side A age:12

初聖水拝領から2年経ち、12歳になった私は先月から貴族学園に通っています。1歳下のメルヴィが来年入学してくるのが今から楽しみです。


今日は学園が休みの日。王子妃教育で登城していたメルヴィとリクハイドと3人で、生まれたばかりの妹を見に来ました。初聖水拝領の日にリクハイドが願ったおかげなのか母上は妊娠し、先週、我が王家に久しぶりの王女が生まれました。名前はミルカ。幸いにして母子ともに健康で、母上に会うのはミルカが生まれた日以来1週間ぶりです。


普段は私やリクハイドと同じ離宮に住む母上ですが、妊娠が発覚してからは、警備の都合上父上が居住している宮にいます。


「3人ともよく来たわね。ミルカに会う前にまずはそこのパウダールームでしっかり手を洗ってね」


母上の歓迎の言葉になぜかショックを受け、自分の手を見ながら涙目になるリクハイド。


「僕の手、お母様に汚いと思われてるんだ。お母様はもうミルカがいるから僕のこと可愛くないんだ」


そんなことを言い出すリクハイドをメルヴィが慌てて慰めます。


「リク殿下、違いますよ!生まれたばかりの赤ちゃんはとっても弱いから目に見えない汚れにも気をつけないといけないって、ミルカ殿下に会う前には必ず洋服の汚れを落として手を洗いなさいって、私も今朝お母様から言われました」


そういえば7年前に初めてリクハイドを抱かせてもらった時も、直前に母上から手を洗うように言われたなと思い出します。

そんなリクハイドの被害妄想を聞いた母上は、笑いながら説明します。


「もう、リクは可愛いままに決まってるじゃない。手を洗うのはね、リクが今日泥んこになって遊んだその泥が今のミルカには毒と同じだから言ってるのよ」

「えぇ!?ミルカとは砂場遊びができないの?ピカピカの泥団子、一緒に作りたいのに……」

「ミルカがもう少し大きくなったら大丈夫よ。その時はピッカピカで大きな泥団子を作ってあげてね、お兄ちゃん」

「お兄ちゃん!そうだ!僕、お兄ちゃんになったんだ!」


つい先ほどまで泣きそうだったことも忘れ、石鹸で泡だらけの手を振り回しながら「僕はお兄ちゃん!」と喜んでいます。こう、切り替えが早いところはリクハイドの良いところですね。次子のためか甘え上手な分7歳にしては幼い言動が多いリクハイドも、これからはミルカの兄としてしっかりするのでしょう。私としてはいつまでも可愛い弟でいてほしい気もしますが、リクハイドの成長も嬉しいので複雑です。


メルヴィとリクハイドと私は念入りに手を洗った後、ミルカの寝ているベビーベッドを覗きます。ミルカは父上・私・リクハイドと同じ金髪に明るい水色の瞳で、顔立ちは母上にそっくりでとてもかわいいです。


リクハイド、私の順で抱っこしましたが、ミルカは人見知りもせず、綺麗な水色の大きな瞳でこちらをじっと見つめてくれます。赤ちゃん独特の甘いミルクのような匂いが心地よく、自然と笑みが浮かびます。今はメルヴィがミルカを抱き、私も一緒にあやし、リクハイドは久しぶりの母上にべったりと抱きついて甘えていました。


ミルカを抱くメルヴィは目尻を下げて小声で「可愛い」と繰り返し、私はそんなメルヴィも可愛いと思いながらミルカの頰をつついていたその時。


バサッーーー


部屋にいた2人の近衛騎士のうちの1人が首から血を吹き出しながら倒れました。勢いよく吹き出している血しぶきが部屋を赤く染めていくのを、呆然と眺めます。


「リクッ!」


情けないこと予期せぬ出来事に呆気にとられ初動に遅れてしまった私は、母上がリクハイドを呼ぶ叫び声で覚醒しました。その時には、リクハイドを隠すように抱きしめた母上が、もう1人の近衛騎士に背中を切りつけられた後でした。


近衛騎士と母上を切りつけた裏切り者の近衛騎士ハッセは、胸元から何かを取り出し足元に投げつけました。あれは衝撃で起動する結界の魔道具。起動から約1時間、この部屋を覆うくらいの大きさの結界が展開し、生命体の出入りが出来なくなる魔道具です。


