。」
高梨「よく分かったな。モデルハウスだよ。」
南「え?」
高梨「モデルハウスそのまま買ったんだ。」
南「ずぼら。」
高梨「お前に言われたくないな。」
南「別に私の家でも良かったんですよー?同棲するなら。」
高梨「嫌だな。お前の部屋は汚すぎる。」
南「たかだかシンクにカップ焼きそばのゴミがあったくらいで。」
高梨「それだけじゃなかっただろう。テーブルの上も空き缶だらけ、寝室以外は目も当てられなかった。」
南「寝室片付けたのは先輩でしょ。」
高梨「当たり前だろ!寝られるか!あんな部屋!」
高梨N「あの夜。俺は彼女を受け入れた。」
南「うわ!先輩これ高そうなグラス」
高梨「高いんだよ。江戸切子っていう」
南「えど きりこ 女ですかそれ。」
高梨「…もういい。」
南「でもこれきれー。」
高梨N「バーを出て生き急ぐように彼女の家に雪崩れ込みそのまま抱いた。依存症と言うわりに呆気なく終わった行為に拍子抜けしていたら」
南「付き合うなら同棲したい。」
高梨N「そう上目遣いで頼まれた。」
南「先輩?聞いてます?」
高梨「ああ、何?」
南「やっぱりやめときゃよかったなー、とか考えてます?」
高梨「いや。」
南「…。」
高梨「そういえばお前荷物は?」
南「これだけです。」
高梨「スーツケース一個?」
南「はい。」
高梨「家にあったものは?」
南「別に思い入れとかないんで。明日業者に頼んで処分してもらうつもりですね。」
高梨「何ていうか…」
南「ああ、でも先輩に追い出されたら困るからしばらく契約したままにしようかな。」
高梨「やなこと言うな。」
南「だって。」
高梨「解約して問題ない。」
南「へー。」
高梨「信用ないみたいだな」
南「そんなことないですけど…」
高梨「じゃあ、それでいいだろ。俺が追い出すことはないよ。」
南「そんなことはないでしょ。」
高梨「お前ビールでいい?」
南「あ、はい」
高梨「とりあえず、明日も仕事だろ。なんか適当に作るわ。」
南「料理できるんですか。」
高梨「まあ、簡単なものなら。」
南「高スペック」
高梨「その辺収納空いてるから適当に荷物しまっとけよ。」
南「はーい」
高梨N「カラッと笑い彼女はスーツケースを開き始めた。いつかこんな日がくれば幸せだろうと想像していた光景。鼻歌を歌いながら着々とクローゼットに移していく。彼女はたまにこちらをみては首を傾げる。」
南「高梨先輩?」
高梨「オニオンスープでいい?」
南「玉ねぎ嫌いです」
高梨「知ってて聞いた。」
南「性格わるーい」
高梨N「ケラケラ笑う。この時の俺はまだこの先訪れる出来事を想像すらしていなかった。」
_____
南「先輩」
高梨N「付き合ってから彼女が風俗に行くことはなくなった。」
南「高梨先輩。」
高梨「那由多、ここ一応会社。」
南「耳打ちでもいいから。今言って。」
高梨「…好きだよ。」
南「…はあ、」
高梨N「“好き”という言葉を執拗に欲しがる。会社だろうが家だろうが外出中だろうが関係なく強請る。初めの頃は照れ臭かったが、どうやらそういう簡単な話でもないようだった。」
南「先輩、今日打ち合わせの後残業しますか?」
高梨「ああ、打ち合わせの後はそのまま帰るよ。家で少しだけ仕事するかな。」
南「私もミーティング終わったら残業せずに帰ります」
高梨「そうか。…あれ、俺今日打ち合わせあるって話してたっけ?まだボードにも書いてないけど」
南「…ああ前言ってた気がして。」
高梨N「薄々感じる“束縛感”。いつも綺麗だったはずの彼女の指先が日に日に爪は欠けネイルもボロボロになっていた。」
高梨「那由多、お前爪」
南「…あ。これは」
高梨「そうだ、これ。使えよ。」
南「ネイルオイル」
高梨「取引先のテスターで貰ったんだ。」
南「…女ですか。」
高梨「いや女性のスタッフもいたけどくれたのは」
