うおォン 俺はまるで人間魔力救世装置だ(後編)

 レストランでのひと悶着を見届けた後、俺とシャロンは喫茶店に河岸を変えていた。


「シリウス……えっと……」

「シリウス・グルマンディーズ・アジャクシオよ」

「それそれ」


 名前が長すぎるんだよ。学名かと思ったわ。


「シャロンは顔見知りだったんだな?」

「小さいころに一度会ったことがあるだけよ」


 確かにそんな会話をしていた。

 シャロン、小さいころから社交界に出まくってるの普通に凄いんだよな。

 まあ家での立場のアレコレに隣接する話題だから、ちょっと慎重になるけど。


「じゃあシリウスって人が、どんな貴族なのかも分かるか?」

「所有している土地は広いけれど、中央へのパイプがあるわけでもなく、ただ領地を治めつつ趣味の数学に没頭していると噂の変人田舎貴族……そういう評価だったはずよ」


 ほーん。

 貴族って言っても、色々あるんだなあ。

 ……中央で遭遇したやべー貴族と雰囲気は似てたけど。


 というかちょっと待ってくれ。

 今の話を聞くと、看過できない点が一つある。


「シャロン、君が小さいころに、もう領主だったんだよな?」

「ええ。そして先生が何を言いたいのかも分かるわ」


 俺たちは顔を合わせて、一つ頷いた。


「なんか……あの人、若くね?」

「若いわよね……」


 外見、普通に俺よりちょっと年上ぐらい……つーか、俺と同世代って言われてもギリ信じられそうだ。

 そういう年齢で当主を務めるケースがまったくないわけではないが。


「それに、良い人だったな」

「ええ。昔会った時も、私に良くしてくれていたわ」

「世の中ああいう人ばっかりだと助かるんだけどなあ」

「…………」


 さっきもいい具合に相手を追い払ってくれてたしな。

 俺はもう、あとは剣を抜くかどうかというラインだったので、非常に助かった。


「……にしてもあそこのお肉美味しかったな」

「シリウスさんが権利を持っている牧場から買っているそうだし、一度見に行ってみてもいいんじゃないかしら。確か見学を受け付けていたわよ」

「それは……アリだな」

「えっ」


 どうやら会話の流れで適当に言ったらしく、シャロンは明確に驚いていた。


「意外か? でもそういう社会見学みたいなの、俺結構好きだぞ?」

「そ、そうなの……また課外授業の形になるのかしら」

「いや俺一人で行くよ。そういうのは手続き必要になるだろうし、先方にそこまで迷惑かけたくないからね」

「へえ……いつごろ行くのかしら?」


 シャロンの問いかけに対して、俺はにっこりと微笑んだ。


「死んでも言わない。寮から出る時も全力で隠密ステルス使う。お前ついてくる気だろ分かってんだぞ」

「チッ……」


 ガチの舌打ちすんなよ、怖くて泣いちゃうだろ。



 ◇



 さて、以外にもその機会はすぐ訪れた。

 普通に授業をこなした一週間後、またもや暇な一日ができたのである。


 なんか忙しいって勘違いだったかもしれない。

 部屋にこもっていれば無限に書類仕事があるのだが、外に出るとこんなに暇だなんて思わなかった。

 週明けに教頭先生と顔を合わせた際にどんなひどい目に遭うのか分かったもんじゃないが……しかしそれは外に出ない理由にはならない。誰も俺を縛ることはできない。マリーメイアぐらいか。マリーメイアに縛られる? 興奮してきたな……


「……っと、ここか」


 くだらない考えをしている間にも、気づけば目的地にたどり着いていた。

 事前に手紙を送って見学を申請し了承されたので、共同馬車を乗り継いで、俺はシリウスが所有している牧場へとやって来た。


 見渡す限り一面のクソミドリである。

 無駄に青い空、無駄に白い雲、無駄に緑豊かな大地。前世ならばインスタ映えしそうだなと写真を撮っていたかもしれないが――インスタやってなかったけど――残念なことにこの世界では魂に焼き付けておくしかない。


