パラレル千葉・オーバードーズラボラトリー

@ienikaeru

第1話 強大な力の薬剤師は帰国早々戦いに巻き込まれる

4/7 15:32 宮台新 千葉県某駅


「帰国早々これかよ」


 その光景を見た俺の最初の感想だった。

 成田空港に到着し、鉄道を乗り継いで降りた千葉県某駅。いくつかの路線の交わる大きな駅のペデストリアンデッキというらしい、広場と横断歩道橋を兼ねた大きな陸橋に俺はいた。

 

 普段は学生やらサラリーマンやらで賑わっているだろう、駅の構内に続く大きな広場とその通路は今や阿鼻叫喚の様相だ。逃げ惑う中年男性やら予備校生やらでごった返している。


 そう、そこに顕現しているのはまさしく煉獄。4人の黒いフードを被った人型たちが炎をまとい破壊活動に勤しんでいる。


 俺が彼らをなぜ人間ではなく人型と呼称するか。それは。


「あいつらがもう手遅れだからだ」


 彼らの全身は燃え盛り、もうおそらく救いようのない状態にまでなっている。まあ、自分の選択でこうなったのだから、俺には救ってやる筋合いもない。おそらく説明と納得と同意(インフォームドコンセント)もしているだろう。


 レイキャビークで、ドバイで、はたまた広州で。こんな光景はさんざん見てきた。まさか、平和なはずの日本で帰国初日に出くわすとは思っていなかったわけだが。


 改めて彼らを観察する。発火系の魔薬、体温上昇作用、ホメオスタシスの抑制作用、魔回路の刺激、表面麻酔、これらの合剤だろうが、明らかに使用者の予後を無視した作用の発現だ。制御できていないのか、制御する気がなく多量の魔薬を服用したのか。どちらかはわからないが、いずれ燃え尽きて骸になるだろう。放置しておいても数時間で消し炭になる。もちろん、その前に機構が彼らの対処に現れるだろうが。


「な、なんであなたはそんなに落ち着いているんですかっ!!」


 大人しそうな見た目のくせに、大声で俺を非難している青髪ロングのぱっつん女は西永(にしなが)都(みやこ)という。艶のある鮮やかな青色の髪を背中の中ほどまで伸ばし、背筋を伸ばして立っている。透き通るような白い肌に、生命力に満ち溢れた黒い瞳。彼女は世間では美少女と呼ばれる類のものだろう。高校は既に卒業し、大学生2年生と聞いたのだが何故かセーラー服に革靴の出で立ちだ。


 十数分前に駅の改札で待ち合わせた彼女は俺の案内人とのこと。彼女から、カギを受け取り、用意された俺の部屋まで案内してもらおうとした矢先、こんなことが起きたわけだ。


「アレを止めなきゃっ」


 俺と話していても埒が明かないと思ったのだろうか。彼女は果敢にも、この煉獄に飛び込んだ。駅構内から一足飛びで広場を横切り、一番近くにいた火だるまを殴りつける。火だるまはデッキの手すりに打ち付けられ、2つに砕けて人型を失った。パワー、スピード、どれをとっても人間の身体能力を軽く超えた動きだ。


 あんなものを殴りつけて熱くないのだろうかと思ったが、いつの間に脱いだのか革靴を手にはめて、直接拳が炎に当たらないようにしている。もちろん耐熱効果のほどは不明だ。


 煉獄にコミカルな絵は不釣り合い。俺の気持ちは、周囲の温度とは反対に、もうとっくに冷め切っていた。


「あほらし」


 そうだろうとは思ったが、こいつも能力者。だったら放置して問題ない。

 思考を巡らせたと同時に、デッキの端で3つの火柱が上がる。


「おかわりがきたぞ」


 もちろん呟いただけで、彼女に伝える気は毛頭ない。勝手にやればいいだけの話だ。


「帰るか」


 鍵は既に持っているし、古い友人というか悪友が用意した部屋の住所も実はわかっている。俺は長時間のフライトの後だし、この煉獄に付き合うだけの正義感も持ち合わせていない。もちろん、公共の場で傍若無人にふるまっている彼らにイラつきはするのだが。


 ゆっくりと伸びをしながらもう人のいなくなったデッキを降りた。タクシー乗り場を歩いて通り過ぎる。もちろん、タクシーはすべていなくなり、代わりに救急車やら消防車やらのサイレンが近づいている。暴力女もいることだ。そう時間はかからずに片はつくだろう。


 それにしても時差ぼけで何ともいえない体調だ。


「熱っ! あなたも手伝ってくださいよ! って、えええええっ」


 なんて叫び声が遠くで聞こえた気がした。


 駅から歩いて数分のところに用意された部屋はあった。部屋というか雑居ビルの最上階ワンフロアとなっている。元は予備校だったとのことなのだが、備品がすべて残っていて生徒と教師だけがいなくなってしまったような奇妙な空間である。屋上につながる階段があることはもう調査済みだ。


 ガラン。大きな音を立てて屋上のドアが開く。


 錆び付いた古いアンテナのようなものがいくつか設置されており、屋上自体も雑居ビルに不釣り合いなほど赤錆色だ。その屋上は廃墟を思わせたが、俺はこういうのは嫌いじゃないし、居心地はまあそれなりにいい。


 これから俺の住処となるところだ。どうしたらこの屋上がより快適になるだろうか。そう考えていると、遠くで爆発音が聞こえた。先ほどの駅の方面だ。焼身はおそらく、何らかの新興宗教団体のテロ行為。事がうまく運ばず、新たに人数を投入してきたんだろう。


 これだけ表立って事件が起きたとしても、事故として処理される。魔薬の存在は一般人には秘匿されているのだ。


「にしても、うるさい上に、時差ボケで寝れねーな」


 うんざりした俺は、しばし考えた後、独り言を呟く。


「ついでか。雨でも降らせりゃ終わるだろう」


 ピルケースを出し、ケースに残った錠剤を全て掌に出す。それを生温いミネラルウォーターで飲み下し、天空を見上げた。内服薬の効き目はそんなに早くない。30分くらいはこのまま安静にする。


 ぼーっとしていると、十数分ののち、次第に意識が拡大していくのを感じ、俺は屋上の床に仰向けに倒れこんだ。


 さらに数十分。次第に黒くなっていく空を見上げたまま意識がまどろみ、混沌に落ちていく。


 雷鳴の音が近くで聞こえた。


「続いてのニュースです、本日夕方、千葉県にあります津田沼駅周辺で、人体自然発火現象と呼ばれる不可思議な現象があり、炎天教の信者数名が錯乱し炎は周辺に燃え移りましたが、奇跡的に大きな夕立があったため火はすべて消し止められ、被害は最小限で済みました。警察の調べでは、近くには火の元やライターなどなかったことから、放火ではなくあくまで自然現象としての……」

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