あなたとまた会いたくて

 戦場の熱い風が前髪をなぶる。

 見渡す限りの廃墟に、生存者の姿はない。


 人々は骨の髄すら残らず焼き尽くされた。

 何が起きているのかも分からずみんな死んでいった。


 この町を襲った魔族も同様に、跡形もなく死に尽くした。

 遅れて到着した俺たちがこの手で全滅させた。


「ハルート。ここにいたのか」


 瓦礫の山に腰掛けてぼうっとしていると、背後から声をかけられた。

 緩慢な動作で振り向けば、そこには青髪長身の女が立っている。

 彼女の全身は血まみれで、剣も盾も残らず真っ赤だった。


「……どれが返り血なのか分からないな」

「半分ほどじゃないか。最後まで諦めないやつが多くて、それなりに刺されてしまった」


 なんてことはないように、彼女は既に治った肩の傷を晒す。

 今はまだ微かに跡こそ残っているものの、すぐに元通りになるだろう。


「……だがハルート、ここまでやらなくても良かっただろう」

「?」


 何を咎められているのか、本当に数秒分からなかった。


「内通していた裏切り者とはいえ……勇者の末裔が、その剣で人間を殺して回るとは……」


 町に魔族をおびき寄せた連中がいた。

 いけにえを差し出すから、自分たちは魔族が勝った後の世界でも生き延びさせてくれ、とお願いしていたらしい。


「……俺からすれば、あれも魔族も変わらない」


 だから殺した、残らず殺した。

 世界を救うための光を叩きつけ、跡形もなく消し飛ばした。


「だが、魔法使いの手を借りれば罪を罪として裁くこともできたはずだ」

「……そうかもな」


 自分の手に目を落とした。

 剣を握り、敵を屠り、光を振りかざすための手。今そこには何もなかった。


「だけど人が人を裁くための法律は、俺とは違う」

「…………」

「人類の自由を奪おうとする存在に対する対抗存在が俺だ。ああいう手合いを俺が残らず殺して、分からせなきゃいけない」


 魔族優勢の戦いが続く中で、疲弊し恭順しようとする人々は少なくない。

 だがそれは大抵の場合、良い結果にはつながらない。つながり得ない。


「考えすぎるなよ、ハルート」

「考えすぎてるつもりはない……俺は考えるのは、結局得意じゃないし……」


 風になびいて黒煙が遠くへ流されていく。

 廃墟となったこの一帯はいったん放棄されるだろう。


「……汝の怒りは純粋すぎる。いいや、汝自信が潔癖すぎると言うべきか」

「どういう意味だよ」


 女騎士は空を見上げ、一つ嘆息した。


「己を単一の機構と定めようとするには、身を縛る鎖が多く。己を万能の裁定者と定めようとするには、伸ばせる手が足りない」

「……俺は分不相応な願いを持った、イタい夢追い人ってことか?」

「いやそこまで言うつもりはなかったが……うーむ、そうだな。それがピッタリかもしれんぞ」

「自分で言い出したけど普通に傷つく」


 悲しい気持ちになった。涙は出ないけど。

 嘆息してから改めて周囲を見渡すと、ぼちぼち魔力光が宿っている。

 転移魔法の予兆だ。


「増援か」

「らしいな」


 すぐそばの地面に突き立てていた聖剣の柄に手を伸ばす。

 展開された魔法陣が、次々と魔族を産み落とす。


「もうここは、奴らの前線基地にはなり得ないというのに」

「やられっぱなしじゃいられないんだろう。相手の指揮官の底は見えたな」


 数は数百単位だろうか。

 最近追っている上級魔族は同類の再生能力に長けており、こうして手数で押してくることが多い。

 非常に低レベルではあるのだが、一般市民への被害は甚大なものになっており、早急な討伐が必要だった。