「本当に来てくださるとは……驚きましたよ」


 優しいイケボが風に乗って届いてきた。

 振り返れば、空に負けず劣らず綺麗な蒼色の髪をなびかせ、シリウスが佇んでいる。

 貴族様にはまったく似つかわしくない、頑丈さに重きを置いた農夫姿だった。


「不躾なお願いをしてしまいすみません、シリウスさん」

「まさか。むしろ嬉しかったぐらいです」


 笑顔のシリウスに先導され、俺はすたすたと歩いていく。

 普段はこの広い農地を闊歩しているであろう動物たちは、今は畜舎でご飯を食べているとのこと。


「見学に誰か来ても、なかなか出てきてくれたりはしないんですよ」

「流石にその辺の気遣いを求めたりはしないですよ」


 会話しつつちらりと見れば、畜舎の入り口には剣が立てかけられている。

 初めて出会った日も、確か彼はこの得物を持ち歩いていた。

 豪奢な飾りつけを矛された鞘は、平穏な牧場には不釣り合いでひどく浮いて見えた。


「気になりますか?」

「ええ、まあ……」

「でしたらきっと、お持ちになるとより分かるかと」


 そう言ってシリウスは剣を拾うと、こちらに差し出した。

 鞘に納めたままの状態で柄に手をかけると、それだけで違和感が伝わる。

 斬れない――何かを斬るための剣ではない。


「儀礼用の剣だったんですか……これでは柔らかい木人形を斬るのも難しいですね」

「抜かずとも見抜かれるとは、流石ですね」


 返すと、シリウスは剣の鞘を指でつうと撫でた。


「私はこうした剣、あるいは刀と呼ばれるものを振るうための数式を十分に知りません。達人の動きを見学し、客観的には多少分かりましたが……それを自分の身体を用いて再現するとなると、難易度は大きく変わります」

「それは……そうでしょうね」

「ですが私は、それでいいと思いました。ああして剣を振るう人がいるのなら、そうした人が安らかに過ごせる場所を守る、それこそ私の使命だと実感したんです」


 シリウスはそう言って、俺を畜舎の中へと案内した。

 余裕のあるスペースに並ぶ動物たちと、それぞれのスペースに設備が備えられている。


「これは……餌は自動化しているんですね」

「流石にこれだけの数がいると、全て手作業していると時間がいくらあっても足りませんからね」


 見た感じ、どうにも給餌の設備に金をかけているようだ。

 あんまり見ない設備だし、結構変な設計をしている。

 もしかしてだけど自分で設計したりしてんじゃないかこれ。


「――というわけで、基本的には動きを自動化できているとはいえ、結局は、きちんと食べているのかの確認や清掃などはまだ人力に頼らざるを得ないのが現状ですね」

「なるほど……」


 説明を聞きながら、彼の横顔をちらりと見る。

 独自設計の計算といい口調といい、理系キャラっぽい。急に恋に落ちるのだろうか。


「あの、シリウスさんは数学が好きなんですか?」

「趣味のレベルですがね。地方で暇な日々を送っていると、勉強ぐらいしかすることがないんです」


 少し照れ臭そうにしながら彼は言った。

 前世では数学を専攻している知り合いに恵まれず、頑張って遡れた一人いた気がする……といった具合だったので、正直数学好きの人と接した経験はほぼない。

 だが、シリウスがかなり話の分かる人物であることは伝わってきた。


「ただまあ……こんな私でも役立てるのなら、という気持ちはあります。あのお店もそうです」


 シリウスが言ったのは、恐らく俺たちが出会った鉄板焼きのお店だろう。


「あれ以来、大丈夫そうですか」

「嫌がらせはやはり頻発しているようです。抜本的な対策を考えなければなりませんね」


 そうかー。

 あのバカ者二人、本当にバカだったらしい。

 とはいえ、ああいう手合いの嫌がらせに対して俺がやれることなんて、暴力による根絶以外ないのだが。やだ、俺の取れる選択肢狭すぎ……?


「……実のところ、彼らから声をかけられたことがあります」

「え?」


 何か力になれることはないかなと考えていると、シリウスが少し遠くを見ながら呟いた。


「彼らってあのライターと店長さんですよね。でも、競合店にあなたは関わっていて……ああ、待ってください。もっと手前の段階でですか?」

「そうです。彼らが売り出したい食用肉というのは、人工有機組織体の技術を用いた改良品だそうなんですよ。より人間の味覚に適した食用肉を、より多く出荷できるんだとか」


 人工有機組織体!?

