楽園の騎士②

 多分これは、見てきた中で最も激しい殺戮だ。

 上級魔族カルスバーンはそう思った。


 無辜の人々を殺し、視界に入った人間を擦り潰し、それが自分の存在意義なのだと誇示してきた。

 偉大なる魔王から命を与えられた際の使命感と義務感に従いながら、ずっと殺して殺して殺してきた。


 だからカルスバーンは多くの殺戮を見てきた。

 そのはずなのに、彼の眼の前では今、彼すらも震え上がるような殺戮が繰り広げられていた。


(なんだ、これは……)


 彼の部下だったものが飛び散り、闇夜の中で血だまりが広がる。

 振るわれているのは光り輝く救世主の剣にして、罪人に落ちてくる断罪の刃。


 二振りの剣を振るうのは、氷のように冷たく蒼い瞳の男、勇者の末裔ハルート。

 前進するたびに魔族の誰かが死に、一撃目を防げたとしても二撃目で死ぬ。

 光景を端的に表すなら、ハルートが突っ込んでくるだけで誰もが押し込まれ、彼に接触したもの全てが激しく火花を散らしながら削り取られていった。そうとしか言い様がない。


(は、話が違う……!)


 間違ってもこんな山の中で遭遇していい敵ではない。

 カルスバーンは部下たちを見捨てて、単独で踵を返した。


(やってられない! こんなところでハルートと戦うなど……!)

「オイ」


 背中に声をかけられ、カルスバーンはその場で転がった。

 いいや彼は振り向くことなく、走って逃げようとしていた――しかしいつの間にか彼の右足が、膝の部分で切断されていたのだ。


「ひ、ひいいいいっ」

「ライトアーサーのやつはどこだ?」


 必死の思いで這いずって逃げつつ、彼は声の主へ振り向いてしまった。

 闇の中に浮かぶ絶対零度の碧眼。

 部下たちの返り血を一滴も浴びることなく、輝く剣を二本手に持った死神。


「な、なんなんだお前は……ッ! 何故お前みたいなやつが!」

「ライトアーサーのやつはどこだ?」


 苦し紛れにカルスバーンが放った魔法は、勇者の剣の一振りであっけなく霧散した。

 

