絶起、或いは魔法使いが一晩でやってくれました
ライトアーサーを撃破した後。
眠気に負けて目を閉じた、と思ったら俺はベッドに横たわっていた。
「……ッ!」
「せんせいがここに運び込まれてから丸一日だよ~♡」
ガバリと起き上がろうとしたが、体が動かなかった。
見ればベッド傍の椅子に座るクユミが、俺の肩に手を当てている。力の伝導を的確に阻害することで動きの起こりを潰しているのだ。
「こんな小手先の技で押さえ込めちゃうなんて、弱ってる証拠だよ♡」
「クユミ、ここは……!」
「しーっ♡」
彼女はもう片方の手を伸ばすと、俺の唇に指を当てた。
それからちらりと、部屋の隅に置かれたソファーに視線を送る。
「声抑えてあげて♡さっきまで、寝ずにせんせいの看病してたんだから♡」
ソファーの上では、毛布にくるまったエリンとシャロンが微かに寝息を立てていた。
……彼女たちが寝ているということは、少なくとも安全な場所なんだろう。
俺は起き上がろうとするのをやめて、体から力を抜く。
「せんせいは大丈夫なの? その、無理してたんじゃないかな~ってアイアスさんも心配してたし♡」
「俺は大丈夫だよ、これぐらい」
返事をしながらも、俺は微かに驚いた。
クユミがアイアスの名を呼ぶ時、今までの単なる嫌悪とは違い、若干のリスペクトの色合いがあった。
先の戦いを通して、何やら認識の変化があったようだ。
「まあ、過剰再生で自分の体ごと魔剣の毒素を焼き払ってたから、負荷は相当かかったけど……」
「ポーションでの再生も効きが悪かったし♡ 本当に……大丈夫、なんだよね?」
口調こそいつも通りだが、クユミの目には悪戯っぽさがない。
どうやら結構本気で心配させてしまっているようだ。
「もちろんだ。ちょっと待っててくれ」
パッシブスキル『光輝輪転体躯』発動。
俺の体を勇者パワーが流れていき、ズタボロになってる臓器とか骨とか筋肉とかを修復していく。
「ぶっ倒れたのは、勇者の血筋が発現させる力……『光輝輪転体躯』の過剰使用による負荷だ。単純な欠損の補填とかならまだしも、これを応用させて自分の体を焼くってまでいくと少し負荷が重い」
そもそもこれは、マリーメイアがいれば一切使う機会のないスキルだ。
俺が自分の体を巻き込んで焼き払った毒素も、彼女がいれば完全に無効化できていただろう。
「過剰使用は一度中断すると『光輝輪転体躯』そのものを一時的に使用不可にしてしまう。だけど少し休めば、問題なく使えるようになるんだ」
だからまあ、この過剰回復は正直言って強敵相手にはあんまり使えない。
戦闘が長引いた場合、途中でいきなり『光輝輪転体躯』そのものがダウンする可能性がある。
今回は例外だ。ライトアーサーに対応するためには、無理をする必要があったということである。改めて本当につええなあいつ……
「まあ人間離れした再生能力って意味だと、俺は割とこの世界でも随一な自信があるよ。女騎士だって俺ほどじゃなかった」
この力のおかげで、女騎士が異端だの裏切り者だのと糾弾された際、俺は自分の腕を一本吹っ飛ばしてすぐ生やすことで弁明することができた。
あいつの再生能力で人間じゃないバケモノ扱いするのなら、勇者の末裔である俺も同じくバケモノ扱いしないと筋が通らないからな。
「というわけで……はい完治した。もう戦えるぞ」
安心させるため、俺は人生最大の努力を費やして笑顔を作った。
本当は体のあちこちが痛いし調子とか気分とかも悪いが、彼女の心配を取り除いてやる方が先決だろう。
しかし。
「いや……普通に怖いかな……」
クユミはドン引きしていた。
「調子がちょっと悪そうなのは分かるんだけど、ちょっと悪いで済んでるのキモ過ぎかも~……」