 おいおい、剣と魔法の世界で出て来る単語じゃないだろ。

 つまり、バイオテクノロジーを使って、家畜をより食用として向いた形に調整し、生産効率も向上させるってことか。もちろんこのバイオテクノロジーってのは科学的アプローチではなく、あくまで魔法的アプローチがメインなんだろうけど。


「なぜ断ったんですか?」


 素直な疑問を口にすると、シリウスは首を横に振り、自らの畜舎を見渡した。


「私は人間にとっての食事とは、単なる生命活動ではなく、享楽的な娯楽でもなく、もっと意義のある行為だと思っています」

「……彼らの提案は、あなたが見出している意義とは違ったと?」

「食を追求することは、確かに至上の命題だと思います。しかし倫理的ハードルを越えるためには入念な準備が必要になります」


 隙のない言い分だ。

 それを保身などではなく、突き詰めていきたい領域に対して真摯であるが故に口にする。

 なるほど――ようやく彼への印象がまとまった。

 シリウス・グルマンディーズ・アジャクシオは、欲がなく、美麗で、高潔な人なのだ。


「ま、要するに食を追求するのなら自分でやるよってことです」

「ああ……いましたよ、そういうやつが……知り合いに……」


 信頼できると思った途端に、口が滑った。

 話すつもりなんてなかったことだが、シリウスは微笑んで続きを促してくれる。


「えーっと、そいつはその……なんていうか……他人を愛することと、相手を食べることの区別がついてなくって……」


 脳裏をよぎるのは、かつてともに旅をした女騎士の姿。

 そのまま言ってしまったけど、冷静に考えて異常者過ぎるな。


「ははっ、それは仕方有りませんね。愛と食事は、非常に似通った物ですから」


 まさかの理解を示されてしまった。


「あ、あり得るんですかね、そういう愛って」

「ではハルート殿……なぜ、人は他者を愛すると思いますか?」


 困惑を口にしたものの、今度はものすごく深い質問が飛んでくる。

 青空の下、俺は腕を組んで数秒考えこんだ。


「……つまらない回答ですみませんが、それはきっと、人によって答えが違います」

「ええ、同意見です。そして人それぞれなのだとしたら、きっと……食べたいから愛するという人も、いるかもしれません」

「そう、ですね。だから理解できずとも……」

「尊重することはできる。やはりあなたは私が思った通り、欲がなく、美麗で、高潔な人です」


 言われている内容は、それはそうだねというほかない。

 極めて常識的で、倫理的で、一般的な言葉の羅列。

 だが彼が言うだけで、こんなにも世界の真理のように聞こえるのか。


 プロ(?)は違うなあと感心していると。

 シリウスはふっと微笑み、口を開いた。


「さて、それでハルート殿……私の方から、一つ提案があるのですが」

「え?」



 ◇



「こちらミックスステーキになります」

「どうも……」


 俺は例の鉄板焼きのお店で、出てきた肉をむしゃむしゃと食べていた。

 生まれつきの体質なのか、俺は正直言って大食いは得意じゃない。

 少量の食事でもずっと動き続けられるし、栄養価が少なくても全然大丈夫。先祖代々そういう体質になるよう色々頑張ってたとかなんとか。

 俺が車だったら世界を変えられたかもしれないと思う。この世界車ねえけど。


「厳しければ私が食べるわよ」

「い、いやまだ大丈夫だ……まだいける……」


 これでステーキは3皿目。

 正直ギブが近い。体を伝う脂汗の感触や、今にも反乱を起こしそうな胃の感覚が痛烈に限界を訴えてくる。

 対面に座るシャロンも本気で心配そうな表情だ。


 とはいえ今日はこれ以上食べる必要はないのが救いか。

 何せお店は満員で、外には列もできている。

 これ以上俺が席を占拠しておくのもよろしくない。


「なんというか、こんなに楽な解決法でいいのかしらと思うぐらい楽ね」

「そうだな……」


 シリウスの頼みはいたって単純。

 空いている時間があれば、あのお店の窓際の席で食事をしてくれないかというもの。


『ハルート殿は美味しそうにご飯を食べられますから、その姿を皆さんに見せていただくだけで効果があると思います』

『……勇者の末裔がよく来る店、なんて風評を狙っていますか?』

『まさか。私のような立場であればともかく、市井の人々はハルート殿の顔までは知らないでしょう。まあ、あのグルメライター殿が、報道を生業としているのにもかかわらず貴方に気づかなかったのは驚きでしたが』