この父上の宮では登録した魔道具しか持ち込めないはずなのに、どうやって……。


「オギャーーーオギャーーーー」

「っお母様!お母様ぁ!」


ミルカが激しく泣き出し、母上に抱きしめられたままのリクハイドが取り乱します。


「リク!母上に癒しの魔法をかけるんだ!はやく!」


大変珍しいことに癒しの魔法が使えるリクハイドは、普段使っていない癒しの魔力を貯えることのできる指輪型魔道具を常に身につけているのです。私はリクハイドへ激励を送りながら、泣き続けるミルカを抱くメルヴィを背に隠します。


今ここにいるのは、首を切られて起き上がらない近衛騎士、背中を切られた母上、その母上に抱きつかれているリクハイド、母上を守るように立つミルカの乳母、泣き出したミルカ、ミルカを抱いているメルヴィ、私、そして裏切り者の近衛騎士ハッセ。


ハッセは、結界の魔道具を展開した後すぐに乳母の胸を切りつけ、次に私に狙いを定めこちらへ向かってきました。母上が抱きしめ守っているリクハイドよりも、先に年齢の高い私を殺した方がいいと判断したのでしょう。


ハッセが結界の魔道具を展開していた時、私は最近持つようになった魔道具を起動していました。これは開発されたばかりの、小さな水晶の中に物をしまうことのできるブレスレット型魔道具。帯剣できない場所でも万が一に備えるようにと、剣を入れて持たされていたのです。父上の宮への持ち込みは登録されたばかりでした。


最初に首を切られた近衛騎士が倒れた時、放心せず、すぐにこの剣を取り出していたら母上と乳母が切られることはなかったのでは。


そんな後悔がよぎりましたが、今は自分を責めている場合ではないと、無理やり頭の隅に追いやります。


「フンッ」


丸腰だったはずなのに剣を出して打突をいなした私に、ハッセが不満そうに鼻を鳴らしました。ハッセはこの魔道具の存在は知らなかったようですね。


彼は父上や私を護衛することもある、専属が決まっていない部類の近衛騎士で、特に印象に残るタイプではありませんでした。そういえば、最近は王妃の護衛をすることが多かった気がします。


必死に母上に癒しの魔法をかけているリクハイドのすぐ横にミルカを下ろしたメルヴィが、危険信号の魔道具を起動してるのを横目で確認します。


『緊急事態発生。至急救助願います』


あらかじめ登録してある台詞と共に場所を知らせる光の柱が出ました。これは遭難や誘拐された時などに場所を知らせる魔道具。先ほどの台詞は周囲3キロの全ての人間に伝達し、光の柱は周囲5キロ内であれば一定時間目視できるのです。生命体ではないためかハッセが起動した結界もすり抜ける事ができました。危険信号を出せたことにひどまず安堵します。


外側からこの結界を破るまでは10分程度でしょうか。いや、精鋭が揃った王城内だから5分だと思いたい。メルヴィだけでなく私やリクハイドも持たされているこの危険信号の魔道具の存在をハッセが知らないとは思えません。おそらく最初から5分以内にことを済ませる予定だったはず。


この5分、ハッセから皆を守りきる!


「不快な時に鼻を鳴らすその反応、あなた隣国出身ですね。優秀な間者ならそこは我が国らしく舌打ちをしないと」

「フンッ」


ハッセはもう1度鼻を鳴らしながら、容赦なく切りかかってきました。会話に乗ってくれる甘さはないようです。


気をぬくことができない早いスピード。右上に、左下にと必死に避けたり、剣に魔力を乗せて強化し受け流します。一撃一撃が早い上に重く、一回でもまともに喰らったらそこで終わり。大人の近衛騎士と12歳の私との力の差は歴然で、攻撃を喰らわないように去なすことで精一杯です。


とても長い時間のように感じるこの攻防ですが、現実には1分程度しか経っておらず、私の息が上がってきました。ハッセはまだまだ余裕のある息遣いです。周囲を確認する余裕はありませんが、ミルカはっずっと泣き続け存在を主張してくれてます。