「そ、そんなに?」
すすす、と椅子ごと俺から離れていくクユミ。
あんまりな扱いに俺は泣いた。普通にえぐえぐと涙をこぼした。
「あっ、ご、ごめんってばせんせい~♡クユミちゃん言いすぎちゃったかも♡」
「ぐすっ……いいんだ、どうせ俺は全身からキモい光を発してキモい回復をしているキモい男なんだ……」
「光はキモくないよっ♡光はっ♡」
「回復と俺はキモいんじゃん!!」
と、そんな会話をしている時だった。
「ん……」
もぞもぞと器用にソファーの上で寝返りを打ったエリンが、薄眼でこちらを見た。
こんなにぼんやりした表情のエリンは初めて見るな。
「んっ……あ、センセ……?」
寝ぼけ眼でこちらを数秒見つめた後、彼女はカッと目を見開いた。
「あっセンセ起きたのッ!?」
「ふみ゛ゃっ」
大声に反応して、シャロンもまたガバリと起き上がる。
「シャロン、今なんかすげえ面白い声が出てたな」
「女の子の寝起きを見た感想がそれなの、本当にサイアク~♡」
「はいはい……」
数秒あわあわとした後、状況を把握できたのか、エリンとシャロンは転がるようにしてソファーから飛び出してきた。
二人は、その勢いのまま俺にわっと顔を寄せてくる。
「生きてる!? センセ生きてる!?」
「体温、体内魔力問題なし……どうやら生きているみたいね……!」
重傷者を発見した直後みたいな声色だった。
野戦病院でトリアージされている気分だ。
「生きてる、生きてるよ。だからちょっと離れてくれ……」
顔が近いんだよ。
シャワーを借りたのか、なんかフローラルないい香りがするし。
いかんいかん、教師が生徒の香りに反応するなど言語道断。心頭滅却すれば火もまた涼しの精神でいけ。
「本当に、毎回心配ばかりかけるんだから……!」
「いよいよ首輪をつけることを本格的に検討しなければならないわね……」
俺の訴えもむなしく、エリンとシャロンはむしろもっと顔を寄せてきた。
ていうかもうほとんど鼻がくっつくところまで来ている。俺の鎖骨らへんに当たってしまう。
「はいはい二人ともそこまで♡女性に免疫がなくて生徒相手にもキョドるよわよわメンタルのせんせいが困ってるよ~♡」
クユミは言葉のニードルガンを連射して俺をズタズタにしながら、エリンたちを引きはがしてくれた。
的確なアシストと精度の高い言語的暴力を同時に受けると思考が止まることが分かった。ライトアーサーとの高速戦闘中だってずっと頭働いてたのになんで……
「クユミちゃん、センセが起きたならあたしたちも起こしてくれたらよかったのに」
「というか、起こしてって言ったはずよね? クユミあなた……」
「……そういえば二人とも、聞きたいことがあるんじゃなかったっけ~?」
「あっ! そ、そうだったッ」
クユミの指摘を受けて、二人がハッと居住まいを正す。
ん? なんだろう、俺とライトアーサーの戦いで分からないところでもあったのだろうか。
「えーっと……あのさ。気になったことがあってさ、センセ」
「うん? どうしたんだ、エリン」
少し聞きにくそうな声色の教え子に、俺は柔らかい表情で発言を促す。
なんでも聞ける先生というのが理想像の一つだからな。
促されたエリンは、他二人にちらりと目くばせした後、意を決した様子で息を吸う。
「『彼女の愛がある限り、俺は不死身だ』……『彼女の愛』って何?」
「……………………」
部屋の温度が下がった。めちゃくちゃに下がった。
ヒュッ、と情けない呼吸音がこぼれる。
思わず、部屋のドアを見た。既にシャロンが立ちふさがっていた。
窓は――クユミがにこにこ笑って立っている。
こいつら! 逃げ道完全に封じてやがる!
