第22話 眠りにつく前の私の履歴書

4/13 22:00 西永都 予備校跡


 ふと数年前のことを思い出す。久しぶりに思い出したのはさっき大好きな父の話をしたからだろう。製薬会社社長の父の苦悩の日々。国によって決まる薬価の下落による売り上げの減少と新薬開発の遅延。それは抱えている社員たちのリストラや待遇の悪化に直結した。心配させまいと私の前では笑顔を見せる父だったが、その目のクマが濃くなり、頬が自然にこけていくことに私はもちろん気づいていた。


 最愛の父が首を括って消えてしまいたいような暗澹たる気持で送っていたであろう日々を私はただ眺めることしかできなかった。いつ抜けるともしれない暗いトンネルのような日々の中、父が出会ったのが麻薙さんだ。


 麻薙さんはどこかの薬学部の研究室(白さん、という方がいた研究室だろう)から派遣されてきたとのことで、学生ながら父の会社のコンサルティングをすることになった。父と麻薙さんとの合意はあったが、多少なりとも歴史があった会社だ。誰とも知れない若者がコンサルティングに入ったとあれば、社員たちからの反発は少なからずあったに違いない。父の方も麻薙さんも調整には奔走しただろう。ここでも私は何もできなかったことを覚えている。


 程なくして医薬品の製造から、当時政府の上層部でのみ認知がされていた魔薬の製造に切り替え機構に卸し始める。半公営のような形になった会社は経営が安定するようになり、そして、父は安心して会社を別の者に譲ることができた。父は亡くなったが、その顔はあの日々から考えられないほど穏やかだった。死んでしまえば意味がない、と私は思うがそのたびに父のやり切ったという悔いのなさそうな顔が脳裏にちらつく。


 私はその後、自ら志願して麻薙さんの身の回りの手伝いや書類作成の手伝い、治験の手伝いなどを申し出て、実験中の薬剤と私が適合したため能力者として麻薙さんの機構任務の手伝いをすることになったのだ。この時点で私はやっと誰かの力になることができた。


 そして私は適合した能力のバランスのよさと持続性から日本一の能力者と言われるようになったのだ。


 あの時私は父の役に立てなかった。だから私は麻薙さんの役に立たなければいけない。あの時父と麻薙さん二人の役に立てなかった。それは私に力がなかったからだ。だから力を手に入れた。私は麻薙さんの役に立つために負けるわけにはいかないんだ。誰にも。

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