2話
翌朝、目を覚ますと驚く光景を目の当たりにした。なんと、私の上に小さく寝息を立てるガキがいた。
「おい、なぜここにいる。」
そう、声をかけるとガキは、んんっといいながら小さくあくびをした。
「あ、おっさんおはよう。」
そうガキは言ってちょこんと私の隣に座ってこう言った。
「おっさんさ、なかなかおきてこないからおこしにきてあげたの。あたし、やさしいでしょ?」
ニコッと笑って私を見るが、最後の一言がなんとなく余計に思える。
「起こしに来たのに寝ていたようだが。」と私がそう言うと
「おっさん、ゆすってもたたいてもおきないんだもん。そりゃつかれてねちゃうにきまってるじゃん。」
口をとがらせて、ガキはそう言った。
「ねぇ、おっさん。あたしおなかがすいた。なんかつくってほしいな?」
ご褒美を待つ子犬の顔で見つめられ、背筋がゾワっとした。このガキ、あざといな。
「はぁ…わかった。作ってやる。だが、私は料理はできない。二人分の料理を作るなら、機械に作らせるがそれでいいか?」
「きかいがつくるの?それってだいじょうぶなの?」
は?今なんといったこのガキは?私が作った作品は全て高性能で、そんじょそこらにいるような名シェフよりも素晴らしい料理を作る。それだけじゃない。ある昔話に出てくる家に住み着き、誰も見られず家事をする妖精と同じことが出来る。洗濯も、料理も、掃除も全て完璧だ。それを大丈夫なの?などと言うだなんて脳みそが詰まっていなのではないかと心配になりそうだ。
「大丈夫に決まっているだろう。私の作品に失敗などない。」
「ふーん。じゃあ、たまごにつけたあまいぱんがたべたいからつくってよ。」
こいつは、このガキはつくづく腹立つな。拾ったのは私だが、と何度も言い聞かせ、苛立ちを抑え、身支度をしに洗面所へ向かった。
ふと、あのガキは自分の身支度などはどうやって済ませたのだろうか。そう不思議に思っていたら、ひょこっとガキが顔を出した。
「おっさん、まだー?」
ちょっと待ってくれとジェスチャーで伝えると、リビングの方へ消えていった。
着替えを済ませ、2階の実験室にある機械人形を起動させた。
「オハヨウゴザイマス。マスター。」
この機械人形は、私が1人暮らしを始めて2年経った頃に作ったものだ。
「あぁ、おはようSilky。」
あぁ、やはり人間より人形の方がいい。無機質な声だが、落ち着く。
「アノ、マスター?ソウイエバ、久シブリニ私ヲ起動シテイタダイタヨウデスガ。ドウサレタノデスカ?」
Silkyの言う通り、かなり長い間動かしていなかった。一応、メンテナンスはしていたが動かすつもりはなかった。なんせ、Silkyの原動力である魔晶石が野蛮人共に取り尽くされたようで、無くなってしまっていたのだ。そのため、もし故障でもしたらと考えてしまい動かすことが出来なくなってしまった。
「長いこと動かさずにすまないな。Silky、君にお願いがあるんだが、これから毎日、2人分の料理を作ってくれないだろうか。」
私がそう言うと、Silkyは少し驚いた顔を見せ考え込んだが、ふわりと微笑んで
「カシコマリマシタ、マスター。」と言って微笑んだ。
機械でできているためか、特有の音を鳴らしながら、私の三歩後ろを歩いて着いてくる。
そのまま階段をおり、リビングに行くといきなり大きな音がキッチンの方から聞こえてきた。
「なんだ!?何が起こった!?」
私が驚いて、立ち止まっている間に後ろにいたはずのSilkyがパタパタとキッチンの方へ向かった。私も慌ててその後を着いていくと、そこには手と足を怪我したガキがいた。
「何をしているんだ!」
せっかくのモルモットが怪我してもらっては困ると思い、つい声を荒らげてしまった。
すると、怯えたような目で
「おっさん、くるのおそかったから、なにかできることないかなっておもっておさらとかだそうとしたの。そしたら、バランスをくずしていすからおちちゃった。ごめんなさい。」
叱られた飼い犬のようにシュンとした姿を見てこれ以上怒ることは出来なかった。
「大丈夫デスカ?割ッテシマッタ食器ノ片付ケト、怪我ノ手当ヲシテ朝ゴハンニシマショウ?ネ?」
そうSilkyが言い、ガキの頭を撫でていた。
「はぁ、私も手伝うから。さっさと片付けてガキはそこの椅子に座って待っていろ。」
そう言うと、パァと空が晴れたような顔をし、
「うん!!」
と元気に返事をした。
久しぶりにSilkyの作った料理を食べたが、やはり美味しい。