「今のはかなりムキになっていただろうし、魔法使いが逆探知できるんじゃないか」

「ああ、そうだな、そのためにも俺たちが速攻で殲滅する必要がある」


 俺の言葉に、女騎士は目を伏せて数秒黙り込んだ。


「……汝はきっと、違うはずだ」

「え?」

「此方はただ、戦場で誰よりも吼え猛ることしかできん。それが此方の役割のろいだからだ……しかし汝は違うだろう」

「……そう、かもな」


 その言葉に、俺はなんと返せばいいのか分からなかった。

 だって俺もまた、望んでいない役割のろいを果たさなきゃいけない身だから。


「だから此方は、汝の前で『女騎士』であり続けよう。『魔法使い』の言い出したことだが、『僧侶』もいいアイディアだと言っていた。此方も賛成だ」

「……ごめんな。俺、お前の名前結構好きなのに」

「ぶっ!? きゅっ、急に何を言うのだ!」


 彼女たちは、俺を役職ではなく名前で呼ぶ。

 俺が俺という人間でなく、役職そのものになってしまわないように。


 擦り切れそうな精神が、まだやれると火花を散らす。

 それが砕ける寸前の絶叫なのかも分からない。

 だけど今は調子がいい。それはきっと隣にいてくれる彼女のおかげだ。


 だから、たまにはいいだろう。


「――――、行くぞ」


 彼女の名を、呼んで。


「……フフッ、承知した。さあ往くぞ、ハルート」


 俺と女騎士は得物を構え、魔族たちの群れへと走り始めた。



 ◇



「……んぁ」


 ぱちりと目を開けば、寮の天井が目に入った。

 随分と懐かしい夢を見ていた、ような気がする。ぼんやりとしか思い出せないけど。なんか女騎士が出てたような?


「……ったく、なんだってんだよ」


 シリウスと知り合い、よく分からない飲食店のトラブルを解決して数日。

 今日はバリバリに平日なので、授業のある日だ。


「あっ、おはよセンセ」

「ああ、おはよう」


 ベッドから上体を起こすと、窓の外を眺めているエリンがいた。

 俺はあくびをかみ殺しながら、ゆっくりと彼女を見やる。


「で……なんでお前いんの」

「あっ、寝起きで言葉遣いが悪いセンセだ!」

「コホン。エリン、どうして君がここにいるんだ?」


 教師の言葉遣いを弄ってくんなよ。

 こっちも人間なんだからそういうの気にしちゃうんだよ。


「今日はあたしの朝練に付き合ってもらおうと思って!」

「なるほど、だとしても朝から部屋に押しかけるのはちょっと……」


 まっとうな苦言だと思う。

 この子がいる限り、俺は寝間着から着替えることすらできないし。


「あはは、確かに気がはやっちゃったかも……」

「まったく……それじゃいったん外に出てくれないか。着替えたら朝練に付き合うよ」

「あっ、ちょっと待ってセンセ!」


 退室を促すも、エリンはばっと手を突き出してきた。

 何だよ何だよ。まだ何かあんのかよ。


「えーと、聞きたいことがあってね」

「なんだ?」


 一呼吸置いて。



「エリアル、って誰?」



 部屋の温度が十数度ぐらい一気に下がった。

 ぞわりと全身の鳥肌が立つ。

 理由は明快で、俺は既にエリンの剣域に入ってしまっていたからだ。


「え? いや、何のことかなー……」

「さっき寝言で言ってたよ、寝言で」


 あははと笑うエリンだが目は全く笑っていませんでした。

 僕は流石に寝てるときの発言まではコントロールできないしどうしたらよかったんだよ、と肩をすくめました。


「センセ?」

「はい」


 一瞬現実逃避に走ったものの、現実の方が圧倒的速度で追いかけてきた。

 どうして俺を追いかけるときの現実ってこんなに足が速いんだ?