息が上がり大きく空気を吸い込む度に、錆びたような血の匂いが吐き気を催し、甘いミルクのような赤ちゃんの匂いに癒されていたほんの少し前との落差に泣きたくなります。


嗅覚は記憶に残りやすい。これからは、血の匂いを嗅ぐ度にこの出来事を思い出してしまうのだろうな。


「っ!」


真剣なやり取りの中でそんなことを考えたのがいけなかったのか、少しの隙を突かれ、ハッセの剣を受け流し切れず左足を大きく切られてしまいました。切られた左足は熱く、体はどんどん寒くなってきます。左足の力が抜け、片膝を付いたその時、ハッセはためらうことなく私に向かって大きく剣を振り上げました。


バサッーーー


右足から血を流し倒れました。


「くそっ」


倒れたのは私ではなくハッセ。ハッセが私を仕留めようと剣を大きく振り上げ、周囲の確認が疎かになったことでできた僅かな隙。メルヴィがその隙を逃さず、背後からハッセの右足の腱を切りつけたのです。


メルヴィはすかさずハッセの右手も切りハッセの剣を蹴り遠ざけ、私も必死で駆け寄り左手・左足と四肢を落としました。動機や黒幕を聞き出すために命はとりません。


私が持っていた水晶の中に剣をしまっていたブレスレット型の魔道具。剣の稽古が好きで、私と互角の実力があるメルヴィももちろん持たされました。ハッセがメルヴィを警戒していない様子から、ハッセはメルヴィの剣の実力を知らないと気づいた私達は、ハッセの意識を私に集中させ、隙が出来た瞬間にメルヴィが奇襲をかけるという作戦を、声に出す事なくお互い見つめるだけで理解して実行しました。


メルヴィは怯えているふりをして殺意を隠し、ハッセに気づかれないように背後に回り剣を出して間合いを図り、不意打ちがうまくいくタイミングを計っていたのです。ミルカの大きな鳴き声が、メルヴィの気配を上手く隠してくれました。


「背後からのだまし打ちとは卑怯な」


ハッセは悔しそうな顔をして言いましたが、メルヴィが震えながら怒鳴り返します。


「丸腰の護衛対象に奇襲をかけた護衛に言われたくない!」


結界はまだ壊されていませんが、外の気配から間も無くだと思われます。私は血が流れ続ける左足を引きずりながら母上のところに駆けつけます。


よかった。まだ脈がある。


「リクハイド、よく頑張った。もう少しで結界を破って救助が来るから、あと少しだけ頑張ってくれ」

「お兄様、僕の魔法を包むように強化の魔法がかかってるんです。たぶんミルカが強化の魔法を使ってくれてるんだと思います」


約200年前に魔道具が発明されてから、人々は魔道具なしでの魔法の使い方をすっかり忘れてしまい、現代では魔道具を使わないと魔法が使えなくなりました。リクハイドは指輪型の魔道具を媒体に癒しの魔法をかけているのですが、ミルカはなんの魔道具も持っていないはずですし、そもそも生まれたばかりで魔法の使い方など知らないはず。


遠い昔のまだ魔道具がない時代は詠唱のみで魔法を使っていたので、ありえないことではないのかもしれません。たしか、隣国にはいまだ魔道具無しで魔法を使える部族が残っているのだと聞いたことが……


「ハッセの喉を潰すんだ!」


私が叫んだ瞬間、パクパクと口を動かしながらニヤッと笑ったハッセと目が合い、ハッセの口から黒い靄が私に向かって飛び出てきました。


ミルカの泣き声に紛れて詠唱していたのか!


「アル様!」


私の前にメルヴィが飛び込んで来ます。


ダメだ!そんな!


