反抗期男子、馬に親しむ

 夕食時に先生に相談したところ、気持ちよくキリーを連れ出す許可もらえた。


「カノア、あの肥料6袋全部持って帰ったのか! 1袋で良かったのに」

「⋯⋯」


 カノアの不機嫌さが増してしまった。明日、一緒にマオの所に行くと言ってくれたけど大丈夫だろうか。


「カノア、明日一緒にマオの所に行ってくれるなら、学校にも一緒に行きましょう」

「それなら、3人とも馬で行こうか」

「え?!」


 先生の笑顔が少し意地悪そうな事も、カノアが少し慌てているように見えるのも、気のせいではなさそうだ。


(さては⋯⋯)


 私の予想は当たった。カノアは乗馬が苦手だった。


「うわあ、ロイ! 落ち着けよ!」


 先生の家で飼っているロイが、カノアを乗せるのを渋って背中を揺らしている。緊張しているのか、耳をピンとたてて口をギュッと噛みしめている。眉を寄せるようにして目元を険しくして先生の方を見ているのも、不愉快さを訴えているのだろう。


「ロイ、悪いけどカノアを乗せてあげて」


 先生がぽんぽんと首筋をなでると、フウフウ息を荒く吐いて仕方ないと言った様子でカノアを乗せた。


 先生は、もう1頭のレイに、私はキリーに乗って3人で家を出た。レイとロイはキリーよりは少し若い。2頭とも穏やかな気質なので、3頭はいつも馬小屋で仲が良さそうに過ごしている。


「カノアは、もう少し乗馬の練習をしたほうがいいね」


 先生の言葉に噛みつくように言い返している。


「困らないくらいには乗れる!」


 学校でも馬で遠乗りをする訓練がある。カノアは乗れてはいるけれど少し危なっかしい。学校の訓練では馬を選べない。家にいるロイですらこの調子なら少し心配だ。


(家庭教師としては、乗馬も教えた方がいいのかもしれないわね)


 とはいえ練習しましょう、と言って素直に従うとは思えない。少し工夫が必要だろう。


 学校の厩舎には、今朝もユーゴさんがいた。


「おはようございます!」

「ミレットちゃん、キリーを連れてきてくれたんだな! あ、教授。おはようございます」

「おはようございます。今日1日、この子たちの世話をお願いします」


 ユーゴさんがいつものように私の頭をモフモフして挨拶した後に、レイとロイを空いている馬房に入れ、キリーを引いてマオが休んでいる馬房の近くまで連れて行った。


「クゥイーン!」


 途中の馬房にいた若めの馬が威嚇するように甲高く鳴いた。それに怯えたキリーが「ブル、ブル」と鳴いて私の肩に鼻をすりよせた。その声が聞こえたのだろうか、マオの馬房から甲高い鳴き声が聞こえた。


「ヒヒーン! ヒヒーン!」

「マオ!」


 ユーゴさんがマオの馬房に走る。


「ミレットちゃん、キリーを馬場の方に連れて行ってくれ!」

「はい、分かりました!」


 キリーの首筋を撫でて伝える。


「キリー、馬場でマオちゃんと遊びましょう」


 分かってくれたようで、頭を返して馬場の方に歩き出してくれた。黙って見守っていた先生とカノアも、一緒に馬場に向かう。


 キリーを馬場に放してすぐ、ユーゴさんがマオを連れて来た。昨日の元気のない姿が嘘のように、目を輝いていて足取りが軽やかだ。2頭は馬場の中で歩み寄ると鼻を寄せ合ってクンクンと匂いをかいでいる。


「嬉しそうだね」


 昨日の様子を見ていない先生でも、マオが嬉しそうな事は分かるようだ。カノアも優しい顔で2頭を見ている。キリーとマオは背中をなめ合ってお互いの存在を確認している。


「本当にありがとう。マオがこんなに嬉しそうなのは久しぶりだ。たまに連れてきてくれないか?」


 ユーゴさんが涙ぐんでいる。よほど心配だったのだろう。先生を見上げると、うなずいてくれた。


「はい、また連れてきますね」



 馬で学校に来たら、帰りも馬に乗って帰らなければならない。図書館で合流した私とカノアは厩舎に向かった。


「お願いがあるんだけど」


 切り出してみると視線だけこちらに向けてくれた。


「せっかくだから、帰る前にもう少しマオとキリーを馬場で遊ばせてあげたいの」

「分かった」


 ここからが本題だ。


「それでね、カノアのロイも嫉妬しちゃうから、馬場に入れた方が良いと思うんだけどね、ロイはここの馬たちとは馴染みの無い子だから、人が乗ってあげた方が良いと思うの」

「馬場の中で?」

「うん、私もキリーに乗る。マオは人が乗らなくても大丈夫だと思う」


 ロイは穏やかな子なので、マオとキリーだけ遊んでいても嫉妬しないだろうし、一緒に馬場に入れるにしても人が乗らなくても問題ない。でも、この機会にカノアに少し乗馬に慣れてもらいたい。