「説明がない場合は、シャロンとクユミちゃんにあることあること吹き込むけど」

「事実だけで人を追い詰めようとすんな!」


 百歩譲っても嘘を織り交ぜてくれよ。

 見聞きしたことだけで追い詰められてしまう俺がバカみたいじゃないか。


「分かった、分かったよ……というか、エリアルとは君も会ったことがあるんだ」

「へ?」

「俺の元パーティの女騎士。青髪で背が高いやつだ」


 思いがけない言葉に、エリンが数秒フリーズする。


「家庭のことはあんまり踏み込んで聞いてないけど、お父さんは貴族だって聞いたよ」

「そ、それって……センセがよく化け物みたいな強さだって言ってたあの人のこと……?」

「君だって、あいつの強さは感じ取ったはずだろう」


 俺の指摘を受けたエリンは静かに頷く。

 剣技に関しては達人の領域……というか人類最強、いや地上最強を争う女だ。

 そのくせして強者に見られる気配を殺すといった工夫がまったく見られない。


 というか女騎士の場合、押さえ込みようがないというべきか。

 自分で育てた強さを自分でコントロールするのは簡単だ。ある程度の技量に達したらできるようになる。

 だが生まれ持った強さは、そうはいかない。動物に恐れられる人が、生物的優位に立っているが故だと気づいてもどうしようもないとの一緒だ。


「あれがエリアル……俺が知る限りでは地上最強の女騎士だ」

「そっか……じゃあセンセは、昔の夢を見てたんだ?」

「まあ、そうだな」


 あんまり内容については話したくない。

 まだ人類が劣勢で、希望の灯りは暗かった時代だ。

 俺自身も正直思い出したくないし、今より随分と陰気だったと思う。


「でも本当に、ただ昔のことってだけだ……懐かしい顔が見れて良かったよ」

「そっか……」


 エリンは何か言いたげな表情だったが、一つ頷いた。


「この間会いに来てくれたのも嬉しかったんだね」

「ああ、そうだよ」


 ベッドから降りて、俺は首を横に振った。


「さて……そろそろ着替えたいんだけど、いいかな?」

「あっ、ご、ごめんねセンセ!」


 慌ててエリンが部屋の外へ飛び出していく。


「は? ……なんでエリンちゃんがせんせいの部屋から出てくるの~?」

「うっわ!? クユミちゃんなんでここいるの!?」


 廊下から何やら剣呑な声が聞こえたが、俺は無視することにした。

 そこに付き合っていると、もう寝間着で授業を始めるハメになりそうだったからだ。



 ◇



 いつもの白いスーツに着替えた後、俺は練習場へと足を運んでいた。

 エリンの朝練に付き合うためだったが、彼女だけでなくいつもの三人組が既に揃っている。


「さっきぶりだねセンセ! ちょっと待ってて!」

「せんせいおはよ~♡ 今シバき上げるから見学してて♡」


 練習を始めていたエリンとクユミが、模擬戦を繰り広げている。

 既に人外じみた速度感だが、彼女たちは何処を目指しているんだろうか。

 あとなんか、気のせいかもしれないけど、普段より殺意が乗っていないだろうか。


 ……うん、見なかったことにしよう!

 いや~今日もシャロンは頑張ってるな!


「あら先生、おはようございます」

「ああ、おはよう。精が出るな」


 愚直に仮想ターゲットを砲撃で撃ち抜きながら、シャロンが朗らかに挨拶をしてくれた。

 そうそうこういうのこういうの。

 教師として敬意と共に接してもらえる機会に、常に飢えてるんだわ。


「だんだんと速度も精度も上がってきたな、いい調子だ」

「そうね……先生、あなたの教え方って、多数を相手取ることを前提にしてることが多いわよね?」

「うん? まあ、そうだな。実地を意識するとこういう感じになるよ」


 ザコ相手に囲まれて、普段なら対応できるはずなのに気づけば追い詰められて、そして何も出来ないまま少し相手の数を削っただけで死んでいく……

 そういう目に遭ったやつを何人も見てきた。


「そう。そういうことなら、きちんとやらせてもらうわ」

「ああ、そうしてくれ……っと」


 不意に俺は言葉を切り上げた。

 同様に気配を察知したらしく、エリンとクユミも動きを止める。


 振り向いた先、練習場の入り口。

 おずおずと入ってくる一人の女性の姿があった。

 至って普通の服だが、立ち振る舞いは礼儀正しい。


「ええと、こちらがハルート殿のいらっしゃる冒険者学校、ですよね?」

「……どちらさまですか?」


 女性は俺と目を合わせると、深々とお辞儀をした。


「申し遅れました、私はエリアル様のお父様にお仕えしておりまして……エリアル様と、もう一度だけお逢いしたいというご主人様の願いを叶えるべく、こちらを訪れました」





◇◇◇



8月25日(本日!!!!!!!!)に書籍版第2巻が出ます。

どうぞよろしくお願いいたします。

商品詳細はこちら↓です。

https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784824009203&vid=&cat=NVL&swrd=

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