第37話 戦いが終わり、私は旧市街から脱出する

4/15 11:49 西永都 旧市街


「能力が2重に発現している? 上に数段レベルが上がっている。多重薬剤併用(ポリファーマシー)による能力の重複発動か……? いや、奴が飲んでるのは偽薬だけ……」


 宮台さんが驚きと、称賛を称えた表情をして言った。


「ったく。やばすぎるぜ。覚醒……しやがった。くくく」


 そんな場合でもないのに。私はやっぱり、少し悔しい気持ちになってしまうのだ。


「激情の爆縮が覚醒の鍵か。西永の覚醒を直前に見てるからな。これらが、麻薙がプラセボ代替計画の先に手に入れようとしていた果実か」


 新さんはカラッとした明るい表情で、移動教室ですれ違った友人に話しかけるように言ったのだった。


「おーい、【無色透明】。今回は本気のやつだぞ。……耐えてみろよ」


 視覚で原始の巨石が見えたらあとは一瞬の出来事だった。燃え上がりながら中空に浮いた城をなぎ倒し、すり潰して落下し、水のカーテンを蒸発させる。その蒸発を皮切りに巨人の腕が動き出して隕石を受け止めたが、すぐに瓦解して隕石は何層もの卵状に重なった土の壁を抉り取って爆砕した。


 轟音で耳が使い物にならなくなる。巻き上げられた土埃と煙で視覚もほとんど使えない。


「俺の勝ちだ」


 宮台さんならそう言うと思う。


「うわあああああああああああああ」


 頭の中に【無色透明の薬剤師】の叫び声が直接響いたかと思うと、視界が真っ白に染まった。


「何……これ」


 簡易な机といす、ベッドだけが置かれた真っ白な立方体のような空間に私と宮台さんはいた。隕石の衝突のせいで麻痺した聴覚が戻っている。無音の世界。


「がっ」


 突然宮台さんが血を吐いた。驚きと苦悶の表情を浮かべている。これは、宮台さんの能力ではない? ということは。


「【無色透明の薬剤師】の何らかの攻撃!?」

「落ち着け!! 俺がやる!!」


 宮台さんは部屋への干渉を始めたのだろうか。だが、白色の部屋は程なくして、揺らめきながらあっさりと砂のようにさらさらと消えていき、視界には元の瓦礫だらけの幕張が映った。


「何だったんだ今の。あいつの精神世界に引き込まれたのか……? あんな効果を及ぼす魔薬は聞いたことない。だとすると、代謝反応で変異して偽薬が魔薬になった? 何もわからん。だが何にしろその魔薬は血中で解毒薬に反応して……お前の刀に助けられたようだな」

「わ、私!?」


 間抜けな声を出してしまった。先ほど敵を斬った代謝効果が今になって発現したのだろう、ということに気付いたのは大分後だった。


 宮台さんの影が見える。リボルバーを右手で携え、左手はポケットに入れたまま。自らの攻撃の余波で揺れているはずの地面で危なげなく、ゆっくりと煙の中へ入っていく。【無色透明の薬剤師】は座って天を仰いでいるのだろうか。微動だにしない。煙でよく見えないが、彼がリボルバーを構え。


 発砲した。瞬間。【無色透明の薬剤師】が消え去った。


「あの。敵はどこへ」


 煙から出てきた宮台さんに言う。瞳の青色はもう消えていて、彼はひどくつまらなそうな顔をしている。


「知らん。どこか別の平行世界にでも行ったんじゃないか? おれの代謝能力でも数分間天変地異が起こせるんだ。あれだけのやつなら何が起きても不思議じゃねー」


 と言った直後彼の体が力なく崩れ落ちる。地面に直撃しないよう思わず抱きかかえてしまった。


「あっ、大丈夫ですか」

「見てわかるだろうが、さっきの切り札は脳にめちゃくちゃな負担をかける。能力を使った後にすごい勢いで脳細胞やら受容体やらが消えていくイメージが見える。俺はこのまま寝るから担いで帰ってくれ」


 絞り出すように話した後、強制終了されたように彼の意識がプツンと途切れた


「え? わ、私もボロボロなんですが……」


 はっと突然宮台さんが頭を上げる。ゾンビか?


「……あともうひとつ。言い忘れてた」

「えっ」

「なんか、負けそうだった……から、おかわ……り」

「おかわり?」


 この場に全くそぐわない単語に疑問を呈すが、もう彼の意識はない。そして。


 ゴシャアッ。


 体が一瞬浮くような衝撃が地面を揺らす。そして砂埃と瓦礫が周囲を包み始めた。


 ま、まさか。


「ええええええええええやばいやばいやばいやばい」


 先ほど宮台さんが得意げに、隕石の爆発範囲をコントロールしているとか言っていたけど。彼をみるとぐったりとしたまま静かに寝息を立てていて、とてもこれがコントロールされているものとは思えない。一瞬で背筋が冷えきった。私は彼を担いでその場から逃げ出す。その決定をするのにおそらく0.01秒もかかっていないだろう。


「ひええええええええ、何でこんなことにいいいい」


 強化された肉体のさらに限界を絞り出す勢いで私は地面を蹴る。背負った荷物を放り出せば楽になるのだが、認めたくないが、この荷物は恩人でもあるから捨てるわけにもいかないだろう。旧幕張というのは海が近いのが幸運だった。


 宮台さんはどう考えても恐ろしいことをしてしまった(自分も同罪だろう)わけだが、走っているうちに何故か私の気分はスッキリして晴れやかになっていく。ここ数日の憂いが消えていくような、憑き物が落ちたような気分だった。


「あははは」


 思わず笑みがこみあげてくる。少し声に出して笑った瞬間爆風で体が浮く。


「ひっ、危ない」


 この街は崩落まで秒読みだろう。でも海はもうすぐそこだ。


 私はバランスを崩しながらも着地して地面を大きく蹴り、海の中へ飛び込んで旧都市から脱出したのだった。

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