「まず、最初になのだけど。彼女というのは、マリーメイアさんのことを指しているので間違いないかしら?」
「あ……ああもちろん。あんな精度の高い回復ができるのはマリーメイアぐらいだし」
「そ。じゃあ『愛』ってなんのことかしら」
退路を断ったことを確認して、じりじりと三人が近づいてくる。
もうヴェロキラプトルに見えてきたな。
「ほら、エリン、落ち着いてくれ。シャロンも……やましいことは何もない。クユミだって分かるだろう?」
一人一人と視線を重ね、名前を呼んで落ち着くよう呼びかける。
彼女たちは、自分は落ち着いている、とばかりに微笑んだ。
「センセ、こっちは落ち着いてるんだよ。だから、早く、説明してくれるかな?」
「いやまあほら、あれだよあれ。その、回復って……愛じゃん」
俺は迂闊な発言をした、というか最悪な言葉選びをした過去の俺に最大限の呪いを贈った。
とはいえここはなんとか誤魔化すしかない。
いや誤魔化すも何も、愛って完全に俺の妄言ではあるんだけど。
「へえ、じゃあ旅をしている間ずっと愛してもらっていたことになるわね」
誤魔化そうとしたら墓穴になったっぽい。
ていうかシャロン、いくらなんでも容赦がなさすぎるだろ。
俺は観念して、誤魔化さず正直な事実を告げることにした。
「あの、すみません、テンション上がりすぎて変なこと言っちゃいました……すみません、許してください、殺さないで……」
「ま、そんなところだろうとは思ったわ」
腕を組んで鼻を鳴らすシャロン。
返す言葉もなくうなだれる俺だったが――不意に、ぴょんとクユミが手を伸ばした。
「じゃあさせんせい、マリーメイアさんのこと恋愛的な意味で好きなの~?」
びくり! とエリンとシャロンの顔が見るからにこわばった。
なんちゅうことを聞いてくるんだこの子は。
「そんな! 滅相もない!」
「そっか~♡」
俺の即レスを聞いた途端、エリンとシャロンは一気に脱力した。
へなへな~、とそのまま二人して床に座り込んでしまった。
「ク、クユミちゃんさ~……」
「そういうこと、前触れなく聞かないでちょうだい……」
「あは♡後に引っ張るよりはスパッと確認しといた方が、時間的にもお得でしょ~?」
そう言いつつ、クユミは俺が横になっているベッドにぽすんと腰かける。
「じゃあさ♡ マリーメイアさんが誰かとお付き合いし始めたら、どーするわけ?」
「ころ……うーん、どうするべきなんだろうな」
「今、明らかに、勇者の末裔から出てきてはいけない言葉が漏れていたのだけど」
シャロンの表情には明確な怯えが宿っていた。
「そもそも、マリーメイアって普通にご家族いるからな。俺より先にそっちと顔合わせするのが自然だろ。できれば、その後に挨拶ぐらいはしておきたいかもな」
彼女は単なるキャラクターではなく、この世界に生きる人間だ。
であるからには当然、踏むべき手順というものはきちんと存在する。
「意外と理性的じゃん♡」
「ああ。きちんと挨拶をして、相手の人柄についても、探るってわけじゃないけど安心できる人かどうかは見させてもらって、それから相手を殺す」
「「「…………」」」
俺は粛々と告げた。
指示を下す独裁者のような声色で告げた。
だってそいつオリ主じゃん。
ゲーム本編、別にそりゃプレイヤーの進行でいい感じになれる相手はいるけど、付き合うまでは行かないし。
このタイミングで交際までいってたらオリ主じゃん。殺します。
「これさぁ……」
「強敵というよりはむしろ障害よね」
「もしかしてせんせいってバームクーヘンエンド似合うんじゃないかな♡」
三人はささっと部屋の隅に集まって、何やら小声で話し始めた。
突然おいてけぼりを食らった俺は、肩をすくめてから、窓の外を見た。