南「先輩っ!」
高梨N「ひび割れた声がフロアに響き渡る」
高梨「ちょ、すいません。那由多ここ会社、」
南「っ、」
高梨「部長、すみません、南借りますね」
………
南N「ぽたり、と、シルクに落ちた黒いインクはじわじわ滲んで広がっていく。やっと手に入れた、だから大事に大事にしなくちゃ。汚い手で触れないように、嫌われないように、大事にしなくちゃ。そう、決めていたのに。」
高梨「ジンフィズお願いします」
南「またお洒落なやつー」
高梨「俺バーたまに行くんだけどさ、店によって味変わるんだよコレ。」
南「へー。誰と行くんですか?バーなんて」
南N「大学は3人目のお父さんの勧めで入学した。母がいない日は私のベットで一緒に朝を迎える、そんな父親。3人目も2人目も決まって同じだった。そして必ず口にする、“愛してる”。愛なんて、汚くて最低だ。軽率で、誰もが快楽のために言う言葉。なのに、」
高梨「…1人、だけど。」
南「さみしー」
高梨「バーはそういうとこなんだよ!」
南「先輩かっこいいのに、モテないんですか」
高梨「う、うるさいなお前」
南N「なのに、どうして目の前の男は手を出さないんだろう。今この店にいる他の奴、カウンターで潰れてるあいつも抱いた、女を口説いているあの男も、あの女も、あれも。私が近づけば、もれなくそういうコトを期待した。」
南「えー?高梨先輩彼女いないんですか?」
高梨「そうだよ。悪いか。」
南「じゃあー先輩の彼女にでもなろーかなー」
高梨「っ、」
南「なーんて。はは、じょーだんです」
南N「鎌でもかけてやろうか。そうしたら、どうせ手を出すんだ。」
高梨「…」
南「私の愛は重いからー、先輩なんて潰しちゃいますよ。」
南「ね。先輩。」
南N「その後、何度も会って何度も話したのに高梨先輩は全く動じなかった。この人なら、この人なら、本当の純粋であたたかくてずっとずっと欲しかった本物の“愛”を私にくれるんじゃないか。そう、思うようになった。」
南N「先輩を追いかけるたび、私の中で高まる焦燥感に苦しくなった。先輩が他の女と話しているのを見ると胸が焼かれるようで、酷く喉が渇いた。その晩家に来た父親に抱かれてる間だけ、ほんの少し満たされた気がした。先輩を重ねてシたからだ。“愛してる”今まで大嫌いだった言葉が真珠のようにキラキラして聞こえた。だから私は友人に頼んでそういう場所に置いてもらった。」
…………
高梨「那由多?」
南「っ、」
高梨「落ち着いたか?」
南「…はい」
高梨「…まだ顔色悪いな。今日は早退しろ。俺から部長に頼んでやるから。」
南「先輩は、」
高梨「俺も打ち合わせ終わったらすぐ帰るよ。なんなら今家まで送って行く。」
南「…」
高梨「…お前、最近どうしたんだ。」
南「…別に、どうも、」
高梨「那由多、今日の夜ちゃんと話し合おう。」
南「…はい」
高梨N「家に着くまでの間、小刻みに震える彼女の肩を抱いてやることしかできなかった。」
高梨「…瀬尾さん、ごめん。今日俺先上がるわ。」
瀬尾「あ、はい!残りは私達でも大丈夫そうなので!南さん最近調子悪そうでしたもんね。」
高梨「あ、そっちのプロジェクトでもそうだった?」
瀬尾「はい。ここ最近特にクマもひどいですし、ボーッとしてる事も多くて。」
高梨「…クマ」
瀬尾「結構コンシーラー厚塗りしてるみたいだから男の人は分かんないかもです。」
高梨「…教えてくれてありがとう。なんかあったら連絡して。」
瀬尾「はい!お疲れ様でした。」
高梨N「リズムを刻む電車の中、気持ちだけが先走る。たった二駅がやけに遠い。定時より早く会社を出たのは何年ぶりだろう。街はまだ活気付いたままだ。」
高梨N「泣いていないだろうか、と。ただそれだけを考える帰路はいつもより、ずっとずっと遠かった。」
_______
南「あ、れ?先輩?」
