第2話 一晩あけ、ヒロインは大学へ行く
4/8 11:40 西永都 大学構内
[20XX年。科学というやつは遂に超能力というものを解き明かすに至りました。新たな臓器の発見とその機能、それはまさに古くからの人類が生命エネルギーだの、魔力だの、念能力だのと言ってずっと秘匿されてきたものでした。
躁(そう)臓(ぞう)と呼ばれるソレはもともと癌細胞の発現にかかわるものとして見つかりましたが、生命エネルギーの源だけあって、力だとか暴走だとかを付与する機能があったのです。
暴走をつかさどる臓器。躁という言葉にはあわただしいとか、騒ぐだとか荒々しいといった意味がありますね。実にいいネーミングじゃないかと私は思っているんです。そして躁臓の発見後、科学者達は既存薬に躁臓を刺激する成分を加えた魔薬の製造に精を上げ、その能力を引き出した能力者の暗躍が始まったのです。
能力者達は薬の服用により能力を発現することから、こう呼ばれています。【薬剤師】と。あ、実際にそういう職業があるので紛らわしいですね。隠語から始まったので仕方ないですが、慣れてくださいね。我々が【薬剤師】と言ったら、薬局に勤めている善良そうな医療従事者のことではなく能力者のことです]
講義室からマイクを通して尚、澄みきった女性の声が漏れてくる。
口調も相まって、物語のストーリーテラーのようだ。
「麻薙(あさなぎ)さん、講義中かー」
私は千葉県某市の大学構内にいた。
昨日はセーラー服を着ていたが、今日は白いワンピースを着ている。昨日着ていたセーラー服はああ見えて特殊な布と糸でできており、衝撃を和らげたり、耐火性能を持っていたりしてなかなかの高機能だ。もちろん値段もお高い。戦闘するときに映えるから、とかいう理由で着ていくように指示されたが、普通に戦闘用の服もあることから、この指示はただ単に麻薙さんの趣味なのだ。趣味とかロマンというのは本当にたちが悪い。あれだけ高機能なのだから防水というか水を弾いたり速乾機能もつければいいのに、そこはロマンが崩れるとかいう理由で水に濡れると当然透ける。そして昨日は突然の土砂降り……。
「あああっ」
ぴったりと透けながら肌に張り付いた服……。もちろんそれは、あの時駅にいた人たちにも見られて……。私は昨日の嫌な思い出を振り払うため頭を振った。
天気は、昨日のスコールのような大雨が嘘のような快晴で、ガラス張りの壁面から大学内に光が降り注いで明度を上げている。
現在私がいるのは薬学部であり、敷地の隣には工学部があるため、道路を挟んで向かい側には航空実験用の広大な滑走路が見える。
私は講義室の手前にあるソファに腰を掛け、麻薙さんの講義が終わるのを待つことにした。
講義とはいっても、これは正式な大学の講義ではない。魔薬の存在は世間には公表されていないからだ。機構に新しく入ってくる職員への研修講義だろう。
ふざけているのか、麻薙さんはこうやって物語調で機構の新入職員に講義をする。
この馬鹿げた世界へようこそ、というメッセージだと私は思う。この業界は入れ替わりが激しい。色々な理由で退場を余儀なくされるのだ。だから1年もいれば長生きな方だ。こちら側に来た人間はいつ死んでもおかしくない。そして私はその世界で生き残ってきた。麻薙さんは私の恩人だ。私は、彼女とともにこの世界を生き残り、彼女の研究を前に進める手伝いをすると誓ったのだ。
[意識の拡張や人体内での現象を体外へ拡張する力。テロメアという限界を無視してシークエンスがされ、増幅された薬効により、身体能力が上がったり、体を発火させたりすることができるのです。よーするにですね。躁臓の刺激薬(アゴニスト)と合剤にすれば効果が暴走して超能力が使えるようになるということです。でも、この能力はもちろん文字通り生命の源を使っていますし、躁臓刺激薬は腎機能や肝機能に大きな負担をかけます。生命的な意味でも、社会的な意味でも予後不良です]
漏れ聞こえる講義内容。予後不良という単語がでてくる。この台詞の後に講義室は静まり返る。能力を偶然得て機構の門を叩いた者、魔薬使用者の近親者で研究のために志望したもの。様々だが、みんな多少は「能力の可能性」なるものに夢を見て、ここに来ている。
