第7話 夢の中での絶望

ⅹ/ⅹ xx:xx 宮台新 どこかの夢の中


「新、お願い」


 目の前には、低めの身長に似合わないオーバーサイズの白衣を着た真白い髪の女性がいる。名前を呼ばれて初めて、またあの夢を見ていることに気付く。俺は今夜も抜け出せないループの中にいた。


「新、助けて」


 祈るようにそう言った後、追手から逃れるように彼女は走り出す。俺には実体がなく、どうしようもできない。能力の発動もできなければ、手を伸ばしても何もつかめないのだ。息をはずませ走り、足をからませて転倒する彼女。暗殺者の影はゆっくりと忍び寄る。そして、路地裏、研究室の中、彼女の自室、様々な場所で追い詰められた彼女が殺される。それを俺は止められない。場所が固定されないのは、彼女の死を現実で俺は見ていないからだろう。その時俺は海外にいた。死の間際についてやることもできなかった無力感に苛まれているのか。ずっと前に選んだ選択肢を俺はまだ後悔しているのだろうか。


 場面が切り替わる。日本を離れる前にした彼女との最後の会話のシーン。


「新、残念だけど研究室は取り潰しになる。新の代謝に関する研究をどうしても機構に渡すことはできなかった。おそらく新はこれから機構から命を狙われることになる」


 俺の高すぎる代謝能力について研究していた白だが、その研究が機構の耳に入り、最近は機構職員とずっと交渉していたのだ。


「おれの、ため?」

「その他の研究は別にいい。いくつかは現代に任せようと思ってるし、彼女は機構からバックアップを受けるよう伝えておいた」

「待ってくれ」

「君は海外でしばらく身を隠しなさい。私も研究の引継ぎがひと段落したらそっちに行くから。ここに必要なものは全て揃ってる。現代が全部用意してくれた。表向きは紛争地域だけど今のここよりは安全って言っていたよ」

「わ、わかった」

「白……!!」

「どうしたの?」


 俺も残るよ。残って機構と戦って、一緒に海外へ逃げよう。俺はそう言えなかった。あの時は能力の発現すらできないガキだったのだ。足手まといだ。そう思って。


「……いや、何でもない。待ってる」

「うん。心配しなくても大丈夫だよ。しばらくは現代と一緒に新しい研究室を立ち上げたりするだけだから。荒っぽいことは起きないんじゃないかな」

「ほら、かがんで。よしよし」


 白はよく俺の頭を撫でるのだが、身長が低いため彼女が乗る台がなければ俺が屈むことになる。それはまるで俺が彼女を崇めているようなポーズになるので気恥ずかしさがあったが、嫌いではなかった。いつもより長めに俺の頭を撫でた後、俺の女神は言う。


「またね」


 目が覚める。短くて浅い眠りは夢の記憶を容易に現実にロードする。


 こうして麻薙と白は俺を海外へ逃がした。数日の後に研究室が廃止になり、俺には機構から殺処分の通知が出たことを知る。日本の能力者の能力は機構内で把握される必要があり、把握不可能な未知能力の使用は国家に危機を及ぼす恐れがあるため処分とのことだった。能力の把握と表現されているが実際のそれは、そんな生易しいものではない。俺が機構に引き渡されていたら、代謝能力の限界の調査と称して死ぬまで大量の魔薬を投与し続けられたか、洗脳されて戦闘マシーンにされているかどちらかだったろう。俺を守って白は殺されたのだ。


「ま、今の俺も自分自身に同じようなことしているんだが」


 俺は自嘲気味に独り言つ。大量の魔薬で自分に負荷をかけ、海外で暴れまわって。そうならないように白は死んだのではなかったか。何度も悩んだが、現在は葛藤するのも諦めて燻った感情を放置している。


 当初の予定通り、麻薙は機構の援助のもとで研究を引き継ぐことになる。彼女が白の殺害の実行犯を突き止め、俺に連絡をくれた。実行犯は大した能力者ではなかった。まだ喉の閊えはとれない。それどころかこの夢からも解放されない。


 そりゃそうか。だって死んだ奴が戻ってくるわけじゃないんだ。白のあの声や、笑顔、そしてあの日々の続きは永遠に訪れない。終わらない悪夢を背負っていくのに疲れて俺は無気力に過ごしていた。俺はこれからどうすればいいのか。その答えは見つからない。


 そして。ある時期からこの夢はそこで終わらず、さらなる絶望を見せてくるようになった。死後、血まみれの白が起き上がり、俺にむけてにやりと笑うのだ。それは、白からは見たことがないような下品な笑い方で。初めてその夢を見たとき俺は叫びながら飛び起きた。我に返った俺は複雑な思いだった。その先が合った希望と、それが望むものではなかった絶望と。


「あいつは俺に、何をさせたいんだ」

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