マリーメイアに彼氏か~。
まあ、俺より強かったら流石に許してやらなくもないかな。
……リミッター全解除戦闘久しくしてないし、今度場所見つけて練習しとこうかな。
◇
「ようやく起きたか、我が親友!」
三人に必死に命乞いをしてなんとか生命の危機を乗り越えてしらばく。
ドアを開け放って入ってきたのは、いつも通りに無駄な自信満々っぷりを誇るアイアスだった。
「よう。おかげさまで元気いっぱいだよ」
「それは重畳。しばらくはここで療養していくといいんじゃないか?」
親友の言葉に、俺は上体を起こした後、首を横に振った。
気持ちはありがたいが、学校に戻って教頭先生に色々報告したり、授業に戻ったりしなければならない。
……というか、それ以前の問題として。
「アイアス、集落の移転はまだ始めていないのか?」
「おっと、まずはそこから説明しなければならないようだね」
頭を振って、親友は窓の外を指さす。
ライトアーサーとの戦闘こそあったが、集落は健在だ。
てっきり既に移動を終えているのかと思っていたが、見える景色は明らかにライトアーサーに襲撃された地点から変わっていない。
つまり、まだ移動していないのだ。
「なるべく早く移転することをお勧めする。魔族だけじゃない、お前ここの座標を全世界に広げただろ。じゃないとマリーメイアにメッセージが届くはずないしな」
「おっと、お見通しだったか。もちろんその通りさ、きちんと対策はしている……」
そこでアイアスは言葉を切り、なんともいえない表情になった。
見ればエリンたち三人も同様に、キレのない顔をしている。
「なんだ? どうしたんだ? その、移動してないってことは防護結界とかでいったんしのいでると思うんだけど、それで魔族連中を誤魔化せるとは――」
「……今この集落は、外界とは位相のズレた場所に位置している。普通の人間はおろか、魔族でさえ入ってこれない……というか、存在に気づけない状態だ」
「は?」
急にわけわかんないことを言いだした。
「いや、いやいや、いやいやいやいや。どうやってだよ」
「そういう魔導器を拾った」
こいつ頭がおかしくなったのか?
そう思って俺は教え子に視線で助けを求める。
エリンは俺と顔を見合わせた後、神妙な表情で頷いた。
「うん。なんか落ちてたよ」
「お……落ちてた??」
俺はフレーメン反応を起こした猫みたいな顔になった。
意味が分からない。
位相をズラす、なんて元パーティの魔法使いの口ぐらいからしか出てきたことのないフレーズだぞ。ぶっちゃけ俺も何言われてるのか全然分かってなかったもんあれ。
「一緒にマニュアルも落ちてたよ~♡」
「みんな、何を言ってるんだ……?」
そんなことできる魔導器がぽんぽんあるわけねーだろ。
ていうか落ちてるってなんだよ。
空間に対してそんな高度な干渉ができるやつなんて、俺の知る限りでは一人だけ……
「…………ッ!?」
いや、違うのか。
あっこれマジでそういうことなのか!?
「確かに僕は全世界に声を発したからね。アレ以外に取れる手立てもなかった、すぐ移動しなければと思っていたが……本命であった例のヒーラーさん以外にも、思いがけない人にまで僕の詩が届いていたらしい」
黙り込んだ俺に対して、アイアスが心なしか優しい声色で語り掛けてくる。
頼むから違ってくれ頼む。
「大魔導士、唯一級魔法使い、魔法管理協会元理事、歩く大陸破壊罪。彼女を指す言葉は多いけど……要するには、君の元パーティメンバーだ」
ダメでした~。俺は終わりです。
……数秒遅れて、ドッと冷や汗が噴き出た。
まずいまずいまずいあいつが嫌いな戦い方で最初から最後まで押し切ってしまった!
次他人を庇って負傷したら杖でボコボコにするって百回ぐらい言われてるのに! 本当にまずい!
