第8話 何で私がお迎えに…
4/13 8:00 西永都 予備校跡雑居ビル
契約から数日経ったが、いつまでも宮台さんが出勤しないということで、私はいま先日のターミナル駅から歩いて十分程度の雑居ビルの前にいる。駅は今もテープやらなんやらで立ち入り禁止区域だ。先日大立ち回りを演じたので若干駅に行きづらいのだが、数少ないターミナル駅なので利用せざるを得ない。
辿り着いたのは何の変哲もない雑居ビルだが、機構が用意した宮台さんの部屋がある。処刑命令が出ておきながら住む場所を用意する。これは矛盾していることのように思えるが、眼前に迫っている脅威がそれだけ大きいということだろう。彼とその脅威がつぶしあって両方倒れればラッキーと思っているのであろうか。宮台さんは私にとっては全くいい印象がなかったが、そういった機構の思惑にもぬるりとした嫌悪感がある。
「おはようございます」
エレベーターが開くと、いくつか机と自販機の並んだ休憩スペース、そして受付とおぼしきものが目の前に広がる。元予備校と聞いていたが、もうそのまま予備校だ。いつ生徒たちが戻ってきても再開できそうではある。休憩スペースからは廊下が伸びていて、2つの教室が見える。
向かって左側の教室のドアをノックしてみた。
「おい。そこ清潔空間だから入んな」
後ろから声をかけられる。ギョッとして後ろを見る。今日は黒づくめではない。上下グレーのスウェットのだらしない恰好だ。寝起きなのか、髪の毛が跳ねたり盛り上がったりしている。
「まるでニートか授業に出ない大学生ですね、いい年して恥ずかしくないんですか」
「半年くらいぼんやりして過ごしてたからな」
「いい御身分で」
「最強になるにつれ、次第に挑戦者が減ってきてな」
口の減らない男だ。ただ、天候すらも操るというのを聞くと、彼が半年間平和に暮らしていたというのも納得がいく。だって私ですら戦いたくはない。
彼は手で払って、私をどかしてドアの目の前に立つ。
清潔にした手指を使わずに室内に入ることができるよう、足で開けるタイプの自動ドア。センサー部に素足サンダルをかざす。あんただって清潔空間に入る格好じゃないでしょうが……。
がぽっ。
ドアが開くと風除室が現れる。小窓から奥の部屋に様々な機材が設置されているのが見えた。
「な、なんですかこれ。機械がたくさん」
「実習サボってんのか? 大学生。見りゃわかるだろ。あれは打錠機。そっちにあるのが、造粒用のミキサー。ここで錠剤作ってんの」
「え!? 自分の服用する薬剤を自分で?」
明らかに私よりも学生時代不真面目だったであろう人間に不真面目煽りをうけたが、それ以上に驚きが大きい。
「ああ、というかお前ん家だって家業は製薬会社なんだろ。同じようなもんだ。規模は違うが」
どこから聞いたのだろう。麻薙さんだろうか。
「いや、でも個人で何故」
「海外にいたときは味方がいない場面もたくさんあったからな」
思い出すように彼は続けた。
「発注でもいいんだが、基本的には自分で生産だ。大量に作ってストックしておいて、アジトが壊されたりしたらまた移動して設備を集めて大量につくっての連続だ」
「設備って集まるんですか」
「まあ無理な時は麻薙に頼んでいた」
麻薙さんはそんなこともしていたのか……。海外にいる人間に製薬設備を内密に送るなんて簡単なわけがない。そうまでして協力していた人物をこのタイミングで呼んだ。おそらく次の敵はこれまでで最強の敵。
そして。
私は麻薙さんにとって切り札なのだと思っていた。でも実際は違う? それは彼、宮台さん。なのかも……。思わず拳を握ってしまう。
「で、何の用?」
そう言われて我に返った。掌には爪の跡が付いている。拳を緩めて大きく深呼吸をしてから極力明るく私は言った。
「研究室に来ないから呼んできてって。君は変わらないねって言ってましたよ、麻薙さん」
「来ないと給料下げるって。さあ、行きますよ!!」
「あーそういうことか。わかったわかった」
宮台さんは、のそのそとだらしなく歩いて講師用の部屋に入っていった。多分着替えだろう。部屋に入る直前、彼が呟いた言葉が私の耳に届く。
まるで学生時代の安い再現だ。と
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