奏でるは讃美歌、或いは友に捧げるパストラル

 これは昔の夢だとすぐに分かった。


 現実の俺は、起きてみんなと話して、それから念のためもう少し休んでおけと言われ眠りに落ちた。

 だからこれは夢なのだ。


『ほら、勇者の末裔だかなんだか知らないが、遊びすら知らないとつまんない大人になってしまうよ?』


 放課後の教室で、机に偉そうに座ったアイアスがこちらに語り掛けている。

 魔法術式の調整をしている俺は――身動きできない俺の意識とは勝手に――彼を一瞥もせず口を開いた。


『……面白い大人になりたいわけではないんだが』


 いやクソガキ過ぎる!

 喋っているのは俺なんだけど、現在時間軸の俺の自意識がちっとも許容できない態度だ。


 っていうか今やってる魔法術式の調整も下手くそ過ぎるし。

 効率化と威力の向上を両立させようとしてるのは分かるんだけど、理想が高すぎてちっとも現実的じゃない調整だ……そうか魔法使いと出会って調整のやり方を教わる前だから、独学でムチャクチャやってる時期だわ……うわー見たくねえ。


『みんなを笑かせってワケじゃあないさ』


 肩をすくめてアイアスが言葉を続ける。


『だけど、君の人生を面白くしてやれるのは君だけなんだぜ。誰かに怒り続けたり、自分の主張を叫ぶことしかできなかったり……そんな色あせた人生を送るのはもったいないだろう?』

『…………』


 あー、こいつってこの時期から、こんなに分かってたんだな。

 夢でもいいからきちんと返事をしてやりたいのだが、過去の自分に入り込みながらも一切体を動かせない。

 体の主導権を寄越せ! と悪霊みたいなことを考えてしまう。頬に口とか浮かばせたいかも。勇者の末裔の姿か? それが……?


『だったら、どうしたらいいんだ』


 あっ意外と素直だったな過去の俺。

 あんまり覚えてなかったけど、そうか。

 この辺りからもう俺は、アイアスに……



『当然一択さ! 僕と共に行こうじゃあないか! 町の合コンへとね!』

『死ねカス』



 いや全然まだ絆されてなかったわ。

 ていうか過去のいい思い出みたいな感じで出てくんなよこんな場面。




 ◇




 起床!

 諸々さておき全回復である。


 ベッドを飛び出した俺は、部屋を出て集落に繰り出した。

 日が落ちた後の集落では、なんかど真ん中でクソデカいキャンプファイアーが行われていた。

 これ栗原に電話かけた方がいいやつか?


