ライニール家のにぎやかで温かい家族

 あと3日で春休みが終わり、新しい学年になる。コレントと私は学校が始まるまでに引っ越しを終えなければならない。


 コレントは王都のライニール邸に。私は先生の家に。


 といっても忘れ物があっても取りに戻れる距離なので、最低限の身の回りの物と、学校生活に必要な一式をまとめるだけで、あっという間に支度が完了した。


「姉さんと僕、合わせて荷馬車1台で十分だね」


 二人分をまとめて明日、王都に運ぶことになっている。


 ハルガンにはまだ先生の家でお世話になる事を伝えていない。旅先が決まったら報告する約束をしていたので、ライニール男爵に挨拶に行くという父とコレントに同行することにした。


 うちからライニール家までは馬で30分ほどかかる。幼い頃から数えきれないくらいお邪魔しているので、着くなり迷わず厩舎に向かう。飼育人に馬を預けたところで、コレントが来る事を知っていたハルガンの弟たちが走ってきた。


「コレント! あ、ミレットもいる!」

「アーレンツさん、こんにちは! あれ? もうアーレンツさんって呼ばないのかな」

「ミレットだー」


 ライニール兄弟は4人全員男の子だ。

 長男のハルガン、その下に双子のダーゼンとマーゼン。末っ子がルードン。ハルガンと私が同じ年齢、双子とコレントが同じ年齢で、6人全員が兄弟のように育っている。


 特に、ハルガンと双子は家庭教師の目を盗んでは、毎日のようにやって来て一緒に泥まみれになって遊んだ。虫を追いかけ、川で魚を捕まえ、草花や石を集める。領地の子供たちにも混ざって木に登り、高い所から飛び降りる。雨の日は家の中で暴れ回る。しつけに厳しいライニール家では怒られそうな振る舞いも、うちでは大目に見てもらえた。


「みんな、久しぶり!」


 双子と末っ子は、私に飛びついて一斉に頭をモフモフ触った。いつまでも小さい頃のつもりなのだろうけど、それなりに体が大きいので、私はよろけてしまう。


「痛いっ! 誰か髪を引っ張ったでしょう!」

「マーゼンだよ!」

「僕、引っ張ってないよ、ダーゼンだよ!」


 とにかく賑やかだ。父はその様子をにこにこ笑って見ている。大らかな父は家で暴れ回る私たちにも寛容だった。『怪我にだけ気を付けなさい』言うのはこれだけだ。


 屋敷に通されて、男爵ご夫妻に挨拶をした。


「まあ、ミレットさん! 来てくれたのね!」


 挨拶するなり、男爵夫人は私の横に来て頭をモフモフ撫でる。


「ああ、このふわふわ! 最近はあまり会えないから、寂しかったのよ」


 頭を撫でてはギュウギュウ抱きしめ、また頭を撫でる。女の子が欲しかったという男爵夫人には昔から可愛がって頂いている。


 父と私、コレントが改めて今回の一連のことへのお礼を男爵に伝えている間も、男爵夫人は私の横にぴったり座っていた。


「ミレット、来てたの?」


 騒がしかったのか、ハルガンが部屋から出て来て座に加わった。双子と末っ子は、部屋の中を駆け回っている。


「ミレットさん、やっぱりハルガンと婚約したらどう? そうしたら学校も続けられるでしょう?⋯⋯そうねえ、この子が嫌なら双子のどちらかでもいいんじゃないかしら」


 母親の言葉に、ハルガンはムッとした顔をし、双子は私に飛びついてきた。


「じゃあ、僕が婚約する!」

「えー、ミレット、僕と婚約しようよ」


 二人とも婚約の意味が分かっているのか、いないのか。長椅子の後ろから抱きついてきて髪をモフモフする。この子たちのお日様の匂いをかぐと一緒に転げ回っていた頃のことを思い出す。


 二人はもう中等部の3年生になる。この子たちはコレントと違って体が大きい。そろって抱きつかれると、椅子ごとひっくり返りそうになってしまう。


「ちょっと、苦しい! 二人とも、髪を触るのはいいけれど、引っ張らないで!」

「引っ張ってないよう」

「お前だろ!」

「二人とも、離れろ!」


 見かねたハルガンが引きはがしてくれた。そこで、苦笑していた父が助け舟を出してくれる。


「ミレットは、学校に通い続けられることになりました。お世話になっている研究院の教授に手助けして頂いたのです」


 父が経緯を説明すると、男爵もほっとしたような顔をして喜んでくれた。


「幼い頃からの夢をあきらめずに済んで、本当に良かったね。何か困ったことがあったら私にも遠慮なく言うんだよ」

「ありがとうございます」


 ハルガンのご両親は、いつも温かい。血のつながりはないけれど、叔父と叔母のように感じている。


 大人たちの話になったところで、私たち子供は外に出た。コレントと、双子、末っ子は庭でも転がり回っている。


「ハルガンは一緒に転がらないんだね」

「もう、そんな年じゃないよ」

「2年後に双子が、あなたみたいに落ち着いていると思う?」

「思えないな」

 

 私たちは顔を見合わせて笑った。この前は元気が無かったけど、今日はすっかりいつものハルガンだ。


「この前は心配して来てくれてありがとう。旅に出なくて済んだみたい」

「⋯⋯やっぱり、学校を続けたかったんじゃないか」

「えへへ。本当は少しね」


 学校に残れる事よりも、先生と一緒にいられることの方が本当は嬉しいけど秘密だ。


「教授と離れなくて済んだ事が嬉しいんだろ?」

「え! どうして分かったの?」

「分かるよ。お前、教授のことが大好きだもんな」


 ため息をついて、呆れた顔をされた。


「でも、子供の家庭教師まで引き受けて大丈夫なのか? 自分の勉強の時間が取れるのか?」

「どのくらい時間を取られるかは、正直なところ分からないの。でも、あの先生のお子さんですもの、そんなに苦労しないんじゃないかと思ってる」


 うかつなことに、お子さんの年齢を聞き忘れている。男の子で先生と言い争いになる、という情報からコレントより少し下くらいだと推測している。


「やっぱり、母が言うように、うちから通った方がいいんじゃないか?」

「あの子たちと一緒に暮らして、落ち着いて勉強できるとは思えないよ」


 目の前で転げまわりながら追いかけっこをする弟たちを見て、ハルガンも納得したようだ。


「コレントのこと、よろしくお願いします」

「任せておけ」


 ハルガンは、私の頭をモフモフと撫でた。


「学校で毎日会えるんだから困った時には、ちゃんと言えよ」

「ありがとう」


 見上げるほどに大きくなった幼馴染。ハルガンにとっては、転がり回るこの子たちも私もみんなまとめて面倒を見る対象なのだろう。


(お兄さんは大変ね)

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