5話
行きたくもなかった食事会から脱出したあと、蒸気をこれでもかとあげる車が見えた。
あれは、もしや…フィリップか?
そう考えていると、その車が私のたっている傍に止まり、中から運転手であろう人間が降りてきた。
「よう!久しぶりだな、クロノス!」
あぁ、やはりフィリップだったか。フィリップは、私が唯一心の許せる人間だ。まぁ、幼なじみだからな。
「あぁ、久しぶりだな。」
そう返事し、二三話していると急にフィリップが
「そういや、なんであそこから出てきたんだ?」とノッカー家の屋敷を指さしながら、不思議そうに聞いてきた。
「あぁ…本当は行きたくは無かったのだが、あまりにも執拗かったんでな、ほんの小一時間だけ行ってきたよ。」そう、面倒くさそうに顔を顰めて言うと、フィリップが少しにやけた顔で私の肩に手を置き
「まぁ、お疲れ様。」と言って慰めてきた。
私の肩に手を置いたまま、フィリップが嫌そうな顔をしながら、そういえばさ、としゃべり出した。
「最近俺もあの家に行ったんだよ。毎度毎度、家の前に馬車が止まるもんだから迷惑だって文句言ったら、私と結婚してくださったら金輪際ここに来ませんわ。なんて言ってきたんだよ。お前、知ってるだろ?俺には美人妻がいるってこと。」
フィリップがニカッと笑ってこっちを見てきた。私は、最後の言葉に少しイラッと来た。別にこいつが結婚していようが、私には関係ないから苛立たなくてもいいのだが。あからさまに面倒くさそうな顔をしていたのだろう、フィリップが私の顔を見てクスリと笑った後、そのまま話を続けた。
「でさ、俺言ったんだよ。俺には妻がいるから、あなたとは結婚できませんってな。したら、玄関先で大泣きするもんだから俺も困ってとりあえず家にあげたんだよ。そしたら急に泣き止んで、家にあげてくださるなんて嬉しいですわ!なんて言ってさ満面の笑みで俺を見てきたんだ。その態度の変わりようが気持ち悪いったらありゃしねぇよ。」とフィリップはそう言い、両腕を抱いて身震いをした。あの女、私以外にも声をかけていたのか。貴族の娘ともあろう者が何をしてるのやら。私は、ただただ呆れるしか無かった。
「いやぁ、既婚者とは知らずとも薬指に指輪があったら気付くというか諦めるだろ?普通。」
「まぁ、普通は諦めるだろうな。けど、普通とは違うから、諦めずにお前に言い寄ってきてたんだろう?」と私が言うと、
「まぁ確かにそうだな。こっちからしてみれば迷惑この上ないんだがな。」と言ってフィリップは苦笑いをしていた。
「で?お前、さっきあの屋敷に行ったと言っただろう?私と同じで文句言いに行ったのか?」そう私が聞くと、
「まぁな。それだけじゃなくて、あの女、ナンシーに嫌がらせを何度もしてきてたみたいでさ、ナンシーが怖がってるもんだから半分殴り込む形であの屋敷に行ったんだよ。」
「そうだったのか。それは大変だったな。で?奥さんに対する嫌がらせは納まったのか?」と聞くと
「あぁ、嫌がらせは殴り込んだ日から無くなったよ。お陰で今は、ナンシーと一緒に幸せな日常を送ってるよ。」
「そうか、それは良かったな。」
「んだよ、お前冷てぇな。」といい私に、不貞腐れた顔を近づけてきた。
「やめろ。気色悪いぞ。そうやって人に顔を近づけるのは奥さんだけにしておけ!」そう言うと、やつはケラケラと笑った。
「まぁ、殴り込む前から嫌がらせは少なくなってきてたんだがな。」といきなり真面目な顔で呟いた。
「そうなのか?」
「あぁ、殴り込んだ日からぱったりと嫌がらせはなくなったけど、どうもその前からあの女のターゲットが変わったらしくてな、俺から興味が逸れたらしい。」
「それ、いつの話だ?」
「あ?あぁ、先週かな?疲れたし、正確には覚えちゃいないがな。」
そう奴が言い終わったあと、考え込む私を見て、どうした?と聞いてきた。
「いや、別になんでもない。私になぜ言い寄ってきていたのか分からなくて困っていたんだが、なるほどそういうことか。」そう私の中で納得していると、なんのことかさっぱり分からん、というような顔をしたので
「私の家に、先週からずっと親子揃って訪ねてきていたんだ。本当に迷惑でしょうがなかったが、お前から私にターゲットが移ったといえば合点がいく。」そう私が言うと
「あぁ、なるほどな。そうか、俺からターゲットがお前に移ったから嫌がらせが止んだのか。」
「はぁ、なんで私がターゲットにならねばならんのだ。私は人間が嫌いという噂はあのじじいから聞いてないのか?」と眉間に深く皺を寄せ、苛立ちながらそう言うと
「ま、ご愁傷さまだな。けど、なんでまたお前なんだろうな?幼なじみの俺から見て、告られるほどの見た目も性格もしてないのにな。」そう言われ
