第18話 いつまでも変われていない自分
4/13 15:02 宮台新 麻薙研究室
ガチャッ。扉が開いて愕然とした表情の西永が入ってきた。
「あのー私帰ります」
不自然な笑みを浮かべて言う。
「え、ええ」
急な言葉に戸惑いながら麻薙が返事をする。
「で、ではまた明日」
そそくさと去っていった西永を見て、俺は少し危険なものを感じた。
「大丈夫か。あいつ壊れるぞ」
「ええ」
いつになく曇った声色に、少し驚きながらそちらを見ると麻薙はこめかみを押さえている。
「お前、自分の気持ちはしっかり伝えた方がいいと思うぞ。余裕ぶって何でも背負い込むのもいいが、感情は中途半端に伝わると大抵相手にマイナスに受けとられる」
「新君。君にコミュニケーションについて説教されるとはね」
「あいつは俺がフォローしておく。お前じゃ無理だ。こちらの話をもう少し続けてくれ」
「……ええ。敵の能力と出自については新君の推理通りよ」
「なるほどな。今回の敵はプラセボ代替計画の被験者と。そしてあの時情報を抜かれているお前が余裕だったのは、今回がインナーミッションつまり、機構内部の内ゲバだからか」
「よくわかったわね。現【緑の薬剤師】は某国でレジメン投与による能力者の兵隊を作り上げたそうよ。それに際してこの国でも安全保障。つまりバランスを保つための強力な抑止力が必要になった。それで権力闘争が始まった」
「なるほど」
「【白の薬剤師】の後継者である私の派閥と、【緑の薬剤師】、にはなれなかったご老人の派閥」
「ワナビーしかいないなんて人材不足なんだな」
「ふつうは色付きの【薬剤師】なんて国の力になってくれないわ。だから高みまで届かなかった者たちを使うものなの。【現緑の薬剤師】は、某国と利害が一致したようね」
「ああ」
「炎天教の信者達は実は私の対立派閥の実験台だったみたい。でも、お粗末なあの薬剤じゃ使用者は消し炭になるし、それまでの時間をコントロールすることすらまだできていない。この国の【緑の薬剤師】は高みにはたどり着けない」
「最大派閥は中立。公認をお前かその緑のどちらが手に入れるかって話だったってことか」
「そういうことね、私も私の目標と命のために負けるわけにはいかない」
「硬くなるしか使えない雑魚(能力の相性の問題で西永は勝てなかったが)はおそらく外部委託」
「そして本命は【無色透明の薬剤師】か。使ってる薬がプラセボならたしかに色はないな。にしても、まだガキだ。お前らはガキを【無色透明の薬剤師】なんてものに仕立て上げて、機構内で戦いを仕組んで何を企んでいる」
「正義感? 海外で暴れまわって大量虐殺まがいのことをしていた割に私の研究はとやかく言うのね」
「ムキになるな。それより話を進めろ」
「わかったわよ。私じゃないわ。インナーミッションとはいえ、【無色透明の薬剤師】が出てくるのは私も予想外だった。相手はだからこそ彼を引抜いたんだろうけど」
「なるほど。で、奴をつくったのは」
「それは……。私ね。プラセボは偽薬。能力の発現は思い込みの力。当初は成人の能力者を被験者にしていたのだけどね。そのうち、子供の方が」
「まあ、そうな。子供の方が洗脳が楽だ。能力の発現の観点から言っても、若年者の方が躁臓の力が強い」
「言っていなくてごめんなさい」
「わざわざ俺を呼び出すんだからな。何かあるんだろうとは思った」
「ねえ、新くん。白先生は一体何のためにこの研究を」
「……俺にもわからねえよ」
気持ちはわかる。俺にも疑念があるのだ。疑念があるからこそのあの夢だ。夢の中で白は、嫌な笑顔を俺に向けやがる。だが答えはまだ出ないだろう。
「もうひとつ疑問があるんだが、麻薙。お前についてだ」
「ええ、何かしら」
「お前、俺がこっちに来てから食事しているのをみたことがない。ゼリー飲料とかそういうのだけ。慢性的な食欲不振に襲われている。これはおそらく何かの魔薬の副作用」
麻薙は否定も肯定もしない。
「お前の能力はなんだ」
「私に能力はないわ。ただ可能性が見えるだけ」
ふっと微笑んで麻薙は言った。
「でもね、新君。新君が絡むと先が分からなくなる。だから私はあなたに賭けたのよ」
何と答えればいいんだろう。数年前、俺は大事な時にしっぽを巻いて逃げ出した人間だ。
「もう行く」
答えずに部屋を出る。あの時と同じように、今も俺は逃げだしたのかもしれなかった。
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