重たい荷物と、馬の友情
放課後、私が研究院の畑で記録をつけているとカノアが通りがかった。顔まで届きそうな高さに袋を積み重ねて、よろよろと運んでいる。先生から家で使う肥料を持って帰るように言われたそうだ。
「これ、重すぎるんだよ」
カノアが愚痴をこぼすくらいだ、相当重いのだろう。
私が手伝おうとすると、触るなと意地を張る。どう見ても先生は私とカノアが二人で分担して持ち帰る想定で、この量を言いつけていると思う。さすがに、この状態で家まで帰れないだろう。
荷車か何かを使えそうな物が無いか周りを見渡して、ふと思いついた。
「馬を借りてみる?」
学校では乗馬訓練用に馬を飼っている。私と弟のコレントは領地から馬で通っていたので、学校にいる間は学校の馬と一緒に厩舎で預かってもらっていた。厩舎は馴染み深い。
「馬? 借りられるのか?」
無視されるかと思いきや、意外と興味を引いたようだ。
「前にね、急に領地に戻ることになった生徒が、借りて乗って行くのを見たことがあるの。お願いすれば貸してもらえると思う」
「そうか、お前うちに来る前は馬で通ってたんだったな」
「厩舎の飼育人とは顔見知りだから、お願いしてみる」
「分かった」
肥料を畑の隅に置いて、二人で厩舎に向かった。畑から高等部の方に少し戻ったところにあるので、ここからは遠くない。
馬場には数頭が放されていて、尻尾を高く振り、軽やかな足取りで駆けまわっていた。
「みんな、嬉しそう」
「馬の感情が分かるのか?」
馬は感情豊かな動物だ。嬉しい時、怒っている時、何かを催促しているとき、表情や仕草で伝わってくる。カノアに説明すると、興味深げに観察し始めた。
「カノアは、馬が好き?」
「考えた事なかった。あまり接したことないし」
「家にいるのに!」
そういえば、家の馬小屋でカノアを見かけた事が無い。馬小屋には世話人がちゃんといるけど、私は朝起きた時と帰って来た時にはキリーに会いに行って、自分でもお世話をしている。
でも、領地から毎日馬で通って親しんでいた私とは違う。先生は調査に出かけるから頻繁に馬に乗るけれど、カノアのように学校と家の往復しかしないような子は、授業で少し乗るのがせいぜいといったところで、馬と触れ合う機会はほとんどないのかもしれない。
(せっかく家にもいるのだから、親しんでみればいいのに)
カノアが観察に満足した頃合いを見計らって、馬場の横を周って厩舎に入った。馬房を抜け、奥にある飼育人の部屋を目指す。
(あれ? マオがいない)
「こんにちは、ユーゴさん!」
飼育人の部屋の中に、顔見知りを見つけて声をかけた。ユーゴさんは部屋から出てきて、満面の笑みを浮かべて私の頭をモフモフと触る。何だか父にモフモフされているようで懐かしくなる。
「久しぶりだな、ミレットちゃん! 会えなくて寂しかったよ!」
ユーゴさんとはもう10年もの付き合いになる。私が初等部に入学してから先生の家にお世話になるまで毎日、学校にいる間はキリーのお世話をしてくれていた。
「今はジラルス教授の家にお世話になってるんだろう? コレントくんも一緒か?」
「いえ、コレントは別の家でお世話になっています」
「そうか、別々に暮らしてるのか⋯⋯俺も、あんたらに会えなくて本当に寂しいよ」
うちが没落してしまった事は学校中に知れ渡っている。ユーゴさんもとても心配してくれていたようだ。問われるままに近況を伝えているうちに、ユーゴさんはやっとカノアの存在に気づいた。
「⋯⋯もしかして、ミレットちゃんの恋人か!」
「違いますよ。ジラルス教授のご子息のカノアさんです」
カノアが、不機嫌そうに会釈をした。
「何だか、教授とは雰囲気が全然違うねえ」
カノアの不機嫌さが増してしまった。これ以上不機嫌になる前に、肥料を運ぶ馬をお願いしなければならない。でもその前に気になって仕方ないことがある。
「ユーゴさん、マオはお出かけですか?」
ユーゴさんは大きくため息をついた。
「マオは、具合が悪くて。静かなところで休ませてるよ」
厩舎の奥の方に目を向けて、心配そうにしている。
「キリーとポリーが来なくなってから、マオはすっかり元気がなくなってしまって、食欲も走る気力も全然無いんだよ。会ってやってくれるか?」
学校で飼われているマオと、私のキリーと、コレントのポリーの三頭は大の仲良しで、よく馬場で並んで走っていた。毎日遊んでいたのに急に会えなくなって寂しくなってしまったのだろうか。
とても心配なので会っていきたい。カノアに聞いてみようと目を向けると、先に言葉が返ってきた。
「急いでないから、行けば」
「ありがとう」
その場に残るかと思ったカノアも一緒についてきた。
「マオ、こんにちは!」
マオは柵に頭をもたせかけるようにして、ぼんやりと立っていた。私の声にぱちりと目を開けて、何度かブルブル言ってくれたけど、いつものように鼻をすり寄せてはくれない。
ユーゴさんに断って、ブラシをかけさせてもらったけれど無反応だ。いつもなら、ブラシに合わせて体を震わせ、もっと、もっと、と鼻を鳴らして前足をかいて催促するのに。
「目を開けて反応しただけでも驚きだよ。ミレットちゃんが2頭を連れてきてくれたかと思ったのかもしれないね」
「病気ではないのですよね?」
「医者によると体は問題ないそうだ。気持ちの問題じゃないかなあ」
「そうですか⋯⋯」
もし、キリーとポリーに会うことでマオが元気になるなら会わせてあげたい。コレントのポリーは領地にいるから難しい。でも、先生の家にいるキリーなら会わせてあげられるかもしれない。
「先生に相談してみますね」
「ああ、頼むよ」
ユーゴさんに挨拶して厩舎を出た。
(帰ったら、先生に聞いてみよう)
先生の許可をもらってキリーと一緒に通学できたら、私が学校にいる間にマオとキリーが一緒に遊べる。
そのまま門に向かおうとしたところで、カノアが呆れたように言った。
「肥料は?」
「あっ――!」
まずい、馬場に行った目的を完全に忘れていた。
「ごめんなさい! 馬の代わりに私が持つから!」
大丈夫、私だって普段は力仕事をしている。あわてて畑に戻って肥料の袋を手に取った。大きい袋が6袋ある。積み上げて持ち上げようとしたけれど全く持ちあがらない。あせっていると、カノアが私を押しのけるようにして上から4袋を持ち上げた。
「残りは持って」
「すみません、ありがとう」
2袋なら持てる。カノアは1歳年下とはいえ私よりは背も高いし力もあるので4袋なら問題ないようだ。全部持っていた時のように、よろよろせず、しっかりした足取りで歩いている。
「あんたの馬、あの元気が無い馬のところに連れていくのか?」
「先生が帰ったら確認してみるけど、出来れば会わせてあげたい」
「あの馬、元気になるといいな」
少しはマオが気になるようだ。
「もし、良かったら一緒に来てもらえない? コレントと同じ年頃のあなたがいたら、マオが少しは喜ぶかもしれない」
コレントとカノアは、背丈も見た目も全然違う。でも、せっかく興味を持ってくれたので見届けて欲しかった。
断られるだろう、そう思ったのに。
「分かった」
意外な返事だった。
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