「何してんすかこれ」


 その辺を歩いていた魔族を取っ捕まえて、煌々と燃えてる火を指さす。


「ああ、起きたんですねハルートさん。なんかお祝いにアイアスさんが宴をやるそうです」

「あいつ海賊か何かなんです?」

「愛の海を横断するラブ・キャプテンみたいなのは名乗ってました」

「めちゃくちゃやかましいな」


 親友が最悪の異名を名乗っている事実は、俺の心をかなり打ちのめした。

 渋面を作ってうなだれる俺を、魔族のお兄さんはまあまあと宥めながら宴の会場へ連れて行った。


「あ、センセ起きたんだっ!」


 火を中心に輪を作っている人々の中から、元気よく人影が飛び出してくる。

 樽ジョッキを片手に持ったエリンだ。

 おい教え子が海賊に呑まれてるじゃねーか。何してくれてんだ。


「もう体はだいじょーぶなの?」

「ああ、おかげさまでな……」


 周囲に視線を巡らせるが、魔族たちは酒を飲んで楽しそうに笑っている。

 その中には、こちらに手を振るシャロンとクユミの姿もあった。

 どうやら三人そろって、宴にすっかりなじんでいたらしい。


「おお、ねぼすけさんのご登場じゃあないか!」


 ワイワイと騒がしい宴の中で、いっとうに大きな声が響き渡った。

 振り向くと、両手にジョッキを構えるという二刀流のいてだちでアイアスが笑顔を浮かべている。実にサマになった絵面である。


「……お前、何してんの?」

「見たらわかるだろう! 宴さっ!!」


 テンションブチアゲで叫ぶアイアス。心なしか顔の作画も変わっている気がする。海賊王とか目指してそうだ。

 俺は数秒黙り込んだ後、エリンと顔を見合わせた。彼女の表情もまた困惑に染まっていた。


「参加してるあたしが言うのもなんだけどさ、この人ってこんな性格なの?」

「結構、こんな感じだったかな……」


 苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。

 合コンに参加しまくっていたというより、こいつが合コンを企画しまくっていたのが学生時代の思い出だしな。


 実際手慣れたもので、見れば宴はしっかりと豪勢なものだった。火を囲む魔族たちは酒にも料理にも困っていない様子である。

 場所のセッティングやら飲食物の用意やら、抜かりなくやったんだろう。


 ……まあ、あんな生き死にが問われる戦いがあったんだ。

 自分たちの生存を喜びたいのは、魔族たちも一緒ってことかな。


『一発芸いきます! 渾身のラブレターを破り棄てられた時のアイアスさん!』

『お前それ顔から川に突き刺さるやつだろ!』

『水のないところでやるネタじゃねえって……こいつ水出しやがった! マジでやるつもりだぞ!』


 にしたって結界があるからってやりたい放題過ぎるだろ。

 水のないところであのレベルの水属性魔法を撃発できるのは流石魔族だけど、それを一発芸に使うな。


「センセもこっち来なよっ」

「悔しいが、今日ばかりは君が主役さ! さあ来たまえ!」

「あ、ああ、うん……」


 連れてきてくれた魔族に会釈して例を伝えた後、エリンとアイアスに手を引かれて輪の中へと混じった。

 赤い火に照らされ、誰もかれもが楽しそうに笑い、俺を一瞥すれば大声で礼を伝えてくる。


 俺とエリンとシャロンとクユミ、そしてアイアスを除けばこの場にいるのは魔族だけだ。

 酒が回っているのか、一部の魔族は人間への擬態すら解除している。めったに見られる光景じゃない。


「おお! ハルートさんじゃねえか!」


 樽ジョッキを握らされた直後、横合いから大きな声をかけられた。

 酔っ払って人間としての擬態を解いた魔族の一体が、鼻息荒く俺の肩に手を置く。


「いやあ遠目だったが本当にすさまじかったなアンタ! 光がビューンで! ズババーッで!」

「お、おお……」


 マジで人生初の経験過ぎてうまくリアクションが取れない。

 君たちの種族、俺の顔を見ると怯えるか殺そうとしてくるかどっちかのはずだったんだけどなあ。


「みんな無事だったのはアンタのおかげだよ! 本当にありがとうな!」

「……そのために来たわけだからな。感謝は受け取っておくけど、一番はアイアスに言ってあげてくれ」

「ハハ! 確かにそうだな!」


 二本の角を生やした魔族は豪快に笑った後、俺の背中を数度叩いて去っていった。

 いやあ気持ちのいいやつだな。

 ……ちょっと、まだ、情緒は追いついてねーけど。


「せんせい大丈夫~?」


 魔族の背を見送っていると、いつの間にか傍に来ていたクユミが袖を引いた。


「クユミ……」

「キモい歌のお兄さん、なんかテンション上がりすぎてもっとキモくなってるし~? せんせいが快復してないのに無理やり連れてきたんじゃないかな~ってクユミちゃん心配♡」