それが寿命をここで宣言されたのだ。そんな反応になるのは当然だろう。
麻薙さんの声は廊下にまで丸聞こえなのだが、講義の際は大学の建物一棟を貸し切って、人払いをしたうえで行われるため、盗み聞くものは誰もいない。私は何度か聞いた内容に、少し眠くなってきた。
「あ、来てたのね。早いじゃない」
微睡(まどろ)んでいると明るい声がした。そちらに顔を向けると銀髪で丸眼鏡をかけ、襟付きのシャツに白衣をかけた見知った美人の姿。麻薙さんだ。彼女は背が高いくせに、いつもそれよりさらにオーバーサイズの白衣を着ていて、袖まで隠れている。
「魔薬の世界への水先案内人の役目、ご苦労様です」
軽く伸びをして答える。
「魔薬ね。魔なんて魔法の世界みたいじゃない。魔法なんてものじゃなく、れっきとした科学なんだけどね。俗称ってのはだんだん歪んでいくものね。にしても最悪なネーミングよ。マ・ヤ・ク。麻薬の方と音が同じなんてナンセンスにもほどがある」
「はあ」
私からすると、(医療用の麻薬は別として)どちらもイリーガルでアウトローなイメージなのだから音で区別できなくても気にならないのだが、どうやら地雷を踏んでしまったようだ。慌てて話題を変える。
「それにしても全く、昨日はひどい目に会いましたよ」
「ええ、休日出勤どうもありがとう。私の講義で出席扱いにしておくから、代休取っていいわ」
「いえ、それは全然。でも、津田沼に現れた発火する宗教信者たちと戦っていたら突然大雨が降ってきて」
「でもそのおかげで君は助かったのでしょう?」
「ええ。まあ。一人ひとりの戦闘力は問題になるレベルではなかったのですが、あれだけの数いるとさすがに……」
「風邪はひかなかった?」
「大丈夫でした。でも服がびちょびちょになって大変でしたよ」
「彼はひいてるわね、風邪」
「え?」
「いや、こっちの話よ。問題ないわ。先に研究室に戻っていて。私は別棟の事務課によってから帰るから」
こちらの幾分非難めいた愚痴を軽く流し、麻薙さんは颯爽と廊下を歩いて行った。
麻薙さん。名前は現代(げんだい)。名前だけでは性別すらわからない。私の姉、もしくは親代わりの彼女は、私からすると大人の女性といった感じだ。白衣の着こなしを除けば、だが。彼女は自分の研究を行いながら、魔薬品超常機器総合機構Magical Pharmaceuticals and Magical Devices Agencyから依頼されてオブザーバー的な役割をしている。MPMDAと略す人も多いのだが、私はただ機構と呼んでいるこの組織は、日本における魔薬関連の業務を統括している組織である。
今日のように講義や重要な会議と忙しいはずなのだが、外部委託のため、割とぼーっとスマホをいじっていることも多い。自分の研究室で、実験用安全キャビネット内で喫煙をしている。安全キャビネットはキャビネット内の気体が外に漏れださないよう常に陰圧に設定されているため、煙草の煙も漏れださない。自分の部屋なんだから好き勝手に吸えばいいのにと思うのだが色々とうるさいからということで右手をキャビネット内に入れたまま紫煙をキャビネット内に吐き出す。
だったら外にある喫煙所にいけばいいのにと思うのだが、夏は暑いし冬は寒いから嫌だとのこと。外は、春は暖かいし秋は過ごしやすいんだけどな。
まあ、たしかに喫煙所にこんな美人がいたら、生徒からは噂になるだろう。魔薬の秘匿もあったもんじゃない。というかそもそも喫煙なんてやめたらいい。
そんなことを考えている間に研究室に到着した。部屋に入る。お歳暮や贈答品が雑多に入った棚を漁り、発見したお茶を勝手に入れながら麻薙さんを待つことにした。
昨日の戦いを思い出す。相手はそんなに強くなかったとはいえ、昨日の戦いは非常に気味が悪いものだった。だってあの能力者たちは全員死亡。結果を見たら大量の自殺志願者の暴走を止める戦いだったんだから。
ちょうどドアが開いたのでその疑問をぶつけてみる。
「なぜ、自分が焼け死ぬような質の悪い魔薬をオーバードーズしたのでしょう。誰かに強要されたとか?」