 そんなこんなで俺が食べていると。

 なんか自然と客が増えた。嫌がらせをしようにも人目が多過ぎてできなくなった。

 というわけで問題解決……らしい。


「私もおなかがすいたわ。三切れほどちょうだい」

「普段なら強欲すぎて引く数字だけど今だけはありがたいよ」


 既に自分の分を食べ終わっていたシャロンが、ひょいひょいと俺のステーキを三切れ持っていく。

 ようやくお役御免だ。


「ごちそうさまでした……」

「ごちそうさまでした」


 息も絶え絶えに手を合わせる俺の前で、三切れを一瞬で平らげたシャロンが上品に挨拶する。

 肉好きなのは知っているんだが、なんだかんだで健啖家だったりするのかもしれない。寮での食事メニューを見直すか。


「すみません、色々とお手数をおかけして」


 俺たちが立ち上がると、奥から慌てた様子でシェフがすっ飛んできた。

 協力するに当たって俺の身分はシリウスが共有していたらしく、休日に来るたびひどくかしこまった様子になっていてかわいそうだった。


「まあ、ここ最近は何事もなくて良かったです」

「ハルートさんのおかげです。これぐらいしかできず申し訳ないのですが、今後ご来店された際には……」

「普通に金払ってご飯食べに来るんで、普通に受け入れてくださいよ。俺、身分明かすと来れなくなっちゃうお店多いのが悩みなんです」


 正直に言うと、シェフは数秒目を丸くして、それから笑った。


「そう、ですか……本当に、欲のない人ですね」

「いやいや、結構欲まみれですから。なあシャロン」

「本当にそうよ」

「フォローして」


 あまりに突き放した言動を食らい、思わずインプレゾンビみたいになってしまった。

 俺を気軽に裏切る奴が多すぎる。もう信頼度だけで言ったらシリウスが第一位になってるかもしれん。


 改めて礼を言うシェフに別れを告げ、裏切りのシャロンと共に外に出る。

 お店の外は行列以外にも行き交う人々でごった返していた。

 視線を巡らせると明らかに混雑している。市民たちの服装も普段と違って、なんか気合いの入ったものが多い。


「今日はえらく賑やかだな。露店も並んでるし」

「お祭りの日らしいわ」


 へえ~、と相槌を打った直後。


「おや、もう食べ終わられていましたか――」


 聞いたことのあるイケボ。

 シャロンと共に振り向けば、やはりシリウスの姿があった。


「ああ、シリウスさ……ん……」

「どうもどうも。今日のお祭りにはウチの家も協賛させてもらっていましてね、我慢できずあちこち見て回りに来てしまいましたよ」


 爽やかに微笑む優男。

 蒼い髪の片側にはお面がつけられ、その手には綿あめとタコ焼きの舟と、縁日で取ったのか懸賞品で膨れた袋が下がっている。


「これ以上なくお祭りを楽しんでる……!」


 シャロンが戦慄の声を上げる。

 この見た目で貴族だと見抜くのは無理だろ。


「すみませんね、ハルート殿。あなたほどの方に……」

「いえいえ、気にしないでくださいシリウスさん」


 流石にもうかしこまられるのも飽きた。

 俺を首を横に振って、それから視線を逸らした。


「それと……すみません、少しだけ席を外します」

「?」

「ええ、構いませんが」


 どうしたんだろうと困惑するシャロンとシリウスを置いて、俺は足早にその場を立ち去った。

 杞憂ならいいんだけど……いや杞憂で済んだことの方が少ないよなあこの世界……



 ◇



 俺が野暮用を済ませて元の場所に戻ると、いつぞやのグルメライターと別店舗のキメキメ店主が来ていた。

 剣呑な様子でシャロンたちと対峙しており、店頭で何をしているのかとシェフも出てきている。


「あ、先生……」

「今戻った。どうしたんだ?」

「あの人たちが営業を停止しろって」


 今はシリウスが陣頭に立って対応しているが、向こうの二人に譲るつもりはないらしい。


「だから、この店が衛生管理上の問題を抱えていると確かな情報が入ったんだ!」

「営業を停止するべきだ!」

「……その証拠は?」

「店の中を調べれば分かる!」

「一緒に立ち入ってみればいい!」


 わー好き勝手言ってる。

 立ち入りを許せば、何をされるか分からない。何かを持ち込んで衛生問題をでっち上げるとか、最悪の場合はお店の施設に対して細工されるとかあり得るな。


「通せるわけがないでしょう、そのような言い分。証明問題の解答としては失格もいいところです」

「何おう……!」


 ライターとキメキメ店長が息巻いて、シリウスにガンをつける。

 一切動じてこそいないが、俺が彼の立場だったらとっくの昔に声を荒らげていただろう。すさまじい精神力だ。見た目はお祭りガチエンジョイ勢のままだけど。


「はいはいそこまでだ」


 俺は手を叩き、一同の視線を集めた。

 見物に来ていた市民たちまでこちらに顔を向ける。

 ウオッ、これは思っていたより注目を集めすぎ。

 緊張してきた……声が裏返りそう……


「あ、あー……その、なんていうか……」

「ちょっと先生、名探偵役として名乗り出たのだからシャキっとしなさい」


 シャロンが後ろから俺の背中を小突いた。

 授業参観に来た俺の母親なのか?


