第16話 新君やっぱり負けたのね

4/13 13:50 麻薙現代 麻薙研究室


 静かな研究室に着信音が響いた。ドラフト内の灰皿に吸いかけの煙草を置き、電話に出る。


「はい。麻薙です。ええ、ええ。はい。申し訳ありません。ありがとうございます。ええ。この借りは必ず。はい」


 やはり、支援者に頼んだ援軍は全滅したようだ。新君は負けたのか。初見ではおそらく勝てないだろうと踏んでいた。だから援軍をお願いしておいたのは正解だった。私の支援者からの評価は下がってしまったが、あの2人を失うことの価値は計り知れない。


 常識から外れた存在の、【無色透明の薬剤師】の能力は一度目の当たりにしてみないとわからない強さがある。だから一度ぶつけておきたかったのだ。


 私はドラフトの前に再び座って喫煙に戻る。


 ガランッ。


 乱暴にドアが開き、ボロボロの格好をした2人が入ってきた。都は頭に泥やら葉っぱやらをつけ、新くんを背負っている。負けたといってもこんなに無様に負けているとは……。思わずため息が出てしまった。


「何て様なのこれは」

「がっつり負けてきた。こっちも油断してたし相手も強かった」


 新君が都の背から降りながら言った。


「新君。君の存在が特別なのはもちろん私にはわかっているけど、機構に対してもそれがわかるような行動をしてほしいわ」

「よーするに殺処分にならないようにちゃんと仕事しろ、もう負けるなということか。あの機構の部隊が全滅して、上からの圧がかかってきたか。処分が実行されたところで今の機構の人間に俺を何とかできるとは思えんが」

「私の組織内でのパワーバランスまでわかっているならちゃんと結果を出してほしいわ」

「あの。殺処分って」

「俺は数年海外に送り込まれてた。日本で殺処分になるところだったが、あいつに救われて戦場へ投入されたのさ、まだ保留だから結果を残せなければ日本で殺処分になる」

「そ、そんな」

「まあ実際に俺を殺すのは無理だろうけどな」

「また自信満々な。海外に送られたとは聞いていたけど戦場だったんですか?」

「まあ名目上だ。そんなひどい地域じゃない。現代は俺がゆったり暮らすことを望んでたからな」

「なんで急に麻薙さんを下の名前で」

「あ、ああ。そういや昔は名前で呼んでたな」


 都の様子が少しおかしい。一応会話をしているものの、先の戦いから話を逸らそうとしているのだろう。顔色からも憔悴が明らかに激しいことがわかった。

1日に2度も戦っている上、2度とも人生で初ともいえる格上能力者を相手にしている。負荷をかけてしまったのはわかっているが、今回に関してはそんなことを言ってられなかった。とりあえず今は休ませた方がいい。


「都。奥の部屋の私のベッド使っていいから少し休みなさい」


 都の目が泳いでいる。


「でも、私汚れて」

「いいから。シャワー浴びるならそのあとでもいいわ、どちらにせよ休みなさい」

「は、はい」


 頭についた最低限のごみなどを払ってから、都は研究室の奥にある私の部屋へフラフラと入っていった。扉を閉めるパタンという音の後に待っていたかのように即座に新君が言う。


「おい。麻薙。ちょっといいか」

「ん? どうしたの」

「奴の能力についてだ。話しておかなければいけないことがある」

「わかった。いいわ」


 私の答えに頷くと、新君は研究室の隅に置いてあるホワイトボードを引いてきて、ペンで書き込みながら言う。


「現状で確認できた能力だ。身体強化、発火、硬化、そして念動力」

「ええ」

「最初はいくつかの能力の併用を考えてみたが多剤併用だと効果が混ざるはずだ、身体強化によるスピードアップと硬化はかなり相性が悪い。だが、奴はスイッチのように切り替えて能力を使える。硬化を自由に解いていた」

「なるほど。時間差で様々な薬を服用しているのではないかしら」

「いや、多能力の発現のため、様々な薬を飲んでいる素振りはなかった。だが飲んだとしても、内服だと効果発現までの時間が短すぎる、ソリティアみたいに使用する能力の順番を最初から決めて内服をしているなら別だがな」

「【一人遊びの薬剤師】ね」

「肝臓での代謝後に形を変えて効果を発揮する薬というのもあるが、これもそう都合よく色んな魔薬にも変化できるわけではないだろう。硬化については明らかに敵の都合のいいタイミングで使っていたから、さっきの説、あらかじめ時間差での薬剤服用も否定される」


 新君は続ける。


「で、極めつけは俺と同じ念動力の能力だ。これは、使えること自体があり得ない。向精神魔薬で意識の拡張をするための薬剤量は想像を絶する。当然俺以外がその量を服用すれば即昏睡か死だ」


 口ぶりからして新君は【無色透明の薬剤師】の正体にたどり着いているようだ。私の口からは言えないその正体に――。

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