 アイアスへの呼び方が微妙に名誉棄損っぽいところに着地していた。

 歌のお兄さんでキモい人、見たことないかも。

 とはいえ当初の嫌悪っぷりに比べれば、対応が丸くなったものである。


「……せんせい~? ほんとに大丈夫~?」

「あ、ああ。大丈夫だよ」


 ぼーっとしていたもので、生徒をさらに不安がらせてしまった。

 いかんいかんと頭を振った後、頑張って笑みを浮かべる。


「慣れてないっていうか、ぎこちなくなっちゃうのは、俺側の問題だからね」


 これもまた、アイアスが思い描いた理想の一つなんだ。

 否定する理由なんてない。否定させないために戦ったんだ。

 でも、その輪の中に俺がいるというのは……やっぱり、すぐに受け入れられるわけじゃない。


「先生、もう少し肩の力を抜いた方がいいわよ」


 エリンとクユミがなんともいえない顔で俺を見る中、魔族の女性たちと会話していたシャロンが歩いてきた。


「そんなに、緊張してるかなあ……?」

「傍から見ていて可哀想なぐらいに力が入っているわ。ほら、深呼吸しなさい」


 どっちが先生なのか分からなくなったが、俺はシャロンに言われるがまま深く息を吸って、深く息を吐いた。

 ああ、落ち着く……シャロン先生、ありがとう……


「……ちょっと落ち着いたよ」

「それは何よりだ!!」


 鼓膜が破れた。

 ずっと俺のすぐそばにいたアイアスが死ぬほどデカい声を上げたのだ。


「うっせえなお前……」

「いや、君がまだ馴染めていないようだったから遠慮していたのさ! ほら酒を飲むがいい!」

「はいはい……」


 差し出されたジョッキを手に持って、一気に飲み干す。

 明日の朝には出ることになるだろうし、深酒しないよう気をつけないとな。


「いい飲みっぷりだ! みんな、命の恩人が来てくれたぞう!」


 片手で器用に琴をかき鳴らし――どう聞いてもエレキギターみたいな音が出ていた――アイアスが叫ぶ。

 彼の声を聞いた魔族たちが、一斉に立ち上がって吠えた。やんやの喝采を全身に浴びて、音圧だけで吹き飛ばされそうになる。エリンは両手で耳をふさいでいたし、シャロンとクユミも顔をしかめていた。

 酔っぱらうと体のリミッターが壊れるのは人も魔族も大して変わらないらしい。要らない情報を得てしまったな。


「ほらハルート、お酒はどんどん出てくるぞう! まさしく楽園じゃないか!」

「お前さっきからわんこそばみたいな勢いで酒出してくるのやめろ。このままだとアルコール分解用に『光輝輪転体躯』を発動する羽目になる」

「……わんこ、そば……って?」

「ああもう面倒くせえなあ!!」


 和食あるんだから、この辺の言語も入れてもらっててくれませんかねえ、制作会社さん!

 内心でそう憤激しながら、俺は半ばヤケになって酒をかぱかぱと飲み進めていくのだった。




 ◇




 俺も宴に参加して、しばらく経った頃。


「――それで貴族院の連中、なんて言ったんだい!」

「『魔王討伐につながるような実績がないから援助できない』だとさ! ナメやがってボンクラ共! 上級魔族撃破の報告出してんだろーがッ! あのハゲ頭をもっと光を反射するよう磨いて、勇者の剣ですつって持ち運んでやろうか!?」


 俺とアイアスは唾を飛ばしながら叫んでいた。

 話題は俺が冒険者だった時代の思い出話大悪口大会である。


「ったく信じられないよなっ!? 君一人で人類の種族的寿命を何年伸ばしたと思ってるんだ!?」

「まったくだ! あいつらみたいな私欲しか頭に入ってない連中はむしろ全面敗北の原因になりかねないっていうのによ! 議員席に座るのを使命だと思ってる連中は全員ブチ殺したくなるぜ!」