黒い靄をもろに受けてしまったメルヴィが私の胸に倒れてきたその瞬間、轟音と共に結界と部屋の壁が破られ、父上を先頭に騎士や魔導師などがなだれ込んで来ました。


「メルヴィ!メルヴィ!」

「殿下!メルヴィ嬢の時を止めるので一旦離れてください!」


飛び込んできた魔導師長がメルヴィに身体の時を止める魔法をかけます。これは限られた人間にしか使えない難しい魔法で、難病や原因不明の毒に見舞われた時などに対象者の身体の時間を止めて、止めている間に原因解明するのだと習いました。


私はメルヴィを魔導師長に預け、強引に冷静になろうと努めます。


「アルベルト、すまないが早急に説明を頼む」


本当は見るからに重症の母上の元に駆けつけたいだろうに、国王として事件の処理を優先している父上は、宰相と騎士団長と共に説明を求めてきました。


メルヴィのためにもしっかりしないと。ハッセの後ろに黒幕がいるなら、私が狼狽えているこの時間は黒幕に逃げる時間を与えていることになってしまう。


私はことのあらましをなるべく客観的に、手がかりを少しでも逃す事がないようにハッセが鼻を鳴らしたことなども含めて説明しました。父上達に説明している間に医師が来て、左足へ治療を施してくれています。ポーションにより傷は塞がっていきましたが、血を流しすぎたことと、メルヴィの身体の時を止めるのに成功し一命を取り留めたという報告を聞いた安堵感で、説明を終えたや否や、私は意識を手放しました。


目を覚ました時にはそれから3日経っていて、枕元にはミルカを抱いた父上が目に涙を溜めてこちらを見つめていました。


1番にメルヴィの安否を聞いたところ、メルヴィは身体の時間を止められたまま王城内の医師塔にいると言われました。私は今すぐメルヴィの所へ行こうとしたのですが、体力が回復するまで駄目だと、強引にベッドに戻されました。


メルヴィが私の代わりに受けた黒い靄は、術者の命と引き換えに対象者を呪い殺す古の闇魔法だったとわかり、魔導師達はその呪いを吸収するための魔道具を全力で作成しているそうです。「魔導師達を信じて、今は自分の治療に専念しなさい」と父上に言われ、不承不承受け入れます。


隣国にいまだ魔道具無しで魔法を使える部族がいることは知識として知っていましたが、魔道具無しで使える魔法は簡単な魔法だけという認識だったため、我が国ではその存在を軽視していました。今回、強力な魔法でも詠唱のみで使える人がいること、しかも、古い歴史書に登場するだけの本当に存在していたのか怪しいとまで言われていた古の闇魔法が密かに伝承されていたことも判明しました。


それらに対する恐怖を零した私に、父上は対策するための研究を始めていると応えてくれます。きっとすぐには解決しないこの問題。私も王子として気を引き締めて取り掛からないといけません。


母上と乳母は危篤状態からは回復し、今は意識が戻るのを待っている状態で、リクハイドは魔力切れにより倒れたけれど翌日には復活し、それからずっと母上の枕元で癒しの魔法をかけているそうです。最初に倒れた近衛騎士は残念ながら即死でした。


母上と乳母がいないことで不安定になったミルカは、自分の抱っこしか受け付けないのだと言う父上は、困った顔をしながらも少しだけ嬉しそうです。


結界を破り突入した時にはハッセは目鼻耳などから血を出し事切れていたとのことです。その死体は近衛騎士の制服を着た隣国に多い浅黒い肌に黒髪の見知らぬ男で、私やリクハイドからハッセだったと聞いていなければ、ハッセの関与を連想するのに時間がかかったかもしれないと言われました。本物のハッセは事件後から消息がなく、騎士独身寮の部屋に致死量の血を灑掃した跡があったため、事前に殺されている可能性を含めて捜索しているそうです。


そして、王妃が北の離宮に幽閉されたのだと、父上は言いました。


この事件は、警備が厳重な国王の宮で近衛騎士に扮した間者による闇討ちでした。


王城奥深くへの間者の引き込み、近衛騎士のすり替えと配置調整、魔道具の持ち込み、これらが可能な立場で、開発されたばかりの魔道具の存在とメルヴィの剣の実力を知らず、母上とその子供である私達が死ぬ事で利益のある、もしくは私怨がある可能性がある人。そんな条件が当てはまる人物として王妃が容疑者に上がり、すぐに犯人と断定できる証拠が出てきました。


王妃は事情聴取されてすぐに犯行を認め、動機については『スペアの王子もいて必要ないのに、また側室に子供が産まれ、その子の名前が”ミルカ”と聞いた瞬間に我慢の限界に達した』と供述したそうです。


