そんなつもりじゃなかった、幼馴染との恋人宣言

 痛い思いをして掘り出した本は当たりだった。


 地層の断面図を追っていくと、アーレンツ領の川の源泉となる山から続く地盤の底には、地下水脈があった。そこは、隣のライニール領に続いている。もう1冊の鉱石の本によると、ライニール領の奥には様々な鉱石が発掘される山があるという。そこではグリリウムも発掘されるそうだ。


(この地下水にグリリウムが含まれていて、アーレンツ領の山に湧き出しているのかもしれない)


 グリリウムはそれほど多くの土地で採掘されるものではないが需要も無い。そこでは主に、他の鉱石が採掘される場所となっているようだ。


(小さい頃に、ハルガンたちと一緒に行ったことがある鉱山だ)


 ライニール領では農業と商業、資源の採掘がバランスよく行われている。ライニール男爵は自分の子供たちに自領を把握させるため、あちこちに連れ出していた。そこに、私とコレントもよく連れて行って頂いた。


 鉱山で地下湖を見た事が無かっただろうか。記憶が定かではない。


 外出していた先生が戻るなり、私は本を抱えて先生に仮説を聞いてもらいに行った。入り口近くの椅子に地図を広げて見せると、先生は上着も脱がずに私の話を熱心に聞いてくれた。


「その地下湖の水を採取できるといいね。後は同じ地盤でアーレンツ領の山までの間にも、湧き水として地上に出ているところがないか調べてみたらいいんじゃないかな」

「地下湖については、明日、幼馴染に相談してみます。コレントがお世話になっているのはライニール領の領主のお宅なのです」


 先生は他にも色々と助言をくれる。私は忘れないように帳面に記録した。先生も更に地図を熱心に調べ始めたところで、咳払いが聞こえた。


「腹が減ったんだけど」


 カノアだった。気づくと夕食の時間が過ぎている。食堂の方を見ると、使用人が困った顔をしてこちらを覗いていた。


「申し訳ありません!」


 私は慌てて地図を閉じた。先生も苦笑いをして、慌てて部屋に上着や荷物を置きに行った。カノアがこちらに聞こえるように大きなため息をついた。



 翌日、私はいつもより早めに研究院の畑を出て、高等部の校舎の入り口でハルガンを待った。本当は昨日の夜のうちに押しかけて話をしたいくらいだったけど我慢した。私にだって常識はある。


 地図を抱えて柱の陰で待った。


(早く来てよ!)


 来ない。まだ来ない。早く話したくてたまらない。


(あ、ハルガン!)


 背の高いあの姿はハルガンだ。綺麗な金髪が朝の光を受けてまぶしい。青い目を少し眠そうにしばたたかせて、のんびりと歩いて来る。


「ハルガン! おはよう、ハルガン!」


 私は勢いあまって転びそうになりながら駆け寄った。


「おはよう。どうした? 何かあったか?」


 学校でハルガンに話しかけることは滅多にない。私は初等部の頃から一部の女の子にひどく嫌われているせいで、他の子たちにも敬遠されている。『茶色い羊』栗色のくるくるの髪を揶揄して、そんなあだ名を付けられている事も知っている。


 ハルガンは陰に日向に庇ってくれていたけれど、いつしかハルガンまで巻き込んでしまっては申し訳ないと思うようになり、出来るだけ学校では接しないようにしていた。


 そんな私が人目を気にせずに話しかけたものだから、ハルガンはひどく驚いていた。


「あのね、近いうちにライニール領の鉱山を見に行きたいの。昔、鉱山で地下湖を見た事がある気がするんだけど、ハルガン覚えてない?」


 熱心に説明をすると、眠そうだったハルガンの顔つきがしっかりしてきた。


「ごめん、あまり覚えてないな。でも、今度の休みに一緒に行って父さんとか領地の誰かに聞いてみる?」

「ありがとう、ハルガン。ありがとう、大好き!」


 私が喜んでいると、すっと後ろに誰かが立ったのが分かった。


「あら、あなたにも誰かを『大好き』と思う人並みの感情はあるのね。学問にしか興味が無いのかと思ったわ」


 モリーナだ。さらさらの長い髪をなびかせて、美しい顔に意地悪な表情を浮かべている。後ろには婚約者のアシュレがいつものように控えている。


 モリーナは王家に連なる公爵家のご令嬢で、美しく華やかで完璧だ。その彼女は、なぜか初等部の頃から何かと私に関わっては蔑みの言葉を浴びせ、嫌がらせをしようとする。私の事が気に障るのなら放っておいてくれればいいのに。私から関わろうとした事は一度もない。


 面倒なので、いつも受け流すことにしている。


「はい、そうですね」

「モリーナ、やめろよ」


 ハルガンが止めてくれている。


 でも今日は何もかもどうでもいい。ハルガンの紹介でライニール領の鉱山に詳しい人と話せるのなら、他にも色々聞きたいことがある。鉛筆と帳面を持っていないのは失敗だ。今すぐ思いついた事を書き記したい。


 教室に行きたいのにモリーナとアシュレが立ちはだかっていて邪魔だ。まだ、何か私に言っている。


「そうですね、そうですね」


 適当に相槌を打ちながら、頭の中に鉱山で確認したいことを並べる。


(ライニール領から地盤をたどりながらアーレンツ領の山までたどって、土を採取した方が良いかしら)


 モリーナがまだ何か言っている。


「はい、きっとそうですね」


(早くどいてよ)


 もしもグリリウムに、パトロニエのような香草や他の農作物の成長を促進する効果があるとしたら、ここの畑で試せる事もありそうだ。ライニール男爵と話が出来るなら、鉱山のグリリウムを少し分けて頂くことが出来るかもしれない。


(いくらくらいするのだろう。相場を調べておかなければ)


 まだ何か言っている。聞いていないと腹を立てられると長引きそうなので、とにかく何かしら相槌をうつ。


「はい、そうなのです」


 今度の休みに行くなら、出来るだけ長くライニール領で作業をしたい。ハルガンは朝早く起きて行ってくれるだろうか。


 そう思ってハルガンを見たら、なぜか気まずそうな顔をしている。しかも顔も耳も首筋も真っ赤になっている。どうしたのだろう。モリーナとアシュレも驚いたような顔をして固まっている。


(あー、適当な受け答えが、何か失敗だったんだわ)


 ハルガンが幼馴染みとして恥じるくらい、ひどい失敗をしたと思われる。でも、この人たちは私の奇行に慣れている。いつものように気にしないことにする。


「それでね、ハルガン。ライニール領に行くときは、朝早く行きたいんだけど構わない?」

「え、えっと。あ、うん。構わないよ」

「良かった、ありがとう!」


 モリーナとアシュレは固まっているので今なら逃がしてくれそうだ。私は二人を避けて教室まで走っていった。考えたことを忘れないうちに書きつけなければ。

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