 篝火のすぐそばの椅子に座って、俺とアイアスは怒号じみた声量で会話を続ける。

 他の魔族たちも好き勝手に騒いでいるものの、俺たちの近くにいる連中は苦笑いを浮かべるばかりだ。


「あ、あのさ~せんせい~? ちょ、ちょーっと立場的に言っちゃいけないことばっかり言ってるかも~♡」


 流石に見かねた、といった様子でクユミが声をかけてきた。

 ……確かにそうかも。

 まずい、普通に酔っぱらってしまっているかもしれん。明日早いから深酒は避けようと思ってるときに限ってめちゃくちゃ酒が進んでしまうの本当に何なんだろうな。


「ああ、そうだな、クユミ。ちょっと落ち着くよ……ごくっ、ごくっ……ぷはーっ……!」

「話聞いてた~?」


 水分補給をしたところ、クユミの目から気遣いの色が消えた。本格的にゴミを見る感じになっている。

 何故だ。手元にあった飲み物を飲んだだけなのに。


「ほら、こっちは本物のお水だから、こっち飲んでっ」

「あ、ありがとう……」


 エリンが差し出してきた水を口に含む。

 本当に水だ。酒飲んで酔っ払ってるときの水ってなんでこんなに美味いんだろうな。


「おやおや、ハルートにはあって僕にはないのかい? どうやら愛しい先生のことしか見えていないようだねえ」


 にやにやと笑いながら、アイアスがこちらをからかってくる。

 それを聞いたエリンはしゅぼっと顔を赤くして、わたわたと手を振った。


「ち、ちがッ……そ、そういうことじゃないし!」

「ほお~~? へえ~~?」

「ああもうウッザ! シャロンこの人にをあげて!」


 エリンから飛んできた指示を受諾し、シャロンは粛々と頷いた。


「分かったわ。【流るるは泉】」

「えっ何それごぼぼぼぼぼぼっ」


 きょとんとした表情のアイアスだが、直後に頭上から滝みてえな勢いで水をぶっかけられ、発言を完全に封殺された。


 シャロンが発動したのは、大気中の水分を液体の状態へと変化させる魔法だ。

 術式の原理自体は非常に簡単で、魔法を習う環境にいるのなら初等段階で教えてもらう代物である。

 サバイバルでめちゃくちゃ助かる魔法で俺もお世話になったもんだが……いやこれだけの量の水を出せるのは、普通に凄いな……


「ぷはっ、ぷはっ! 勘弁してくれよまったく!」


 冷静さを取り戻したのか、アイアスが指をつーっと滑らせて水を分解し始めた。

 初歩的な魔法なだけに対策も知られている。

 俺が元いた世界ほど科学が進歩しているわけではなく、分子間の化学反応として理解している人はいないものの、結果としては完全にSFの技術だよなあこれ。


「ふう……ま、はしゃぎ過ぎたらしいねえ」

「お互いにな」


 最後に温かな風を吹かしてさっぱりと髪を乾かし、アイアスが微笑む。

 つられて俺も笑った。


「たまにはいいじゃないかよ、こういうのもさ」

「そうだね……そりゃ、そうだよねえ。こんなに嬉しかったのは久々だ」

「嬉しかった?」


 何がだろうと首を傾げると、彼は数秒黙り込んだ。

 それから。


「……嬉しかったんだ。嬉しかったよ、ハルート……助けてくれてありがとう」


 不意に切り出された言葉。

 アイアスの声には万感の想いが込められていた。


「それは……こっちの台詞だよ、アイアス。助けてくれて、ありがとな」


 親友の手を握り、正面からやつの瞳を覗き込む。

 映し出された俺の顔は、自分でもちょっとびっくりするぐらい柔らかな笑みを浮かべていた。


「……ハハ。君、いつの間にそんな顔できるようになったんだい」

「割と前からだよ。多分、入学した時はできなかったけど……卒業する時には、できるようになってた」

「そう、か……そうだったのなら、良かった」


 アイアスは一つ頷いた後、椅子に立てかけていた琴を手に取った。


「さて、それじゃあちょっと……餞別代わりに、聞いてもらえるかな」


 何が始まるのをかを理解して、俺は無論、周囲の魔族たちも動きを止めた。

 吟遊詩人が琴を持てばやることは一つ。


 安らかなメロディーと共に、彼の口から奏でられる詩。

 アイアスがその声で紡ぐのは、雄々しい英雄譚や輝かしい戦記ではない。

 どこにでもあるような、ともすれば見落としてしまいそうな、日々の小さな喜びたちを謳い上げる牧歌。


 ちらりと様子をうかがうと、エリン達も数秒呆気にとられた後、穏やかな表情で聞き入っている。クユミなんて驚愕と感心が混ぜこぜになって随分と面白い表情だ。


 ふふん、そうだろう。

 俺の親友、吟遊詩人としては本物中の本物なんだぜ。

 世界中を旅したけど、ついぞこいつ以上の詩人には出会えなかったぐらいだ。


 火の爆ぜる音を微かに織り交ぜながら、それすらメロディーの一部として、彼の詩は続く。

 いつまでも響けと思った。

 いつまでも、この歓びの詩が響くことのできる世界であってほしいと思った。




 ◇




 翌日。

 無事に俺とアイアスが二日酔いで終わり散らかしたので、出立は昼過ぎになった。


「なんかもうお日様が一番高いところ過ぎちゃってるんだけど~!」

「本当に、次からはお酒に気を付けなさいね」

「理性ざーこ♡ 快楽物質と判断の鈍化に弱い♡ 肝臓マゾ♡」

「はい……返す言葉もございません……」


 三人からのお叱りの言葉を甘んじて受け入れながら、俺はとぼとぼと道を進む。

 集落を出て、既に山からは遠いところまできた。

 別れの挨拶は手短に済ませた。しばらくは会えないだろうが、二度と会えないわけじゃない。


『またな、親友』

『ああ。また会おう、我が親友』


 拳をこつんと突き合わせて、それだけで終わった。

 エリンが目を見開いて、えっそれでいいの……? みたいな目で見てきたが、これでいい。

 俺とアイツはこれだけで十分なのだ。


「最後のあれって、絶対せんせいもキモい歌のお兄さんもカッコつけたかっただけだよね~♡」

「男子って本当にああいうのバカなのね……」

「あっ、あれってそういうコトだったんだ!」


 ……十分なのだ!

