3話
ミアが私の家に来てから1年が経とうとしていた頃、突然、ミアが服が欲しいと言い出した。
「なぜ服が欲しいんだ?」
「だって、このいえのにわからみえるこどもたちがきてるふくがかわいかったから、ミアもほしいなぁっておもったの。」
「別に、その服のままでいいだろう?この家には私とお前と機械人形たちしかいない。別に着飾る必要も無いだろう。」
そう言うと、むぅと頬を膨らませて
「だってこんないつまでもださいかっこうはさすがにもう、いやだよ。ミアもかわいいふくきたい!」
そう我儘を言い出したが、私がうるさい、忙しいと言うとドスドスと足音を立てながらテラスの方へ消えた。
その姿を見たリャナンシーは、私に
「ミア様ハ可愛イ服ガ欲シイトオッシャッテイルノデショウ?ナラ、誕生日プレゼントトシテ服ヲ買イ与エテミテハ?」
そう言って、テーブルに氷がたっぷり入ったミルクティーと角砂糖を五個添えた小皿を静かに置いた。
添えてあった角砂糖を全て溶かしカラン、カラ、カラとコップの中で氷が戯れるミルクティーを飲みながら私は外を眺めていると、膝を抱えてテラスの床に座るミアが見えた。
リャナンシーもその姿に気づいたようで、困った顔で私に微笑みかけた。
仕方ない。ガキの機嫌取りは苦手だがBrownieに見つかると少し面倒なことになりそうだと私は思い、飲みかけのミルクティーを持ってテラスへ向かい、不貞腐れているミアの隣に座った。
「どうしても服が欲しいか?」
そう声をかけると、ミアは
「そういってるじゃん。でもおっさんはいそがしいんでしょ?なら、もういいよ。これでがまんする。」
といい、そっぽを向いてしまった。私は、ミアに聞こえるように、わざと大きなため息をついた。
「はぁ…ミア、お前の誕生日を教えろ。そうしたら買ってきてやる。」
そう私が言うと、不貞腐れてそっぽを向いていたミアが、
「ほんとう?ほんとうにかってくれるの?」
そう言って、少し淀んだ翡翠の双眸をキラキラさせながら私を見つめた。
「さっきからそう言っているだろうが。さぁ、誕生日はいつなんだ?さっさと教えろ。じゃないと買ってこないぞ。」
少し急かすように言うと、何故かミアは俯いてしまった。
「どうした?」
そう私が聞くと
「ミア、しらないもん。たんじょうびなんてしらない。ミア、いらないこだったから。それに、いらないこだから、たんじょうびをいわってもらったことないの。だから、しらない。」
ミアは、寂しそうな目をして指で床をいじりながらそう言った。
「そうだったんだな。すまなかった。」
そう私は謝るしか無かった。すると、テラスの掃除をしていたドロシーが箒を持ったままこちらに近寄ってきた。
「アノ、マスター?」
「ん?どうしたドロシー。」
「サッキノオ話聞イテタ時ニ、今日ヲ誕生日ニシテアゲタラドウカナァッテ思ッタンデスケド、ドウデスカ?」
そう首を傾げてドロシーが言った。確かに、誕生日は必ず生まれた年と月日にしなければならない義務など存在しないはずだ。ならば、名前と同じように誕生日も与えるとしよう。
「ミア、お前の誕生日を今日にしても構わないか?」
そう言うと、ミアは嬉しそうに頷き、
「おっさん、やさしいね。ありがとう。」
と言って笑った。
約束通り、私はミアの服を買いに外に出た。
空を見れば、魔法で浮くスケートボードに乗りスクープを追いかける記者の姿や、大きな飛行船などが飛び交っていた。
家に籠ってばばっかりの私は、こうまじまじと空を見たことがなかった。その時、私の脳に電流が走り、新しい作品の構想が一瞬にして出来上がった。
この美しい構想を忘れないためにも、急いで服を買い、馬車を呼び止め家路に着いた。
家に帰ると直ぐに実験着に着替え、私は地下実験室へと籠った。
私は、あの時思いついたものを一つ一つ書出し、イラストに起こして魔法薬の調合とこの美しい光景を閉じこめる装置を作り始めた。
人魚の涙でできたとされる泉の水を2滴
蓄光石のパウダーを小さじ1杯
ある人間から取れる宝石の欠片を3個
シルフとエアリエルが生み出す綿雲をひとつまみしてガラスケースに入れ1時間放置する。
すると、ちいなさ星が光り輝く夜空がガラスケースの中に生まれる。
