第10話 学生時代の回想と侵入者
4/13 10:10 宮台新 大学屋上
何回か迷いつつやっと辿り着いた屋上への扉は、南京錠で封鎖されていた。だが、そんな形だけのセキュリティなどたやすく破壊して、扉を開ける。だだっ広い空間は、大学の校舎だけあり、アジトと違い朽ち果てていない。全体的に白く、行儀が良い感じがする。掃除が行き届いているのだろう。ゴミゴミした街の雑居ビルの屋上とは違うよさがあった。日差しが直接当たらず、かつ冷えすぎていない場所を探して腰を落ち着ける。壁にもたれかかって中空をぼんやりと眺めた。春の風は心地よく、暖かい。
「やべ、眠くなってきた」
意識が朦朧としてきた。
ドンドンドンドン!
狭いワンルームのドアを何度も叩く音で俺は目を覚ました。驚くことに学校の担当教師の声がする。
「宮台くん! ちゃんと学校に来て授業に出るんだよ!」
家の前の人通りはまばらとはいえ、学生街で俺の名前が響き渡るのは嫌だった。パジャマのままのそのそと扉に近づき開ける。
背の低いシルエットが寝起きで掠れた視界に映った。
「お、おはようございます」
「起きてくれたんだね、おはよう宮台君。じゃあ嫌がってないで学校に行こう」
「……俺は小学生かよ」
「小学生みたいな注意をさせてるのは誰よ」
「というか何で家の場所把握してんだよ」
「担当教員なので。著しく出席率が低い場合は家庭訪問する義務もあります」
「わ、わかったよ。せめてインターホン押してくれ。借金取りかと思ったわ」
「インターホンは既に何度も押してます。ところで新君、借金はだめだよ」
「借金なんてしてねーけど例えだよ」
「全く。健康な大学生なんだからもっと遊びなさい、家に閉じこもるなんていつでもできるんだから。あ! そうだ、今日は授業の後、研究室の掃除をしてもらおーっと」
目の前の立場が上の小さいものが、勝手に話を完結させて俺の処遇を決め、キラキラと目を光らせた。
「え。じゃあ俺やっぱり今日はパスで」
「だめ。来なさい。私の授業あるでしょ! 着替えてきて、10分ね、はい。いーち、にー」
会話の中でいつの間にか白先生は玄関に上がり込んでいる。こいつは秒のカウントダウンで10分を数えきるつもりなのだろうか。それは突っ込まないでおく。はいはいと言いながら身支度を始める俺だが、これでは小学生どころかそれ未満だった。
白先生に引っ張られて教室に着くと、同級生の麻薙現代がいる。机に頬杖をついている。俺を見て呆れた顔をした。銀髪にメタルフレームの眼鏡が似合っている。身長が高くてスタイルもよく、どう考えても美人の部類だろう。少々垂れ目で色気がある。頭脳明晰で友人をほとんど作らないことから冷たい印象を持たれがちだが、接してみると悪い奴ではなかった。
「初出席ね」
嫌味を飛ばしてくる。担当教員が家に踏み込んでくるまで学校に行っていなかったのだ。それまでの期間一人で授業を受けていたらしいこいつには嫌味を言う権利くらいはあるかもしれない。うん?一人?