「センセのパーティの魔法使いさんって……」
「確か、先生が一番最初に出会った相手よね」
首を傾げるエリンに、素早くシャロンが補足を入れる。
そういえば同人誌作りの時に、そのあたりは軽く話したっけか。
「噂には聞いたことあるよ~♡人類史上最高最強の魔法使いにして、指先一つで大陸を動かし、吐息一つで国が亡ぶ天災を巻き起こすって♡」
「国が亡ぶような天災を滅ぼす天災、っていうべきだけどな」
基本的に守る側だったし俺たち。
軽く睨むと、クユミはいつもの笑顔を若干ひきつらせて身を小さくした。
「あー……まあ、まったく知らない人が言ってる分には気にしないけど。せっかくだから、彼女が純粋にいいやつだっていうのは覚えてもらえると嬉しい」
「あ、あは、りょーかいー……♡」
三人組とアイアスは、こちらを見てちょっと引いていた。
コホンと咳払いをして誤魔化す。
あいつのことを悪く言われると冗談でもちょっと気にしてしまう。良くないな。
「悪い悪い、脅かすつもりはなかったんだ……ともかく、それがあいつの作ったものなら信頼できるな。どれくらいもつんだ? 半永久?」
「それがなんと半永久……いや驚かそうと思ったんだけど予想の範疇なのかいこれっ!?」
アイアスが目を見開くが、当然だ。
あいつはヌルい仕事はしない。やるなら徹底的にやるだろう。
「つまり、あえてここから移動せずに暮らし続けるってのが有力な選択肢なわけだな。俺も賛成だ、人間も魔族も予想しないだろ、動かないなんて」
そこで一度言葉を切って、俺はアイアスを見た。
「問題は、これを見抜ける奴がいるかどうかだな。今のところはどうだった?」
「カデンタには伝えたよ。部下を率いてすぐに来てたからね」
流石の対応速度である。
機密部隊のリーダーはダテじゃないか。
「結界の前で立ち止まって、違和感を覚えていたみたいでね……後日来られても困るし、僕の方からこっそり説明しておいた。いやあ背後から話しかけたら殺されそうになったよ」
「え? あいつこれ見抜けるの? すげーな」
俺の想定より数段強いじゃん。
やだ、俺の同窓生、強すぎ……?
カデンタの強さに俺がちょっとびっくりしていると、シャロンが口を開く。
「あと二人、結界を突破した人がいたわ」
「二人!? なんで!? マジで!? 嘘だろ!?」
「ええと……その、先生の元パーティメンバーっていう人たちだったのだけど」
「え????」
◇
戦闘の跡を辿り、ライトアーサーが消滅した痕跡と、その隣でぐーすか寝ているハルートを発見して数刻後。
ハルートを集落のある建物の一室に寝かせた後、エリンたちは拾った魔導器で結界を展開し、その効力を確認した。
調査に来た騎士たちは、結界越しに堂々と姿を見せているこちらに誰も気づかない。
後からやって来た魔族たちもまた、目の前で反復横跳びをしても完全に無視していた。
全員が防護結界の効果に、ちょっと引きながらも安心した。
その数時間後だった。
「お邪魔するよ~」
「失礼する」
一切の予兆なく結界を素通りして。
ハルートが寝込んでいる部屋に、二人の女性が入ってきた。
『――――――』
警戒態勢に入ることすら許されなかった。
エリンたちは氷漬けになったように動けず、呼吸すらできなくなった。
「おっ、よく寝てるねえ」
「久方ぶりに見たと思えばこんな無防備な寝顔を……じゅるり……」
「コラッ、性欲と食欲と殺戮衝動を混同するのはやめるよう何度も言っているだろう」
「う、うるさい分かっている。
「それは……まあ……うん……いやダメに決まってるだろう!?」
凍り付く部屋の空気とは裏腹に、女性二人はベッド傍まで歩いてからわーきゃーと姦しくやり取りをしている。
緑髪と青髪の女性コンビに、ようやくの思いでエリンが言葉を搾り出す。
「あ、あなたたちって、あの時の……!」
忘れるはずもない。
オミケ会場にて、ハルートとアイアスの激突の余波を、拳一つで砕いた異常存在。