 俺の前を歩く三人がなんか言っているが、聞こえない。


「でも先生……」

「分かってるよね~?」


 シャロンとクユミが、こちらに振り向いて意味ありげな視線を向けてくる。

 前を見て歩きなさいと注意しながら、俺は一つ頷いた。


「分かってるよ。問題の根本的な解決ってわけじゃない」


 アイアスの楽園は確かに現実のものとなった。

 しかしそれは、ウチの魔法使いが作り出した薄くて透明な結界の内側でしか成立しない。


「まだまだあたしたちの努力が必要、ってことだよね!」


 おーっ! と空に拳を突き上げるエリン。

 その姿に、ダウナーギャルとメスガキギャルは思わず笑みをこぼした。


「何それ。確かにそうかもしれないけれどね」

「エリンちゃんは前向きで偉いこと言うね~♡」

「えっ!? な、なんか二人とも、子供相手の対応みたいになってない……!?」


 若干のショックを受けるエリンだが、実際は違う。

 君のように、理想へと続く道を真っすぐ歩ける人間がいるからこそ、俺は戦える。

 そしてシャロンとクユミもまた、その眩しさに助けられているのだろう。


 かつて、俺がそうであったように。

 俺もまた堂々と絵空事を口にして、この手を引いてくれる友達に――


「…………助けてくれてありがとう、か」


 あいつの言葉を聞いて思い出したのは、かつての学び舎での光景。


『ほら、勇者の末裔だかなんだか知らないが、遊びすら知らないとつまんない大人になってしまうよ?』


『みんなを笑かせってワケじゃあないさ。だけど君の人生を面白くしてやれるのは君だけなんだぜ』


『誰かに怒り続けたり、自分の主張を叫ぶことしかできなかったり……そんな色あせた人生を送るのはもったいないだろう?』


 アイアスだけじゃない。

 どいつもこいつもうるさくて、心を閉じようとしてもこじ開けてくる級友達。

 どれもこれも眩しくて、いつも俺の胸を温かくしてくれる記憶達。


「馬鹿な奴だよ、本当に」


 俺は沈んでいく夕日に目をやりながら独り言ちた。


「え? 何が?」

「……そういうあいつは、昔からずっと、俺を救ってくれていたのにな」


 俺の言葉を聞いて、数秒呆けた後にエリンは微笑んだ。


「そっか。それじゃあ……恩返しができて、良かったってことじゃん?」

「ああ、その通りだ」


 少しは報いることができただろうか。

 そう思い、自分がいるべき場所へと続く道に、俺はまた一歩踏み出した。



「良かったよね! センセだけじゃなくって、あたしもライトアーサーさんの剣を見て、色々と勉強できたしさっ」

「ライトアーサーさんんんんんん!?」



 思いがけない言葉が出てきて、思わず絶叫が出た。


「え? 何、どしたのセンセ……」

「ま、まっ、待ってくれエリン……君の先生は俺だよな? あいつじゃないよな?」

「それはそうだよ。でも剣に関しては、ライトアーサーさんのを見て本当に勉強になったからさ」


 なんでさん付けしてるんだよあんなやつのことを……!

 ふざけるな! あいつもう一回殺してやろうか!? どうせこれからまだ何回も殺すけど!


「センセの勇者ビームにだってライトアーサーさん対応してたし、やってやれないことはないんだね! やっぱりああいう飛び道具が通用しないレベルのソードマスターにならなきゃ!」

「エリン、それマスターっていうか剣聖クラスじゃないかしら?」

「流派単位じゃなくて、その世界における剣技という技術体系そのもので頂点に君臨する存在を目指してるよね~」


 めちゃくちゃ高い目標を明るく掲げるエリンの姿に流石のシャロンとクユミも引いていた。

 確かに俺が知る中でも剣聖に近いのはライトアーサーだけどさ。

 いや待て、技術っていう一点に限ればまあ、魔法とかがなくて実戦だとキツいけど腕前ならそれぐらいの人はいるか……


「ともかく、頑張るぞ!」


 おー! と再度拳を突き上げるエリン。

 新たな出会いをきっかけに、進むべき道を定めた少女の姿は美しい。

 生徒がこうして前を向けるのなら、それに越したことはない。


「……まあ、なんていうか、元気出してちょうだい」

「せんせいじゃこういうのは役不足だからさ~♡」


 慰めなのか、二人が肩に手を置く。

 俺は全身を震わせながら、キッと青空を睨んだ。

 赤い両眼を光らせたまっくろくろすけが、きらりと爽やかに浮かび上がる。



 ――絶対に許さねえぞライトアーサーァァァァァァァァッ!!






■■■

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