第24話 登校と襲撃と

4/14 10:30 宮台新 大学近く


 最寄り駅で電車を降り、歩いていると校門が見えてくる。


 俺は一旦麻薙のところに状況報告に行くとして、こいつの位置も把握していなければなるまい。


「西永。研究室は行かないとして、お前大学で居る場所あるのか?」


 臨時休校だから開いていない教室も多いだろう。そう思って言ったのだが、返ってきたのは斜め下の返事だった。


「はい? 友達くらいいますよ!!」


 そして俺は全てを察した。


「その過剰反応……おま……まさか。まあいいや、今日休校だぞ」

「あ、そっか。いや残念です。友達のいなさそうな宮台さんに私のクラスでの人気っぷりを見せつけたかったのですが……」

「暗い青春送ってんな」

「あなたにだけは言われたくない」

「いや、俺は恋人もいたし」

「ふん」

「で、どーするんだよ」

「食堂で読書をするか……それとも。あ、ここ数日もやもやが多くて全然すっきりしないんで、久しぶりに体育館で竹刀でも振ろうかな」

「……脳筋」

「なんか言いました?」

「いや、だから脳筋と」


 無言で拳を振るってきたのでそれを避ける。そういうところが脳筋なのだが、まあ昨日よりはかなりメンタルが安定してきている。これなら戦いでも使い物になるだろう。


「本当にイラっとする人ですね、あなたは」


 ブーッ、ブーッ。


 着信が来たため、憎しみのまなざしを受け止めながら携帯を取り出す。


「お、トモダチから電話だ」

「トモダチって……麻薙さんでしょ……」


 西永は呆れた声を出してくるが無視して通話ボタンを押す。


「どうした?」

「麻薙だけど今どこ?」


 焦っているような口調。いい話ではないだろう。


「校庭だが」

「【無色透明の薬剤師】が、暴走を始めたって。私の対抗馬のご老人のコントロールを離れて、能力者や機構職員を殺しまわっているみたい」


 麻薙が言い終わるか終わらないかというところで不快感のある音が耳に入る。


 グシャッ。


 何か人間大のものが空から校庭に落ちて地面で爆ぜ、赤色を撒き散らしたのだ。


「一旦切るぞ」

「え? この非常時に」

「もう来てる。奴だ」


 通話を切って警戒する。再びまた人の形をしたものが嫌な音をたてて着弾した。スペインでこんな祭りがなかっただろうかとか余計なことを考える。前回は直接殺しに来たが、今回は関わり方が少し変わったな。揺さぶりか?


「この人、機構職員の……」


 落ちてきたものに近づいた西永が悲痛な面持ちで言う。顔などはぐしゃぐしゃに潰れていてもう判別は付かないが、彼女が言うならそうなんだろう。


「こんな、昨日の今日でまた仕掛けてくるなんて」

「昨日仕留められなかったのが相当イラついたんだろ」


 俺は自分の知覚を丁寧に広げてゆく。来ると思っていたから定期内服は増量してきた。【無色透明の薬剤師】と対等に渡り合い、注射を投与する時間を稼ぐことは容易いだろう。【無色透明の薬剤師】ほどの敵を倒すには、少なくとも静脈注射が必要だが、いかんせん作用時間が短い。最初から全力を出すわけにはいかない。


 自分の知覚の外から妙な感覚がしてそちらを目視する。雷雲のような黒い物体が遠くから近づいてきていた。


「あれは、なんだ」

「え? 鳥の大群……いや!! 違う。こんなのって……」


 西永に遅れて俺の眼も像を結び始める。それは人影、自動車、コンクリートの塊、工事現場の車止め。大小様々なものが宙を舞ってこちらの方に飛んでくる。さながら百鬼夜行だ。念動力による投石攻撃。機構職員を落としてくるのは機構への怒りか、それとも。


「おい。俺らを狙ってきてる。グラウンドに移動するぞ」


 狙いは粗いが俺たちがいる場所に向かって飛んでくる。グラウンドの方が校舎の被害は少ないだろう。走って移動する。


 ガコンッ。


 グラウンドの用具小屋の扉を破壊して、西永が金属バットを取り出して構えた。ちょうど落ちてきた鉄の塊をフルスイングする。見事に飛んできた方向へ打ち返したが、それ以上の細かい狙いは全く定まっていないだろう。


「やめとけ、民間人に被害が出るぞ」

「くっ、わかりました」


 悔しそうに言う。軽自動車が3台宙を舞いながらこちらに飛んできた。危ういところで西永がそれを避ける。後続には大量の岩やら人やら金属やらが続く。


「ふん」


ちょうど風が吹いている。俺は風の吹く流れに逆らわずに、力を加えてそれを操る。中規模程度の竜巻が起き、グラウンドの土埃と一緒に飛んできた凶器を舞い上げてその後グラウンドに落とす。攻撃が止んだ隙に素早く注射器を出して腕に注入した。これ以上の物量で押されたら厄介だろう。


「俺が止める。お前は本体を叩け、攻撃が止んだらそっちへ行く。方角的に商店街の近くの近隣公園の辺りだ」

「はい」

「これだけの能力だ。使っている間は他の能力は使えないはずだ。全力でやってこい」

「はい!!」


 西永がすごいスピードで視界から消えた。俺の方は注射薬が効いてきたのだろう。自身の能力の高まりを感じる。攻撃が再開され、絶え間なく降り続ける物達を前に俺は独り言つ。


「さあ、勝負だ」


 瓦礫や金属の塊をグラウンドに落ちる前に受け止めて浮かせる。そしてそれを飛んできたであろう方向に勢いを加えて返していく。俺も狙いなんてものはついてなかったが、もし西永が打ち返した弾で民間人に被害が出たらあいつは気に病むだろうという配慮からだった。降り注いでくる瓦礫や死体の雨を避け、もしくは念動力で防ぎながら、それを敵のいるであろう方向に返してゆく。

 

 そんな攻防が2、3分続いた後ぱったりと攻撃が止んだ。


「俺に対するただの足止めか? だとしたら。あいつが危ない」


 離れたのは失策だったかもしれない。そんな予感と共に、校門の辺りで爆発音が聞こえる。俺は即座に能力を使って、体を宙に浮かせて上空から状況を見る。


 十数人の火だるまになった黒フードの人間たちが破壊活動を始めているところだった。


「残党がまだいたのかよ」


 明らかな時間稼ぎ要員だが、この大学には麻薙研究室もある。さすがに無視するわけにはいかない。


「我々に到達への道しるべをくれた【無色透明の薬剤師】の命に従い、お前を倒す」


 中空にいる俺に彼らが気づき、声を揃えて宣誓している。


「無理だよ。どけ」

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