第5話 転生と百合と犬。

 ……おひるごはんにやきにく……むにゃ。

 ごはん……ごはん……?



 んんー……うん?

 なんだろ……長い間、寝てたような気がする。


 なんだっけ。

 一体何があって……あー、ここはどこだ?


 見覚えのない……あ、そうだ。転生だ。

 あの神(笑)に転生させられたんだ。



 ということは、ここは……。


「ぅぅ……」


 ゆっくりと、目を開ける。

 次に体を……起こせない。

 というか、なんか体の感じが違う……?

 気のせいか目も見えづらいような。


「ぅぇぇ……ふぇ……?」


 声を出そうとしても、うまくいかなかった。

 か細く、弱々しい声しか出せない……。


「ぅぅ? ……ぅぁー?」

「あらあら、どうしたのかしら? 今日は随分とご機嫌さんねぇ」


 あまり聞き馴染みのない、しかしどこか安心感のある声が響く。

 ほんわりと、いい匂い……。



 ……ああ、なるほど。

 転生って、そういうことか。


 今の私、赤ちゃんなんだな。

 しかも体もまともに動かないぐらいの年齢の。


 私としての意識が戻るまで、少し時間がかかったとかかな。

 もしくは単にそれを自覚せず、夢うつつのままここまできたか。


「ぅゅぅ」


 五感は機能している。

 ただ、体の自由はほとんど効かない。

 転生……確かに見慣れない天井、光の感じもどこか元の世界とは違うように感じる。


 ……まあ、どうでもいいや。

 間違い探しをしたいわけではない。


 寝よう。

 赤子は寝るのが仕事だ。

 体が動くようになるまでは、ダラダラと過ごさせてもらおう。


「……ぅぁー」

「ふふ、ほら見てあなた。この子ったら、こんなに幸せそうな顔で……」

「ゅぅぅっ!?」


 目を閉じようとしたところに、ほっぺたに強めの刺激を感じた。

 つねられた……? いや、違う。単に赤ん坊だから刺激に弱いんだろう。

 しかしこれはなんだ……なぜか落ち着く、けど寝れない……。


「おお、本当だな。よーしよしよし、いい子に育つんだぞー」

「ぁぅ……ぇぅ……?」


 やめやめろ、頬をもちもちするな。

 寝れん。

 全く子供扱いして……いや子供だけど。というか赤ちゃんだけど。


「かわいいわねえ」

「ああ、本当に」

「ぅぅ……」


 なんか、ちょっとだけ気恥ずかしい。






 ***






 そんなこんなで、転生してからしばらくの間はこうしてのんびりと過ごした。

 決して自堕落なわけではなく、赤ん坊なんてこんなもんだろう。

 うん、健やかに育っている。



 両親はいい人だ。


 母親は優しい。

 父親はどうも商人らしくあまり帰ってこないけど、たまに帰ってくるとすごい抱きしめてくる。

 まあベタだが、それが幸せってものなのかもしれない。

 あの神も案外いいセンスをしている。



 『マリー』と名付けられた。

 この世界、現代地球とはだいぶ文化が違うはずなのだが一体何から来ているのだろうか……ともかく覚えやすいし、いい名前なんだろう。



 ゲームでは基本的に学園の外に出ることはなかったし、そこまで世界観の説明とかもなかったからよく分かってなかったけど、時代的には大体元の中世〜近代って感じ?

 いやまあ私の世界史知識などミジンコレベルなので、正直どんなもんかははっきりしないんだが。


 ハイテクな機械とかはまだないけど、文明はそこそこ発達してるぐらい。

 まあある程度おいしくご飯が食べられる程度。



 ファンタジー要素は特にない。

 まあ、そうか。


 ただなんか言葉とかはわかるんだよねえ。

 日本語じゃないのは恐らく確かなんだけど、脳内で勝手に日本語に変換される……って感じ?

 どっかの大佐よろしく、『分かる、分かるぞぉ!』って。

 それぐらいは転生特典って事で、あまり気にしないことにする。


「ワンッ!」


 そうそう、両親とは別にもう一人家族がいるんだよね。

 名前はオリバー。

 我が家の愛犬だ。


「ぁぅ……?」

「ワンッ、ワンワンッ!!」

「ぅっ!?」


 犬がいる、まあそこはいい。

 珍しいことでもないだろうし、動物は嫌いじゃないし。


 ただし忘れてはいけないのは、今の私がまだ動くのも怪しい赤ちゃんだということ。

 懐かれたらしくめっちゃじゃれついてくるが、それを振り払えるほどの筋力は持ち合わせていない。


「クゥーン……」

「ぉぁ……ぅぁ……!」


 そして、オリバーは大型犬だ。

 元の世界で言うゴールデンレトリバーみたいなやつ。


 つまり.……。


「ワン!」

「ぁんゃ……ぇぇ……」


 答えはひとつ。

 潰される。

 動けない。

 あと毛がモッフモフなのでくすぐったい。

 どうしてこうなった。






 ──そうそう、なんだかんだで私の目的をまだはっきりと示してはいなかったっけ?

 今のうちだ、言っておこう。


 私の目的、それは『百合を眺めるものになること』だ。

 割り込んではいけない。それは死刑。

 最も私も女の子ではあるので、それでも百合っちゃ百合だがそうじゃない。

 見るのがいいんだよ。


 この世界は乙女ゲームの世界。

 私が目指すは、原作では決して実現し得なかった『悪役令嬢×主人公』のカップリング!!

 そう、百合エンドだ!


 この世界には、私という原作には存在しなかったファクターが存在する!

 つまりそれは、原作とは違うifを創れるということ!

 これにより、私は夢を実現するのだぁーーっ!

 

「ぁぅ……!」


 ……だから、オリバー。


 頼む、どいてくれ。

 私にはまだ夢があるんだ。


 そろそろ……息が…………。

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