side Mervi age:11

瞼は開かず、指先一つ動かすこともできない。息もしていない。何もできない中で、不思議な事に音を聞くこと思考すること、この2つのことだけができる、ただただ何もない暗闇に私はいる。


あのハッセの黒い靄の魔法を受けた後、魔導師長によって身体の時間を止められているのだと、お見舞いにきてくれたアル様の声で理解した。私が音を聞く事だけはできるのだと知っているのだろう。お見舞いに来る皆がたくさん話しかけてくれるし、それ以外の時間は侍女が私の好きな本を音読してくれている。皆のおかげで私はこの暗闇を退屈することなく過ごせている。


1番頻繁に来てくれるのはアル様。次がリク様とその遊び相手として登城しているお兄様。お父様とお母様は頻繁にはお城にこれないみたいだけれど、それでも時々声が聞こえてくる。

アル様の母パウラ様の意識も戻ったようで、後はメルヴィだけだと言う寂しそうなアル様の声に、私も早く目覚めたいと願う。


眠ることもできないこの暗闇で、お見舞いも侍女もいなくなり誰の声も聞こえなくなる、おそらく、夜の時間は、大好きな剣術の稽古をする想像で時間を潰す。


ひたすらの素振りの想像に飽きた頃、対戦相手が欲しくなりお兄様を想像した。私と同じ茶色い髪にオレンジの瞳、と想像していたその姿は、私と同じ茶色い髪でオレンジ色の瞳なのに儚くて美しい少女になってしまった。


「メルヴィ?私が見えているの?」


そして、驚くことにその美少女はこちらに向かって手を振り、私の名を呼び話しかけてきたのだ!美少女の出現に驚くと同時に、同じように暗闇の中に自分の身体の感覚が出来た事に気付く。私は久しぶりの自分の手をまじまじと見つめたのだが、美少女の存在を思い出し慌てて返事をした。


「見えてます。あっ!すごい!会話までできる!」


その美少女は私の返事を聞いて、涙を流した。髪や瞳の色だけでなく顔立ちまで何となく私に似ているというのに、私とは正反対な健気で儚い雰囲気が羨ましい。


「誰かと話をするのが久しぶりで、思わず泣いてしまってごめんなさい。私の名前はミルカ・クレメラ。メルヴィのお母様マリカの従姉妹なの」


ミルカ・クレメラ様。ヒルッカお祖母様の妹の娘で、王妃様とは父方の従姉妹で、陛下の幼い頃の婚約者。今の私と同じ学園入学直前に病気で亡くなったのだとお母様が言っていた。お母様は生まれたばかりの王女ミルカ殿下の名前を聞いた時、その由来だと思われるミルカ様のことを、親戚として、アルベルト殿下に嫁ぐ身として知っておく必要があるからと教えてくれた。


「ミルカ様は私のことを知っているのですか?」

「えぇ。あなたの名前はメルヴィ・アロマーで、お兄様の名前はエーミルで、今日あなたに本を読んでいた侍女の名前はカリーナよね。私はね、ずっとずっと見ていたの。ヒルッカ伯母様のお手紙でしか知らなかったマリカが連れてきた小さなあなたが白いアガパンサスを持って来たこと。そうしたら、アハト様の子供のアルベルトは紫色のアガパンサスを用意してたのも見ていたわ」


ミルカ様は私とアル様の顔合わせを見ていたらしい。ずっと見ていたとはどういうことだろうかと、不思議に思っている私の元にミルカ様が歩み寄って来た。


「メルヴィにお願いがあるの」


そういってミルカ様は私の手を握ると、私の頭の中に様々な場面が浮かんできた。


仲良しのお兄様と優しいお母様とかっこいいお父様とのピクニック、その3人が冷たくなって棺の中に横たわっている姿、乳母の泣き顔、白いアガパンサスを受け取ってくれなかったアハト殿下、リューリ様の初聖水拝領の光、アハト殿下を盗み見るお茶会、タイナのフカフカの手、カリーナの鼻歌、心待ちにしてたヒルッカ伯母様からの手紙、上手く体が動かないダンスの授業、寝込むベッドから見える窓の外の景色、赤いシクラメン越しに見たアハト殿下とリューリ様のお茶会、意識があるままの葬儀の音。


ミルカ様の人生を早回しで見せられているのだと気づく。


そして、王宮医師ヴァロ・ヴァルトとミルカ様の伯父ヨネル・クレメラの胸糞悪い会話の後、ミルカ様が体から魂を離脱させたところで追体験は終わった。


ミルカ様が生きたのと同じくらいの長い時間が過ぎた気がするのに、実際にはミルカ様が手を握ってから数秒もたっていないという不思議な感覚。


家族との思い出とささやかな日常とアハト殿下への恋心を宝物のように大切にして、その寂しい人生を必要以上に悲観することなく生きたとても強い人。そんなミルカ様の人生を見てしまった私は、ミルカ様の願いを察した。


ミルカ様は私の手を握ったまま、目を丸くして驚き固まっている。この記憶の流出は意図してやったものではなかったのかもしれない。


「必ずミルカ様の息の根を止めて、ご家族が眠るクレメラ家の墓に埋葬します」


そう言った後に”息の根を止める”以外に良い言い回しがあったのではと思ったが、ミルカ様の儚い笑顔に間違えてなかったと安心する。


「ありがとう。私からメルヴィに何もお礼ができないのがとても悔しい」

「ミルカ様の記憶の中のヒルッカお祖母様のお手紙、あのお手紙でお母様が泥だらけのドレスで初聖水拝領をしたんだって知る事ができました。お母様が隠してたお転婆な過去を知る事が出来たことが充分お礼になります」


そうミルカ様に説明し、何とか納得してもらう。その後の私たちはこの暗闇の中を色んな話をして過ごした。音を聞く事しかできなかった私と、ずっと誰にも気づかれる事がなく王城をさまよっていたミルカ様は会話に飢えていたのだ。


ヒルッカお祖母様や私の侍女のカリーナの話もした。ヒルッカお祖母様は残念ながら3年前に亡くなったと言うと、きっと楽園で会えるとミルカ様は笑っていた。お母様の尻に敷かれている入り婿のお父様が浮気を疑われたけど実はこっそり子犬を飼っていただけだったのがわかって、それでもお母様にしこたま怒られていた話では、ミルカ様は腹を抱えて笑っていた。お見舞いに来てくれた人の会話もミルカ様と2人で聞いた。


そして、外の音がしなくなる夜の間は、ミルカ様の希望で剣の稽古ではなくダンスをして過ごした。まともに踊ったことがなかったミルカ様と、初めて男性パートを踊る私のダンスは、もしもダンスの先生が見ていたら怒られてしまいそうなほどの散々な出来だった。それでも、息が上がる事なくダンスが踊れるとはしゃぐミルカ様がかわいくて、私はそんなミルカ様のことが大好きになっていた。

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