第4話 転生……?

 すっごく、眠いような感覚。

 あたま……からだ……うで、あし?


 目がしょぼしょぼして、喉はからからで、耳もなんだか聞こえづらい。

 そんなよくある感覚と共に、私は目覚めた。




 ……あれ? 起きた?

 なんか死んだような気がしたんだけどな。

 さっき散々死亡フラグ立てて大方の予想通りトラックに轢かれて……いやだっせえ。

 かませ犬かな?

 

 うーん、まあいっか。

 全く、悪夢にしても芸がないな。

 自分が死ぬ夢なんざ珍しくもないが、あんなの捻りもなにもない。

 死因トラックなんて見飽きたぞ。

 全くもう、転生ものじゃあるまいし。



 とにかく、周りを見回す。

 そこには見覚えのある家の天井、使っていくうちに少しずつ潰れてきた布団、そんな当たり前の朝の光景が広がって…………いなかった………………?


「……えっ、と? どこだここは? あれー?」


 誘拐とかの類、でもない。

 確かにそこは知らない場所ではあったが、なんというか……知ってはいけないというか、知りたくもないというか。


 辺り一面真っ白で壁も床も天井もなにもなく、光もないのに明るくて、いるだけで気が狂いそうになる。

 そんな、超常的な風景。


「うーん、えっと……夢……? ならば、どれほどよかったでしょう……?」


 聞いたことのあるフレーズでごまかそうとするが、いやごまかしきれないぞこれ。


 体の感覚も頭の感じもしっかりしすぎている。これが夢ならえらい想像力だ、近年のVRでもここまでじゃない。

 有名な時は過ぎたとはいえ、フルダイブにはまだ早すぎるだろう。

 つまりこれは、このどう考えても科学的とは呼べない空間は……現実??



 ……あー?

 あーーーーーー?

 えっと、えっとだな。

 うん。まず私、死んだよね?


 体の骨がバッキバキになる感覚とか、出したくも無い汚い声が喉と肺から漏れ出たり、内臓が……いややっぱいいや。

 とにかく、死んだ感覚を覚えている。

 つまりあれも、現実。

 信じたくはないが……信じられないほど克明に覚えてしまっているんだ。


「えっと……げ、芸がないな……?」


 精一杯強がってみる。

 それしかできない。


 そういうことか?

 ベタな展開ってやつか?

 使い古されたネタなのか??


 スライムになったり最強だったりスローライフを送ったりしちゃうのか!?

 普通に嫌だよ!


「──ああ、最近の人間は理解が早くて助かるよ」


 そこに、見覚えのない人影があらわれた。

 精一杯目を凝らしても、輪郭が捉えきれない不思議な感覚。


 夢ではないのは多分間違いないし、このどことなく感じる異常性。

 つまりあれは……あれはまさか、神ってやつなのか!?


「ベタな展開とか言うな。いや言ってはいないが、とにかく言うんじゃない」


 え? 心読まれた?

 半分冗談のつもりだったんだけど、まさか本当に神なのか?


「心ぐらい読める。その通りだと言っておこう」


 で、出たーーー!

 近年のフィクション作品でよくある、すごい抽象的な神ってやつだーーー!!


 ありふれすぎだろオリジナリティとか無えのかああん!!?


「やめろ、あまりそういうことを言うな」

「言うというか思っただけなんだけど……で、結局これは転生ってことでいいんですか? 神よ」

「ああ。……その敬意も何もない態度については、ひとまず不問に付してやろう」

「さすが神(笑)さん! 太っ腹!」

「(笑)を付けるな」


 うん、だってさ。

 『転生』ってことは、もうほぼ疑いようもなく私死んでるからさ。


「死んでるぞ」


 返答ありがとよ。

 クソが。


「それで? 私を転生させてどうする気?」

「いやどうするというか……転生させるだけだぞ。アフターケアには期待するな」

「そこも気になるけど、そういうことじゃない……だってほら、多分全人類を見境なくこうして転生させるわけではないんでしょ?」


 いやまあ、見境なくなのかは知らないけど。

 でも全人類、全生命ってわけじゃない……と、直感的にそう思った。

 なんとなく。

 そもそもそんなの手間かかりすぎだし。


「そりゃ、そんなことは無いが。時間も力も有限だからな」

「それじゃあなんで私? まさか本当に、ベタな死に方をしたからってこと?」


 トラックに轢かれた人間は転生させる決まりなのか?

 だとしたらトラック強すぎでしょ。

 衝突時のエネルギーによって異世界への扉が開くのか、スゴイナー。


「違う……とも、言いがたいな。その、なんというか……お前の死に方がな……?」

「死に方がなんだって?」

「死に方がこう……哀れというか」

「……それで?」

「せめてもの情けとして、好きなところに転生させてあげようと。もちろん記憶はそのまま」

「ええ……」


 なんか釈然としない。

 死に方も何も……いや、パッとしない終わりではあったけれども。

 仮にも死についてどうこう言うのもあれだが、それなりにありふれた終わりだったんじゃないのか……?


「…………」

「な、何? 人の顔じっと見つめて」

「いや……まさかとは思うが、自分の死に方に自覚とか……ないのか。そうか……」

「じ、自覚? 死に方に?」


 交通事故から猫を庇って、トラックに轢かれたんだよな?

 割とはっきり覚えていると思うが。


「そこだよ」

「へ?」


 なんか変なところあったか?