「な、なんだね君は」


 グルメライターさんがこちらを睨み付ける。

 俺は咳払いを挟んだ後、右手に持っていた残骸をぱらぱらと地面に落とした。


「その、お前らが店の裏手に仕掛けた嫌がらせ用の臭気爆弾は、俺がもう壊しておいたから」

『…………』

「店頭で注目を集めておくことで、店内から意識を逸らして……まあ立ち入りさせなかったから大丈夫だろう、みたいに思わせたかったんだろうけど……」


 二人の顔が面白いぐらい青くなっていた。

 シリウスが真面目な表情で爆弾の残骸を見つめ、一つ頷く。


「確かに爆発機構を内蔵した装置に見えますね」

「つまり、あなたたちはもう先生の手中に落ちているというわけよ」


 シャロンは俺の横に出てきて、意気揚々と腕を組み、鼻を高くした。

 どうやら母親ではなく俺の彼女だったらしい。


「馬鹿な……! なぜバレたんだ!」

「それにそっちの男はともかく、なんでお前がイキってるんだ!」

「先生の功績を私が褒めてあげなくて誰が褒めるの?」


 ねえ、とシャロンは微笑みながら俺に同意を求めてくる。

 彼女を超えた存在なのか?


 まあそれはともかく。

 俺はこの二人に、言いたいことが山のようにある。


「……おい、ちょっといいか。なんでバレたのかってところだけど」

「ああ!?」


 すごんでくるライターさんに対して、俺は淡々と返す。


「破壊活動としてクオリティが低すぎる。自分にとって気持ちいいことを優先しすぎて、相手が何をされたら嫌なのかという原点を疎かにしていないか? 仮に爆発していた場合、そりゃ今日の営業は出来ないし客足も遠のくだろう。だが根本的に再建不可能なダメージを与えないと駄目だろ? 多少無理してても、厨房設備を破壊できるだけの威力を用意しておく必要があるとは思わなかったのか? 人類によるものであれ魔族によるものであれ破壊工作に関しては調べれば割と情報が出てくるんだ、きちんと先人たちの例から学ぼうという姿勢があれば、こんなお粗末な結果にはならなかったはずだぞ」

「先生、最悪の授業をしないでちょうだい」


 この場にいる全員がドン引きしていた。

 何故だ。人を教え導くことが仕事なんだが……?


「あー、コホン。素晴らしい軍隊教育はまた今度に、最前列で受講させていただくとして」


 完全に凍り付いた場の空気をリセットするように、シリウスが口を開く。

 彼は視線で『お前もう喋んなよ』とこちらに釘を刺しつつ、ライターたち二名へと優しく語りかけた。


「当然ながら、これは立派な営業妨害……というよりは破壊行為です。未然に防がれたとはいえ、君たちには騎士団へとついてきてもらいます」

「え、あ……?」

「分かりやすく言いましょうか? 君たちはもう終わりってことですね」


 その言葉が、多分二人の理性の堤防を突き崩した。

 信じられない瞬発力で、彼らは踵を返して逃げ出したのだ。


『う、うおおおおおおおおおおおおおっ!!』


 脱兎のごとく逃げるライターさんとキメキメ店長さん。

 背中がぐんぐんと遠ざかっていく。

 すげえ逃げ足だ。今まで見てきた中で、二人が最も輝いている瞬間かもしれない。


「あんのダニ共! 逃がさないわよ!」

「お前それは言い過ぎ」


 何かの血が騒いだのだろうか、シャロンがどこからともなく取り出した突撃槍を片手に、奴らの後を追い始めた。

 前世がハンターだったりしたのか?