「⋯⋯分かった」


 少し無理やりすぎるかと思ったけれど、渋々といった様子ながら承諾してもらえた。私はユーゴさんと頭モフモフの挨拶をしてから、飼育人の部屋の1室をお借りして、制服から乗馬用の服に着替えた。今朝はキリーに横乗り用の鞍を乗せて制服のスカートのままで来た。でも今は、しっかり走りたいから着替える。


 領地から長い距離を走って来ていた時も、こんな風に朝夕に部屋をお借りして着替えをしていた。まだ数ヵ月も経たないのに懐かしい。


 学校の馬場はとても広い。遠くの方で障害物の練習をしている生徒が何人かいるくらいで、今はほとんど誰もいない。


「マオ、ロイ、こっちですよ!」


 キリーを走らせる。マオとロイが嬉しそうに駆けて来る。ロイの上のカノアは乗せられているといった様子だ。


(慣れていないだけかも)


 見たところ、乗馬の技術はそれほど問題無さそうだ。危うく見えるのは、馬に対する指示がちゃんと伝わっていないからだ。意思疎通が出来ていないように見える。


 しばらく乗り回していると、ロイがカノアのやりたい事を察するようになり、多少はカノアの動きが落ち着いてきた。


(まずはロイと仲良くなることから始めればいいかもしれない)


 ロイは賢くて穏やかな馬だから親しむにはちょうど良い。ロイに慣れれば他の馬とも意思疎通しやすくなるかもしれない。


 その日の夕食後、カノアがいない時をみはからって、こっそり先生に相談してみた。


「ありがとう。練習しろと言って聞く子じゃないし、お願いできるかな?」


 先生の許可はもらった。あとは実行するのみ。


「カノア、おはよう! 起きて!」


 翌朝、いつもより早い時間に扉を叩く。何度か繰り返すと、見た事も無いような恐ろしい顔で出て来た。でも覚悟していた事だから大丈夫。


「何だよ! まだ起きる時間じゃないだろう?」

「早くに起こしてごめんなさい。馬小屋の世話をする方の具合が悪くて、馬のお世話を手伝って欲しいの」

「何で俺が!」

「ごめんね、ごめんね」


 ひたすら謝って、何とか部屋から引っ張り出して馬小屋に連れて行く。


「私は豆の葉を刈ってくるから、お水を汲んであげてくれない?」

「⋯⋯」


 カノアは無言で不機嫌そうに水を汲みに行った。本当は馬小屋の世話人は元気だ。事情を話して厨房でお茶を飲んでもらっている。


 馬に慣れれば大丈夫そう、私と先生の見解は一致している。慣れるためには毎日お世話をするのが一番だ。


「まだ欲しいのか?」


 こっそりのぞくと、ちゃんと馬の様子をみて話しかけていた。予想外だったのは、ロイが昨日のことを覚えていたようで、カノアに甘えたように鼻をすりつけていたこと。カノアは嫌がる風でもなく『何だよ、甘えてるのか?』とロイに話しかけている。


(いい調子ね)


 申し訳ないけれど、しばらくの間、馬の世話人には毎朝具合悪くなってもらおう。刈り取った豆の葉と厨房から持ってきた煮豆などを混ぜて3頭に与える。


 美味しそうに食べる姿をカノアもじっと眺めていた。


 翌日からは、声をかけると渋々といった様子は見せるものの、出てきて世話を手伝ってくれるようになった。


 週に2日、馬で通学する日を決めて、その日は帰りに馬場で少し馬に乗ってから帰ることになった。繰り返しているうちにロイがカノアにとても懐くようになり、その頃には世話人に仮病を使ってもらわなくても、手伝ってくれるようになった。


 この調子なら、他の馬とも上手くやれるようになるだろう。先生も作戦が上手くいって安心してくれているようだ。

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