楽園の騎士

 魔族たちがアイアスに庇護されている集落から離れて。

 無事に離脱した後、山の中をぶらぶらと散歩していたライトアーサーは、不意に立ち止まった。


「おや……こんなところで同族と出くわすとは、どうしたんです君たち」

「あ?」


 視線の先では、木々の闇に紛れるようにして複数の魔族が待機していた。

 なんとなく気配を感じて近づいてみたが、やはり予想通りに同族。

 彼ら彼女らは揃って隠蔽魔法を行使しており、秘密裏に何かの準備を進めていたらしい。


「なんだ貴様……」

「いや、待て」

「まさかあの同族殺しか」


 ライトアーサーは彼らの顔に見覚えがあった。

 魔王軍の中でも一つの勢力を築いていた上級魔族カルスバーンと、その手下たちだ。


「貴様、同族殺しか」

「私のことは『粛正部隊隊長ペインキラー』と呼んでください」


 部下たちを押しのけて前に出てきたのは、獅子の顔を持った巨体の魔族だった。

 最後に顔を合わせたのは随分と昔だったが意外にもすぐ思い出せた。間違いなくカルスバーンだ。


「まさか、こんなところで君と出会うとは。暇なんですか?」

「近寄るな」


 親しみを込めて言葉を投げかけるライトアーサーだったが、返答はシンプルな拒絶だった。


「俺たちは人間の集落を一つこれから襲うだけだ。貴様に目をつけられる理由はない」


 カルスバーンの声に宿っているのは、嫌悪と忌避と恐怖。

 これ以上は一歩たりとも近づいてほしくないと、態度が雄弁に告げている。


 普段通り、同族から取られる慣れた対応を前にライトアーサーは肩をすくめる。

 だがその直後、ふとした違和感に首を傾げた。


「人間の集落……? この近くにあったでしょうか」

「まさか貴様、把握していないとでも? それでも陛下から直々に役職をもらった立場か?」


 嘲るような声色の言葉を聞き流して、ライトアーサーはふむと腕を組んだ。

 この山間の地帯は、人類が自ら立ち入りを禁じている。

 だからこそ吟遊詩人アイアスは、人目を逃れるための場所に選んだのだ。

 ということは――


(なるほど、彼らには、あれが人間の集落に見えていると)


 なんて救いようのない愚かな連中だ、とライトアーサーは嘲りに眼を歪ませた。

 確かに彼らの擬態は卓越していたし、村落全体を覆うアイアスの結界も、魔族が持つ魔力の気配を著しく減退させていた。

 それでもライトアーサーの目は欺けなかった――魔王軍が今も秩序だった形で成立していたのならば、迷うことなく魔王は軍勢を派遣しただろう。


 しかし現実は事情が違う。

 既に形骸化した魔王軍という仕組みの中で、魔族が各々、勝手に『魔王様のためを思って』行動を起こしているのが現状。

 必然、ライトアーサーが魔王の意向に背いて人間たちに交じろうとする魔族の存在を確認したことも、カルスバーンが山奥にひっそりと存在していて騎士や魔法使いの増援が来にくい人間の村落を見つけたことも、両者は共有していない。


