第14話 思い出の街での襲来

4/13 13:16 宮台新 西永宅最寄り駅前



 何とも言えない顔で渡した煙草をポケットにしまい込む西永を見つつ俺は言う。


「なに神妙な顔してんだ、はやく行くぞ」

「は、はい」

「駅の景色といい、この辺はあんまり変わらないな」


 チェーンのカフェを通り過ぎたときに西永に声をかける。


「こっちは住宅街ですしね。この街は駅を中心に反対側は飲み屋などで騒がしく、もう反対側はスーパーや住宅が立ち並んでいます。うまく説明ができないですが、私はこの危ういバランスが好きなんですよ」

「知ってる。俺もそうだった」


 だってここは白が住んでいた街だったから。変わった場所も、変わっていない場所も、どこを見ても思い出しかなかったのだが、それは言わない。言葉に詰まるが、やっと一言だけ口に出す。


「薬学部の学生でこの辺りに住んでるのは珍しい」

「総武線より東西線のほうが便利なんですよ」


 気づかずに笑顔を見せる彼女を一瞬横目で見た後、俺は街を歩く足を速めたのだった。


 歩いている中、突然、脳が最大限の危険信号を発し、そちらに視線を向ける。嫌な予感ってやつだ。


 車が宙を回転しながらまっすぐこちらに襲い掛かってくる。


「は?」


 衝突の寸前、間一髪で地面に転がり、それをかわしたが、目の前で起きた衝撃的な現実に思考が付いていかない。


「サイコキネシス? くそっ、冗談だろ」


 俺が呟いた瞬間。目の前の人間が2人になった。人間の速さを超えた動きで何者かが西永の目の前に現れたのだ。謎の男が発火した拳でボディブローを西永に放つ。


「あぐっ」


 直撃。西永は腹部に燃え盛る拳を食らい50㎝ほど宙に浮いた。だが、苦痛に喘ぎながらも、宙に浮いた体勢から下半身を回転させ、体勢を見事に立て直しつつ、強烈なハイキックを繰り出す。普段より威力は弱いとはいえ、常人の骨なら軽く砕けるはずだ。


 ゴウンッと、人間が人間を蹴っているとはおよそ思えない轟音が響く。こちらも直撃。しているはずが、痛みを感じてすらいないのか? 体の硬質化? さっきのやつより硬いのは間違いない。


 身体強化されているのだろう、音速を超えたであろう拳が衝撃波を生み出し都を吹き飛ばした。多剤併用か? 攻撃が多彩すぎる。


 さっき薬は数錠飲んだ。通常用量の定期内服。全然足りないな。念動力は使えるが、最大威力とは程遠く、今回の相手にそれは致命的なことは明白だった。


 ここに来る前は毎日毎晩オーバードーズしていたのだが、平和な国だと完全に油断していたわけで。強敵相手の前衛として期待していた暴力丁寧語女はあっさりと吹っ飛ばされるし。つまり。見込みの甘い俺の自己責任。生憎、切り札のインジェクターはアジトにあるし、注射もさっき使ってしまった。ということはこのまま戦うしかないだろう。先ほど飛んできた自動車の瓦礫を宙に浮かせて、弾丸の速度で射出する。


 やはり体が硬質化しているのだろう。直撃してもかすり傷程度だ。硬くなったままの体では走ることはできないため、弾丸をうけながらゆっくりこちらに近づいてくる。


 いくつかの能力を同時に発現しているわけではなく、必要に応じてスイッチのように切り替えている? 【赤の薬剤師】か? 現【赤の薬剤師】は様々な能力に適合していること、代謝の関係で長時間能力を発現できることが特徴で、攻守のバランスがいい戦闘向きの【薬剤師】と言われている。


 いや、出力が違い過ぎるな。そもそも俺以外に念動力を使いこなせる奴がいるとも思えない。念動力を使えるほど向精神魔薬を飲んでも死なない奴が俺以外にいるはずがないのだ。


「どんな魔法だよ、くそっ。ったく。逃げるしかねーなこれ。おい!」


 余っている力を使い、念動力で道の端に植えられている小ぶりの木を引っこ抜き、意識が朦朧としている西永に軽くぶつける。


「はっ。なんですかこれ、泥まみれなんですけど」


 運悪く根っこについていた地面がかなり湿っていたようだ。


「うええ、変な虫もついてる。ひいい」


 泥まみれになって黒くなった髪を掻きむしってダンゴムシだがゲジゲジだかを追い払っているがそんな場合ではない。


「おい! 黒髪就活生! 逃げるぞ。今はこいつには勝てん」

「就活生のインスタント黒髪じゃないいいい、あなたのせいですよおお」


 何とか逃げ出す隙が欲しいのだが、今のところ見当たらない。

逃げるため念動力の影響範囲を拡大するのだが、俺の意識の拡張が邪魔される。本気を出せてはいないとはいえ、念動力を使えるどころか、俺の力と釣り合うレベルの能力の強さ……。こんな敵は初めてだ。影響範囲の奪い合いは拮抗していたのだが、逃げるきっかけはほどなくして現れた。外部からの闖入者によって。


「射撃開始!!」


 紺の隊服を着た数人が現れ、銃を構えて発砲しながら、謎の男に向かっていく。その後ろで数人の隊員が各々腕に注射をしたり、錠剤を内服するなどしてから戦線に突入していった。機構の部隊だろう。能力者もいる。


「麻薙の計らいか」


 おそらくこいつ相手では全滅必至だが逃げる時間稼ぎにはなる。


「ここは任せた」


 俺は呟くと、敵とは逆方向に意識を拡張し、付近に散らばった瓦礫の大きなものを見繕って移動用の足場を用意する。最短経路で逃げるには宙だ。


「俺を抱えて逃げろパワー女」

「もおおお、なんで私があああ」

「はやくしろ、どうなってもしらんぞ」


 パニック状態になりながらも西永は俺を背負い、素直に宙に浮いた瓦礫から瓦礫を軽やかに飛び移ってその場を後にしたのだった。

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