第25話 私の敗北
4/14 11:30 西永都 大学近く
敵と宮台さんが長射程の戦いをしてくれているおかげで行くべき方向はわかりやすい。
身体強化されている肉体で宮台さんが攻撃をしている方向に全力で走る。商店街が近いためまばらに一般人がいる。小刻みにステップを踏んで躱していく。走っているうちいつの間にか攻撃の応酬は止んでいた。ガス欠だろうか。目印をなくしてしまったが、あたりをつけていた目的地はもう近い。
辿り着いた公園で目の前に現れたのは、全身白い服に白いフードを被った銀髪の少年だった。
「君に会いたかったんだよ。僕は話し合いに来たんだ」
そう言いながら彼は持っていたペットボトルの水を飲んだ。薬効が切れて追加の薬剤の服用だろうか。相手は何をしてくるかわからない。いつでも動けるように構える。
「話し合う気なんてなさそうですが」
「君が臨戦態勢だからだよ」
「それは当たり前です」
「はは。やめた方がいい。勝てないのはわかってるだろ」
「そんなの」
やってみないとわからない。私は弾けるように飛び出して敵に向かっていった。宮台さんが言っていた。大きいものを動かすほどの能力を使うにはそれなりに血中濃度が上がってこないと無理だって。だから最初は小さいものしか動かせないだろうと。それなら、能力のピークが出る前に倒せばいけるはず。少なくとも直前の内服した薬が効いてくるのにはまだ時間がかかるはず。
突然、目の前の地面が隆起して壁が現れた。私は思いっきり突っ込んでしまう。
「きゃっ」
土の壁は破壊できたが威力を殺された。一瞬視線を外したすきに公園に駐車していたはずの自動車が2台宙を舞ってこちらに飛んでくる。私はタイミングを合わせて地面を蹴って、自動車を足場にしてさらに敵までの距離を詰める。が、目に見えない強い圧力が上からかかり、そのまま地面に体で着地してしまった。起き上がれない。
「も、もしかしてこれ……重……力?」
うつぶせの体勢から顔を上げることすらままならない。
「はは、手玉だね」
そして。そこに滝のような水が降ってきた。全身がびしょ濡れになる。濡れる体は、私の負けを記憶していた。宮台さん帰国の日に私を助けた豪雨。そして先日の大学構内での戦い。フラッシュバックした記憶は、対峙している敵を宮台さんに重ねてしまう。違う。宮台さんと戦っているわけではない。そう頭では分かっているのに。
「な……なんで。なんでそんな力が使えるの?」
気づくと私は白旗を上げていた。懇願するようにこんな質問をしている。顔を濡らす生暖かい水。私は泣いていた。重力による圧はもうなくなっていたが、体は竦んでしまって動けない。
【無色透明の薬剤師】は愉悦を感じるように口を歪めて言う。
「君と話がしたいだけなんだ。だから、まずは君の心を折らなきゃと思ってね。そのために、君が畏怖する存在と同じことをした」
「あ、ああ」
「全くの偶然だけど彼が能力を使うたびに君はずぶ濡れになってる。そして彼が能力を使うたびに君は彼との差を感じている。だからトラウマになっているんだろう、僕は君たちの戦いを見ていた。だから」
ザバァッ。
「こうした。あははは」
また大きな水の塊が体に打ち付けられた。何度も繰り返されるたび、私の体が冷えていく。私のプライドとか自我とかそういったものが丁寧に破壊されて、私は次第に何も考えられなくなっていく。意識を手放したい、その方が楽だと思うのだけど、ぼんやりと思考ができなくなっているだけで、簡単に意識は消えないのだ。早くこの時間が終わってほしいと、そんなことしかもう思い浮かばない。我慢をすれば終わる。相手が飽きたら、去ってくれるか殺してくれる。それまで。
「ねえ。君はさ。【白の薬剤師】の麻薙現代に育てられた。僕と同じだ。僕も麻薙現代に育てられた」
空になった頭の中に【無色透明の薬剤師】の声が響く。
「このまま成長するとどうなっていく? 君は一体何の色の【薬剤師】になるんだろうね。」
「う、ああ」
「ふふ、言葉もろくに喋れないのかい? 君は【無色透明の薬剤師】になるんだ。僕と同じ存在だよ。だって【白の薬剤師】が生んだものは黒か無色になるんだから」
そして――。
そういって彼は続けた。
「捨てられるはずだ。君も僕と同じくね。現【白の薬剤師】に最も近い存在、麻薙現代に捨てられる。だって僕より弱い君がそうならないはずないだろ?」
空っぽになってしまった心に声が響き渡る。
「だから。僕らはいいコンビになれる」
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