王妃の犯行はすぐに断定されるほど杜撰な犯行でしたが、王妃に手を貸したと思われる隣国側は緻密に証拠を消していました。現時点では隣国の関与を問えない状態なのだと、父上は悔しそうに顔を歪めています。


父上は自分の伴侶である王妃の犯行については、表情が抜け落ち体温まで失ったような顔で淡々と説明してくれました。


王妃は初聖水拝領の時に父上より大きく幻想的な光を出し、その幻想的な光は父上を含め周囲全ての人の目を奪ったのだと聞いたことがあります。その初聖水拝領が決め手となり婚約者になった王妃は、輿入れから5年目に男子を出産しました。その念願の第一王子は、不幸なことに先天的な病気で幼くして亡くなってしまったのです。私は表向きには第一王子と言われてますが、正しくは第二王子で、第二王子と言われているリクハイドは第三王子なのです。


第一王子が亡くなってすぐ、不幸は続き、王妃の父親まで急病に倒れ亡くなりました。王妃の実家は最先端の不妊治療による高額な治療費を負担していたことで資産も少なくなっていたそうです。輿入れから出産まで5年を要した王子が亡くなってしまった上に王妃の実家の後ろ盾がなくなったことで周囲の意見を押し切る事ができなくなった父上は我が国より小国の王女を側室に迎えました。その側室が私とリクハイドとミルカの母上なのです。


父上は側室を迎えることに最後まで抵抗していたのだと、王城に流れる噂で知っています。


私から見て父上と側室である母上はとても仲が良く、父上は母上、私、リクハイド、ミルカのことを深く愛してくれているとわかります。それでも父上は、私たちが住む離宮と同じくらいの頻度で王妃の離宮へも通っていました。父上は、王妃のことを今も昔と変わらずに愛していたはずです。


公務などで見る王妃は、常に美しく淑やかで、父上と仲睦まじい様子でした。


王妃は、母上と私とリクハイドに対して無視するなどのあからさまな態度を取ることはないけれど、態度は常によそよそしいし一線を引き絶対にその内側には入れてくれませんでした。王妃と私たちとの間に距離があったのは事実です。


それでも、人生を棒に振るような殺人を犯すほどに私たちへ負の感情を抱いていたなんて、思いもしませんでした。


王妃は北の離宮へ幽閉されましたが、公には病に倒れたと発表され毒杯を仰ぐことになり、母上が側室から王妃に繰り上がるでしょう。小国とはいえ母上は元王女。母上の母国へ母上が害された事への謝意を示す必要があるからです。


今のメルヴィと同じように厳しい王子妃教育を納め、子供を亡くし、愛する人が自分以外を愛し子供を育てる姿を見続けないといけなかった。そんな王妃を憐れむ気持ちが無いとは言いませんが、隣国の間者を引入れた時点で救いようがありません。


正直に言えば、メルヴィと母上の元気な姿を見るまでは、私は王妃を怨み続けるでしょう。 


父上は私以上に王妃に対して複雑な思いを抱えているだろうに、そんなことは微塵も出さず、私が寝ている間に判明した事を報告してくれました。父上自身はこの3日間ミルカを抱きながら仕事をし、少しでも時間が空いたら私と母上が寝ている部屋を見に来て、私たちの意識が戻るのを待っていたそうです。満足に寝ていないのか、目の下にいつもは無い隈があります。


少しでも父上に休んでほしい、私ができる執務等が無いかと起き上がった私を父上は強引にベッドに戻し、ミルカにするのと同じように頭を撫でてくれました。


早く、元気になって父上に休んでもらわなきゃ。そして、早くメルヴィに会いたい。メルヴィの元気な姿を見たい。庇ってくれたことにありがとうと言って、でも2度とそんなことをしないでほしいと怒って、リクハイドの癒し魔法のすごさを2人で褒めて、ミルカの強化魔法のことも話して、あと、これはメルヴィとリクハイドには見えないところでだけど、こっそり母上に抱きしめてもらって……


「元気になるまで寝ていなさい」という父上の優しい声が遠くに聞こえ、私はまた眠りにつきました。

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