「ライトアーサーのやつはどこだ?」


 この死神はまったく、自分たちのことを、障害としてすら見ていない。

 ただ見つけたから全滅させ、ついでに情報を引きずり出そうとしているだけ。

 認識できた事実が、カルスバーンの最後の矜持に火をつける。


「ふざけ――!」

「知らないのか……」


 カルスバーンがその生を受けて以来でも最速最高火力で魔法を放つのと、ハルートの落胆の声は同時だった。

 魔法陣から解き放たれた魔力が稲妻の槍となって、直後真っ二つになった。


「え」


 雷撃の槍、魔法陣、そしてカルスバーンが、正中線をなぞるようにして綺麗に左右へと切り分けられ、そのまま地面に落ちる。

 上級魔族は自分が死んだことにも気づけぬまま、その体を濁った粒子に還元されていった。


「チッ、この出力で上級だったのかよ……顔を見られたし恨みを買ったっぽいのはダルいな……」


 一人でぶつくさと呟いた後、ハルートは周囲を見渡した。

 物音は何もない。彼以外には今はもう、魔族の死体しかない。


「……アイアス」


 ハルートは勇者の剣を解除して鞘に納めると、右耳に手を当てた。

 そこからは、遠方にて待機している親友の声が響く。


『分かってる。集落の方も警戒しているけど、あいつが来ている様子はない』

「陽動だとまずいと思って、さっさと終わらせたけど……完全に別勢力だったらしいな。ひとまずそっちに戻るよ」


 アイアスの魔法は『音波』を操るものだ。

 あらかじめ対象を指定しておけば、空間を伝播させて肉声を直接伝えることができる。


「にしてもこの魔法、便利すぎてエグいな。理論上は伝達可能距離が無限だし、俺の耳元に来るまでは盗み聞きもされないんだろ? どういう原理なんだよ」

『愛の言葉を囁くために開発したからね。他の子に聞かれるわけにはいかないのさ』

「それは……女の子が二人以上いて、それぞれにバレないよう口説き文句を言うための魔法ってこと?」

『そういうことさ! 流石は我が親友、よく分かっているじゃないか』

「お前もう死ねよ……」




 ◇




 しょうもない上級魔族とその手下を適当に全滅させた後。

 集落まで戻る道中、気配を探ってみたがそれらしき感覚はしなかった。

 ライトアーサーのやつ、本当に日を改めたりしてるんじゃねえだろうな。


「『やあ親友、お疲れ様』」

「肉声と魔法とで同時に語りかけてくんな。お前のステレオボイスなんて需要ねーんだよ」


 すてれお……? と首を傾げる親友は、集落の入り口にて俺を待ってくれていた。

 どうやら本当に、俺が魔族の一部隊を壊滅させるまでライトアーサーは動きを見せなかったらしい。


 まあ、陽動として使えるかどうかも未知数だったんだろう。

 案外俺がてこずるかもしれないと思っていたが、殲滅速度を見て諦めたと考えるのが自然だな。


「あれ、センセ戻ってたんだ!」

「どうして中に入らないのかしら」

「歓迎されてなかったの、まだ気にしてたりするんじゃないの~♡」


 アイアスの後方から、俺を見つけたエリン達がトタトタと駆けてくる。

 彼女たちをここに残していたのは、もしもの事態を回避するためだ。


 想定の中でも最悪のケースは、俺が三人を連れて行った先でライトアーサー含む複数の魔族との乱戦になること。

 そうなってしまうと守り切れるものも守り切れない。

 なので残ってもらったというわけだ。クユミあたりはかなり不満そうだったけど。


「こっちは大丈夫だ、そっちは何も……」


 そこで、俺は言葉を切った。

 数秒黙った後、不思議そうな表情でこちらに歩いていくる彼女たちを手で制する。


「え? な、何? センセどうしたの……?」

「歓迎されなかったら傷つくのは普通だろ、ていうか俺歓迎されてたし。それはもういいんだって」


 肩をすくめた後、俺は剣を引き抜いて両手に持った。

 アクティブスキル『救世装置(偽)』発動。

 アイアスもまた、俺とほぼ同時に気づいていた。


「本当に招かれざるお客さんは、もうそこにいらっしゃるからな」


 俺はエリンたちにそう言ってから、ふっと視線を横へ向ける。

 集落へと続く山道の先。

 闇の中からぬうと現れたのは、影と一体化しているようにも見える漆黒の魔族。


「削りにすらならないとは、呆れたものですね。アレで上級魔族を名乗っているのだから片腹痛い」


 魔族を殺して回ることを生業とした異端の魔族。

 同族殺しのライトアーサー。

