復活おめでとうのお祝いと、幼馴染からの求婚ふたたび(終)
「「「おめでとうございまーす」」」
その場の全員で声を合わせて乾杯した。雪はすっかり解け、柔らかな日差しが降り注ぐ庭では、大きなテーブルにたくさんの料理が並ぶ。せっかく来てくれた皆の為に、肉料理もたくさん用意してある。
うちのお祝いに欠かせない、薄切りの鶏肉に細切れの端肉や内臓、穀物、卵などを混ぜて包み油で揚げた料理も、ちゃんと並んでいる。これはコレントが配合したスパイスが効いていて、いくらでも食べれる。
皆が笑顔で料理を取り分けて笑顔で口に運んでいる。今日の料理はコレントと彼の師匠が腕を振るった。
そう、ついにコレントは師匠を得た。
夏にライニール領でコレントに料理を教えてくれた料理人だ。彼は長年、ライニール家で料理長を務めて来たけれど、年齢を理由に引退しようとしていた。そこを、コレントが頼み込んで王都の私たちの家の料理人として迎える事になった。コレントの師匠になる事も引き受けて頂けた。
「この子は、新しい味を生み出す料理人になれるよ」
師匠の方も、コレントの将来を楽しみにしてくれているようだ。
コレントは、来月から高等部に入学する。迷ったようだけど、高等部を卒業した後に料理の学校に通うかどうかを師匠と相談して決めると言っていた。
師匠とコレントが腕を振るった料理を毎日食べる事が出来るなんて楽しみだ。
「お前、太るんじゃないの」
カノアの失礼な発言は聞こえなかった事にしてある。
「ミレット、研究院の進学決定おめでとう」
色んな人がお祝いを言っては、私の頭をモフモフしてくれる。
私の研究院への進学が決まった。高等部での残り1年は、引き続き先生の助手をさせてもらえる事になっている。
研究院でその知らせを受けた時には、先輩たちが涙を流して喜んでくれた。あの先生ですら少し涙ぐんでいた。私は大声をあげて泣いてしまった。
あの事件が知れ渡っているという研究院では、見ず知らずの分野も違う研究者が声を掛けてくれるようになった。みな、『頑張りなさいね』『応援しているからね』と声をかけて頭をモフモフしてくれる。嬉しいけれど、身が引き締まる思いだ。
「災難でしたけど、無事に元に戻られて良かったですね」
「領民にもそう思ってもらえるよう、初心に立ち返って身を粉にして働くつもりです」
父は、皆に家名と領地の復活を祝ってもらっている。今日は復活のお祝いと、私の研究院への進学を祝って、皆がアーレンツ領に集まってくれた。私の大好きな人たちが、コレントの料理を食べて幸せそうな顔をしている。
没落を祝っていた時には、こんな光景は想像も出来なかった。どんどん料理が無くなり、コレントが次々に新しい皿を出す。忙しそうだけど顔が輝いている。
しばらくすると、女性の先輩たちに囲まれていたハルガンが席を立って父に挨拶をした。今日は早めに領地に帰ると言っていた。
私はハルガンを見送るために、駆け寄って厩舎に向かった。カノアは私の祖母と話をしている。ちらりとこちらを見たけど、そのまま祖母と話を続けていた。
「今日は来てくれてありがとう。ハルガンも色々大変ね」
「あいつら、何考えてるんだか全く分からないよ」
何でも双子が高等部には行かずに世界中を旅したいと言って、両親を困らせているらしい。
「全て元に戻って良かったな。いや、研究院への進学が決まったから進歩したのか。本当にミレットははすごいよ」
「ずっとお世話になっているけど、この一年は特に、ハルガンにもご家族にも助けて頂けて本当に感謝しています。ありがとうございます」
改めてちゃんとお礼を伝えた。ライニール男爵のご協力無しでは、私の論文は中途半端なものになっていたはずだ。研究院への進学が確定したと報告に行った時にも、とても喜んで頂いた。
ハルガンの馬は、のんびり寝ているようだった。馬の睡眠は短い。無理に起こさずに待つことにした。
「コレントは料理人を目指すって聞いた。家はミレットが継ぐの?」
「ううん。父は私たち二人とも継がなくていいって。後はどうにかするから、自由に好きな道を選んでいいって言ってくれてる」
「そうか」
ハルガンが深呼吸をした。なぜか少し緊張しているようだ。双子の事で私に力を貸して欲しい事でもあるのだろうか。
「あのさ。ミレットが結婚出来ないなんて、昔の俺が何でそんな事言ったのか分からないけど、間違ってると思う」
「そんなこと気にしてたの? 言ったじゃない、あの言葉で研究者を目指す事に決めたんだから本当に感謝してるって」
「違う、そうじゃない」
強く言って私を見つめる。美しい青い瞳が私を捕まえようとする。
「俺はミレットと結婚したいと思っている。ずっと研究したければ、それでもいいよ。俺の所に帰ってきてくれて一緒にいてくれるなら、他には何も望まない。だから婚約を受けてくれないか」
この言い方。幼馴染としてではなく、カノアと同じ方向なのだろうか。
(でも、ハルガンが?)
