第11話 悪役令嬢(?)

 トントン、トントントン。


「うぅ……?」


 ノックの音が、明け方の部屋に響く。

 誰かが、私の部屋のドアを叩いている?


 誰だよ……。

 私は疲れているんだ、主に学園長の話のせいで……。


「あと……ごふん……」


 トントントン、トントントントントントントントン。

 ……うるさいなあ。


「くぅ、ねたい……ねむたい……ねむりたい」


 ……とはいえ、仕方ない。

 埒があかないとはこのことだ。

 開けよう。

 着替える時間はないし、なんか適当に寝巻きの上に羽織って……っと。


「はーい、なんですか……って、うわ!?」

「おはようございます、マリーさん」


 寝ぼけ眼に金髪が刺さる。


 く、くくクリスサン!?

 クリスサンナンデ!?


「なん、な、なぜここに……!」

「私の部屋、隣なので」


 ああ、そうなんだ……っていや違う、そうじゃない!


「えと、なんでわざわざ……?」

「一応、起こしに来ました。そろそろ朝ごはんの時間なので」

「あ、ありがとうございま、す?」


 なるほど、起こしにね。


 ……なぜだ?

 理由の説明にはなってないぞ?

 私なんかしたっけ?


「あ、その、着替えるので……」

「では、待っていますね」


 …………か、可愛い。

 それはそうだが違うそうじゃない。


 なぜだ。

 何があった。

 えっと昨日あの後は……手を繋いだまま、二人で学園内を見て回ったんだったか……?


 それでそう、部屋に戻って。

 あ、なんか『また明日』って言ってたような……?


 ……また、明日。

 約束?

 それで起こしに来てくれた?

 天使か?

 いや女神?

 いやいやもっと尊いな?

 死ぬぞ? ええんか? 死んじまうぞ? 連載終わりだぞ??



 ……落ち着け。

 過呼吸じゃなくて、無呼吸でもなくて。

 水の呼……やばい色んな人に怒られる。


 そうだ、深呼吸。

 すーはーすーはーすーすーはー。

 しゅこー、しゅこー。

 よし落ち着いた。


「ふう……うん、朝は冷えるなあ」


 人生って感じだ。


 ……さて、どうしよう?

 断る理由もないよね?


 でも、私が見たいのはイリーナちゃんとクリスさんの百合なわけで。

 そこに挟まると言うか、いや別にカップルが成立してるわけではないんだし挟まってはいないんだけど、それをくっつけようとしていた身としてはいささか罪悪感のようなものを感じる次第でして。


 別に、私がクリスさんとイチャイチャしたいわけでは……いやないわけではないけどでも別に私とクリスさんがイチャイチャしたってどこにもなんの需要も生まれないしだってイチャイチャしたって恥ずかしだってほら向こうの気持ちとかさそういうの色々いるし別に私が嫌では嫌なわけそんなわけないだいすきかわいいけどそれはまた別だしさあああもうもうなんだこれなんだこの……この……!


 ……まあ、いい。着替え終わったし、とりあえず出よう。


「えっと……お、お待たせしました……」

「お待ちしておりました」

「スミマセン」


 うん、待たせてた。

 わざとじゃないよ?

 自己意志だったよね? ワタシワルクナイよね?

 謎の罪悪感で胃が溶ける。多分既に原型をとどめていない。


「それでは、行きましょうか」

「…………」

「……どうかしましたか?」

「いや、まあ……はい。分かりました。覚悟はできました」

「……?」


 当然のように手を差し出してくるクリスさん。

 私がおずおずとその手を取ると、しっかりぎゅっと握ってくる。


 あったかい。

 そして尊い。



 クリスさんの長い髪がふわりと揺れる。

 まるで花のような香りが香ってきた。シャンプーだろうか……ってまって私ってめっちゃ庶民だけどそれに慣れちゃったけどねえねえ!

 見るからに貴族なクリスさんからして、汚かったり不潔だったり無いよね!?


 く、臭くないよね!? ねえ!!?


「そういえば、マリーさん」

「は、はい!?」

「ええと……そうだ、今日もきれいですね」


 ぐっっっっっ!!?

 なん……だと……!?


「な、なにゆえきゅうにそのようなことをおっしゃる…」


 やばい、あわてすぎてすべてのかんじをわすれた。

 い、いやまあこのせかいにかんじはないけどさ。

 しかもことばづかいもおかしい。


「あの……百合営業とは、これでいいのですか?」


 ……ぬあああああああ。

 かわかわ尊い。

 尊すぎて漢字を思い出した。


「は、はひ、そんな感じで……」

「……ふむ」


 顎に手を当てて考え込むクリスさん。

 それだけでなんだか絵になる、彼女のそんな様子になぜか鼓動が速まる……。


 はっ、これが恋!?

 いやまあ、営業なんだけどね。

 アイドルやキャバと同じ、そう同じようなものだ。

 真に受けるな調子に乗るな馬鹿戻れ。


「…………」


 ……はあ、尊い。

 一生このままでいいのに。

 横顔を見ているだけでもう、なんかもう、あれなのだ。



 ……あれ?

 そういえばクリスさんって、悪役令嬢だよね?

 全然悪役じゃないんだけど?

 昨日もイリーナちゃんの怪我の手当てとかしてたし。


 ま、まさか詐欺か? タイトル詐欺なのか?

 やばいぞ、このままだと『全然悪役令嬢じゃない』ってレビューを書かれてしまう!

 何とかしなければ!


「マリーさん」

「ふぁっ!? どどどどうしたんです!?」


 び、びっくりした。

 悪役令嬢(笑)さんか。


「私のこと、どう思いますか?」


 …………ぐっっっっっふ。

 なんだその質問は。

 何を意図している。

 私に一体ナニを言わせようとしてるんだよ!?


「え、えと……」

「答えてください。私のこと、どう思いますか?」

「ひぃ……」


 詰め寄られた。

 悪役だ。


 少なくとも今の私にとっては。

 こういうのってどう答えればいいんだ?

 教えて恋愛の神様ーーー!!


「…………」


 めっちゃ見てくる。

 クリスさんめっちゃ見てくる。

 やめて、そんな答えを待たないで。


「あっ……そのえと、す……好きです……」

「……そうですか」


 はあ。

 びっくりした。

 なんだ突然。


「私も好きですよ」

「……? …………。………………っ!!!!?」


 思考停止、再加速。

 理解。

 そして思考停止。


「ええと……その……。あなたと一緒にいると、胸がどきどきします。顔が熱くなります。初めての、感覚です」

「ミ゛ッ……ガッ……ンうぐあっ」


 てんぷら。

 ちがう、テンプレ。

 そういう台詞。

 それでここまで揺さぶられるのか。



 そんな場合では無いのになんだか……ぞくぞく、してしまう。

 そんな自分に、罪悪感……いや、背徳すら抱く。

 もっと彼女を、彼女の言葉を聞きたい、彼女だけの言葉で、彼女だけの愛を、全部の言葉を受け止めたい。

 そんな、どろっとした感情が。


 違う、落ち着け、『営業』だ……そうでしかない。

 演技だ、嘘だ、偽物だ、そう思い込まないともうどうにも……!


「……ほんとう、ですよ?」

「〜〜っ!!! あぐ……うぐ……!」


 破裂しそうになった。

 いや、というか既に破裂した。



 無理やり意識を断つ以外に、平静を保つ方法がなかった。

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