「シリウスさん、すみません。俺も彼らを追います」

「ええ、お気をつけて。破壊工作の実技はやめてくださいね?」

「捕縛術にしておきますよ!」


 ひらひらと綿あめを振って見送ってくれるシリウス。

 一つ頷いた後、俺も人混みをかき分けて走り出す。

 基本的な走力が違いすぎるので、シャロンにはすぐ追いついた。


「シャロン! 大丈夫か!」

「ゼェハァゼェハァゼェゼェハァ!」

「全然大丈夫じゃねーじゃん! お前その体力のなさでよく走り始めたな!」


 いったん落ち着け、と二人してペースを落とす。

 まだ男たちの背中は消えていないが、人混み越しで相当視認しにくくなっていた。


「ふ、普段は……魔力で強化したり、魔力で噴射したりしてるけど……この人混みの中では、難しいのよ……」

「まあ、それはそうだな」


 ならやはり、俺がやるべき仕事だろう。


「だったら少し待っていてくれ。俺のスピードなら……」

「ハァ? 馬鹿なの? このお祭り騒ぎの中を先生が全力で走ったら、どんなことになるか想像もつかないの?」


 あっ、それはそうかあ……

 敵軍を薙ぎ払いながら進むとかなら得意なんだけど、確かに群衆の中を高速で駆け抜けるのは無理だわ。余波でみんな壁のシミになる。


 そうこうしているうちに、二人はなんと道端の馬車に乗り込んでいた。

 スムーズに走り始めたので、もしもの時のために逃走手段を用意していたんだろう。


「普通に走ってたら追いつけないな」

「ええ、足があればいいんだけれど……あったわ!」


 シャロンが指さした先。

 縁日の景品だろうか、子供用三輪車が露店の商品棚の一番下にちょーんと置いてあった。

 こいつ正気か?


「店主! この三輪車いくら!?」

「えっ」


 カップルや家族連れを引き裂きながらズカズカと露店に近づいたシャロンが、懐から小切手を取り出す。


「い、いえこれは景品なので、直接売ってるわけじゃ……」

「この額で買うわ!」

「お買い上げありがとうございまーーす!!」


 マネーイズパワーだなあ。

 露店のおっちゃん、物凄いイイ笑顔だったし。


「さあ行くわよ先生!」

「なんで三輪車で追いかけるんだ?」

「これしかないからよ!」


 絶対他にもあるだろと思ったが、余りの迫力を前に俺は口を閉じた。

 シャロンを後ろに乗せて、俺はペダルに足をかける。


「シャロンごめん! 俺の足が長すぎて上手くこげないかも!」

「次喋ったら殺すわよ!!」

「本当にすみません!!」


 事実ではあったが、まあキレる気持ちも分かったので、俺は仕方なくペダルこぎに集中し始めた。

 脚力が人類最高峰なので、力を抜いてこいでも三輪車が爆発的に加速する。

 人々の間を縫うようにして走り続ければ、馬車が次第に近づいてくる。


「なんで三輪車で追いかけてくるんだ!?」


 後ろの様子を確認して俺たちを視認したグルメライターさんが素っ頓狂な叫びを上げた。

 うるせーなこっちが聞きてえよ。

 そのまま、馬車と三輪車で壮絶な追走劇が続く。


「ねえ今のって……」

「前にパレードか何かで見たような……」


 すれ違う人々が、俺とシャロンを指さしてひそひそ話している。

 流石にこれ目立つか。女子高生ぐらいの美少女と、二十代そこそこの成人男性が三輪車で二人乗りしてるんだ。冷静に考えて目立たないわけがない。

 っていうか俺が身バレしたら終わりなんだけど。


「余計な混乱を生んでいそうねッ……顔を隠せるものはないかしら!?」

「シリウスはお面を買ってたけど、視界が塞がれたら怖いんだよなぁ!」


 風を切る音越しに、怒鳴り合うような声量でシャロンと会話する。

 その時彼女は俺の肩を叩いた後、ある方向を指さす。


「先生、あっちにちょうどいいのがあるわ!」

「了解!」


 三輪車のハンドルを切って、彼女が指し示した露店へと向かう。

 猛スピードで迫ってくる三輪車を見て、露天の店主やお客さんたちはギョっとした表情で飛び退いた。


「サングラス二ついただくわ!」

「おつりはいらねえ!」


 シャロンが露店の店長の額に小切手を叩きつけると同時、俺は並んでいたサングラスを二つ手に取った。

 馬車の後を追うのに戻りつつ、すちゃっとサングラスをかける。

 これで即座の顔バレはしなくなったはず……いや絵面ひでーなコレ。こども珍走団かよ。


「先生! もっと速度出せないの!」

「ダメだシャロン! 機体さんりんしゃがもたねえ!」

「もう開けた場所にはたどり着けたわ! いつもみたいにペカーって光らせたらいいでしょ!」

「もうちょい言い方なかったかなあ! しっかりつかまっとけよ!」


 言われてみたら市街地の密集地帯は抜けていた。

 周囲の人々の数も少ない。

 馬車までの射線は通っている――これなら!