夜空ができたあと、それを維持する機械をつくる。
大きな歯車をひとつと小さめの歯車を3つほど並べて噛み合わせていく。そしてその歯車に小さな時計を取り付け、中に入れる部品は完成した。
さて、デザインはどうしたものか。夜空の入った丸いガラスケースをランタンのようにするか、もしくはスノードームのような形にしようか。どっちも良さげで悩むな。
うん、スノードーム型にするか。ケースもちょうどいいまるさと大きさだし、眺めるには十分の代物だ。
ヴィクトリア調の台座を作り、その上に夜空を乗せた。
最後に、時計と歯車を魔法で中に閉じ込め永遠の夜空を完成させる。
私の名前の通り、私は時間を操る魔法が得意だ。だから、こんなに完璧で素晴らしい作品が生み出せるのだ。
ニヤニヤとしながら、夜空の星とうっすらと光る歯車、その中で時計の針がカチカチと時を刻むスノードームを掲げて、さらに、ニヤニヤと微笑むクロノスの顔をこっそりと地下へ降り中を覗き見していたミアは、その表情に対して少し不気味に思ってしまった。
久しぶりに時の魔法を使ったせいで眠気がしてきたから、私は1階に戻り珈琲を飲みにキッチンへ向かった。
すると、ソファーではなく、カーペットにペタンと座っているミアの姿がちらりと見えた。
「なにをしているんだ?」
そう言って覗き込めば、フリルが沢山着いた黒を基調とした膝丈までのドレスとこちらもフリルとレースが沢山あしらわれた赤いドレス、その他もろもろが入った紙袋を眺めていた。
「これ、ぜんぶおっさんがかってきたの?」
ゆっくりと振り返りながらミアが聞いた。
「あぁ、そうだが。それがどうした?」
軽くドヤ顔しながら、ミアを見ると
「そうなんだ…ひろわれたころからおもってたけど、ほんとうにおっさんってへんたいなんだね。」
そう言って、ミアはクスクスと笑った。
「変態なんて変な言いがかりはよせ。私は、美しいと思ったものしか買ってこないし、お前の我儘を叶えたつもりなのだがね。」
「いや、うれしいよ。こんなかわいいふくかってくれるなんておもってもみなかった。ありがとう。」
「そうか、願いが叶って良かったな。はぁ、なんだか今日は疲れた。そろそろ夕食にするとしようか。」
上機嫌に買ってきた服を眺めるミアにそう言うと、
「うん、ずっとおっさんをまってたからおなかぺこぺこだよ。」
そうニコニコしながら大事そうに服の入った紙袋を抱え、てってってっと私の後ろを小走りで着いてきた。
SilkyとBrownieの作った料理を二人で食べ、いざ風呂に入ろうと思ったとき、ミアが
「ねぇ、おっさん。ミアこれきてみたいからてつだって?」
と言ってきた。それも上目遣いで。薄々気づいてはいたのだが、私はミアのその顔に弱い。私は小さく溜め息をついて
「わかった。で、お前はどれを着たいんだ?」
そうミアに聞くと、
「ミア、これがきたい!」と言って紙袋から赤いドレスを出した。
私は、赤いドレスと対になった両端に赤い薔薇とリボンがあしらわれたカチューシャを出し、ミアに
「さっさと服を脱いで、着替えてこい。」
そう促すと、嬉しそうに「うん!」っと言ってクローゼットとかなり大きめ姿見のある部屋へ走っていった。
暫くすると、扉の開く音が聞こえ赤いドレスを着たミアがこちらへ歩いてきた。そして、後ろを向かせてファスナーを閉めてやると、嬉しそうな顔をして
「どう?にあう?」と聞いてきた。
適当に選んで買ってきたが、ここまでミアに似合うとは思ってもみなかった。
「あぁ、似合ってるよ。お前の翡翠の瞳と合って綺麗だ。」
素直に私がそう告げると、ミアは照れくさそうに微笑んだ。
そして私は、ミアの髪を櫛で念入りにときカチューシャをつけてやった。
なんと美しいのだろうか。今まで、私の服か父が生きていた頃に使っていた被検体用の服しか着せていなかったが、綺麗な服を着せるとこのガキはここまで美しく変貌するのか。まだ、少しばかり痩せ細ってはいるが、この美貌ならあの実験の成功に期待できるな。
私はこの時、そう思ったことを未だに覚えているし、そう感じたことは間違っていないのだと後に確信するのだった。
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