高梨「…。帰ったのか。」
南「先輩こそ、早い。」
高梨「仕事、抜けてきたからな。」
南「…」
高梨「…どこ、行ってたんだ。」
南「…別に」
高梨「心配したんだぞ。電話も繋がらないし。」
南「…ごめん、なさい。」
高梨「謝って欲しいわけじゃない。」
南「…」
高梨「どこに行ってたんだ。」
南「…何となく察しついてるでしょ。」
高梨「…。」
南「合ってるよ。そこで。」
高梨「那由多」
南「仕方ないじゃない。私重すぎるから。」
南「毎日毎日不安なの。一緒にいるのに、いるはずなのに。私の中は先輩でいっぱいなのに、先輩は違うでしょ。部署まで押しかけて監視しちゃう自分が、嫌で嫌で堪らない。先輩のスケジュール盗み見ちゃうことも携帯チェックしちゃうことも、全部全部。」
高梨「那由多…」
南「愛されたいって、愛されたいって欲しがるばっかで、何で、私」
高梨「那由多。話そう。」
南「でも、私、」
高梨「那由多。」
高梨「ハーブティー、淹れるよ。」
南「…」
高梨「ここ最近、俺も仕事ばかりでちゃんと向き合えてなかった。」
南「っ、そんなこと」
高梨「ほら、まだ熱いから。気をつけて。」
南「ごめん、なさ」
高梨「那由多。愛してるよ。」
南「っ、」
高梨「那由多。愛してる。」
南「…」
高梨「うーん。どうすれば伝わるんだろ。」
南「伝わってるよ。」
高梨「そう。」
高梨「俺は、顔も名前も知らない奴の代わりになったつもりはない。あの日からずっと。」
南「それは、同情ですか。」
高梨「違うよ。ほら、伝わってない。」
南「伝わってる、頭では分かってる。」
高梨「…じゃあ何が足りないんだ。」
高梨「俺は、全部受け止めるよ。潰れたっていい。顔も名前も知らない奴に、渡す気なんてない。」
南「…でも」
高梨「那由多。」
南「…」
高梨「重くて何が悪い。」
南「せんぱ」
高梨「ぜんぶ、くれないか。」
南N「ぎし、と黒いソファーが鳴く。さっき発散したはずのどす黒い何かが胃の奥からまた湧き上がる。」
高梨N「昼間は無かった首の痕。赤紫色のそれが俺を焚き付ける。」
南N「内腿に当たる熱い感覚」
高梨N「首を這う彼女の指」
南「…あい、してる」
高梨N「そう聞こえた瞬間、彼女の動きが止まった。」
高梨「那由多?」
南「あ、」
高梨「那由多、どうし」
南「わ、たし、」
高梨N「ぼたぼた落ちる、大粒の涙。それとは裏腹に上がっていく口角。」
南「私、私、はじめて言った。愛してるって、はじめて、」
高梨「うん。」
南「嘘じゃないよ、本当に」
高梨「分かってるよ。」
南「言わないように、してたのに」
高梨「なんで?」
南「愛なんて、綺麗なわけないから」
高梨「…綺麗じゃなくてもいいだろ?」
南「でも、」
高梨「俺も愛してるんだから。」
南「でも、」
高梨「那由多。怖くなくなった?」
南「え?」
高梨「涙、止まったから。」
南「…うん。」
高梨「うん。…首、くすぐったいんだけど。」
南「ねえ、今死ねたら、どんなに幸せだろうね。」
高梨「ううん。生きてる方がもっと幸せだよ。」
南「嘘つき」
高梨「嘘じゃない。」
南N「愛なんて、汚くて不誠実で最低だ。」
高梨「那由多、愛してるよ。」
南N「それでもこの一瞬が煌めいて見えるのは、量らずしも愛のおかげだろう。」
____
志麻「あっ、那由多!首やめろって、」
那由多「締めたくなるんですよねー。ついつい」
志麻「あーあ。またネクタイ結び直し…」
那由多「ね。高梨先輩。」
志麻「もう、お前も高梨だよ。」
那由多「…そっか。」
志麻「それで?なに?」
那由多「ありがとう」
志麻N「純白の彼女は、カラッと笑った。」
那由多の愛 有理 @lily000
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