1話

ある朝、私は、久々に心地よく目を覚ますことが出来た。ふしぎとその日は気分が良く、体調もすこぶる良かったので、鼻歌まで歌って実験道具の手入れをしていた。

ふと、こんなに調子がいいのなら今まで見送ってきた実験でもやってみようかと思った。しかし、その実験に必要なものを私は持っていなかった。どうしたものか。なんせ私は、人間が苦手だ。反吐が出るほど嫌いなのだが、この実験にはどうしても人間がいる。困ったな…

しかし、この実験は死ぬまでにはしておきたかったものだ。人間は嫌いだが、仕方ない。適当に見繕って、モルモットにでもするか。


基本私は、どうしても必要な用事がなければ家から一歩も出ない人間だ。遊びに行って何になる?ただ、目的もなくぶらぶらと歩いてなんになる?それに、外に出てしまうと耳障りな騒音を聞かねばならないから家で過ごすのだ。その方が気が楽だ。

さて、一応財布は持って行っておくか。取られては困るしな。

あぁ、気乗りはしないがこれも実験のためだ。私は、玄関のドアノブを回し重たい扉を開いた。

予想していた通り、煩い。耳障りな音ばかりする。久しぶりに体調も機嫌もいいのに、これ以上外にいると気分が悪くなりそうだ。

ちょうどいいモルモットはいないだろうか。辺りを見回してみると、薄暗い裏路地にボロボロの痩せ細った子供がいた。よく見れば、体のあちこちにアザがあった。捨て子なのだろう。ちょうどいい、これを持って帰ってモルモットにでもするとしようか。


「おい、そこのガキ。行くあてがないのなら私の元に来ないか?」

少し震えた声になってしまったが、一応、薄汚い子供に声をかけた。

少し時間を置いてから、虚ろな目を向けてその子供は、こういった。

「おっさん、だれ?」

第一声が、おっさんとは非常に気に食わない。

「私はおっさんではない。クロノスだ。」

「だからなに?おっさんはおっさんじゃん。ひげぼーぼーのおっさん。クスクス」

このガキ、自分の言ったことで腹を抱えて笑ってやがる。

しばらく笑ったあと、そのガキは真っ直ぐな瞳で私を見つめてきた。

「あたしさ、おなかすいてんだよね。それにどこにもいくあてなんてないし、いいよ。ついていってあげる。」

なんとまぁ、上から目線なことを言われたものだ。まぁ、いいか。これでモルモットは手に入ったし、良しとしておくか。

「そうか、なら私に着いてこい。」

「ふふっ。」

何が面白かったかは分からないが、このガキは笑った。

まぁ、この時のクロノスは気づいてはいなかったが、かなり上機嫌な顔をしていたらしい。後に、この少女から気持ち悪いと言われながら、聞く羽目になったとか、なかったとか。


拾ったはいいが、ここまでガリガリに痩せ細っていてはこれから行う実験に耐えられないだろう。それに、感染症なんか持っていたらたまったもんじゃない。あと、くさい。鼻がもげてしまうほどの悪臭を漂わせている。何をどうしたらこんなに臭くなれるのか、不思議でならない。しかし、このまま放置していては、家にこの悪臭が着いてしまう。そう思い、私はガキを連れてバスルームへと向かった。

「ここに、シャンプーとリンスがある。その隣に、ボディーソープがあるからそれで体を綺麗にしてこい。お前はあまりにも臭すぎるから、この時計の砂が落ちるまで風呂に入っていろ。私は、その間に何か食べるものを買ってくる。いいな?わかったか?」

話を聞いていたのか分からないが、このガキ、ずっとぽかんとしている。

「なんだその顔は。」

「いや、たべるものかってきてくれるんだとおもってびっくりしただけ。わかったよ。おっさんがかえってくるまで、じゃなかった。えーと、このとけいのすながおちるまではいっとけばいいんでしょ?」