 それらを踏まえて、粛正部隊隊長ペインキラーは迅速に思考を回した。


「……なるほど、人殺しに励んでいるのはいいことです。ではどうぞ、その村落を殲滅できるよう頑張ってください。私は遠目に見守ってあげましょう」

「そうか。どっか行ってくれりゃ嬉しいんだがな」


 敵意と侮蔑を隠しもせず、カルスバーンとその一派はライトアーサーに背を向けた。


「俺たちの共通事項なんて、魔王様のために人類を狩り尽くすことだけだ。それともあれか、魔族を殺し続けたおかげで、人間どもに迎え入れてもらいでもしたのか?」

「まさか……」


 脳裏をよぎるのは、自分の全てを否定しようとする男のまなざし。

 初めて出会った時から変わらぬ、殺戮機構としての美しい剣の太刀筋。


「嫌いですよ、人間なんて」

「そうか。同族殺しと同じ意見なんて反吐が出るぜ」


 それだけ言い捨てて、カルスバーンたちは闇の中に消えていった。

 恐らく準備の進み方からして、襲撃まで間もないだろう。

 ライトアーサーは同族として、あの集落に今どれほどの戦力があるのか教えてやるべきだった――しかし、彼は何も言わなかった。


「特に……自分の役割に忠実で、血反吐を吐きながらも理想を貫いて、何度潰そうとしても輝きを失わない人間が……あの愚かで救えない存在が、私は一番嫌いです」


 『同族殺し』の言葉は、既に彼に興味を失っていたカルスバーンたちには届かなかった。




 ◇




 ライトアーサーとは異なる魔族の勢力が襲撃の準備を進めている同時刻。

 魔族たちの集落では、混乱から立ち直った村人たちが、念のための防衛準備を進めていた。


「とはいっても、あの上級魔族が来たらあたしたちにできることほぼないよね~……」


 魔族たちがえっちらおっちら、障害物を運んだり魔法を仕込んだりする中。

 道端に蹲り、どよーんとした空気を撒き散らしながらエリンが呟く。

 間違っても世界を救う宿命を持った主人公には見えない姿である。


「エリン、どれだけやる気なくしてるのよ……」

「だってぇ~……あんな剣技見せられたらちょっとさあ」


 彼女は持って生まれた天性の才覚を、ソードエックス家での研鑽を通して磨き上げてきた(将来的に)人類最強の剣客。

 そんなエリンがこれほどまでに打ちのめされ、ふてくされているのだから、シャロンとクユミは改めてライトアーサーの脅威度を理解できた。


「もしかしてなんだけどさ、エリンちゃん♡あの魔族って、技術面ではせんせいよりも強かったりする?」

「うーん……方向性が違う。センセはエグいって感じで、ライトアーサーさんは凄いって感じだね。形式ばった試合で流派を背負って戦うようならライトアーサーさんが百回勝つと思うけど、野良の殺し合いだとちょっと分からないかなあ」

「例えば武士武士し過ぎていてよく分からないのだけど……」


 要するに――エリンが得意としているはずの正統派の剣術において、ライトアーサーは遥かな高みに位置しているのだ。

 一方でハルートは、そういった流派とは異なる我流剣術で戦っている。仮にあらゆる魔法並びに戦闘術式(ハルートが言うところのスキル)を封じた場合、彼の強さのレベルは格段に下がる可能性が高いだろう。


「でも……」

「でも?」


 首を傾げながら続きを促すシャロンの前で、エリンは地面に視線を落としたままぶつぶつと呟く。


「体のスペックが違うとしても剣を振る際の力の伝導にムラがなさすぎた多分体幹の使い方に特徴があると思うんだ体の各所に転換点を置いて腰を入れて振るような感覚を肩ひじにも応用させ無駄なく伝導するんじゃなくて跳ね上げる形で伝導するからスピードが出る切っ先まで神経が通っていればあたしもできるはずだから剣そのものをより体に一体化させる感覚をなんとか掴めれば速度域だけなら到達できるかもしれない目でも追えるだけど問題点は反射的な思考でどこまで相手の太刀筋にカウンターを当てられるかだから一番の課題は実戦経験の少なさで数百年分の差を埋めようとすると――」

(え。こ、この子まさかもう学習しようとしてる……!?)


 向上心が強いのは知っていたが、それはそれだ。

 実際にラーニングできるかどうかは本人の資質がものを言う――だからこそエリンは、人の寿命では到達できないであろう領域を垣間見た瞬間から既に、それを自らの血肉に変えようとしていた。


 親友の剣狂いっぷりにドン引きするシャロンの隣で、クユミが苦笑する。

 向上心で言えば彼女も大概なのだが、流石に剣が絡んだエリンについて行けるほどではないらしい。


「まあ、確かに変な魔族だったね♡」

「クユミも何か、感じ取るものがあったの?」

「うーん……心臓の音が聞こえなかったんだよね、あのまっくろくろすけ♡」

「それってその、体の構造が特殊かもしれないって話?」

「ううん、あの剣だと思う♡魔剣って言ってたよね、あれの力が薄く体を覆ってるんじゃないかなあ♡」


 クユミの言葉に、シャロンはなるほどと頷いた。

 ライトアーサーが顕現させた魔剣のおぞましさは彼女にも理解できている。

 あれは魔法的見地から見た方が、その異常性がわかりやすいと言えるだろう。


 魔法はそもそも、ハルートが元居た世界を縛る大きな法則として成立していた『質量保存の法則』を否定することが半ば前提となっている。

 だが物質を他の物質に転換するにしても、量や質が結果を左右することは常識だ。良質かつ大量の魔力がなければ強力な魔法を放てないのはこの法則性によるものである。


(だけどあの魔剣――木の棒が元となっている状態で先生と打ち合えていた)


 勇者の剣、つまり人類サイド最強戦力であるはずの輝き。

 それと打ち合える魔剣を木の棒から作れる。

 悪夢に近い。夢であって欲しかった。


 とはいえハルートもまたその辺の物質を適当に勇者の剣にしているのだからイーブンか。

 というかよく考えれば、勇者の末裔だからという理由でその辺のものを片っ端から勇者の剣にしている男も大概おかしい。


(……あれ? ライトアーサーの強み、ほぼ先生と同じ?)

「――まあ、今すぐ模倣まねるのは難しいかな。とにかくあの魔族さんを倒そうとするのなら、正直あたしは魔眼連発するぐらいしか筋がないってこと」

「ぶっとい筋があるねえ♡」


 そんな感じで和気あいあいと(?)会話していた三人娘。

 だが彼女たちはふと会話を止めた。


「……何か用ですか?」

「ッ」


 振り向いたエリンの視線の先には、村長のような立場にある、魔族たちのリーダーが佇んでいた。

 人間の男性に化けている彼は、申し訳なさそうな表情でエリンたちのもとへとやって来る。


「お、お邪魔でしたらすみません。その、作業が一段落したので」

「そうですか……こちらは一応、既に終えています。何か追加で作業でもあるのかしら?」


 エリンたちは別に作業を免除されたわけでもサボっていたわけでもなく、きちんとやるべきことをやった後に話し込んでいたのだ。

 そこにやって来たということは、何かしらの用事があると見ていいはずだが。


「実はその、勇者の末裔であるハルート先生について少々お伺いしたく思いまして」

「センセのこと?」


 思いがけない言葉に、エリンが素っ頓狂な声を上げる。

 その両隣で、シャロンとクユミが静かに視線を鋭くした。


「あっ! い、いえいえ、変な意味ではなく。我々は確かに、昔はハルート先生を恐れていましたが……今は事情が違います。彼と会うことなく合流した者たちには、決して敵対しないように言い含めているぐらいです」


 通常の魔族であれば、ハルートを殺そうとするだろう。

 だがこの村落においては違う。村長自ら、人類の有力な存在と敵対しないよう厳命しているのだ。


「その、アイアス殿と一緒に守っていただけるということでしたが、やはり最初は私たちを警戒していらっしゃったようなので……せめて、どのような方なのかだけでも知っておきたいと」

「なるほどね」


 確かに――これはハルートが悪い、と内心でシャロンは嘆息する。

 彼の人となりをよく知っている自分たちだからこそ、気持ちの切り替えがうまくいったのだと理解してやれる。

 しかし村落に住む魔族たちからすれば、最初は警戒心マックスだった存在が急に味方面をし始めているのだ。


(先生は立場にとらわれると極端にコミュニケーションを失敗する節があるけれど、今回も漏れなくそうだったのね……)


