第30話 決戦の直前
4/15 11:00 宮台新 旧市街
旧幕張にはレンタカーを借りて来た。かつてはオフィスやマンションが立ち並んでいたこの街は、魔薬関連の事件が起きたため放棄され、今は廃墟と化している。
俺は駅の跡地で西永と待ち合わせをしていた。どうせ誰も使っていない街だ。手近なところに車を停めて、時間を潰す。
ほどなくして照明もついていない駅の中から改札を通って彼女は現れた。
「おう」
「お待たせしました」
「お前、どっから来たんだ?」
「隣の駅から歩いて」
旧幕張の廃墟化の後、駅としては新習志野が終点になっているため、元の線路は補強されて旧幕張への道になっていると聞いたことがある。わざわざこの街に来るものなんてほとんどいないのだが。
「言えば車に乗せてってやったが」
「いえ」
彼女が携えている見慣れないものに目をやる。
「なんだそれ」
「秘密兵器、ですかね」
「見せてみろよ」
西永がスラっと刀を抜く。所作がとてもきれいだ。練習を重ねたのだろう。そして、その姿を見せたのは真っ黒の刀身。西永の身長ほどあるその刀は、刃部分が微細な刃こぼれで鋸のようになっている。刀を抜いた表紙に、刃部分の刃こぼれが粉となり、パラパラと地面に落ちた。
「なるほど。刃が活性炭、その他吸着物質や代謝促進剤になっているのか。その刀は振るうだけで活性炭をばら撒き、敵の薬剤の吸着と排泄を促す。そして斬った傷口からは代謝促進剤を侵入させ、血中濃度を下げる。そして薬理作用が落ちる」
「解説ありがとうございます」
「だが、奴の能力はプラセボで確定だ。その切り札はおそらく効果を発揮しない棒切れになる」
「はい」
答えた後で、西永は錠剤を一錠服用して、ペットボトルの水で飲み下した。飲み終えたそれをその辺に放って捨てる。数日で性格やさぐれたのか? こいつは。そんなことを思いながら俺は続ける。
「それに、だ。その刀はおそらく、麻薙の秘蔵品。対能力者武器のな。世に出てない国宝級のものだ。一度使い始めると情報が洩れて一気に陳腐化する可能性があるが。そのリスクをわかってそれを使うのか」
「ええ。まず第一にプラセボであっても解毒薬で効果が落ちるという研究結果を見つけました。おそらく症例によるのでしょうが、実際戦って斬ってみないと効果についてはわかりません。第二に、今回は負けたら麻薙さんも私も死ぬ恐れがあります。出し惜しみはできません。そして第三。確かめる必要があります。私自身で。彼がプラセボ計画の被検者なのかを。そして彼に勝てるのかを。あなたが彼を倒す前に」
「たしかに。この戦いはお前のものでもあるな」
結果に意味があるないはさておき、心の置き所。切り札というのはこういう時に使うべきなんだろう。
「なるほど。理由はどうあれ利害は一致してるな。前衛は任せていいと。俺も大技にはタメが必要だからな」
「ええ。私が彼を斬ります」
「目座ってんぞ」
「ええ」
明らかに覚悟の決まった普段と違う表情。暗い決意の瞳。瞳孔が開いている。
「ああ……たいていの薬学部には確か保管してあったな。あえて名前は言わないが、異常な集中力を生み出す薬ってやつだ。お前が自我を失わずにその力を利用できる限界は恐ろしく短い。戦いに没頭し始めれば自分を失って、どちらかが倒れて結果が出るまで戦闘マシーンになるかもしれん。意識があるのは最初の数分だけだろう。後はジェットコースターだ」
「数分の所で解毒します」
スカートの下。剝き出しの太ももにベルトで鞘を巻き、ナイフを差している。彼女はそれを鞘から少し出して見せた。こちらにも黒い刃が見えた。刀と同じ材質なんだろう。なるほど。健康的に生きたって、長生きできるかなんてわからないのだ。ギリギリを見極めてその薬を使うと。
「お前の覚悟は受け取った。これはお前の戦い、そして麻薙研究室の戦いだ。お前の状態を見て俺は解毒の指示を出す、いいか?」
「はい。そう言っていただけると思っていました。その後はあなたにお任せします」
「よし、行くぞ」
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