君のことをみんなは

その日の放課後、僕は教室の隅で仮眠を取ろうとしていた。

僕は相変らず窓際の一番後ろの席にいたのだが、その対極に位置する席にはこのクラスのいわゆる一軍と言われている女が、まるでおいしい蜜に群がる虫のように、集まっておしゃべりを楽しんでいた。お前らが虫だったら、その薄汚い笑顔を晒す前に踏みつけてやるのに、と考えてしまったが、あの女たちは人の形をしている、虫の形をしていないのが本当に残念だ。

僕は不愉快な会話ですらない不協和音が聞こえてしまう前に、さっさと寝てしまおうと思い机に突っ伏した。しかし、夏の教室は快適だとはいいがたく、一人教室の隅で寝れないことを悩んでいると、自分の耳に危惧していた不協和音が入り込んできた。

本当に最悪だ。一度不協和音が聞こえ始めたらもう自分は寝ることができない、と本能がそう叫んでいた。しかし、この教室にはもう自分がまともに話せる友達がおらず、いるのはあの女たちだけだ。仕方がないので、その女たちの話が少しでも自分にとって有益になるように祈りながら聞き耳を立てる他なかった。

「いやテストちょ~ヤバくなかった?」

「それな~、マジでシんだって感じ~」

なんだこいつら、定期テストすらまともに勉強できないのか。僕は内心であの女たちを軽蔑した。

「ていうかさ、マジ今日のキモ女見た?あいつ超キモかったよね?あんなブスで冴えない陰キャに、猫かぶってかわいい子ぶっててさ」

「マジでそれな!あいつパパ活でもやってんじゃないの?」

「ぎゃはは!あいつ絶対腹黒いじゃん!!」

ここまで聞いて僕は、我慢の限界に達した。あの完璧な花みたいに明るくて、心には何処にも曇ったところなんてないんじゃないかと思わせるあの笑顔や立ち姿、そのあの子の全てを馬鹿にされたような気がしたからだ。

僕は他人に説教することができるほどいい人間じゃない。でも好き勝手に放たれるいい加減な話に、反抗の意思を示すことくらいはできる。

僕はできるだけ、はたから見たらおもむろになるように立ち上がり、その女たちのもとへ行くと、机の縁に足を引っかけた。

バン!!と勢いよく机が足によって蹴り倒される。

自分が思っていたよりも力が強かったのか、蹴った机はその周辺の机まで巻き込んで倒れた。心の中でうわ、まるでボウリングみたいになってしまった、と自分でも多少ビビり急に我に返りながら自分のカバンを回収し、静寂に包まれた教室を後にした。電気のついていない廊下を進んでいると、弱り目に祟り目なのかな?さらにいやなものを見た。あの子がブスに告白されていたのだ。あんな奴に告白をする勇気なんてあったんだ。僕は内心とても驚いていた。

 だめ、だめ、、絶対にだめ、物陰からこっそりと眺めているだけなのに、まるで胸を締め付けられているかのようで、あの子が自分のもとから消えてしまいそうで、巨大な喪失感と他人への憎悪で心がグチャグチャになった。お願い嘘だと言って、断って、お願い......自分は涙を流していた。急いで手で涙を拭うが二三滴、自分の服と床に落ちる。本当は床に落ちた涙を拭いておけばよかったのだが、もう私は冷静に考えることなんて出来なかった。すると突然、

「ごめんなさい」

短い言葉だったけど、その言葉が廊下に波のように重く響いた。

「私まだ恋とか、そういうの全然分かんなくて......でも、鮎川君(あのブスの本名)に対する今までの思いは全部嘘じゃないから、だからまだもうちょっと友達として、仲良くしていきたいの」

あの子は泣いていた。あの子の涙が夕日できらりと輝く、頬を伝う。あのブスもこれ以上何かを言うことはなく、気まずい雰囲気から抜け出したかったからか、足早にその場を立ち去ってしまった。彼女はブスが廊下を曲がって見えなくなるまで、ずっと笑顔でブスのことを見ていた。ブスが見えなくなると、あの子は私が隠れている方向へ歩み始めたため、まずいと思った私はまるで泥棒が逃げるかのように、その場を後にした。

もう彼女が告白されるところは見たくない。

でも、彼女はいろんなヤツにモテるから..

帰路についた僕の頭に、さっきのあの女たちが言っていた言葉が残り続ける。

何か蟠りが残っているけど、僕のあの子に対する好意は変わることはない。

もう夏だからか、まだ空の片方は茜色なのに、もう片方にはもう星が見えている。

僕はなぜがその空を見て、同族嫌悪のような不快感を感じ、思わず目を足元に逸らした。足元には夕日によって、ながいながい影が出来ている。

 夏はまだ始まったばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る