第12話 食堂にて

「ほら、着きましたよマリーさん。食堂です」

「ほへ……はひ? そ、そうですね……?」


 マジで道中の記憶が一切ないのだが、どうしたのだろうか。

 残機が減ったのかもしれない。


 とにかく、二人で手を繋いだまま食堂に入った。

 そのまま自分の分の食事を取り、空いている席に座る。



 朝食は、簡単な定食みたいなものだった。

 主食、主菜、副菜にあれやこれやが乗ったシンプルなもの。

 味は素朴だが、結構おいしい。小学校の給食を思い出す味だ。


 そんな郷愁じみたなにかを感じながら食べる私の横には、もちろんクリスさんもいる。

 というか片時も離れてくれない。

 食事中に言うのも何だが、そろそろトイレに行きたくなってきた……。


「どうしましたかマリーさん、そんなにじっと見つめて……」

「あ、いや」

「あまり見られると、恥ずかしくてグレてしまいます」

「せめて照れてください。お願いなので。追放エンドになっちゃうので」

「ついほう……?」


 悪役令嬢的には洒落にならない発言だった。

 こんな軽口が交わせる程度には仲良くなった、ということなのだろうか……いや特に何もしてないけどね。


 とはいえ流石は良いところのご令嬢と言うべきか、クリスさんの食べ方はとても綺麗だ。

 最初以外はほとんど無駄口を叩くこともなく、黙々と食事を進めている。

 気品溢れる、なんて言葉を本心から使う日が来るとは思わなかった。



 そんなこんなでしばらく経った後、私たちの元に誰かが近づいてきた。


「ごきげんよう、クリス。久しぶり……と言うほどでもありませんね。……そちらの方は?」

「……あら、ごきげんよう。この方はマリーさん、私の……えー、彼女みたいなものです」

「ぶふっ!?」


 面食らった。

 メニューはパンだが。


 彼女ってあの……あの!?

 ガールフレンド的な意味の彼女!?


「……へえ、そうですか」

「そうです」

「そうですじゃ……グホッゲホッ!?」


 やばいパンが変なところに入った。

 喉が痛い。肺が無理やりに息を吐き出そうとしてくる。


 いや、いやいやいやいや。

 いいの? 本当にそれでいいの?

 いいのかな、いやいいのか?

 なんか普通に会話してるし。


「……おっと、紹介が遅れましたねマリーさん。この方はアン。私の幼馴染です」

「ご紹介にあずかりました、アンと申します。以後お見知り置きを、マリーさん」

「あ……こ、こちらこそよろしく」

「それでは食事に戻りましょうか?」

「……そ、そうですね……けほっ」


 なんかすごい自然な流れで私がクリスさんの彼女ということになったんだけど。

 どうしてそうなった?


「あれ? 昨日の……?」


 未だ落ち着かない心拍を持て余していると、今度はなんか聞き覚えのある声がした。

 生徒が集まる朝の食堂だけに、どうにも落ち着かない……またクリスさんが変なことを言い出さないかと気が気でない。


 いや、別に嫌ではないけれど。


「あ、やっぱりクリスさんだ! おはようござ……うわっ!?」


 食堂のドアを開け、見知った人影が入ってきた……と同時に盛大にすっ転んだ。

 ごすっ、めきって凄い音したんだけど大丈夫?

 どこか折れてない?


「えっと……大丈夫ですか?」

「うう、なんで私っていつもこう……あれ? あなたも昨日の?」

「あっはい、マリーです」


 幸いというべきか、私はもうほとんど食事は済んでいた。

 昨日のクリスさんを見習ってというわけではないが、うずくまって肘や膝をさすっているイリーナちゃんの元へと向かう。


 ハンカチは……あれ、ポケットに入れたと思ったんだけどな……。


「マリーさんですね! 私はイリーナです! よろしくお願いします!」

「うん、よろしくね」


 すっと手を差し出してきた。

 握手。

 なんか手慣れてるというか、天然の人たらしみたいな真似を平然としてくるな。

 

 やたらとフレンドリーだし……乙女ゲーの主役とはこういうものなのだろうか。

 陽のオーラが滲み出ている。

 ドジっ子属性と合わせて可愛さ百倍って感じだ。



 ……ところで、クリスさん?

 なんでそんな見てるの?


「……マリーさん」

「はい?」

「後でおしおきですからね」

「なにゆえ!?」


 どうしてそうなった!?

 というかおしおきってなに!?

 内容が気になる!


「あ、あの……おしおきってなんですか?」

「そうですね……では」


 と言って、彼女もまた手を差し出してくる。

 イリーナちゃんのそれとは違い、ややぎくしゃくしているが……。


「……これは?」

「握手です」

「そうじゃなくて……まあいいか」


 手を取る。

 ちょっと振って、離す。


 ……なんなんだ?


「わあ、二人は仲がいいんですね!」

「いや、まあ……はい」

「マリーさんは私の彼女です」


 クリスサン!?

 またなの!?

 目撃者多数なんですけど、ちょっともう撤回できない雰囲気なんですけど!


「そうなんですね! 羨ましいです!」


 こっちも当然のように受け入れたな。

 楽で助かる……違うそうじゃない。

 そこじゃない。


「ふ、貴方とは違うのですよ」


 あ、今のはちょっと悪役令嬢っぽい。

 それもまたなんか違うけど。


「クリスさん、あの……」

「さあご飯にしましょう」

「えぇ……」

「あ! 私も一緒にいいですか!?」

「どうぞ」

「ありがとうございます!」


 うん、微笑ましいやりとり。

 もう何でもいいや。

 私しーらない。






 ***






 それから数分後。


「ふふふ……貴方のような方にマリーさんは渡しませんよ」

「むー、でも私だって!」


 ……どうしてこうなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る