その3「したっけ、耳かきしてあげる。そこでねまって?」


 とうきびを食べてから少し経ち、そのままソファーに座ったままアニメを見た後。


 僕があくびをすると、隣に座っている紗那さなはぐっーーと手を伸ばして伸びをする。


「ふぐぅ〜〜〜はぁ〜〜。なんだかご飯食べた後ってさ、眠くなってくるよね」


「ほんと、君はすごいよ。あの満員の地下鉄乗って行ってるんだから。そう考えるとさ、私が家でぬくぬくしてるとたいしたことないように見えてきちゃって……あはは」


「ん? いやいや、なんもよ! 全然、言い過ぎじゃないしょや」


「むしろ、なんまらすごい!」


「なんまらをひゃくばいしたくらいにすごい! とちゅうはんぱにやめたりしないし、ゆるくないこと頑張っとるしょ?」


 首を傾げて尋ねる顔は確信的で、付け加えるように彼女は顔を耳元に近づける。


「それに……素直に尊敬してるよ」


 一瞬吐息がかかって驚くも紗那さなは依然真面目だった。


 すると、一呼吸おいて、何か閃いたかのように呟いた。


「あっ。そうだ。わたしね、今日買ってきたものがあるの」


「そうそう、ちょっと待ってね〜〜。えーっと、そうこれこれ!」


 テーブル横に置いてあったレジ袋の中をガシャガシャとしながら何かを取り出した。


「……綿棒! 綿棒買ってきたの!」


「耳かき……してあげようかなって思ってさ。なんも、別にこう、たいした理由があるわけじゃないけど……その、いっつも頑張ってる君にご褒美っていうか……ほら、ね? 中学校の時に何回か、してあげたことあるでしょ?」


(痛かったやつね)


「い、痛かったやつって……ひ、ひどいしょや」


「まぁ、でも確かにあの時は私が下手だったけど。したって今は違うよ? いっつも練習してたからね! 自分の耳で! だからしてあげる!」


「わ、わやな顔しないでよ。私も頑張るし、ほら、癒されたいでしょ?」


「……そこは素直に頷くのね、もう。まあいいかっ。したっけ、ほら」


 むすっと顔を顰めるも直ぐにソファーの端に移動すると、自らの太ももあたりを叩いて目を合わせて訴えてくる。


 ガサガサ。


(っ)


 動揺する僕。


「なして、へんな顔してるん?」


「びっくりしたってなんのこと? ん……あぁ、もしかして膝枕が恥ずかしかった?」


「なんもぉ。別に恥ずかしいって……あの時もしなかったしょ、普通にさ」


「まあ嫌ならいいけど……いいの?」


 意地悪な質問をしてくるも、否定できない僕。


「……顔真っ赤。んも、ほら、気にしないでいいから、ねまって?」


 すると痺れを切らした紗那さなはこっちに強引に身を寄せて、僕の頭を自分の太もも目掛けて軽く押し付ける。


 むにゅり。


 柔らかい感触と温かい感覚、そしてミニパンを履いていた素足、太ももと擦れる音が耳を包み込む。


「したっけ、始めるよ?」


 そうして夕方の耳かき大会が始まった。





☆☆☆



 カリカリカリ。

 いいところを狙って綿棒を耳に押し込んでくる。擦れる音が耳を襲い、今まで感じてこなかった感触に揺れる感情。


「ふぅ、んっ」


 真剣に耳かきをする紗那さなは自分が何を発しているのかも知らず、力んだ声が聞こえてきて、不意に出る吐息が僕の耳に当たる。


「っしょ、あと、ちょっとぉ」


 カリカリ。


「んと、ほれ。こっち……ふぅ、そっ」


 そりそり。


「あ、なしてにげるのっ……おいでって……こっちに、こいっ……」


 ゾワゾワ。


「ん、んっ……っとぉ。よ————お、とれた!」


 ボソボソ。


 ——ゴワッ。

 綿棒が耳周りの皮膚を擦り上げる。

 ぼそっと取ると紗那さなは嬉しそうに呟いた。


「こっちはどうかなぁ……あ、耳の周りもやってほしいしょ?」


 コクっと頷く。


「したっけ、ほれっ。ふぅ……ん、ぅ……」


 カリカリと、今度は表面を擦り上げる音が。

 音圧がなくなるが、表面をいじめられる不思議な軽くて重いくすぐったい感覚が耳を襲う。


「……すぅ」


 鼻息が聞こえる。


「……すぅ、ん」


 吐息が漏れて、耳にかかる。


「っ……これで、いいかな?」


 すっと綿棒が離れて、感覚がなくなっていく。

 しかし、その質問と同時に、唐突に顔を近づけた。





「ふぅ~~~~」





 すると、仕上げとばかりに右耳に向かって優しく温かい吐息を吹きかけてきたのだ。


 体がビクつくも、逃げ場がなくゴソッと体が動く。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ~~~~」


 三連続で息を吹きかけて、クスクスと笑い声が聞こえてきた。


「っふふ……ふふふ。くすぐったかったかな? 大丈夫?」


「あははは。ごめんね、わたしもたまには意地悪したくて……」


「よし、したっけ次は左耳かな? ごろんして?」


 体を反転させて、次も同じように左耳をいじめてくる。


「ふぅ……こっちはけっこう詰まってるみたいだね」


 ごそごそごそ。

 カリカリカリ。

 ゾワゾワゾワ。


 綿棒が右耳の時よりも強く押し付けられて、耳中をぐるりとかき回すような音が響き渡る。


「っよっと……ん、しょ……」


 グルグルグル。


「ふぅ。これでいいかな……よいしょっと、それじゃあ最後に」


 ごねりごねりと掻きまわした綿棒を取り出し、そう呟くと紗那さなはまたしても顔を近づけて息を吹きかけた。


「————ふぅ、ふぅ、ふ、っふぅ」


 今度はさっきと違い、優しく短い吐息を吹きかけてくる。


「っふふふ。やっぱり……なんか、めんこいね?」


「キタキツネみたい。まるまるって縮こまっちゃって、もう少し私の膝の上でねまってる?」


 恥ずかしくなりながらも、心地がいい柔らかさにやられて僕はこくりと頷いた。


 




 



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