その4「小悪魔ちゃんにいじられたい?」


 紗那さなが作った夕飯を食べてからやがて数時間。

 お互いソファーに座ってよしかかりながら窓の外を眺める。


「—―綺麗な夕陽だねぇ。なんだか、すっごく小さい頃を思い出しそうになってくるね」


「うん、そう。小さいときの思い出。ほら、君と一緒に外を走り回ってた頃のさ。あの頃の君、めっちゃやんちゃでお姉さんとしてはものすごく大変だったの覚えてる」


「私よりも君のほうがうるさかったって。いっつも大人に怒られてさ、それでも懲りなくて、今考えたら本当にひどい子供だったわよ」


「何がしたいのか分からなかったし、人に迷惑かけるし、嫌いだったもの」


 苦笑いをしながら呟くも、少し上の空な曇った表情で夕陽を見つめながら一言。


「……でもね」


「……君のことがね、ものすごく好きになった日、あるんだよね」



 溜めながら言うと、こっちを見てくる紗那さなは少し笑みを漏らした。



「っふふ。なしたん、その顔。びっくりしてるの?」


「あはははっ。めんこい顔ね、今度は犬というよりは驚いて目を見開いてるネコさんみたい」


 ふにふにとほっぺを触ってくる。

 指を離すと、優しく微笑んで呟く。


「んまぁ、わたしはなんまら感謝してるんよ?」


「感謝……なんて簡単な言葉で表すことはできないけれど、心の底からね」


「小学校の時の登山遠足でさ。私が列をはぐれて数時間も一人で、陽が落ちて、もう絶望しきってたときに嘘だったかみたいに颯爽に現れて……しかも、あの時の君、顔から足までボロボロで。すっごくばっぱかったし……」


「……手を差し伸べる姿が、もう太陽みたいに見えてわんさか泣いちゃったやつ」


「あははは……なんだか、こうして言うと恥ずかしいわね」


「でも、本当にありがとう。あの時のことは」



 一呼吸おいて、耳元に近づいて呟く。


「—―かっこよかったよ、なんまら」



 夕日が徐々に沈んでいき、少しずつ見えなくなっていく。

 すると、紗那さなはゆっくりと離れていき、立ち上がる。



「でも、あの時の恐怖っていうのかな。そのせいで、私……こんな体になっちゃったから」


 悲しそうに俯きながら呟くと、紗那さなの綺麗な黒色の髪の色が抜けていく。


「……夜は君といられないだなんて、辛いよ」


 涙を垂らしながら。


「君の胸のぬくもりを感じて寝たい。一緒にずっと、時間を過ごしたいよ」


 ゴクリと生唾を飲み込む。


「—―――――時間だね、それじゃあもう一人のあたしをよろしくね」





★★★




 やがて窓の外の夕陽が完全に沈み、薄暗い光が部屋の中に差し込む。

 すると、目の前で立っている紗那さなの姿が徐々に変化していた。


 真っ白な髪になり、さっきまでの優しいおっとりとした目がするどくなっていく。


 そして、僕めがけて走り抱き着いてきた。


「—―んふふ、お久しぶりね、君」


 目つきの変わった不敵な笑みを浮かべるまさに小悪魔。

 彼女が紗那のもう一つの人格。


 藻岩紗那サナ


あたし、すっごく寂しかったなぁ。君と一緒に朝ごはんも夕ご飯も、お昼だってなんだか楽しそうに耳掻きしてたじゃん? なしてなのかなぁ~~なんもあたし、悪いことしてないのに」


「これはもう……君に八つ当たり……じゃなくて」


 抱き着いたまま、耳を嚙むように近づいて甘く温かいと息を吹きかけながら、言い放つ。


「—―い・た・ず・ら……しないといけないわねぇ~~」


 くすくすと笑いながら抱き着いた体を離し、小さな手を耳に伸ばしてさわさわと上下左右に押し付ける。


「んふふふ。めんこくて、なんまらいいわね。君の恥ずかしそうなお顔。食べちゃいたいくらい」


「あ、いっそ、食べちゃおうかな?」


「んふっ。でもまだ、それは――おあづけ」


 耳元で誘惑してくる紗那サナ

 すっと耳をなぞりながら言ってくる。


「まずは、お風呂あがってからだから。先、入ってきてくれる?」


「ん、なしたのその顔は。ふふ~~ん。そうか、そうね、わかったわ?」


 胸をなぞり、耳をなぞり、弱いところへ近づいて風のように呟いてくる。


「とんだ――へんたい、さん?」


「私にいじめられたいんだもんねぇ……いいわよ。お風呂から上がったら、もうめちゃくちゃにしてあげちゃうから」


 もう一度近づき、さらに一言。


「なんまらめんこい、私の好きなひとぉ」

 

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