「【瀆すは神代】【赤子の祈り】【我は愚かな殉教者】【零落を嘆くがいい】──発動driveッ!」


 俺のスキル『救世装置(偽)』によって、三輪車が『勇者の剣』であるという属性を付与される。

 幾何学的な光のラインがボディを走り、その強靱さを跳ね上げさせた。


「スピードを維持して! 距離が詰まれば、後は私が!」


 頭のすぐ後ろで、ガシャンと鉄の擦れる音が響いた。

 同時に突き出されて視界に侵入してくる、砲撃形態に移行したシャロンの突撃槍。


「【砕くは星】【黄金の角】【荘厳の前に跪き】【自ら目を潰すがいい】!」

「えっ? ちょ、ちょっと待って! シリウスに怒られるのは俺なんだけど!」

「穿ち貫く! ――放射fire!」


 制止もむなしく放たれた砲撃魔法。

 しかし馬車の御者の腕前がいいのか、大きく横へとスライドする形で回避された。

 着弾地点の地面がめくれ上がり、爆発音と魔力光をまき散らしながらはじけ飛ぶ。


「ハッハーッ! どんなもんだ! その威力じゃ連発は出来ねえだろ!」


 向こうの御者がぐいと顔を出して、こちらを嘲る。

 ていうかキメキメ店主さんだった。お前料理よりはこっちの方が才能あるよ多分。


「まだよ! 私にはこれがあるッ」


 しかし、その嘲笑は二秒も保たなかった。

 変わらず輝きを放つ突撃槍を見て、逃走者が顔色を変える。


 そう、掟破りの二連撃発!

 シャロンが保有するスキル『連鎖詠唱チェインファイア』による、同質火力の複製連射!


「シャロン、次は威力おさえ――」

放射fire!」


 放たれた極光が視界を焼く。

 あ、これ馬には当たらないよう角度調整してるな。

 そこもそうだけど、それだけじゃなくて威力に気を遣って欲しかったんだけどなあ……


『ぎゃああああああああああああああああああああああっ!!』


 馬車の後輪へと直撃すると同時に、ちゅどーんと爆発が広がる。

 俺たちが見守る中で、馬車と逃走車二名は天高く打ち上げられるのだった。



 ◇



 幸いにも吹き飛んだ家屋とかはなかったものの。

 まあまあデカい爆発音がしたわけで、祭りに来ていた人々は何事かとこちらに来ていた。

 不安そうにする人々に、シリウスが事情を説明して回り、一応は理解を得られたらしい。


「ったく……やりすぎだ……」

「そうだったかしら?」


 しれーっとしているシャロンだが、人通りのある場所では魔法を使わず、開けた場所になれば容赦なく、けれど直撃は避けて見事に制圧したことになる。

 我が教え子ながら、いい仕事をしてくれたもんだ。


「まあ、助かったよ」

「きゃっ」


 ぽんと彼女の頭に手を置くと、軽い悲鳴を上げて、すぐにシャロンは頬を膨らませた。


「これは何かしら? 私、おつかいに行ってきた覚えはないのだけど」

「っと、悪い」

「やめろとは言っていないわ」


 何? どういうこと? 一瞬で詰んだってこと?

 完全にエラーを吐いてフリーズしていると、ふと影が差した。


「お疲れ様です。騎士団への引き渡しは完了しました」


 人々に事情を説明して回ってくれていたシリウスだ。

 彼はこちらを見て、普段とは違う、困ったような微笑みを浮かべる。


「破壊工作の実技はやめてほしいと言ったはずですが?」

「お恥ずかしながら抜き打ちテストをやらされまして……」

「先生側が抜き打たれることあるんですね……」


 肩をすくめて、彼は俺からシャロンへと視線を移す。


「……その、すみませんでした。他にやり用はあったように思います」

「ああ、いえいえ……」


 素直に詫びるシャロンに対して、シリウスは顎に手を当てながら数秒黙りこんだ。


「学生とは思えないほど合理的な戦闘数式……良い意味で加減を知らない冷徹な殲滅志向……」

「?」

「素晴らしいですね。一介の戦士には収まらない視野の広さを感じました。どうやらあなたは、先生に恵まれているようですね」


 どうやら褒めてくれているようだ。

 しかも彼女だけではない、俺まで褒められている。嬉しすぎるだろ。


「ははは、今回は穏便なやり方を選ばせてやれませんでしたが、教えている側としてはありがたい言葉で――」

「どーん♡♡」

「ぎゅえぷっ」


 その時のことだった。

 背後から強い衝撃を受けて、俺はゴロゴロと地面に転がった。

 何!? 殺意とか全然感じなかったんだけど!