「わかっているならさっさと入れ。本当にお前臭いぞ。」

少しだけムッとした顔をしたが、ガキはそのまま言われた通り風呂に入った。

あのムッとした顔、少し可愛かったな。なんて思った自分にゾッとしたが、直ぐにその記憶をかき消し、ガキと私が食べるものを買いに行った。


すっかり、暗くなってしまったところで私は家に帰った。

部屋が薄暗いため、真空管オーディオの電源を入れた。そうすると、家全体のランプが光り明るくなった。これは、私が暇つぶしで作ったものだが案外使える。

部屋を見渡すと、ガキが居ない。逃げたか?いやしかし、鍵はかけたはずだ。この世界では魔法も使うことが出来る。だから、家の至る所の鍵は全て魔法で閉じたはず。

1人悶々としながら、ガキを探すと1時間以上たっているにもかかわらず、風呂にいた。

「なぜまだそこにいる?もう砂は落ちきっているぞ?」

私がそう言うと

「だってきるものないじゃん。はだかでうろうろできるほど、あたしへんたいじゃないもん。」

あぁ、なるほどそういうことか。

「あぁ、すまんな。これでいいか?」

そう言って、近場にあった服を手渡した。

ガキは素直にそれを受け取ったが、まだ何か言いたげにモジモジしていた。

「なんだ?言いたいことがあるのか?」

ガキは、少し顔を赤らめて

「あの…パンツというか、なんというか、したぎがほしいんだけど。ない?」

そう言って、湯気が出そうなほど顔を赤くしたガキは俯いてしまった。

服だけ渡しても確かに恥ずかしいな。

「わかった。少し待っていろ。確か地下実験室に新品のものがあったはず…」

そうボソボソと言いながら、私は地下に降りていった。


このタンスにあったはずだが…どこにおいたかな。目の前にはきっちりと服を着せた、私好みの球体関節の機械人形がいた。まぁ、ほかにも何体かいるのだが。

あ、そういえば、新しく作った人形のために下着を買っていたな。あれをやるか。

そう思い、その下着をしまっていた箱を取り出した。最近洗濯したばかりなのだろうか、きちんと洗っていたものがあった。白いレースに控えめに着いたリボン。まぁ、これぐらいしかないな。あのガキにはもったいないが、履くものがないなら持っていこう。ついでに脱ぎ捨ててあったあのボロ布も捨てよう。

私は、新品の下着をふろ場に持って行った

「あったぞ。ほらこれを履け。そしてさっさと風呂場から出ろ。」

そう言って、持ってきたものを渡すとうわぁと言うような顔で私を見てきた。

「なんだ、文句があるのか?」

「いや、おっさんってこんなしゅみあるの?へんたいじゃん。」

変態といったか、このガキ。暫く、微妙な空気が流れたが、ガキが腹を鳴らしてその空気はなんとか納まった。

「適当に食べるものは買ってきた。好きなものでも選んで食べるといい。」

そう言うと、ガキはいそいそと服とパンツを履いて風呂場から出た。


「ねぇ、おっさん。これたべてもいい?」

目をキラキラさせて私を見つめるガキが手にしてたのは、私が食べようと思っていたチーズドリアだった。

「それは、私のだ。」

大人気なく、ガキの手からドリアを取り上げると、

「えー、ひとくでいいからちょうだいよ。ね?いいでしょ?」

このガキ、生意気だな。

「やらん。お前はこれでも食べてろ。」

そう言うと、ガキは口をとがらせて文句を言う。

「ちぇ。けち。」

「ふん、勝手に言ってろ。」

ブーブー文句を言いながら、 そのガキは別のものを取り出して食べていた。

ある程度食べ終わったあと、ガキは疲れたのか寝てしまった。衛生上、歯を磨かないと悪い。叩き起してもいいが面倒臭いな。はぁ…人間に触れるのは身の毛もよだつ行為だが、仕方ない。私が、幼い頃に母にしてもらっていたようにしてみよう。あぁ、最悪だ。気持ち悪いのこの上ない。

私は、寝ているガキを横抱きしてソファーに連れてった。そして、膝枕をしながら歯磨きをした。はぁ、なぜ私がこんなことを。溜息をついても仕方ない。拾った以上ほったらかす訳にもいくまい。

綺麗に磨き終わったあと、そのままソファーに寝かせておいた。そういえば、今の季節は冬だ。そのままにしておけば風邪をひくだろう。そう思い、適当にブランケットを持ってきて被せてやった。

あぁ、我ながら何をやっているのだろうか。人嫌いなくせにここまで世話を焼いて。馬鹿らしい。そう考えていると眠気がしてきたので、私は湯船にお湯を張りなおして風呂に入った。そして、寝室のベットに入ると直ぐに溶けるように眠った。

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