「なんだと?」と思わず怒ってしまったが、明らかな事実であり、否定もしようがない。
「そうキレるなって。落ち着けよ。まぁ、見た目とかは置いといてその女が惹かれる何かがあったのか、親が勧めたのかどっちかだよな。なぁ、ひとつ聞くけどお前の家に来てたのは娘の方か?父親の方か?」そう聞かれたので、
「どっちも。」と答えると、うわぁと言うような顔をされた。
「なんだ、その顔は。まぁ、家に行って話を聞けば、単に新しい事業を始めるかなにかで私の技術が欲しいから婿に来いっていう内容だったな。まぁ、本当に好かれてたとしてもああいう女は私の方から願い下げだ。」そう言い切ると奴は
「ほぉー、新しい事業ねぇ。お前を婿に欲しがったことは、機械人形を作ろうとしてたんだろうな。お前、飽きもせず人形ばっかり作ってたもんな。まぁ他にも親父さんに怒られながらも夢中になって実験とかやってたしな。」と言って、昔のことを思い出しながら納得したような顔をした。
「まぁ、何もかもはっきりと断ってきたし、金輪際私に関わってくることもないと思うが。」とそう言うと、
「どうだろうな。断り方にもよると思うが、お前、嫌いな相手には自分の持てる技術を使って、嫌だって意思表示するし。まぁ大丈夫だろ。」
「半分脅しのようになってしまったからな、諦めてくれるだろう。はぁ、今日は疲れた。もういち早く家に帰りたい。」
そう言うと、フィリップは笑って
「すまないな、引き止めてしまって。家まで送ってやろうか?」
どうも、随分と話し込んでしまったようで、時刻はとうに22時を越していた。この時間は馬車もなかなか捕まらないかもしれんな。
「送ってくれるなら、そうしてもらおうかな。」そう私が言うと
「あぁ、もちろんだ!さ、早く乗ってくれ。もう時間も遅いし、とばして帰るぞ。俺のナンシーも待ってるだろうし。お前も早く寝たいだろう?」そうフィリップが言い、助手席のドアを開け、私を押し込んできた。
「やめろ、押すな!潰れるだろうが!」
「はいはい、わかったわかった。それじゃあ行くぞ。」
そんな会話をしたあと、フィリップはエンジンをかけると同時に車を勢いよく飛ばしだしたた。
「あー、乗るなんて言わなきゃ良かった。お前のせいで、酔いそうだ。」そうぶつくさ文句を言っていると、
「まぁ、そういうなって。あとちょっと我慢すればお前ん家に着くから。吐くなよ。」
フィリップは少し笑いながら、そう言った。
「人の車で、まして、お前の車で吐くわけがないだろ。少し酒が入ってるから、それでほんの少し気持ち悪くなっただけだ。」
そう言い返すと、
「そうか、それなら別にいいや。」と返ってきた。別にいいや、とはなんだ。
暫く、車に揺られて外を眺めていると突然フィリップが話しかけてきた。
「そういや、最近お前を町中でよく見るようになったんだが、お前が手を繋いで歩いていたあの子は誰だ?」とフィリップは不思議そうに聞いてきた。
あの子とは、恐らくミアのことだろう。フィリップは町の中心街に夫婦で住んでいる。夫婦か、一人で出かけた時に私とミアを見かけたのだろう。
「あぁ、あれは私の大事な子だ。近々、あの子を使って実験をするつもりだ。まぁ、未だいつするかはっきりと決めてはいないが。いずれ、するつもりだよ。」
「ふーん、大事な子ねぇ。お前結婚もしてなければ、パートナーもいないじゃないか。どうやってあの子を?」まだ不思議そうな顔をするフィリップに私は、
「裏路地で拾ったんだ。捨て子だったみたいだから、モルモットにちょうどいいと思って、家に連れ帰った。」と答えると
「お前、歳を重ねるごとにどんどん親父さんに似てきたな。」そう言い、呆れた顔で私を見つめた。
「それで?その子に対してなんの実験をするんだ?」
「教えない。教えたとしても、お前にはなんの得にもならん。それに、これは私の自己満足のためにすることだ。他人にどうこう言われる筋合いなどない。もちろん、お前にもだ。」
「お前なぁ…万が一、お前ん家が吹き飛んでも俺は知らないからな!全く、ほんとにお前ってやつは…」と言ったあと、フィリップは深く深く溜息をついた。
そうこうしているうちに、私の家に着いた。
「ほら、着いたぞ。今日はすまんな。長い間引き止めちまって。また今度、俺ん家かお前ん家でゆっくり珈琲片手に話そうじゃないか。」
「あぁ、時間があればな。ほら、早く帰れ。奥さんが待ってるんだろう?早く行け。」そう私が言うと
「そうだな。早く帰るとしよう。ナンシーが待ちくたびれて寝てるかもしれないしな。それじゃあ、おやすみ。また今度話そうな!」
そう言い放ち、フィリップは愛する人の元へと急いで帰った。
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