第5話 村

ゴブリンからの報告を受けた俺は、興奮を隠せないでいた。


人間は脅威であると散々言っておきながら情けない。だが、ここ何日もゴブリン以外見ていないのだ。


ダンジョンマスターになる以前も人間嫌いというわけではなかったので、人が恋しくなる頃だったのだろう。


「……どうする? あったのは村か……」


数は200人くらい。距離はおよそ1キロで、彼らがこちらに来ることはないだろう。


街道らしきものもない、自然豊かな山と森だ。


森の恵みの採取にしても、うちのダンジョンは遠すぎる。つまり、こちらから刺激しなければ何も起こらない。


であるならば


「ひとまず監視だ。万が一見つかったら、ダンジョンとは逆の方向に逃げろ。」


それだけ命令する。


所詮は村人。一騎当千の怪物がいる可能性など皆無に等しいだろうが、うちのゴブリンのレベルは1だ。赤子ならともかく、成人している年齢でレベル1の人間などいるだろうか?


否。個々の戦闘力はゴブリンに勝ると考えるべきだ。


だから監視役のゴブリンに集めてほしい情報は、彼らの戦力と、出入りする人間の様子だ。


1ヶ月ほどかけて慎重に調べてほしい。この村以外の集落の情報も同時並行で集めよう。

村の様子見部隊とは別に、新しい偵察部隊を組織する。


「くれぐれも、見つかるなよ!」








◎◎◎

side:とある村の村人


最近、村の周りにゴブリンが現れるようになった。これ自体は珍しくもないが、妙だと感じたのはその動きだ。


人を見ると無鉄砲に向かってくるはずのゴブリンだが、奴らはこちらを攻撃してこない。この2週間、まるでおれたちを観察しているようだった。


嫌な感じがする……


「お?パッケじゃねぇか。どうしたんだ?」


冷や汗を流していると、不意に背後から名前を呼ぶ声がした。この声には聞き覚えがある。


「ガデルさん!来ていたんですね!」


村まで必要物資を販売しに来てくれる行商人の護衛。都市で冒険者として活動しているガデルさんだ。


おれはこれ幸いと、気になっている件をガデルさんに相談する。


「実は、ここ最近――」


ガデルさんの表情は話を聞くにつれ、みるみる険しくなっていった。


「まずいな、それは。」


ガデルさん曰く、そういうゴブリンたちの上には奴らの上位種がいる場合が多いという。


都市から離れた場所で密かに増加、進化を遂げていたというケースが幾つかあるとか。


「そんな……どうすれば………」


「お前が思っているより状況は悪い。村を捨てる覚悟をしなくちゃならねぇな。」


ガデルさんが軽く確認しただけでも10匹はいるらしい。ゴブリンの大将が放つ斥候の数は、奴らの持つ余裕と比例するのだ。


「この数……キングかもな。」


「キングって……ゴブリンキングですか!?」


「ああ。絶対とは言わねぇが、ほぼ間違いない。こうなると領主が動く案件だが……領主への報告、キングの確認、軍の編成……間に合うはずがねぇ。このまま残っていれば、軍が来る前に村は滅ぶ。」


「そんな……」


ゴブリンキングと言えば、単体の戦闘力だけでもAランクの魔物だ。群れを殲滅するならAランク冒険者のパーティーに依頼が出される。

しかもそれは洞窟の中での話。平野である村の防衛となると、必要な戦力はそれ以上だ。


だからこそ領主様が軍を率いる訳だが、貴族様は動くのが遅い。彼らが到着する頃には、この村どころか周辺の村も滅んでいることだろう。


「村を、捨てる……」


「そうだな。そして悪いが、俺も雇われの身である以上、この危機を依頼主のおっさんに言って、早めに村を出るつもりだ。」


「そんな、悪いなんて!色々教えてくれて、助かりました!今日中にみんなに伝えて、明日には、村を出ようと思います!」


「あぁ。ウォンドロフの門番に話は通しておく。武器になる物を持って、周りを警戒しながら来るんだ。……また、町でな。」


「はい!ガデルさんも、お気をつけて!」


そうして、ガデルさんは行商人の元に行き、いつもより早く村を出た。


きっとおれが説得しやすいように急いでいる様子を村人たちに見せつけてくれたのだろう。


お陰でこの村で生を終えるつもりの一部の老人を除いて、全員が村から脱出することを決意。


明日の朝、都市ウォンドロフに向かうことが決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る