「やっと見つけたよセンセ、シャロン」

「まったくもー♡ 手間かけさせるんだから♡」

「そ、その声は……」


 聞こえるはずのない声に、思わず息を呑む。

 天地が逆さになった視界に、ビキバキと青筋を浮かべながら近づいてくるエリンの姿と、至近距離からこちらを覗き込むクユミの顔が映った。


「お、おお二人とも……休みの日なのに、どうしたんだ?」

「ここ最近センセが休日に見当たらなくて、シャロンもいないからどうしたんだろうと思って……へぇ~、やっぱり二人で何かしてたんだ」


 エリンの声は、具体的な表現が難しいのだが、明らかにキレていた。

 普通にブチギレてる時の声だった。


「せんせいってば目を離すとすぐどっか行っちゃうんだから~♡ デキの悪いわんちゃんには、ちゃんと首輪をつけないと駄目かもね~♡」


 背後から俺に飛びついてきた……というかタックルして地面に引きずり倒してきたクユミは、そのまま俺をレジャーシート代わりにして座り込んでいる。

 頬をつんつんと突いてくる動作は可愛らしいのだが、指じゃなくて小型のナイフで突いてこないでほしい。拷問する時の動きじゃんこれ。


「ほお、これがハルート殿の教え子たちですか。なんとも個性的ですね」


 微笑むシリウスだったが、彼が一歩半だけ後ずさったのを俺は見逃さなかった。


「二人とも……私の後を追ってきたの?」

「大まかにエリアを絞った後、どうせ何か騒動が起きるだろうから、今まで待機してたんだ~♡」

「そしたら案の定騒ぎが起きたから、こうして駆け付けられたってわけ」


 目を冷たくするシャロンに対して、全身から怒りのオーラを放つエリンと俺に座ったままのクユミが笑う。

 三人の間で火花が散るのを確かに見た。すげえ帰りてえ。


「シャロン、こういう抜け駆けをして、何か言うことがあるんじゃないの?」

「……幸運値の差が出たわね」

「頑張って考えた言い訳がそれ~? 脳が小さすぎるかも♡ 本とか読んだ方がいいよ♡」

「クユミちょっと構えなさい」


 ブチギレたシャロンが、突撃槍を展開した。

 煽りの先生が見本を見せてくれたようだ。友達相手にも容赦ね~……


 あとクユミ、煽ってる暇があるなら早くどいてくんねえかな。

 カーペットみたいになってる俺を見て、通りがかる人々がギョッとしてんだよね。


「ふふ……」


 そんな俺たちを見て、シリウスが爽やかに微笑む。

 何笑ってんだよテメェ。


「仲良きは美しきかな、というやつですか」

「シリウスさん? 急に視力が低下したんですか?」

「では私はこれで。どうぞお祭りを楽しまれて行ってください」

「シリウスさん? 絶対に巻き込まれたくなくて適当言いましたよね? ちょっ、何本当に逃げ出そうとしてんですか! 助けてください!」


 そのまま踵を返してこの場を去ろうとするシリウス。

 俺は倒れ伏したまま、その足首をガッとつかむ。

 思いがけない抵抗を受けて、彼はビターン! と顔から勢いよく地面に倒れた。


「ぶっ……!? 何をするんですか! 勇者の末裔にあるまじき見た目になっていますよ今! 早く私を解放するのが賢明な解だと分かっていますよね!?」

「嫌だ! 俺を置いていかないでください! あなたがいなくなったら、俺は終わりなんです!」

「その言葉、こういうシチュエーションでない時に聞きたかった……!」


 逃がすわけねえだろ! 俺と一緒に最期まで駆け抜けてもらうぞ!

 どんどん俺に対する敬意みたいなのが、いろんな人から失われている気がするがーー



 まあでも、美味しいご飯のためなら、みんな頑張っちゃうもんだよなあ?





◇◇◇



8月25日に書籍版第2巻が出ます。

どうぞよろしくお願いいたします。

商品詳細はこちら↓です。

https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784824009203&vid=&cat=NVL&swrd=

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る