「猫を庇ったってところだ」

「それが?」


 まあ、最期にひとつ小さな命を救ったってところか。

 いやまあ、あの猫が助かったかどうかは実際のところわからないんだけど……。


「……ビニール袋」

「……は? ビニール?」

「お前が猫って言ってたやつな……ただの、白いビニール袋だったんだわ」

「…………………………???」


 えっと…………ええ?

 び、ビニール袋……?



 OK、つまり?

 つまり、なんだ?

 私は、ビニール袋のせいで……というかそれを猫と勘違いした自分のお粗末な頭のせいで……命を落とした、と?


「……そうなる、な」

「…………」


 ……なんというか、ごめん。

 全ての生命に対して。



 お父さんお母さん、あなたの娘はビニール袋のせいで命を落としました。

 いや、錯覚のせいで。

 猫……ビニール……びにーるねこ……うん。


「まあそんなわけで……君はおそらく全人類の中で初めて、ビニール袋が原因でトラックに轢かれたわけだが」

「そんなわけでって何? そこの二つに関係ができることある?」


 私の人生なんだったんだ。

 誰かを救ったわけでもなく、ましてや自分で死のうと思ったわけでもなく。

 ビニール袋で、ビニール袋のために、命を落とした。


 それがあまりにも無様だったから、転生させてやろうと。


「まあそうなるな。……ちょ、痛い痛い、殴るな神を殴るんじゃない」

「……知らぬが仏、とかさ。お前に良心はないのか、というかさぁ? なあ??」

「はは、知らぬが仏? 私は神だから……いっだぁっちょっまっ許してごめんごめんごめんて」


 つい手が出た。

 足も出た。

 だが私は謝らない。


 というか、神でも殴られたら痛いのか。どうでもいいけど。


「──んで、それで? 具体的にどういうものなのさ、この場合の転生って」

「切り替えが早いな……まあいい。……そうだな、大体お前がイメージしてるのと同じようなものだ。どうする? 望みの世界があるなら、聞いてやらんでも無いぞ?」


 私のイメージ。

 つまり、記憶を保ったまま別の命に生まれ変わる、って認識でいいんだろう。

 よくあるやつだ。いや、よくあって欲しくはないが。


「望みの世界……ねえ? 例えば?」


 サンドバッグを殴って多少は落ち着いたが、冷静になればなるほど訳のわからない状況なのは変わらない。

 具体例というか、なんか案が欲しい。


「世界最強の戦士になりたいとか、世界を救う勇者になりたいとかそんなものか?」

「厨二病かな?」


 どっちも世界単位かよ。

 あいにくと戦士も勇者もごめんだな。

 そういうのって、普通にめんどくさそうだし。税金とか。


「い、いいだろ別に……それで? 何かあるのか?」


 とは言ってもなあ。

 特には、ない…………いや。どうせ、もう後戻りはできないなら……。


「……ゲーム」

「え?」

「ゲームの世界とか、できる?」


 そう、そうだ。

 ゲームだ。


 あるじゃないか、ピッタリのゲームが!


「ゲームというと……あれか? ええと、お前の記憶にやけに強く焼きついているらしい、あの恋愛? だかなんだかの……」

「そう、それ! 流石神(笑)! それだよ、私はそれがいい!」


 どうせなら、だ。

 あの平和な恋愛ゲームの世界、そこに文字通り浸ってみるのも一興なのでは?


 夢女子ってやつだ。


「お、おう……? テンション高いな? じゃあお前の記憶を解析して世界を創造、その上で適当な人物を創り出して当てはめるがそれでいいか?」

「うんうん、分かってるねえ。さすがは神、オタク趣味にも理解があるぅ」


 自分が主人公や登場人物になるのも悪くは無いが、それ以上に『自分自身』としてその世界に入り込みたいという欲望な。

 それを理解しているとはなかなかの手練れだ。

 自分という、全く新しい別のキャラ……それでこそifルート、それでこそ夢小説!


「嬉しくねえ……まあいい、やってやるよ。一応言っておくが、後になって文句は言うなよ?」

「もちろん! 創る世界間違えないでよ?」

「はは、留意しておくよ」


 まあ、大丈夫だろう。

 私の人生で、あれ以上にプレイして熱中した恋愛ゲームはないはずだし。


「転生先は乙女ゲームの世界。人物たちの関係などはなるべくそのままに保ちつつ、新しくお前という人物を作り、当てはめる。どうなるかもどういった道を辿るかもお前次第……それでいいか?」

「……いいね、最高だよ」

「全く……大仕事だ。ちょっと待ってろ」


 そう言って、神はどこかに引っ込んだ。

 まさしく神出鬼没というか神出神没、超常的という言葉がこれほど当てはまるのも珍しい。

 そして程なくして……。


「よし、できたぞ」


 と声がして、気がついたら後ろに立っていた。 

 なぜ後ろに……まあいい。

 どことなくドヤ顔で、地球儀みたいなものを差し出してくる。


「これは……?」

「世界の……あー、抽象みたいなものだ、少し触れればいい。それで魂が吸い取られ、転生がなされる」

「吸い取られるって……なんか表現が怖いな。ともかく、ありがとね」

「……ほーん」

「……どうした?」


 お、なんだなんだ?

 突然のデレか?

 悪いがお断りだぞ?


「……いや」

「え?」

「お前、感謝とかできたんだな」


 …………台無しだ。

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