ハルガンは物心ついた時からハルガンで、他の何者でもない。もちろん好きだけど家族と同じようにしか思えない。カノアに対する想いとは全く違う。ハルガンと、そういう感情は上手く結びつかない。今も驚きはしたけど、胸が高鳴ったりはしていない。
「ごめんなさい、それは受けられない」
「俺、絶対に失敗したよなあ」
大きな声で言って、しゃがみ込んでしまった。ハルガンの馬が驚いてピクンと目を開いた。
「あいつだろ?」
誰の事を言っているか分かったけど私は返事をしなかった。ハルガンは立ち上がって私の目を見るともう一度尋ねた。
「あいつがいるからだろう?」
私はそれでも、答えずに微笑んだ。『どうして』とか『俺と何が違う』とか『カノアの事をどう想っているのか』とか、ハルガンが次に聞きそうな質問が頭に思い浮かぶ。でも聞かれても、きっとうまく説明出来ない。だから何も答えないことにした。
「ミレットの魅力は俺にしか分からなくて、何も言わなくても、ずっと君は俺と一緒にいてくれるんだと思ってた。
もし、学校を辞める事が決まったあの時、婚約の話が初めて出たあの時に、この話をしてたら状況は変わってた?」
想像してみたけど分からない。正直にそう伝えると、困ったような顔をして私の頭をモフモフした。
「でも、幼馴染って事は生涯変わらないし、今でもミレットの事を一番良く知ってるのは俺だって思ってる。俺、まだあいつに負けたって思ってないからな」
ハルガンは馬を引き出すと身軽に跳び乗った。
「次にうちに来る時には気を付けろよ。母さん、君がいつか自分の娘になるって楽しみにしてるから、本気で説得してくるよ。俺は助けるつもりないからな」
幼い頃に一緒に悪戯した時のような顔で笑うと、金色の髪をなびかせて駆けて行った。
皆の所にもどると、思い思いにくつろいでいるようだった。両親と先生と先輩たちは、父の所に相談に来たまま混ざっていた領民と、作物について熱く激論を交わしている。
コレントはデザートを出すか、追加の料理を出すか、食卓の様子を見ながら師匠と相談しているようだ。
祖母は温かい日差しに眠くなったのか、うつらうつらしている。カノアは隣で、景色をぼんやり眺めていた。戻った私に気づくと、立ち上がって歩いて来る。
「雪が残っていて、でも緑が芽吹き始めていて、すごく綺麗だな。もっと全体が見える所に行かないか?」
私は屋敷の裏手に案内した。この屋敷は高台の上にあるので、ここから遠くが見渡せる。まだ雑草が残り耕されていない畑が広がり、作物を育てている最中とは違う場所のように見える。
「もっと山の方がいい?」
カノアは日光に目を細め、ゆっくりと見渡した。
「ここでいい」
春はすぐそこまで来ているけど、風が吹くと少し寒い。身震いすると、カノアがそっと手をつないでくれた。温かい体温が伝わってくる。
「ハルガンと話すのを、邪魔しに来るかと思った」
カノアはなぜか勝ち誇ったような顔をする。
「もう、そんな子供っぽい事はしない」
「そうなの?」
「だって、お前が俺に夢中だって事は分かってるから」
「何それ!」
ずいぶんな自信だ。私の呆れた顔を見て楽しそうに笑う。
「肖像画を描いただろう。あれを師匠に見せた時に言われたんだ」
「うん」
「お前の俺に対する好きが、いっぱい描かれてるって」
「何それ!」
私にも見せてくれたけど、自分の顔を見ても楽しくないので一度しか見ていない。カノアが描いたのだから、どんな風にも表現できる。私の気持ちが本当にそうとは限らない。
「俺、間違ってる? 好きは全然増えてない?」
真剣で真っ直ぐで、カノアの瞳はいつも私の心の深くまで入り込んでくる。逃げられない。
「⋯⋯間違ってないよ。増えてる。すごく増えてる。だから少し不安になる」
「不安? どうして」
「私はひどい所ばかり見せているから、あなたの好きが減ってるんじゃないかって心配になるの。もう、私の好きの方がずっと多いんじゃないかって」
カノアは呆れたように笑った。でもそれは、とても優しく温かい。心臓がとくんと跳ねる。
「師匠は俺の好きも、たくさん描かれてるって言ったんだ。俺の肖像画からは、お互いの好きがあふれ出てきそうだって。見てて恥ずかしくなるって」
珍しく少し顔が赤くなっている。顔を見られるのが恥ずかしいのか、私の手を引いて強く抱き寄せた。
