第4話 コンビの結成にも契約書は必要

4/8 13:15 宮台新 麻薙研究室


「ちょっと待っててね、契約書作るから」


 麻薙は、既に雛形を用意しているらしい。話が早いのはいいことだ。俺が協力するだろうと見抜かれていたのは癪ではあるが。書類を用意する後ろ姿を見ながら言う。


「にしても、お前も機構の仲間入りか」

「契約するのならあなたもでしょ。本当に嫌味ね。外部委託という一線は引いてるわ。あなた、私と時々連絡してたんだから知ってるはずだけど」


 日本で魔薬の研究を行うには、何らかの形で機構の許可が必須だ。必須というより不可避という表現の方が正しいだろうか。魔薬の研究室を機構が統括して管理することに反対し、取り潰しになった研究室は数多くあるし、俺が学生時代に在籍していた(魔)薬物動態学研究室もその憂き目にあった。


 表では、国家プロジェクトとしての超先進医療の研究機関だとか綺麗ごとを掲げているが、俺が学生の頃は汚れ仕事専門の政府裏機関だったことからわかるように、その実態はかけ離れている。機構は能力者による特殊部隊も要していて、反乱分子はたちまちテロの疑いをかけられて処理されてしまうのだ。


 このような能力者の裏世界での台頭は、各国でも起こっており、それは国同士のパワーバランスも変えてしまった。結果として現在機構はこの国の安全保障の分野にも深く食い込んでいる。言ってしまえば国家そのものなのだ。


 だから麻薙が研究室を構えている時点で、機構がバックにいることはもちろん知っている。納得はしているが、でもそれで機構への恨みが消えるわけではない。自分の心の奥底の器に溜まった毒。溢れてこぼれ出たそれをほんの少し振りまいたところで罰は当たらないだろう。


 っくしゅ。


 クシャミが自分の思考を遮り、自分の体調不良を思い出させる。あーだりい。完全に熱あるなこりゃ。


「風邪薬ないか?」

「あ、ありますよ、この救急セットの中」


 渡された箱を開けると瓶の中に一般的な総合感冒薬のカプセルが入っている。蓋を開けて、ざらざらと口内に流し込む。



 それを見て明らかに引いている表情で西永が言う。


「あの、ちょっとやめてもらえますか? 目の前で」

「強すぎる代謝能力のせいで風邪薬がきかねーんだ。寒気がひどい。普通の用量じゃ俺の体は治らん」


 俺は正当な理由を主張するが、西永は見るのも汚らわしいという表情でつぶやく。


「いや、何というか道徳的にやめてほしいんですが……」

「都、仕方ないのよ新君は。それが格好いいと思ってやっている節もある。エナジードリンク何本も一気に飲む大学生に通じるものがあるわね」


 麻薙もこちらを見ながら言う。先ほどの毒の復讐かひどい言いようだ。


 っくしょん。


「あっ汚い。マスク下げてないでちゃんとしてください」

「うるせえな」

「そもそも新君。風邪は薬では完治しないわ。成績の悪い新君にはあまりわからないんだろうけど」

「対症療法でいいんだよ、はやく契約書よこせ」


 どうせこの仕事が終わったらまた日本を発つだろう。慣れ合うつもりもないし、くだらん日常パートに付き合う義理もない。渡された契約書にざっと目を通し、怪しいところがないことを確認したうえでサインをした。

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