「お前もいたのか、というかこの授業俺ら2人かよ」
「宮台君。これは卒業に必要ない単位だから授業が過疎っているの」
過疎っている……? そんなはずは……。まさか。
「おいっおま、この前必修って言ってたじゃねえか。そんなの取らせんなよ」
「私も騙されてたのよ、白先生に」
「なんて教員だ……。おいおい、学生課に駆け込んで履修登録取り消してもらおーぜ」
「履修取り消し期間はもう過ぎたわ」
担当教員の白先生が会話に割り込んでくる。
「へへへへ、いーじゃん、1人で研究しててもつまんないんだよー。この授業では特別に、最近の日本の闇とか人間の新たな能力とか教えてあげるからさー」
「陰謀論……。しかもめちゃくちゃスピってる……。全然受けたくねーよそんな授業。というか薬学部だよな、ここ」
「薬に関係あるんだよ」
ニッコリと先生が笑う。無邪気な笑顔が逆に怖い。サイコである。
「おいおい嘘だろ」
4月に開催された教務課のガイダンスで怪しい勧誘に気をつけるよう話があったのだが、大学内部にこんな危険な奴がいたとは。
「本当、らしいわ」
「麻薙まで……こんなカルト授業いやだああああああ」
低学年のころからこのような形で、魔薬に関する英才教育を受けているのだ。大学教授と生徒という立場ではあったが、年齢も距離感も近く友達のように過ごした。なぜか(というか白のせいだ)俺ら3人は一緒に過ごすことが多く、白の研究室への配属は既定路線だった。
白は、俺よりも年上で、研究室の先生で、研究内容も先鋭的で世の中に評価されていて。そしていたずら好きで子供のように純真だった。ころころと表情が変わり、笑ったり怒ったり忙しい。俺は振り回されてばかりで、でも人見知りだったからそうやって振り回されるのも悪くないと感じていた。小さい体に大きな白衣を引っかけていつも忙しそうに動き回っていた。
何者でもない大学生だった俺は、自然に白に惹かれ、恋人同士になった。だが、もちろん幸せな日々のシーンが蘇ったあとは終局が訪れるのだ。
――新ごめんね。
せっかく眠れそうだったのにまたすぐ夢に起こされてしまう。
自分の失敗と後悔の記憶。少しでも隙間があると入り込んでくる。楽しかった記憶から始まり、それが破壊されるシーンで終わるのは、余計にたちが悪い。海外で暴れまわっていたのはこの記憶に蓋をするためでもあったのだろう。抑えがきかなくなっていたというのもあるが。でも、暴れるだけでは忘れることができないとわかってからは抵抗するでもなく、ただ受け入れて永遠に自己嫌悪のループに身を任せていた。
「くそ。研究室で話してたほうがましだったか」
どうせ眠れないので、睡眠モードから切り替えて我に返ると、何やら外が騒がしい。校内放送で警報が鳴った。校門のほうに目をやると学生が一斉に下校を始めている。別に俺には関係ないので、空になった大学の校舎内をプラプラ見つつ研究室に戻ると、やはりというか2人は緊迫した雰囲気だ。麻薙が話しかけてくる。
「新君、大変。さっき速報が入った。千葉県の大学薬学部で研究室が爆発、炎上したらしいわ。死傷者不明」
「なに?」
「テロの可能性があるとのことで、学生は即帰宅命令がでました。宮台さん、あなた校内放送聞いてなかったんですか?」
「ぼーっとしていたな。千葉県の大学、か」
「悪びれもなくぼーっとしてたとか言わないでください」
「何となく察しているかと思うけど、私のダミー研究室ね。もちろん罠だから迎え撃つための能力者が数人はいた。そこが爆発炎上ということは」
「能力者を数人相手にしても勝てるレベルの強敵、ってことか」
「そういうこと。ここもいずれ見つかるわね」
麻薙が言った途端。
ピリリリリ。
麻薙のスマホからけたたましい音でアラームが鳴りはじめた。麻薙が顔を曇らせる。
「言わんこっちゃないわ。まずいわね」
「どうした?」
「私の研究室が漁られてる」
「ここじゃないのか?」
「ええ、潰されてもいいように、今いるここと、この大学の地下と、あと別の街にも研究室があって相互補完しているわけだけど」
「なに!? 地下に保管しているデータはなんだ」
俺の問いかけに、バツが悪そうに麻薙が返した。
「都の身体データなどを保管しているの」
「ええええええええっ!!」
俺は心底興味を失ったが、暴力女は顔を真っ赤にしてドアを開けて廊下を走り去った。困ったような顔で麻薙が言う。
「新君、君にも侵入者の撃退をお願いするわ」
「お前は余裕なんだな」
「何言ってるの、大将が焦っていたら示しがつかないじゃない」
「それだけか?」
「ええ、敵はおそらく下っ端だから、っていうのもあるわね」
カマをかけてみたが、表情から麻薙の思惑が読み取れない。
「気に入らんな」
俺は言い残して部屋を出た。
ガンッガン。
鉄を何かで打ち付けたような音が連続で大学構内の廊下に響く。西永と侵入者の戦いがもう始まったのだろう。
「敵はそっちか」
音の方へ。大学構内を走る。研究室は地下とのことだったのだが、もうデータを抜き取ったのか。それとも。
「わざと抜き取らせたのか、だ」
程なくして音の発生場所にたどり着くと、スキンヘッドの筋肉質の男が西永の拳を素手で防御しているところだった。身体能力が強化された暴力女のパンチを素手で受け止めるとはなかなかやる。床に使用後であろう、ペンタイプのインジェクターが転がっている。身体強化を上回る防御力と廊下に響いていた音からして――。
「硬質化能力か」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます