勇者の末裔VS粛清部隊隊長
血をドバドバと流しすぎてテンションが戻らなくなってしまった。
剣を手に握っている、という感覚すら危うい。
一歩進むだけで両足が軋みを上げて胸の奥に激痛が走る。
もう動かないでくれ、と弱い自分がべそをかいているのだ。
ダメに決まっている。
輝く剣が俺の進むべき先を照らしてくれている。
痛みに泣く体は、それでもさっき、人生で五本の指に入るぐらいには完璧な動きで奇襲を成功させてくれた。
これぐらい余裕に決まってんだろ、と強い自分が胸を叩いている。
どっちも俺だ。
多分だけどアイアスは、弱い方の俺を無視するなって言いたいんだ。
だから無視はしない。
ああ怖い、怖いよ。
屈指の強敵に策を講じられ、ハメられ、一度は死にかけた。
だけど――
「――彼女の愛がある限り、俺は不死身だ!」
あっヤベこれいらんこと言ったわ。
「……あー」
驚愕に震えていたライトアーサーが、一度びくんと肩を跳ねさせ、それから気まずそうに俺から顔を逸らした。
「おい。こっち見ろよ。やめてくれよ、俺の後ろに怖いものがあるみたいな反応」
「いえいえ……可愛らしい生徒さんたちがいらっしゃいますよハハハ」
駄目っぽいなこれ。
とりあえず、しばらくは振り向かない方針でいこう。
「コホン、気を取り直して……まあその前に、ちょっとあなたの発言の軽率さには小一時間ほど説教したいところですが……」
「うるせえな。お前の対人関係講義は申請してねえよ」
「ならば、そちらの講義はまたにしましょう。では改めて。血濡れの姿がよく似合っていますね、ハルート」
うじゅると音を立てて、消し飛ばした片腕を再生させながらライトアーサーが嗤う。
「久しぶりの劣勢の心地はどうです?」
「馬鹿言うな。俺は逆転勝利を掴むときに一番輝くタイプの男だぞ」
「そうですか? 私はそう思っていませんでしたが。順当と当然を積み重ねて、当たり前に圧殺していくのがあなたの本質に見えていました」
ライトアーサーらしい、もったいぶった言い回しに飾られているものの、きちんと的を射た言葉だった。
大半の戦いがそうなるのは、まあ事実だ。
生まれ持ったモノが違う。スペックを発揮し、相手が持ちえないものを使い倒せば、苦労することもなく勝てる戦いがほとんどだ。
「例外の代表格たるお前がそれを言うか?」
「フフ……戦いのためだけに生きている私が、当たり前のように圧殺されるわけにはいきませんからね」
じわりと、互いの間合いが揺らぐ。
目に見えない足さばきで位置取りが変わる。
ハッとエリンが息をのむ音。既に攻防が始まっていたことに、遅れて気づいたのだろう。
「ですが……殺しを生業としているからこそわかりますよ、勇者の末裔ハルート」
「何がだ?」
「私たちの存在意義は戦場にしかなく――つまり、生物としては、本質的には無価値です」
ざり、と砂の音。
俺とやつの足が同時に止まった音だった。
「塵から生まれたものが塵に還るのは必然。我々はただその速度を調整しているだけです」
「随分とネガティブな思考だな。自分に自信を持った方がいいぞ」
「比較対象が悪い自覚はありますよ。しかし永き円環の中では、どれほどキルスコアを積み上げたとしても意味がない。私もあなたも単なるファクターの一つに過ぎないのは明白でしょう?」
……正直に言えば。
殺戮者そのものであるライトアーサーが、こういう考えを持っているのは、意外だった。
もっと殺しを楽しんでいてもおかしくないキャラクターなのだが、まあそれはゲームの世界だという余分な知識があるからだろう。
こいつもまた、この世界に生きる一つの生命。
だったら、俺も真摯に応えなくてはならない。
「ああ、お前の言うことは正しいよライトアーサー。いつだって正しかったかもしれない……」
『――ッ!?』
俺の言葉に、エリンたちがギョッとする。
肯定するとは思っていなかったのだろう。
思えばこいつはいつもそうだった。
初邂逅で殺し合い、こっちを瀕死に追い込んできたあの時から。
ずっとこいつは俺に、そして自分自身に問いかけているのだろう。
「害ある者を抑圧し、嬲り、殺して回ったところで――何を肯定し何を否定するのか、選ぶ立場の気分になれるだけ。私たちはずっと同じ場所から動けない。他人を生かし、他人を導く者が持つ輝きを我々は持ちえない。そうでしょう?」
「本当に殺すことしかできないのならそうかもな」
「ええ、ですから私は――妬んでいます。同じ地獄に苦しむ存在だったはずのあなたが。戦友、いえ盟友のようなものに感じていたあなたが、よりにもよってその輝きを持つ側へと勝手に転職してしまったのですから」
ライトアーサーは肩を落とした。
言葉に合わせたボディランゲージ、に見せかけた斬撃の予備動作。
「ですから」
「ああ」
火花が散った。
刹那に間合いを詰めたライトアーサーの魔剣を、俺の勇者の剣が受け止めている。
防御されるのは予想していたらしい、鍔迫り合いの姿勢でやつがこちらを睨む。
「戻って来いとは言いません。ですが私の前では! どうか! あの時、あの頃の……! 同類として私が憧れ! 蔑み! 共感していた殺戮者としてのあなたであっていただきたい……!」
「嫌だって言ったら?」
「でなければ――私には勝てないッ!」
瞬間、体が弾かれる。
一気に力を解放したライトアーサーが剣を振るってくる。
両足を地面に噛み止めて、必死に防御する。
先ほど、ボロキレになっていた俺を助けてくれたマリーメイアの固有術式。
しかし移動した今、もうその効果はない。
本来ならば発動される絶対的不死の力には頼れない。
「勝てない、か――そうか、そうかもなあッ!」
防御の間隙を縫って、勇者の剣から光を放出する。
プリズムを介したかのように一気に拡散したそれが、ライトアーサーの足元を薙ぎ払い、動きを止めた。
「だけどな、ライトアーサー……今の俺が誰だか分かってないのか」
「あなたはあなただ。勇者の末裔にして魔族の天敵、人類史上最高の戦力でしょう」
「全然分かってないな」
肩をすくめて、大げさに嘆息する。
「俺は……親友に頼まれたり、教え子にかっこいいところ見せたかったり。そういう要素でたまたまここにいるだけの、ただの教師だよ」
「ただの教師は私と斬り合えませんよ」
「じゃあ一つ付け加えればいいか? 世界で一番大事なお姫様に応援された教師だ」
「悪化していますが……」
ライトアーサーは『お前本当にいい加減にしておけよ』みたいな目を向けてきた。
「センセ、さっきから本当に好感度低いからね」
「本当に助けてもらったんでしょうけど、この場にいる私たちを差し置いてこの場にいない人の話ばかりするの、どうかと思うわ」
「サイテ~。一方通行の感情ぶつけてた相手を自慢そうにお姫様とか本人いないところで呼ぶのダサいしキモい。せんせいがナイト気取るのは二百年早いってごわす卿さん見てて分かんないの?」
背後から心無いセリフがドスドスと突き刺さった。
最後の一本はもう言葉のナイフとかじゃなくて言葉の対人爆撃だった。
「まあ……とにかく俺は、お前が望んでいるような、決戦兵器としてここにいるわけじゃない」
「あなたがいくら主張したところで、誰が受け入れるというのです!」
魔剣の刃がきらりと光った。
吸ってきた血の光沢なのかと思うほど、おぞましく、ぬらりとした光だった。
「生きるということは、敵を殺すということ! あなただって知っているはずだ!」
こちらに切っ先を突き付け、同族殺しの処刑人が叫ぶ。
誰よりも自由で、誰よりも強く、誰よりも孤独な魔族。
そうだ、お前はきっと、俺に肯定してほしいんだ。
だけど――
「違う……絶対に違うッ! 生きることは、そんなお前のための都合なんかじゃない!」
「私のため!? いいや違う、あなたのためでもあるはずだ!」
確かに、俺とお前が同じカテゴリーに属するというのなら。
種族の敵を殲滅し続け、他人の幸福を守るため、秩序を守るためと嘯き、剣を振るうことを正当化し続けるしかできない存在だというのなら。
きっとそうだったんだろう。
でも、違うんだ。
「そんなわけないだろうがッ!!」
答えは俺の口ではなく、背後から聞こえた。
俺が守ろうとしている集落の入り口。
もう他人に支えてもらわないと立てない有様の親友が、それでもかっこつけて不敵に笑っている。
「我が親友が……ハルートが! 殺すことしかできないお前みたいなゴミと一緒くたにされるのは心外だなあ!」
「……吟遊詩人アイアス、あなたの意見は聞いていない。私はただ彼自身に問うているのです」
淡々と言葉を返すライトアーサー。
だがそれに対して言い返すのは、クユミだった。
「そうやってなんでもかんでも、自分で決めなきゃって思ってるのが、お兄さんの限界なんじゃな~い?」
「……どういうことですかね? 君たちの言うことが分かりにくいのは、君たちが未熟すぎるからでしょうか?」
少々苦しすぎる皮肉に対して、今度は(アイアスに肩を貸した姿勢の)シャロンが口を開く。
「違う。未熟なのはそっちの方……あなたはずっと、肩書にこだわってる」
「ええ、人類の素晴らしい発明だと思っていますよ」
「でもそれは他人からどうこう言われても、自分の存在が揺らがないようにしたいから。そうやって命綱を握っておかないと、自分を見失ってしまいそうになるからでしょ」
ぐらり、とライトアーサーの体が傾いだ、ように見えた。
体は動いていない。だが対峙している俺は、感覚的に分かった。
シャロンの言葉が、彼の何か深いところを抉った。
……クユミの存在が濃すぎて忘れがちだけど、マジレスの威力の高さはシャロンも随一だからなあ。
「……ッ。自分とは何なのか自分で決める権利を、放棄したいのですか?」
「――そんなこといちいち考えてるほど、あたしたちは暇じゃないの!」
最後に。
誰よりもまっすぐな目で、誰よりも未来に届く声で。
エリン・ソードエックスが、叫ぶ。
「あたしたちからすれば、センセはセンセだから! あなたがさっきから言ってる勇者の末裔とか、魔族の天敵とか、そんなの知らない! あたしたちの大切なセンセを、あなたの妄想で上書きして好き勝手言わないで!!」
彼女の言葉に、今度こそライトアーサーが押し黙った。
……そうだ。
今の俺は、引率の先生だ。殺戮者でも勇者の末裔でもない。
「分かったか? ライトアーサー。お前テスト0点だから補習な」
「そう、か……ようやく理解できましたよ。今のあなたをそのように仕立て上げたのは、あの三人でしたか……!」
ライトアーサーの殺気が膨れ上がる。
常人ならば、今の彼を直視しただけで魂を砕かれかねないだろう。
「随分と補習にやる気を出してくれるんだな。先生嬉しいぜ――普段から頑張ってればもっといいんだけどな」
言葉を一度切ってから。
俺は振り向くと、こちらをまっすぐ見つめる親友へ言葉を投げかけた。
「アイアス、残業いけるか?」
「ハッ、この世で一番嫌いな言葉だよ。あっでも、僕、定職に就いたことないから、残業したことないや」
「そっか、じゃあ人生初の残業だ。良かったな」
「何も良くないよ……で、何をしろっていうんだい? 割り込める余力はないんだけど?」
うんざりした様子の親友に。
俺は肩をすくめて微笑んだ。
「みんなを守れ」
「……ッッッ!!」
俺の言葉を聞いた瞬間、親友が青ざめ、即座に必死の形相で防御結界を展開する。
「ちょ、まっ……! シャロンちゃんだっけ!? 魔力貸して!」
「ちゃん付けで呼ばないで気色悪い!」
「僕でもその言い草は傷つく」
シャロンがアイアスの背中に手を叩きつけ、暴力的な量の魔力を注ぎ込む。
それをフル活用してアイアスが防御用の結界を構築。
触れたものを片っ端から分解するアホ魔法を、攻撃ではなく防御に集中させた形。
そうだ、攻めるよりも守る方が、その魔法はずっと強いからな。
これで安心だ。
心置きなく、全力で戦える。
「【我は愚かな殉教者。輝かしき神秘の時代に歯向かう、錆びた刃】」
「……ッ! ここで拡張詠唱ですか!」
「【旧き秩序よ、真実の希望が来る前に朽ち果てろ。零落を嘆くがいい】……!」
詠唱を防ごうとしたライトアーサーの斬撃を、剣で適当に打ち払う。
砲撃用に出力を相乗的に跳ね上げさせる拡張詠唱。
それを今は、近接戦闘のために転用する。
「さっきの、俺は誰なのかってやつ」
「……ッ!?」
「もう一つ付け加えさせてもらってもいいか? 世界で一番大事な親友と教え子たちにも応援された教師だ」
発動する。
光輝の鋼が、幾百幾千に及ぶ制限の大半を破棄する。
『救世装置(偽)』――
要するに後先考えないヤケクソモードである。
「ライトアーサァァァァァァァァァッ!!」
間合いを詰めるのに1秒もいらない。
叫びながら剣を振り下ろす。
爆発じみた光が膨れ上がり、余波に一帯を破壊し尽くしながらやつへと迫る。
「恐ろしい……ッ、人間にここまでの力が出せるのですか!?」
破壊の嵐から逃れたライトアーサーを追撃する。
距離を詰め剣を振るう、それだけで大気が爆砕し地面が焼き溶けていく。
「しかし、大振りになれば隙はある!」
ライトアーサーの言葉は正しい。
即座に構えや攻防のバランスを修正してきたのか、間隙を縫うようにして俺の体へと浅い切り傷が増え始める。
魔剣が持つ毒素が、俺の体を再び蝕み始める――はずだった。
「……ッ!?」
「そういう小技! 通じるかどうか見極めぐらいしとけェッ!」
俺の全身から、眩く輝く白い焔があふれ出す。
保有するパッシブスキル『光輝輪転体躯』の出力を過剰に引き上げた際に生じる現象だ。
「まさか――まさか! 体に毒素が回る前に、その箇所ごと毒素を焼き払い、回復させている……ッ!?」
一瞬で見抜くとは流石だ。
やつの言うとおり、俺は毒が回る前に体ごと焼いて、体だけ再生させている。
各所から噴き出す光の焔は、その余波に過ぎない。
このサイクルを高速で回しているから、肉体の一部が炎そのものに転じているのだ。
「ノッている時、あなたはそうやっていつも私の予想を上回る! 忌々しい……!」
「ノらないわけねえだろうがあ!」
親友と大切な仲間がつないで、整えてくれた決戦の舞台なんだ。
これで昂ぶらねえ方がおかしいだろ。
「お前にとって、勇者の末裔が魔族を殺して回るマシーンっていうなら……別に、それはそれでいいさ。勝手に思っとけ!」
俺が放った横薙ぎの斬撃が、正面から魔剣を叩き斬った。
とっさにのけぞったライトアーサーだが、あふれ出した救世の光を避け切れず、頭部の半分ほどが音を立てて焼けただれる。
「ぐぅぉおおおっ!?」
「だけど俺は、俺は違う! 俺は誰かの願いを守るために戦いたい!!」
そのままやつの体を蹴り飛ばして、俺は腹の底から叫ぶ。
アイアスは、人類と魔族が共存できる可能性があるのなら、それは素晴らしいことだとまっすぐに言った。
エリンたちだって、存在を否定したり、疑ったりしても、楽園そのものがあってはならないとは言わなかった。
この世界に楽園なんてない、と悲観論者を気取ることは誰にだってできる。
でもこの世界に楽園は生み出せないと諦めるのは、別の話だ。
「楽園があってほしいと誰かが願うのなら、俺はその願いを肯定するために戦う! 人々の願いがある場所が! それこそが、俺にとっての楽園だから!」
楽園を願う人たちが集まっているのなら、未来のために前へ進む人々がいるのなら。
俺は彼らの住む場所を楽園と定めて、守り抜こう。
彼らの、皆にとっての楽園はここにはない。
だが俺にとってはここが、生きる意思を持つ人々がいる場所こそが楽園。
俺は楽園の騎士として、彼らが彼ら自身の楽園を目指し歩き続ける日々を守る。
実に単純な話だ。
「……それが、あなたの答えですか」
顔の半分が醜く焼けただれた状態で、魔族は嗤う。
ゆっくりと立ち上がり、彼は折れた魔剣を放り棄てた後、新たな剣を一振り顕現させた。
「あなたは……本当に、あの子たちを。楽園を目指す子供たちを、教え導けると?」
「自信はそんなに、ないけどな」
そうですか、とライトアーサーは首を振った。
「この世界で……人類と魔族、どちらかしか生き残れないであろう世界で。殺戮こそが、最短にして最良の手段だと、あなたは思わないのですか」
「そうだとしてもそれだけじゃない。殺戮をすることでしか生きられないと決めつける前に、もっとやるべきことがある」
例えば、つないでいくこと。
他者を排除して自分を守るのではなく、できることを教えて、子供たちに未来を考え直してもらうこと。
「確かに、俺たちが自分にできることを突き詰めて、実行するとなれば……敵を殺して回るっていうのは、自然な結論に見えるよ。だけど今の俺は、そういう殺戮マシーンじゃない。あの子たちに生き方を教える先生なんだ」
「…………」
逡巡するように数秒黙りこくってから、ライトアーサーは息を吐いた。
さっと手をかざすだけで、激しく損傷していた顔が元通りになる。
「分かりました――ええ、分かりました」
「……!」
魔剣が強い光を放った。
世界を蝕み、腐らせる負の輝きだ。
「いいでしょう、『ハルート』! あなたが願いという名の楽園を守るのなら、私はその楽園を穢す悪しき怪物であり続けましょう! 人々の願いを砕き、踏みにじり、全てに絶望させる存在――それこそ私が、私自身に課すべき使命ッ!」
同時、飛んでくる斬撃。
俺は勇者の剣を乱暴に振るって、それを弾き飛ばす。
「承知した、だったらここで消し飛ばす!」
出力を砲撃ではなく乱反射に振り分ける。
無造作な斬撃に付随して放たれる光を収束させた熱線が、ライトアーサーの体に直撃。
ついでにアイアスの結界に赤い斬撃痕を刻み、半分ほど断ち切る。
「うぐぬっっ」
左腕が根元から消し飛び、体勢が崩れた隙に踏み込む。
すくい上げるような斬撃。やつの左足を斬り飛ばし、トドメを放つ。
「終わりだ、ライトアーサー!」
「ハルゥゥゥゥゥゥトォッ! まだァッ!」
しかし消し飛んだ腕を瞬時に再生させ、斬り飛ばした足を一秒とかからずに復活させ。
こちらの猛攻を、その尋常ではない再生能力ですべて受けきりながら、あろうことかやつは反撃を叩き込んでくる。
「嫌になるほど強いな、テメェは相変わらず……!」
音を置き去りにした攻防。
互いの剣がガリガリと削られる。ここだという刹那に、俺もやつも新たな剣を変換させている。
「どう考えてもこちらの台詞でしょうに!」
俺の体が、光の焔が溢れっぱなしの状態になっていた。
出力がどんどん引き上げられており、毒素ごと焼かれる体の範囲も広がっている。
どこかでケリをつけなくてはならない。
俺もライトアーサーも、お互いにいつ自分が力尽きるか分からなくなってきた。
だから読み合いではなく、完全に自分の都合で手札を切ることになる。
「剣我術式――」
「ッ!?」
やつにとってのそれが、この瞬間だった。
剣戟の刹那、不意にライトアーサーが魔剣を腰だめに構えた。
「――縦一閃ッ!!」
エリンよりも高精度高威力高速で放たれる、ソードエックス家の奥義。
当然といえば当然だが、覚えていやがったか。恐らくソードエックスの誰かと戦ったことがあるんだろう。
しかし、だ。
「それをエリンに教えたのは俺だっ!」
「な……!?」
振り下ろされた唐竹割を、俺は勇者の剣を捨てて、両手で受け止めた。
魔剣の毒素を魔剣ごと焼き尽くしながら、真剣白羽取りの形。
相手が格下なら、ここで勇者の剣に上書きするんだが……ライトアーサーにその手は打てない。
「だったら!」
魔剣をやつの手から弾き飛ばし、地面を足で蹴りつける。
地中の小石たちをまとめて勇者の剣に変換。
かつて魔王の影にやった時は手数を重視してそのまま射出したが、今回は威力重視!
小石も砂もまとめて変換し、巨大な光の槍にして地面から突き破らせる!