 先ほどまでは影も形も見当たらなかったが、わざわざここで俺を待っていたようだ。


「本当に陽動じゃなかったんだな」

「誤解のないよう言っておきますが、私は自分以外の誰かを味方だなどと思ったことはありません」

「ぼっちってこと?」

「孤高なんですよ。あなたと一緒にしないでいただきたい」

「はー? 俺全然仲間いましたけどー。パーティ組んで最強でしたけどー」

「そのパーティ、あなたが解散させていませんでしたか……?」


 急に核心を突かれて俺は黙った。

 こういうの良くないと思う。


「……つ、つーかお前、よく雑談できるな」

「改めてあなたの腕前を確認させていただきましたからね、歓びこそすれど恐怖する理由はありません」

「ああいや、そうじゃなくって……」


 よし、話題を変えることには成功したぞ。

 俺は切っ先を地面に向けたまま、一つ息を吐いた。


「俺と喋ってる間も、お前からは殺気を感じない」

「ええ、それが?」

「完璧に制御できてる、っていうのもありそうだけど。でも態度とかが他の上級魔族と違う。違い過ぎるんだよお前」

「ああ、なるほどなるほど」


 俺とライトアーサーが何について話しているのか分からない様子で、アイアスやエリンたちは首を傾げている。


「やっぱお前、そうなんだよな?」


 問いかけると、ライトアーサーは頷いた。



「――ええ。私は自らの意思のみで、既に人間に対する殺戮衝動、並びに人間の文明に対する破壊衝動を克服しています」



 なんてことはないかのように。

 明日の天気について言及するような声色で、俺が知る中でも屈指の強敵である殺戮者が告げる。


「……ちょ、ちょっと待ってくれ、我が親友。どういうことだ」

「おや、ご存じないのですか。勇者の末裔は知っているようでしたが」


 動揺に振るえるアイアスの声。

 俺は言葉を選びながら唇を動かす。


「確証はなかったよ。だが今いる人類の中で最も魔族と戦ってきたのは俺だ……だから気づいた、魔族の殺人行為は、命令に従っているだけでは済まないレベルだ。恐らく生来の習性としてある、そしてそれは、魔王が仕込んだものだろうってな」


 明かすつもりはなかったのだが、話の流れで知ってる感じになってしまった。

 仕方ないので適当に真実を織り交ぜつつ嘘を吐く。

 前世で知ってましたとか言えるはずがない。


「流石の洞察力と言うべきでしょうか。この点についてはあなたの評価を改める必要がありそうだ」

「うるせえよ」


 驚愕に言葉を失っているアイアスたちの前で、ライトアーサーは肩をすくめる。


「私は魔族が内側に抱える衝動的本能ではなく、自分の意思で同族を狩り、時には人間を殺しています……フフ、昔は絶対に撤退すべき状況だと分かっていても体が動かない、といった中途半端な状態の時期もあって苦労しました」


 うわそのころに会いたかったな。絶対殺せたのに。

 互いの間合いを目算で測り合いながら、俺たちは互いにせせら笑う。


「でもお前、魔王の意向に従わないやつを殺して回ってるんだろ? お前自身が一番従ってないように見えるが?」

「それを言われると苦しいですが、まあ仕方ないでしょう」


 ライトアーサーは粛々と言葉を続ける。


「正直……陛下の策は当たり外れが大きいのですが、これに関しては外れも外れだと思っています。人間を本当に全滅させ、文明を滅ぼして、では地上に何が残るというのでしょう? 魔族の国を作ったとして、どのように繁栄するというのでしょう?」


 実に論理的だ。

 客観視ができて論理的で冷静であるという、他の上級魔族たちと比較してもこいつしか持たない長所が存分に生かされている。

 人間を殺しまくっているという一点さえなければぜひ味方に欲しい。


「陛下に気に入られるために必要なのは強さです。即ち人間を滅ぼした後に何が起きるのか、簡単に予想できるでしょう。そうですね――確か、エリン・ソードエックスさんでしたね?」


 彼は突然エリンへと水を向けた。


「分かりますか? 人間を滅ぼした後、魔族がどうなるのか」


 ぎょっとした後、彼女は腕を組んでウンウン唸る。


「え、えーっと……強さを証明、するんだったら、戦果を上げないと……でも敵はいなくて……」

「もっと発想を柔軟に。あなたは人間だから理知的に、社会的に考えてしまう。魔族の構造をよく考えてごらんなさい。自分の強さを証明するためには他者を害する必要があるわけですよね。しかし他者というのは、他種族だけを指しますか?」


 ハッとエリンが息を呑んだ。彼女だけじゃない、シャロンやクユミも驚愕に表情を凍らせている。

 俺とアイアスもまた、その発想には最初で達していた。魔族と言うのはそういう生き物だと、嫌と言うほどに知っているからだ。

 ライトアーサーは両手を広げて、その眼をぎらりと妖しく光らせた。


「ええ、その通り。同士討ちによって強さを証明するでしょうね」

「そ、そんなわけなくない!? だって、そんなこと――」

「生き物として間違っている。その通り、なぜなら我々は人間のように繁栄することを自然に志向するのではなく、殺戮装置としての面が強い生体パーツに過ぎないからです」


 それを自覚している魔族、というのがタチの悪いところである。


「まあここまで説明しましたが、だからといって人間に恭順する、人間との共存を目指すような魔族を放っておくわけにはいきません。ここで殲滅させていただきます」


 やつはその辺の木の棒を拾い上げ、魔剣へと変貌させる。

 戦闘の予兆に、アイアスが生徒三人を庇う。


 こちらも身構えなければならない。

 だがそれより先に、俺はライトアーサーに指摘するべきことがあった。


「お前」

「なんでしょう」

「俺より教師っぽいことするのやめろ」

『………………』


 場に沈黙が訪れた。

 背中に生徒たちや親友から『お前さあ』みたいな視線が突き刺さっているのを感じる。

 俺の発言を聞いた後、ライトアーサーはわざとらしく嘆息した。


「……それは単にあなたの教師としての威厳が不足しているため、相対的に劣っていると感じる機会に接してしまうだけではないでしょうか?」

「があああああああああああ!! 言っていいことと悪いことの区別もつかねえのかよ!! 教育的に殺す!!」


 完全な図星を指され、俺はブチギレた。

 勇者の剣からレーザービームをぶっ放しつつ一気に距離を詰める。


「おっと」


 軽やかな動きでこちらの攻撃を回避し、ライトアーサーは大きくジャンプした。


「……ッ!」


 さすがに頭が冷えた。

 俺も跳躍し、足裏に衝撃波を展開して宙を駆ける。

 ライトアーサーは俺たちを飛び越えて、直接村落に乗り込もうとしていたのだ。


 空中でやつはどこからともなく無数の魔剣を出現させ――恐らく小石や砂を拾っていたのだ――、村落内部で待機していた魔族たちへと降り注がせる。


「させるかよ!」


 やつの下に潜り込んで、魔剣の雨を打ち払う。

 剣を砕こうとしたが硬い! 弾いて下の魔族たちに当たらないようするのが精いっぱいだった。


 ライトアーサーに先んじて着地し、やつが地面に落ちてくる刹那に斬りかかる。

 当然の迎撃と激突し、剣同士がスパークを散らした。


「素晴らしい守護者ぶりですね、流石は勇者の末裔……!」

「守る相手が魔族ってのが、ご先祖様たちには怒られそうだけどなあ……!」


 鍔迫り合いの姿勢、至近距離で火花越しににらみ合う。


「あなた相手に主導権を握らせていただけるとは、光栄ですよ!」

「主導権泥棒が! 返せよ俺のだぞ!」


 一気に剣を弾いた直後、剣戟が始まった。

 平然と秒間十発近い斬撃を叩き込んでくるライトアーサーに、二刀流で対応する。

 耳障りな破壊音。

 勇者の剣と魔剣が纏う神秘同士、ぶつかるたびに互いを削り合っている。


「相も変わらずデタラメな剣技――我流でよくぞここまで! あなたの剣術師範はこの世で最も苦痛な仕事でしょうね!」

「数百年間人間の技術をせこせこ盗んでご苦労様ァ! 圧倒的な才能とスペックの前に潰れろッ!」


 剣を振るうたび余波に地面が爆砕する。

 激突の火花が俺とライトアーサーの体をドーム状に包んでいた。

 一手二手先を読んでも仕方ない、そのレベルは互いにもう読みではなくほぼ予測になっている。


 問題なのは、全体の戦況。

 こいつの目的は俺を殺すことではなく、集落の魔族たちを殺すこと。

 ライトアーサーと魔族の間に、常に障害物があるように立ち回る。恐らく攻撃の余白ができた瞬間に、魔剣が飛んでいってしまう。


「私の思考を読んでいますか」

「当然!」

「なら分かるでしょう」


 直後、ギョッとした。

 ギチと音が響くほどに、ライトアーサーが全身に力をみなぎらせている。

 ちょ待ってお前スピード主体のテクニックタイプだろ!?


「百年ほど使っていなかった力でしたが、その分知られていないようでしてねェ!!」


 全身を使って打ち出された一撃が、俺の体を大きく吹き飛ばした。

 空中で体勢を整える隙に、ライトアーサーが地面を蹴って動く。

 その矛先は、以前アイアスと共に俺と遭遇した、幼女の外見をした魔族だった。


「まず一つ」

「チィッ……!」


 やられた! だがまだ全然間に合う!

 自分の体を弾くようにして加速させ、ライトアーサーの眼前に割って入る。

 幼女の形をした魔族を背に庇い、俺はやつの魔剣を受け止めた。


 救世の光と破滅の焔がぶつかり合い、大気が拉ぐ。

 歯を食いしばって押し返そうとした。

 その刹那のことだった。



「では詰みです、勇者の末裔よ」



 ライトアーサーがそう告げた直後、背後に庇った幼女魔族が何か動いた。

 そう認識したときにはもう遅かった。


「――――ッ」


 一瞬だけ、冷たい感触がした。

 しかし直後にはカッと腹部が熱を持つ。

 熱い。痛みを感じるというよりも、ぬるりとした脱力感が、体中へと広がっていく。


 俺の腹部を突き破って、魔剣の黒い刃が、赤い血を纏って伸びている。

 背後から魔剣で刺されたのだ、と理解するのに数秒かかった。

 魔剣の柄を握っているのは、幼女魔族だろう。


「お、まえッ」


 周囲を確認する。俺が叩き落とした魔剣が集落のあちこちに突き立って、微細な振動をしている。

 恐らくこれは、アイアスの逆。

 魔族が有する殺戮衝動を活性化させる、人間には聞き取れない音だ。


「今回の魔剣は、魔族の理性を砕き本能をむき出しにする装置にして、暴徒と化した彼らが使う武器です。名づけるならば、そうですね……『天上の調べエンジェル・コール』というのはどうですかね?」


 最初に上を取った時からこの絵を描いていたのかこいつ……!

 すべてを理解し、ライトアーサーを睨む。

 やつはせせら笑っていた。


「魔族を守ろうとする勇者の結末は、コレ以外にありえないでしょう」


 事態を把握したエリン達の悲鳴と、即時対応しようとするアイアスの詠唱が遠くに聞こえる。

 大丈夫、と言おうとして膝から崩れ落ちそうになった。

 輝きを失った剣が左手から零れ落ちる。

 鉄の味と共に、せり上がってきた鮮血が唇の隙間から漏れていった。


「か、ふっ…………」


 どぐん、と心臓が嫌な音を立てた。

 即座に『光輝輪転体躯』が起動して傷を癒やす――が、普段より治りが遅い。

 ……なるほど。恐らくこれは魔剣の効果だろう。


「ああ、勇者の末裔よ――愚かな殉教者よ! あなたに一太刀を浴びせるこの瞬間が! たまらなく気持ちいいのですよ!」


 哄笑と共に、ライトアーサーが邪気を収束させた魔剣を振り上げる。

 ダメだ倒れるな避けられない倒れるな避けたらこの子が死ぬ迎撃しろ!!


「――炸裂しろ破神の光!」

「終滅せよッ! 崇拝の焔ッ!!」


 ライトアーサーが叩きつけてくる魔剣に対して。

 俺は力を振り絞っての逆袈裟斬りで迎え撃つ。


 拮抗は刹那にも満たなかった。


 パキィン、と甲高い音を立てて。

 俺が握る勇者の剣が、世界を救う光を収束させた最後の剣が。

 魔剣による斬撃を受けて、真っ向から砕かれた。


「が……ッ」


 そのまま振り抜かれた魔剣が、俺の肩から腰にかけてを深々と切り裂いた。

 地面に叩きつけられ、全身から力が抜ける。

 どたどたと駆けてくる足音。アイアスやエリンたちではない、村人たちだ。


 ということは。

 連想するより先に全身をまんべんなく衝撃と激痛が襲った。


「ぐっ、がああっ……!?」


 村の魔族たちがそれぞれ、正気を失い、本能のままに魔剣を握っていた。

 その魔剣たちが俺へと突き込まれ、串刺しにされているのだろう。

 地面に撒き散らされた血の池の中心で、俺の視界は乱暴に暗転した。




 ◇




「が、ぎ、ぁ……っ」


 全身を魔剣で串刺しにされ、微かな呻き声を漏らすハルート。

 彼の姿を見下ろして、ライトアーサーは飄々と告げる。


「私はこうしたイレギュラー個体の処分をし続けてきた存在ですよ。戦闘停止因子を持つ魔族に対して、どうすればその因子を抑制できるのか研究していないはずがないでしょう……」


