11話
キスをしてしまったあの日から私はミアに対しての想いが変わった。
「絶対に手放してなるものか。」そう私はつぶやき、Brownieのメンテナンスに励んだ。
この思いは恋なのか、それとも執着なのか、私は分からなかった。分かりたくなかった。目の前の現実に目を背け、ミアとの生活を続けた。
12歳…着々と大人になっていくミアの時間を私は止めたいという衝動が大きくなっていく。もし、私があの実験をすれば、ミアの時間は確実に止まる。あの美しい翡翠の瞳を永遠に見ることが出来る。永遠に私のものにすることが出来る。
私はそんな考えをめぐらせながら、父の残したあの実験のレポートを眺めていた。
静かに不穏な時間が空気が流れる実験室の廊下から騒がしい足音が2つしてきた。
「おっさん!」
「マスター」
足音の主であるミアとロビンが実験室のドアからひょこっと顔を出し、頭の中に黒い欲望が渦巻いていた私を呼んだ。
「どうした?ミア、ロビン」
私は手に持っていた父のレポートを机の引き出しに隠すようにしまってから返事をした。
「あのね!ロビンと一緒に買い物に行きたいの!」とひまわりが咲いたような笑顔で私とロビンの顔を見て言った。
「構わないが、何を買うんだ?ものによっては高価なものもあるだろう。」
「そんな高いものは買わないよ?ミアね、おっさんにプレゼントしたいものがあるの!」そう自信満々に言ったあと、急に顔が青ざめ、小さい声で「あちゃ。」と言った。
ミアのコロコロ変わる表情に私の黒い欲が一瞬にして吹き飛んだ。
「ほぅ、私になにかくれるのか。」そう意地悪な顔でニヤッと笑うと
「えっと、うーんと、えへっ」とミアは濁して照れ笑いした。
幸せな時間。
私とミアにとって優しくゆっくり春の風のように爽やかで暖かい時間が流れる。
これが永遠に続けば…
顎の無精髭を触りながら考え込んでいると、ミアとロビンが顔を覗き込んできた。
「ミア、なんか変なこと言った?」とヘニョり眉で聞いてきた。
「いや、別に何も変なこと入ってないぞ?ただ、ミアとずっとこのまま一緒にいられればと思っただけだ。」
そう私が言うと
「ミアもね、おっさんとずっとずーっとこのまま一緒にいたい。」と泣きそうな顔でミアは言った。
気持ちは一緒だったということに気づき私は嬉しくてミアを抱きしめた。
「苦しいよおっさん。」
クスクスとミアが笑いながら私の背中をポンポンと叩いた。
「あ?あぁ、済まない。あまりに嬉しくてなつい抱きしめてしまった。許してくれるか?」
そう私が言うと、ミアは頬を桃色に染めて嬉しそうな顔をして「いいよ。」と言った。
そんな話をしていた時、ミアは翡翠の双眸を大きくゆっくり見開いていき、ハッとした様な顔をした。
「おっさん!ミア!買い物!」そう片言で私に言った。
ロビンも思い出したかのようにあわてふためき始めた。
その姿があまりにも面白くて私は腹を抱えて笑ってしまった。
「そんなに慌てなくてもいいだろうに。わかったわかった、ほら必要な金を渡すから、2人で買い物に行ってこい。」
そう私が言うと、慌てていたふたりがすんっと止まり、ミアのフリルの着いたスカートがひらりと落ち着いた時に2人揃って顔を見合せ2階へいそいそと荷物を取りに上がった。
ドタバタと足音を鳴らしながら降りてきたミアたちに高価なものでもギリギリ買えるようなお金を渡して、遊びに行かせた。
さて、私はBrownieのメンテナンスを続けるとしよう。
カチャカチャと音を鳴らしながら魔晶石を新しいものに取り換え、軋んだ音を出していた四肢にオイルを差し、メンテナンスを完了させた。
真空管の電気を魔晶石に流して起動させると、Brownieは問題なく動き始めた。
「マスター、オハヨウゴザイマス。」
「あぁ、おはようBrownie。」
