第6話 百合が見たいだけなのに

 紆余曲折ありまして、今日は待ちに待った学園入学の日!

 この日のために練りに練った『作戦』と共に、私の夢を実現する第一歩!


 ……その記念すべき朝に、私は……!


「ちょっと、オリバー!」


 ペットの犬を追いかけていた。

 全力で。

 しかもロングスカート姿で。

 どうしてこうなった?

 私は、ただ……!






 ***






 話は少し前にさかのぼる。


 なんだかんだ転生して十数年が経ち、今日から私はついに『学園』に行くことになる。


 学園。

 ゲームのメインとなる舞台。

 女主人公の『イリーナ』(初期ネーム)は、この学園に入学して様々な人物との出会いを経験する。


 あるときは先輩。

 またあるときは後輩。

 またまたあるときは同級生、留学生、あるいは普通に知らん人。

 ルートによっては先生やらなにやら、その他諸々のキャラクター達……。


 彼ら彼女らと出会い、これと決めたキャラクターとのカップリングを目指すというのが主軸のゲーム。


 登場するほとんどのキャラクターとのカップリングが可能で、ルートの数はなんと数百。

 細かい分岐も合わせれば数千にものぼるとか。

 その自由度の高さや各キャラクターの設定の豊富さから、その手の界隈では有名なゲームだった。

 私も熱中したものだ。



 ……しかし。

 このゲームにはひとつ、重大な欠点があった。

 いやまあ欠点というか、うん。


 さっき、『ほとんどの』と言っただろう?



 そう、いるのだ。

 数百と登場するメインキャラクターの中で、ほとんど唯一カップリングが不可能だったキャラクターが。

 それが、最序盤から登場する悪役令嬢……『クリス』(名称変更不可)である。


 容姿端麗、才色兼備。

 金髪金眼、華奢な体つきが映える深窓の令嬢。


 主人公と同級生の嫌味な子であり、家の権力を鼻にかけ周りの人間を見下す……という設定のまあ典型的な悪役キャラ。

 ただし随所に存在するツンデレ演出や、『いやこいつ悪役っていうかただ不器用なだけでは……?』みたいなシーンが印象的なこともあり、正直そんなに悪印象はない。


 というかむしろ逆。

 ネットでもかなりの人気を誇るキャラクターであり、ガチ恋勢も一定数いたとかいないとか。

 詰られたい……いや、なんでもない。



 ……だがしかし。

 どんなルートを取ってもどんな選択をしても、彼女とのカップリングだけは作ることはできない。

 理由は謎。


 そりゃたしかに『悪役』令嬢なんて呼ばれるだけあって、最初はあまりいい印象のないキャラクターだ。

 主人公に嫌がらせするとかね。


 だけど、先の通り彼女はそこまで悪者というわけではない。

 もちろんある程度ルートによるけど、実際には二面性があるというか……いやまあどんな人物でもそうではあるのだが、それが強すぎるだけというか……うん、そんな感じ。


 要は差が激しい。

 ギャップ萌え?

 ネット上の人気もそこから来ている。



 だが、何度でも言おう。彼女とはカップリングできないのだ。

 多くのルートがあるのに、彼女が幸せになれるルートは一つもない。

 悪役の定め……と言ってしまえば簡単だけどいくらなんでも酷いと思う。

 作者に嫌われてるんじゃないかってレベル。

 というかこのゲーム、先ほど言った通り自由度が高いので、基本的にはどんなルートでも取れるのだ。

 誰とも結ばれないエンドもあるし、なんなら学園に侵入してきた盗賊と結ばれるっていう通称『盗賊ルート』なんてのもある。


 盗賊って。もっとなんかあったろ。

 悪役令嬢、盗賊以下なのか?




 ……とにかく私は、その運命を変えたい。

 絶対に結ばれることのない、主人公イリーナと悪役令嬢クリス。

 彼女たちのルートを、私が作るんだ。




 そんな意気込みをする私をよそに月日は進み、ついに学園へと旅立つ時が来た。

 学園では寮生活となる。


 転生してから十数年。

 お世話になった家。

 そして両親よ、今までありがとう。


 ……なんか今生の別れみたいになってるけど、そんなことはないぞ。多分。


「ちょ、オリバー、スカートを噛むな」


 もう行くから。

 時間だから。


 やめろ。

 そんな顔で見るな。

 そんな『もう会えないの……?』みたいな声が聞こえてきそうな顔で私を見るな。

 帰ってくるし手紙も出すから。


「だから…………うん? おい、オリバー? お前それは……?」


 その口に咥えてるのは何だ?

 それ、見間違えじゃなければ……私の荷物じゃ? というか入学に必要な書類一式では??


「ウゥ〜……ワンッ!」


 あ、待て。

 咥えたまんま吠えるとか器用な真似を!

 逃げるな、返せ!


 それないとダメなやつだから!

 待て!


「グルルルル……」

「くそっ、犬相手に体力勝負は不利だ……!」


 しかもスカートだから走りにくい!

 おのれ、オリバー!

 おのれ神(笑)!

 返せ!


 私は……私は、ただ!


「ただ、百合が見たかっただけなのにぃぃっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る