「おっさん、これおいしいね!」
腕と膝に包帯を巻いたガキが頬をぽっと明るくさせて嬉しそうにガキご希望のフレンチトーストを頬張った。
「だそうだ。Silky、良かったな。」
「エェ、嬉シソウニ食ベテイタダキ私ハ幸セデス。」と嬉しそうに微笑んだ。
私は、いつかのことを思い出した。この家で母と父とメイドと共にこのテーブルで食事をした。あの時の私はまだ幼く、些細なことで喜んでいた気がする。そう、私が明後日の方向をぼーっと眺めていると、Silkyとガキが顔を覗いてきた。
「おっさんどうしたの?」
「マスター?」
2人の声に、ハッとなり現実に戻った。
「すまない、考え事をしていた。おい、ガキお前はもう食べたのか?」
「もうたべたし、おかわりもしたよ!」
なんとまぁ、嬉しそうに喋る口だ。そんなに嬉しそうな顔をするなら、もう何体か起動しようか。Silkyだけじゃ大変だろうしな。ついでに、新作も試しに動かしてみよう。
そう考えているうちに目の前の皿にあった料理は空っぽになった。
さて、朝食の時に考えてた通り2階と地下の実験室にある機械人形を全て起動するとしよう。髪をといて、服も綺麗に着せ替えてな。ふっ。あぁ、楽しいな。この時間が私にとって一番の幸せだ。
全ての人形を起動させたあと、草臥れた白衣をまとって私はリビングに戻り珈琲を片手に1階の隅にある実験室へと向かった。そこにガキがいたなんて知る由もなかった。
実験室のドアを開けると、道具をいじるガキがいた。
「なっ!?なんでお前がそこにいる!?」
急に聞こえた私の大声にびっくりしたガキは、座っていた椅子ごと後ろに倒れ、鈍い音を出して頭を強く打った。
「おい、大丈夫か!?」
「う、うわあーん」
余程痛かったのか、打った場所を抑えながらガキは泣き出してしまった。
その声を聞いた、Silkyと地下で起動させたマゼンダとシアンが駆けつけた。
「マスター!ドウナサイマシタカ?」
「ア、ナイテルコガイル。」
「ナイテルコガイル。ナグサメテアゲナイト。」
マゼンダとシアンは、ガキを見るなりそう言ってリビングの方へタッタッタっと足音を立てながら走っていった。
Silkyはと言うと、泣きじゃくるガキを冷たい無機質の手で優しく背中を撫でて抱きしめていた。やはり、優しい性格というふうに設定したせいかそういう行動をとるのだなと再確認した。暫くして、マゼンダが氷の入った袋をシアンが怪我していたらいけないと思ったのだろう、ガーゼと包帯を持ってきた。
マゼンダもシアンも治療に特化した機械人形だ。以前、実験中に大怪我をした時、Silkyの手当では追いつかず大変な目にあった。私は、そんな時のためにマゼンダとシアンを作った。
泣きじゃくっていたガキにマゼンダ達が近寄り打ったところを見ていたが、慌てた様子でパタパタと動きだした。シアンはエタノールと麻酔薬を体の中で生成し始め、マゼンダは傷口を縫う針と糸、そして注射器を腕から出し、治療を始めた。どうもガキは打ちどころが悪かったらしく、後頭部の皮膚が割れてしまっていたみたいだ。本当にこのガキは今朝から怪我をしっぱなしで困る。モルモットとして家に置いているということを理解させるべきだろうか。そう思案していると、いつの間にかガキの治療は終わり、騒ぎを聞きつけた他の機械人形がせっせと片付けをしていた。Silkyはガキを抱っこし、リビングへ消えていった。
暫くして、Silkyは戻ってきた。痛みで泣きじゃくっていたガキを、SilkyとBrownieの二人がかりであやして寝かしつけたそうだ。2人には申し訳ないことをしたな、と私は反省した。
「すまなかったな。Silky、Brownie 。」
そう私が謝ると、
「マスターノ大事ニシテイル子供デスカラ、ソバニイテアゲルノハ当然ノコトデス。」
「マスターガ謝ルコトデハ無イデスワ。私タチハ、私タチノスルベキコトヲシタダケデスカラ。」
そう2人は優しく微笑みながら、誇らしげに私にそう言った。
「そうか、ありがとう。ところで、あのガキの様子はどんなだ?」
私がそう聞くと、Brownieが珍しく顔を顰め、
「マスターハアノ子ノコトヲ、ガキトオッシャイマスガ、ナゼ、名前デ呼ンデ差シ上ゲナイノデスカ?」
と言われてしまった。
そういえば、今まで名前で呼んでいなかったな。あのガキ、名前はあるのだろうか。まぁ、捨て子だったわけだし捨てられる前はきちんと名前を呼ばれていたはず。今度聞いてみるか。そう考えあぐねいていると、