部屋に入ってきた麻薙さんが答える。
「昨日の宗教信者たちは炎天教という宗教のようね。その教えによると、到達者は炎に包まれて次の世界へ召されるという内容だそうよ。その教えを魔薬の製造者にうまく利用されたのでしょう」
「死がよいことなんて、わからないな私には」
「世の中色んな考えがあるわ」
一瞬父の顔が思い浮かぶが、本題に移った。
「で、その日本に帰国した【黒の薬剤師】というのが昨日の彼、宮台(みやだい)新(あらた)さんだと。【黒の薬剤師】? なんですかその明らかにこじらせたネーミングは。私より年上のようでしたが中二病なんでしょうか。彼が全身黒い服着ているから【黒の薬剤師】ですか? ……もちろん毎日かはわからないですけど」
目元を隠すほど伸びた黒い前髪、軍隊や特殊部隊で使われているような黒いシャカシャカした素材、ベルトやポケットの多い服を思い出しながら言った。また一瞬嫌な気分になるが、すぐに湧き上がってきた感情を散らす。昨日知り合ったばかりの他人だ。その辺の石ころと同じようなものだ。なぜ彼の行動にいちいち苛立つ必要があるのか。
「なんだ。知らないのね。まあ無理はないか。自称じゃないわよ、もちろんね。卓越した最高位の能力者は【色付きの薬剤師】の称号が与えられるの。赤、青、緑、白などが今までに与えられた称号。だけど、それは全て彼が【黒の薬剤師】と呼ばれ始めてから始まった慣習なの。今までの常識を全てを塗りつぶす漆黒。だから【黒の薬剤師】」
麻薙さんは続ける。
「古い友人である私が呼んだんだけど、彼も久しぶりの帰国で色々と困っていると思うわ。そこで」
猛烈に嫌な予感がした。そして、脳が瞬時に、次に私が言われる言葉を予知する。
それは。
「うちの研究室のエースであるあなたに、今日以降も、彼の監視兼付き添いをしてほしいの」
うちの研究室には私と麻薙さんの2人しか所属していない。エースというならあなただろうと私は結局言えず、別の質問をした。
「え? その伝説の化け物を見張る仕事ですか?」
「見張るといっても一緒に行動すればいいわ。普通にコンタクトを取って構わないわよ。私の古い友人だし。君の警護もかねてるわ」
「警護? 私一人でも特に困ることはありませんが」
私があの黒い男に守られる、というニュアンスの言葉に、自分が思っている以上に過剰に反応してしまう。少し反省。
「まあまあ、監視も任務と言ったでしょ、都。君の適合能力は成長と基礎能力の向上。一番バランス、使い勝手がいい、日本有数の能力者だから頼んだの」
「ええ、まあ」
押され気味の私に麻薙さんは気をよくしたようだ。
「さらに、薬剤は特殊な脂溶性多重コーティングにより、徐放性が担保されていて、ひと月に1回の投与でいい。それだけじゃない。骨密度の上昇による骨折の防止や、疲労回復のスピード、そして肉体の成長」
彼女は私の体全体をじーっと見つめながらひとりごちる。
「セクハラはやめてください」
「違うわ、私は親代わりだから子供の成長が嬉しいの」
ふふと穏やかな笑顔を見せると、制服きつくなったら事務方に申請しなさいねと言って手を振って、ドラフトの方へ向かっていった。
わかりにくいが今のは本当にセクハラではなかったようだ。恥ずかしくて赤面してしまう。でも私がそう感じてしまうのには理由があるのだ。
月に1回投与される特殊なコーティングの生体内分解性高分子マイクロスフィアにより、私は常に魔薬の薬効が発現している。だから、身体能力が高すぎる成長期の子供のような状態をずっと維持しているわけだ。そして、薬の投与を始めてから2年ほど。自分の胸が大きくなってきたのを感じるのだ。というか明らかに大きくなった。前は小さいことがコンプレックスだったのに、大きくなってくると逆にそれがコンプレックスになってしまった。既にEカップある。そして、まだ成長は止まっていない。薬の投与もやめていない。全く。数年後にはどうなってしまうのか。
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