「ん? ……ここにいるということは、なるほどね、君はそこのバカの教え子だったってわけかい?」
緑髪の女性が得心がいったとばかりに頷いた。
会話が成立した――それを皮切りに、身動きが取れなくなっていた一同がハッと戦闘態勢に入る。
シャロンが突撃槍に飛びつき、クユミが部屋に視線を滑らせ、アイアスが詠唱を破棄して超分割転移魔法を展開する。
「ま、待って! この人たちは大丈夫!」
エリンの必死の制止がなければ、誰かが動き出していただろう。
慌てて割って入った侍ガールの機転のおかげで、ひとまずの沈黙が降りた。
「……あの結界、もしかして今はもう効力が切れていたりするのかい?」
「それはないな。ウチの魔法使いの仕事だ、半永久的に保つだろう」
「ではどうやって侵入してきたのか、お聞かせ願いたいものだね? 麗しきレディたち」
アイアスの問いかけに、二人の女性は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
「どうやって、と聞かれてもな。
「突貫で作っただろうに、選別対象にボクたちもしっかり入っている……流石と言わざるを得ないね。結局ボクたちは、彼女に匹敵する魔法使いとは出会ったことがない――魔族を含めてね」
「そうか。随分と物知りなんだね。どうせだ、君たちが一体全体どこの誰なのかを聞かせてもらえるかい?」
明らかに魔導器を作った人間と顔見知りの発言である。
緑髪の女性が、ふっと微笑んで、未だ眠りこけているハルートを指さした。
「そこの男のパーティで、ボクは僧侶をやらせてもらっていたよ。愛と親しみを込めて、僧侶のお姉さんと呼んでくれたまえ」
「騎士……と名乗るのは、少々気が引ける。ハルートと共に前列にて剣を振るい、盾を持っていた」
道理でな、とアイアスは内心で舌打ちした。
部屋に入ってきた瞬間から分かっていた。こいつらはハルート側の、自分が超えようとしても超えられなかった壁を越えてしまった側の存在だ。
何のために来たのか、と一同の警戒心が引き上げられたその時。
「でもハルートは君のことを世界最強の騎士って言ってたじゃん」
「フヘヘ」
急に女騎士の挙動がバグった。
頬を赤く染め、よだれを垂らしてくねくねしている。
「まあ、こんな感じさ。世界中に彼の危機を知らせたのは君だろう? ボクは大丈夫だと言ったのに、彼女が様子だけは見に来たいと言ったものでねえ……マリーメイアと魔法使いが事態を察知したのなら、壊す専門のボクたちが出張るスキマなんてないと言ったのに……」
ぶつくさ言いながら、僧侶は女騎士の頭を強めにゴンゴン殴った。
明らかに人間の頭からは鳴らない鈍い音数度の後、ハッと女騎士が現実世界に帰還する。
「ほら、急にトリップするからみんな怖がらせてしまったじゃないか」
「す、すまない。
「今のを集中って呼ぶのは君ぐらいだよ……」
やれやれと肩をすくめた後、僧侶は踵を返して部屋から出て行こうとする。
「えっ!? あれ!? センセが起きるまで待ってなくていいんですか……!?」
「構わない。顔を見るのが目的だったし、どうせまた会えるからね」
そう言って部屋から出て行こうとして……僧侶は足を止めた。
ゆっくりと彼女が振り向いた先では、名残惜しそうにハルートをガン見し、一歩も動いていない女騎士の姿があった。
「ほら帰るよ」
「い、いやもう少しぐらい、いいんじゃないか?」
「なんでだよ! ボクがカッコよくキメただろ! ここは先輩風をふかして、そのまま帰るのが一番イケてるって分からないのかい!?」
「あと五日ぐらい……」
「全然もう少しじゃない!」
結局僧侶が引きずるようにして連れて帰るまで、女騎士はじーーーーっとハルートの顔を眺めていたのだった。
◇
「いやー……何しに来たんだあいつら?」
「分かんない……」
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