今度は、Silkyが口を開いた。
「マスター、私カラ提案ガアルノデスガ、アノ子ニ名前ヲツケテミテハドウデショウカ?1度、オ名前ヲ聞イタ時、名前ナンテ最初カラナイカラ分カラナイト言ッテラシタノデ。」
ほぉ、名前が無い子供とは本当に居たのだな。まぁ、確かに名前が無いままだと機械人形たちが困るか…
「わかった、あのガキに名前をつけるとしよう。」
そう、私が言うとBrownieが嬉しそうな顔をした。しかし、名前と言っても何がいいだろうか。番号で呼ぶとBrownieの顔が険しくなるのはわかってる。はて、どうしたものか。
「うーん、名前か…何がいいだろうか。」
真剣に悩む姿を見たシャーロットが驚いた目をして私を見つめていた。
「ヒトギライナマスターガ、アノコノタメニナヤマレテルダナンテハジメテミタ。」
いきなり、至近距離で声をかけてきたシャーロットに驚いた私は、大声を上げてしまいSilky達に怒られてしまった。
「アノコノナマエニコマッテルナラ、シャーロットガツケテアゲヨウカ?」
そう言い出したシャーロットは、私が頼む前に、メガネの奥をキラキラさせながら何かを検索していたようだ。
「マスター、ミアッテナマエハドウ?ダメ?」
ミアか、あのガキにはもったいない名前のように感じるが
「そうか、ミアか。いいな、それにしよう。私が考えても思いつかんしな。」
そう、ふっと私が笑うとシャーロットたちは顔を見合わせて微笑んだ。
それから、私は実験の用意を始めた。ミアはまだ叩いたら折れてしまいそうな見た目だが、もう少し太らせれば耐えられるはず。だから、すぐにできるように近くにあるガラス張りの戸棚にちまちまと道具を揃え始めた。
揃え終わったあと、私は隣町にいる常連に頼まれていた薬草や魔晶石を崩しながら頼まれた魔法薬を調合し始めた。かなり多くの注文を受けてしまったため、前日の疲れが取れぬまま魔法薬を作るのは骨が折れる。しかし、金を稼ぐには人間と関わりを持たねばならない。そう私は思い、嫌な人間相手に商売をするのだ。あと、実験するのにも金がかかるから仕方がない。
「あの…おっさん、さっきはごめんなさい。」
いつ起きたか分からないが、眠い目をこすりながらミアは謝った。最初、何を謝っているのかさっぱりだった。しかし、次第に朝食をとったあとの出来事に対して謝っているのだと理解した。
「反省しているならいい。それに幸い、お前が頭を打っただけで、道具は壊れていないからな。それで?怪我した場所はどうだ?痛みは取れたか?」
「あたまのけがはもういたくないし、さっきマゼンダとシアンってこにもうきずはふさがってるみたいだからうごいてもいいっていわれた。」
「そうか、それなら良かったな。」
「うん!」
そう返事すると、ミアは嬉しそうに笑った。
「あぁ、そうだ。お前、名前が無いとSilkyから聞いたぞ。」
「うん、ないよ。あたしはいらないこだからつけてくれなかったみたい。」
「そうか。なら、これからお前のことをミアと呼んでもいいか?」
私が、そう聞くとミアは驚いた顔をした。
「おっさん、あたしになまえをつけてくれるの?いままで、ガキよばわりしてたのに?」
「うるさいな。いいだろう、別にそう呼んだって。お前だって、私のことをおっさん呼ばわりしているだろう。」
そう私が言うと、聞こえないほど小さな声でボソボソと何かを言った。何を言ったのかは知らないし、話しながら私は、頼まれた魔法薬を作っていたからミアの顔を見ておらず、どんな顔をしていたか知らなかった。
「まぁ、べつにガキよばわりでもきにしてないけど。」
「そうか。私は、これからミアとお前を呼ぶつもりだったが今まで通りにガキ呼ばわりするとしよう。」
私が、ミアに向かってニヤッと意地悪な顔をすると
「いや、べつにガキってよんでほしいわけじゃないもん!ただべつに、きにしてないってだけで、その…」
どんどんしりすぼみになる言葉を聞きながら私は、今まで感じたことの無い温かい気持ちになった。
「ねぇ、おっさん。これから、あたしをミアってよんでくれるの?」
上目遣いで私を見てきたミアに少しだけ微笑んで
「あぁ、そうだ。そうだと言っているだろう?なんだ気に食わないか?」
私がそう言うと、
「そんなことない!いままでなまえなんてなかったからうれしい!ありがとう!」
そう言ってミアは無邪気に笑った。
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