第13話 嫌な一日だったから、私もう帰りたいしか考えられない

4/13 12:00 西永都 大学喫煙所


「……乾きました。お待たせしました」


 喫煙所のベンチの背中に体を完全に預け、何をするでもなくぼんやりしている宮台さんに声をかけた。


 先ほどの宮台さんの能力者への攻撃でずぶ濡れになった私は、大学で宿直用のシャワーを借りて、研究室に置いてあった着替えの服に着替え、大学の喫煙所に来たのだった。何となく麻薙さんと顔を合わせたくなかったので、待ち合わせ場所を喫煙所に指定してきた宮台さんに少し感謝する。


「帰るか」

「ええ」


 校門を出て、地下鉄駅に向かう。私はこんな情けない気分なのに、天気は嘘みたいに晴れている。彼に聞いておくべきことがあるだろうに、何にも喋る気にもならない。


「校舎はすぐ修繕されるらしいぞ、麻薙が業者にもう依頼していた」

「そうなんですね」

「建物、そして床のコンクリートの老朽化による倒壊事故。奇跡的に死傷者なし。能力者の遺体は機構が引き取って記録から消えたようだ」

「はい」


 うつむいて生返事しか返さない私に、さすがに彼も話しかけるのをやめたのだった。無言のまま電車に乗り、私の家の最寄りの駅に着く。電車内のアナウンスで、最寄り駅の名前がコールされるまで、宮台さんが降りるべき駅をもう過ぎていることに私は気づかなかった。そのまま一緒にホームに降りて、改札を出た。気まずいし、私の悩みの種の張本人に言うのは憚られるが、でも。


「あの」

「なんだ」

「送ってくれてありがとうございます」

「ああ」


 私がほぼ自失していたから、警戒を怠らずにいてくれたのだろう。いつどこで狙われるかわからないのに私も呆けている場合じゃなかったな。気を取り直した私が宮台さんを見ると、ニヤニヤした顔で何かを渡してきた。


「おい、誕生日早いんだろ。ほれっ」

「なんですかこれ」


 なぜ誕生日を知っているのだろうという疑問よりも先に衝撃が来た。渡されたものは四角い小箱とライターだったからだ。


「え? たばこ? 信じられない。たばこは健康を害しますよ!!」


 私はあきれ顔で彼を見た。宮台という男は相変わらずニヤニヤしている。


「そ。煙草だよ。心を落ち着ける作用がある。俺は吸わねえけど」

「さっき喫煙所いたのにあなたは吸わないんですね」


 確かに彼からは煙草のにおいがしない。


「ニコチンもすぐ代謝されちまうからな」

「なるほど。で、なんでこれを私に」

「元気がないようだったからな。二十歳で大人の仲間入りだ」

「私も吸いません!」


 突き返そうとしたが、宮台さんは手をヒラヒラさせて私から距離を取り、受け取ってくれそうもない。


「麻薙も吸ってんだろ」

「麻薙さんにも禁煙を勧めてます!!」


 ひとしきりこんな掛け合いをニヤニヤ顔でした後、ポケットに手を突っ込んで彼はふっと言った。


「何かに逃げてもいい。別に精神が安定するならそれもいいだろ」


 急な彼のトーンの変化に私は反論するのをやめた。その通りかもしれない。彼はこれを返させてはくれないだろう。それも彼なりの気遣いなのだ。きっと。私は大人しくその箱をポケットに入れることにした。家で捨てよう……。明日、何ゴミの日だっけ……。

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