 簡単に言ってしまえば、ライトアーサーは今回のような事例への対処など飽きるほどこなしているのだ。

 貴重な、惜しむべき能力を持った個体であれば因子を再活性化させて連れ戻し。

 そうでなければ適当に殲滅する。

 つまらないケースに過ぎず、ハルートが絡まなければここまでやる気など出していなかっただろう。


(……しかし)


 そこで言葉を切って、ライトアーサーは興味深そうに勇者の末裔を見つめた。

 生きているのか死体なのかと聞かれたら、恐らく百人中七十人ほどは死体であると断言しそうな有様だ。

 それでも彼は生きている。生体反応は消えておらず、再生に伴うグロテスクな音が微かに聞こえる。


(不思議なものですね。今回の魔剣『天上の調べエンジェル・コール』は殺戮衝動の再活性化以外に、勇者の末裔の再生能力を完璧に上回る毒性を付与したはずでしたが)


 理論上は、一太刀入れさえすれば勝てるはずだった。

 それでもライトアーサーは、データ上の理論をあっさりと覆してくるハルートをリスペクトし、こうして搦手を用いて魔剣の針山にまで仕上げてみせた。


 なのに、安心できない。

 己に何度も敗北を叩きつけてきた男ならあるいは、と、どこかで期待してしまう。


(再生が行われていようとも、じきに死ぬでしょう。いや、その前に首をはねるべきか――)

「あああああああああああああああああああっ!!」


 悲鳴じみた叫びと共に、横合いから斬撃が飛んできた。

 それを即座に魔剣で受け止め、ライトアーサーの瞳が喜悦に歪む。


「あなたは――――ッ!!」


 突撃してきたのは、ハルートの教え子であるエリン・ソードエックス。

 充血した瞳に殺意と絶望と怒りの昏い炎を宿し、彼女はその身一つで上級魔族へと攻撃を仕掛けたのだ。

 当然ながら、彼女が魔王にとって脅威となる魔眼を有していることを、ライトアーサーも知っている。


「あなたは!! どうしてセンセをッ!!」

「おや、忘れていましたか? 私は魔族ですよ」


 憤激のまま、彼女が太刀を振るう。常人ならば二秒で数十のパーツに解体されているであろう怒涛の猛攻を、しかしライトアーサーは息をするように捌き、反撃を繰り出していく。


(他の二人は村の魔族たちに囲まれ動けない状態ですか)


 周囲を見ればシャロンとクユミもまたこちらを見ているが、魔剣を持った集落の魔族たちの前に足踏みしていた。

 今ならば、ゆっくりとエリンを処理できるだろう。

 激しく切り結びながらも、ライトアーサーは彼女の技量を正確に推し量る。


(未だ未発展、未成熟。人類の中では相当な上澄みですが――いや。今の動き、私を模倣している? 面白い……魔眼を持っていたのが残念ですね)


 技量差を見切るのに一瞬も要らなかった。

 ライトアーサーは酷薄に、ただ事務的に少女の首を両断しようとして。




「【詠うは協奏曲】【祝福の伝令】【我が願いを聞き届けよ】【愛と共に走るがいい】――発動driiiiiiiiiive!」




 響き渡った詠唱に、その場の全員が動きを止めた。


『……ッ!?』

「この僕を、アイアス・ヴァンガードを忘れてもらっちゃあ困るなあッ!!」


 発動するは吟遊詩人の奏でる詩歌。

 アクティブスキル『ラウンドロビン・コンツェルト』。


 先ほどまでハルートとの遠隔通信に使われていたのがこれだ。

 試し打ちとばかりに放たれた一発目の音響が、波となって広がっていく。空気を伝播し、文字通り世界の裏側まで一瞬で駆け抜ける。


「これは――」

「悪いね。ここからは演者交代だ」


 気づけばエリンの姿は目の前からなくなっていた。

 見ればクユミがワイヤーアンカーを用いて彼女を回収し、入れ替わりにアイアスが正面に佇んでいる。



「格落ちはしない、と思っていただいて結構だ。今回限り、最前列での拝聴を許してやるよ」








◇◇◇

3月25日に書籍版が出ます。

どうぞよろしくお願いいたします。

商品詳細はこちら↓です。

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