「ちょっと、近いよ、カノア。くっつきすぎ!」
私はカノアの背中を引っ張って離れようとした。でも力が強くてびくともしない。胸が高鳴っている時に、こんな事をされたら心臓が壊れてしまいそうだ。
「この前は大人しくしてたのに」
「この前?」
「熱があった時」
本音を言う練習をした時。声を上げて泣く私を抱きしめてくれた時。
「あれは、非常事態だったからよ。ほら、離れて」
「嫌だ。ずっと我慢してたんだからな」
髪の毛に顔を埋めて、ますます腕の力を強くする。吐息が髪の隙間から首筋にかかって、くすぐったい。身をよじらせて離れようとしてもカノアは全然離してくれない。
「同じ家に住んでいる間は、出来るだけ触れないようにしてたんだ。父さんに見つかったら、絶対に家から叩き出されるだろうし。でも、もう遠慮する必要無くなった」
「必要あるよ! こんな事するなら、私の家に入れてあげないんだから」
「コレントに入れてもらうからいい。新しい家に俺が絵を描く為の部屋を用意してくれるって言ってた」
「そうなの?」
「師匠は、もっと肖像画を描いて練習しろって言うけど、お前がいなくなったらあの家で描く対象がいなくなっちゃうだろ。それに、あんなに本に占領された家じゃなくて、落ち着いて絵を描く部屋が欲しかったんだ」
本に占領された家。私が頂いていた部屋が空いて、廊下に溢れる本を部屋に入れたら、先生はまた新しい本をたくさん持ち込むに違いない。
「これからも、いつでも会えるんだ」
コレントはきっと、カノアに新しい料理の試食もしてもらおうと思っているはずだ。とても楽しい時間になるだろう。
嬉しくなって、私もカノアの背中を抱きしめた。少し早い鼓動を感じる。私の鼓動が早いことも気づかれているだろう。思い切りカノアの香りを吸い込む。いつもの石鹸の香り。そのうち、石鹸を見ただけで胸が高鳴ってしまいそうだ。
「何で、抱きしめたら駄目なんだよ。嫌なのか?」
「嫌じゃない。でも、ドキドキしすぎて、息が出来なくなっちゃうの」
「何だ、良かった。それなら、すぐに解決するよ」
「どうして?」
「慣れるから」
「そうなの?」
「そうだよ」
(そうなのかな)
カノアはやっと離してくれた。私は心を落ち着けようと何度も深呼吸する。
「もっと早く慣れる方法もあるよ」
『どんな方法?』そう言おうとした私の唇に柔らかく温かいものがそっと触れた。そして、状況を理解した時にはもう離れていた。
「な、な!」
「もっとドキドキしたら慣れるだろ?」
嬉しそうに笑う顔は、悔しいくらいに私の心をときめかせる。顔が熱くて仕方ない。
「無理、慣れないよ!」
「なら、練習だ」
カノアは少し真剣な顔をして私の髪をふわりと撫でると、両手で頬を包んだ。指が耳に当り、くすぐったくて肩をすくめたら優しく笑って手を肩まで下ろした。そして、ゆっくりと顔を近づけて来る。避けようと思えば、離れられるくらいにゆっくりと。
練習、練習なのだから。飛び跳ねる心臓に言い聞かせた。
そのまま近づいてくるカノアを唇で受け止めた。手をつなぐよりもずっと温かくてカノアを近くに感じる。心から好きがあふれ出てくる。
唇が離れると、恥ずかしくなって俯いた。やっぱり、絶対にこんなドキドキ慣れたりしない。
「こういうのは、コレントがいない時にね」
私が小さな声でつぶやくと、カノアはくすっと笑ったようだった。
「分かった」
もう一度、強く抱きしめられる。私も彼の背中をぎゅっと抱きしめる。
「ミレット、どこー?」
誰かが呼ぶ声が聞こえた。私たちは離れると、視線を合わせてほほ笑み合った。カノアの師匠が言う通り、私たちの間にはあふれ出るほどの好きがある。
「ミレット、どこに行ったのー?」
「ここです、ここにいますよ!」
そろそろ戻らなければ。私は家の方に歩き出した。
この景色と想いを描いてくれるといいな。そう思って振り返ると、カノアは優しい眼差しを景色に向けていた。
(終)
◇
ここまで読んで頂いて本当にありがとうございました。番外編を1話公開して完結になります。
番外編は本編終了から半年後に教授が奥さまとの出会いを振り返るお話です。さて、教授は二人の仲に気付いていたのでしょうか。
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