動き始めたBrownieが何故か辺りを見渡した。普段はメンテナンスが完了したあと、何事もなく起き上がり、私と一緒に道具の片付けをするのだ。しかし、今回のメンテナンス後のBrownieは様子がおかしい。
「どうした、Brownie?」
そう私が問いかけるとBrownieは
「マスター、ワタシノ前ニダレカメンテナンスヲシマシタカ?」と不安そうに言い、眉間に皺を寄せて私を見つめた。
そういえば、今朝、Brownieの前にロビンをメンテナンスした。ロビンは逐一メンテナンスをしなければ簡単にコアが融解し、爆発してしまう。それだけ特殊に作った機械人形だった。
ロビンのコアは魔晶石とまた別に魔鉱石というものを使っている。魔鉱石とは最近発見されたもので、魔晶石よりもエネルギーが強くパワーも出やすいため、科学者の間でよく使われる代物になった。
実際私も使っているが、あまりにも危険過ぎるということを骨身に染みるほど実験を失敗して知ったのだ。
その危険と隣り合わせの実験の中生まれたのがロビンだった。 危険な魔鉱石を使っているため毎週毎週、週の初めにメンテナンスをしていた。
カレンダーを見る。今日は月曜日。私の記憶が正しければ今朝、ロビンのメンテナンスをした。では何故こんなにも引っかかるのだ?
「マスター?」心配そうにBrownieが声をかけてきた。
「すまない、何か嫌な予感がしてな。考え込んでしまった。」
嫌な予感。当たらなければいいが、
そんなことを考えていたらいつの間にか2時間が経ってしまっていた。
いつまでたっても実験室から出てこない私を心配したのか、Silkyが実験室に来た。
「マスター?ドウカナサイマシタカ?」
私は、心配そうに聞くSilkyと同じく心配そうな面持ちをしたBrownieに抱え込んだ不安と嫌な予感を打ち明けた。
「…なんだが、どうだろうか。無事帰って来れるだろうか。」
「ロビンノメンテナンスガ上手クイッテイレバ恐ラク大丈夫カト。」
「Silkyトドウイケンデスワ。」
そうSilkyとBrownieが言ったあと、私はなにかに気づいた。
実験台の下に1本ネジが落ちていた。
Brownieのメンテナンスの時につけ忘れたものかと思い、もう一度ブラウニーの体を見てもネジは1本も外れていないし、コアの部分の部品も外れていない。
じゃあこれは…
嫌な予感がした。それも大きな予感。
私は急いでリビングへと向かった。そこには不安そうにラジオを聞く機械人形たちの姿があった。
一番外の輪にいたリャナンシーに声をかけた。
「おい、何があった。」
そう私が急かすように聞くと、リャナンシーは泣きそうな顔になり黙り込んでしまった。
その姿を見たドロシーが、私に聞こえるようにラジオの音量を上げた。
「速報です。グロリアス通り沿いの雑貨店の近くで爆発事故が起きました。被害者は12歳ほどの少女で体を強くうち病院に搬送されましたが意識不明の重体です。警察が駆けつけ原因を調べたところ機械人形の爆発事故によるものだと判明致しました。現場から中継です…」
私はこの放送を聞き、顔が一気に青ざめ膝から崩れ落ちた。まだ、ミアとわかった訳では無い。とにかく、病院に向かわねばならん。しかしどこの病院か分からない。親指の爪を血が滲むほど噛んでいると、電話がなった。
「おい、クロノスか!」
「あぁ、どうしたフィリップ。今忙しいんだ。」
「あ?忙しいだと?お前な!お前の大切なミアちゃんが事故に巻き込まれたんだぞ!」
「そんなことは知っている!で、ミアはどこだ?」
「オルフェンズ救急病院だ。俺が付き添いで着いてきている。早く来い、お前の大切なミアちゃんが死ぬぞ。」
「わかった、急いでそこに向かう。」
フィリップとの電話を急いで切り、家のことをSilkyたちに任せ、私は車に乗りこみ急発進させた。
ミア、ミア、助かっていてくれ。そう私は願うしかなかった。
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