「消し飛べよ、魔剣使い!」
結果として。
大地を爆砕して姿を現した槍の刺突は、勢いのままライトアーサーに直撃した。
――が、やつは両腕をクロスさせ、ガキンと受け止めてみせた。
「はあ!?」
「フーッ……!」
何!? 直撃したよね!? なんで止まった!? ――衣服を魔剣にしてるのか!
「土壇場でぶっつけでしたが! できるものですねえ!」
「お前はもう成長しなくていいっつーの!」
そのまま跳び上がるライトアーサーを、俺も槍を足場に跳躍して追う。
空中で新たな魔剣が閃く。こちらも跳ぶ前に拾っておいた剣で受け止める。
「飛んだのは失敗でしたね!」
鍔迫り合いの最中、ライトアーサーがそう宣告した。
空間を切断する音と元に、やつの背から三対の黒い翼が突き出す。
何それ!? 第二形態!? なんで飛行フォーム持ってんの!?
おい知らねえ敵が知らねえ挙動してきてんだけど! 俺って本当にゲーム世界に転生した人間ですか!? 全然旨味を享受できてないです! 助けてください!
ビュンビュン飛び回るやつの連続攻撃を、俺はぴょんぴょん空中を跳びはねながら必死に避ける。
エリン達がなんか叫んでいたが、声がどんどん遠くなって、聞こえなくなってしまった。
ちょっと泣きそう。
「我らの因縁! ここで終わりにしましょう、ハルートッ!」
俺と距離を取って、ライトアーサーがその翼を夜闇に広げる。
動きは俊敏、確かに空において、こちらが不利なのは明白だ。
「大賛成だ! じゃあ死ね!」
こちらも大気中の神秘を塗り固めて、空中に佇む。
機動力では大きく劣るものの、やるしかない。
息を吐くと、全身の毒素を焼き尽くさんと、体の各部が光の炎を宿した。
気づけば集落から随分と離れた場所にいる。
ここなら巻き込まずに済むか。
「つうああああああああああああああああああああああっ!!」
「おおおおおっっっりゃああああああああああああッッッ!!」
ライトアーサーが音を置き去りにして突っ込んでくる。
全身を使って、フル出力でそれを迎撃する。
すれ違いざまの攻防は刹那に満たなかった。
ライトアーサーの左腕を、左側の翼ごと根元から叩き切った。
だが代償に、口元から血があふれ出す。
俺の胸部にデカい穴が穿たれた。
「が……っ」
痛恨の一発だった。
光の炎が臓物代わりにこぼれ、致命的な隙を晒す。
ライトアーサーは背を向けているが、既にその体は次の斬撃を準備していた。
「ハルウウゥゥゥトトオオオッ!!」
雄たけびを上げながらの、振り向きざま。
魔剣の一振りが世界を切り裂く。
白い教師用スーツの腹部に食い込み、断ち切り。
中に詰まった肉体を完全に断ち切って、そのまま振り抜かれた。
「……ハ、ァッ」
綺麗に真っ二つになった胴体から上が、ゆらりと落ちていく。
息をこぼしながら、ライトアーサーの目に勝利の確信が宿った。
「勝った、と思ったか?」
ハッとやつが上方を見上げた。
そこでは月を背負い、ジャケットを脱ぎ捨て、黒のシャツだけになった俺が、既に勇者の剣を振るっていた。
胸に穴は空いたまま、だけど心臓はギリ避けた! だから攻撃優先!
武器を壊されてたら、まだ分からなかったかもなあッ!
「そん、な――」
「潰崩しろ、滅神の波濤ッ!!」
直後、互いの視界が眩い光に埋め尽くされる。
渾身の力を込めて振り抜いた剣がやつの体を捉え――断ち切ると同時、その体を遥か眼下の大地へと勢いよく叩きつけた。
◇
「何ですか最後のあれ」
地面に降りると、ちょうど立ち上がったライトアーサーがそう問いかけてきた。
先ほどまでなら傷を自分で回復させ、戦闘を継続させていただろう。
だがやつは既に死に体だった。欠落は埋まらず、気配も弱々しい。
ドデカいクレーターからなんとか這い上がってきたものの、魔剣はなく、今にも倒れそうだ。
ほっといても死ぬなこれ。
「簡単だよ。過剰回復の炎あるじゃん? あれを固めて身代わりの術を発動した」
トリックは単純明快。
出力を引き上げまくったパッシブスキル『光輝輪転体躯』は、俺の体から白い炎をにじませる。
そのため、その炎だけ残せば、疑似的な残像として使えるのだ。
しかも今回はジャケットの下で固体化させ、マネキン代わりになってもらった。
超高速戦闘の中では見抜けないだろう。
まあその分、効果的にタイミングを合わせるのも難しいんだが。
「この分身殺法意外と効くんだよなー。上級魔族でも、魂のストックが尽きたやつって死に物狂いで来るじゃん? そういう視野狭窄状態のやつをすげー楽に狩れるんだよ」
ああいう手合いは、何度も何度も殺している時の方が大変だった。
余裕をなくして、向こうはこれで勝てなきゃ本当に消滅するってタイミングで、この初見殺しをぶつける。
そうしたら面白いぐらい楽に、犠牲を出すことなく勝てた。
「まあでも、それも今回までだな」
「……ええ。確かに、しかと刮目させていただきました」
どうせ次会うときには対策を練っているだろう。
何らかのネットワークを介して、他の上級魔族にだって伝わる。
だけど、今回は。
「また私の負けですか」
「ああ、俺の勝ちだ」
俺は勇者の剣として使っていた剣を、その辺に放り投げた。
地面につく前に、空中で塵になって何も残らなかった。
「あの集落は別の場所に移すよ、お前に見つからないようにな」
「そう、でしょうね……しばらくは私も、体を癒やさねばなりません……」
「じゃあその間に、絶対見つからないようにするさ」
「任務を、このように、完璧に失敗するのは……久しぶりです……」
ライトアーサーの体が、徐々に光の粒子とへ還元されていく。
ふらふらと歩こうとして、やつはべしゃりとその場に崩れ落ちた。
一瞬、これも罠かと警戒したが――反応が薄すぎる。
普段、上級魔族は高笑いを上げたり、こっちを適当に挑発しつつ命のストックを散らしていくものだが、今回は違った様子だ。
どうやら珍しく、本当に全身全霊を絞り尽くして戦っていたらしい。
まああと少しで俺のことを殺せそうだったし、そうもなるか。
「ああ……前が、見ませんね……」
「そうか」
「次こそ、あなたに……勝たねば……」
「…………」
意識が朦朧としているのだろう。
独り言なのか、語り掛けてきているのか、その判断もつかない。
だけど、続く言葉は衝撃だった。
「魔族の……未来の、ためには……私が今まで討ってきた……争いを好まぬ、者たちの、ためにも……」
「ッ」
思わず息をのんだ。
「彼らは、今の世界では、生きていけない……いつか、惨い最期になる……だけど……陛下が再び命を与えた時には……私がこの手で……あの者たちでも、健やかに、生きていけるような社会に……」
「お前――」
「………………ふ、ふふ。つまらぬことを言ってしまいました。これは、次にあなたが戦いにくくなるよう、同情を引こうとして……しかし、少しだけ、外してしまいましたね……」
「……ああ、そうだな。お前はいつも卑怯だから、こういうことをするよ」
俺は彼の隣に座り込んで、空を見上げた。
人類のために戦っている俺と、魔族のために戦っている彼。
見上げている空は一緒なのに。
同じ空の下で生きることは絶対にない。
少なくとも、このままでは。
「……ライトアーサー」
「なん、でしょうか」
「お前の願いを肯定する」
「――――――――」
「お前は魔族のために戦う、それでいい。だから俺も、人類のために戦う」
こんなことを言う必要はまったくない。
だけどそれでも、そんなことは分かっているのに、どうしても告げずにはいられなかった。
ただ疲れた――早く、帰るべき場所に戻って、休みたいと思った。
そう思っているのに。
ライトアーサーの体がすべて塵に還元されるまで、俺は、その場から動かなかった。
■■■
一昨日3/25に本作の書籍版が発売されています
ぜひ書籍版もよろしくお願いします
イラスト半端なくいいです
ハルートがそりゃこんな顔してたら普段の言動を見た後に勇者ムーブタイムされたら人の脳は壊れまくってしまうよなと一緒に頷きましょう
特設サイト
https://over-lap.co.jp/narou/824007636/Default.aspx
各種特典情報まとめ
http://blog.over-lap.co.jp/tokuten_kamaseyaku1/
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