 普段は教えてもらう立場だが、こればかりは色々と自分たちの方で彼の悪癖を修正してやらねばならないかもしれないとシャロンは思った。

 それから、つまり何を聞きたいのかと訝しげにしているエリンに補足説明をする。


「信頼できる人か知りたい、という意味よエリン。普段の先生の様子を、つまりどんな人なのかを伝えてあげればいいんじゃないかしら」

「どんな人って……」


 エリンとシャロンとクユミは、数秒黙って言葉を探した。


「えーっとぉ……役割に固執して、自分で自分の目をふさぎがちかなあ」

「そうね。愚かで救いようのないほどに、曲げられないものばかりを背負う人ね」

「戦闘力最高情緒くそざこ♡幼年期のコミュニケーション育成過程すっ飛ばした単一機構♡」

「さっきから悪口しか聞こえてこないんですけど大丈夫ですか?」


 村長の顔がビキバキとひきつった。

 どちらかといえば好意的な言葉を聞いて、身の安全を任せるに足ると安心したかったのが彼の本音である。

 しかし、三人の言葉はそこでは終わっていなかった。


「でも……闇の中でも、諦めずに進める人。そうだね、センセは自分の理想をとにかく諦めない人、かな」

「彼は結局、ただの人間よ。勇者でありたいと、理想の自分でありたいと鎧を着こんでいるけど……でも、どうしようもないぐらい、頑張り屋の人なの」

「……だから強いて言うなら、ほっとけない人かな♡生徒が先生相手にそう思ってるの、なんか間違ってる気もするけどね♡」

「……なる、ほど」


 正直、彼女たちが言葉にどんな真意を込めているのか、村長には半分も分からなかった。

 唯一つ確かなのは、彼女たちは彼を信じているということ。


「私たちは、救われるとも許されるとも思っていません。ただ罪を償い続ける、それしかできない惨めな存在です……ですが、アイアス殿はそれでいいと仰ってくださいました。それもまた生きる道だと。自分で自分をいつか許すための過程こそが、人間の生きる道筋……人生である、と」


 村長はホッとした様子で告げた。

 その言葉を聞いてクユミが舌打ちする。


「あのカスがこんないいこと言ったの、すっごくむかつく~~♡」

「はは、クユミさんでしたよね。アイアス殿はお酒ばっかり飲んでるし女性魔族でもナンパするしで確かに見ていられないほどのゴミクズですが、たまにはいいことを言うんですよ」


 お前が一番ひどいことを言っているんだが、とエリンたちは顔をひきつらせた。

 ただ――アイアスを擁護してやろうという気持ちは、誠に残念なことに、そろって一粒たりとも湧いてこなかった。




 ◇




 村そのものの防衛は、そこに住む魔族やエリンたちに準備を任せた後。

 俺は集落から少しばかり山を上がった先、切り立った断崖に足を運んでいた。


「随分と元気なくしてるな」

「誰のせいだと……」


 落ちていく水の先、滝壺をぼうっと見下ろしていたのは、この数時間で随分とくたくたになったアイアスだ。

 戦闘は村落の外で行う予定だ。だからそのあたりを中心として、彼には設置型の魔法を仕掛けて回ってもらった。


「また君は、戦うんだね」

「またって……まあ、またか」


 座り込んでいるアイアスの隣に、俺も腰を下ろす。

 太陽は既にオレンジ色に染まっており、稜線に食いつぶされるようにしてゆっくりと沈んでいっている。


「君は」

「うん?」

「……我が親友は、いつも誰かのために。人のために戦う。それでいいのかい?」


 力ない質問だ。

 普段のアイアスなら、もっと皮肉交じりに、切れ味鋭く問うてきただろう。


 ただ今回ばかりは元気がない以上に――的を外していると言わざるを得ないな。


「俺が守りたいのは人じゃない」

「え? ……おいおい、まさか愛と平和とか言うつもりかい?」

「それはついでというか、結果論だな」


 鼻を鳴らして、俺は沈みゆく太陽を睨んだ。

 人々を照らす癖に救ってくれないあの天体は、この世界の神様に似ていると思った。


「俺は――自由を守りたい」


 隣でアイアスが息をのみ、けれど静かに、得心がいった様子で頷いた。


「自由なくして愛も平和もない、か」

「そうだ。そして愛も平和も大事だけど、まずは自由を守るために戦わないと意味がない……」


 だからもう迷わない。

 人類を殺したくないっていう魔族たちの自由を、ライトアーサーの野郎は踏みにじろうとしている。

 なら十分だ。俺が剣を振るう理由としてそれ以上のものはない。


「……僕が、君が戦うきっかけを作った。僕のしていたことは、結果的に君を苦しめるだけだったのだろうか」

「そんなわけねーだろ」


 らしくない弱弱しい声に、反射的に言葉が出た。


「だが、ハルート……」

「どっちかっていうとオミケで俺の個人情報売りさばこうとしてた方が迷惑だ。こんなの、あれに比べればどうってことない」


 本当に心の底から出た言葉だった。

 アイアスは数秒黙った後、首を横に振る。


「それは、悪かったよ。でも……僕はやっぱり、君に戦ってほしくなかった……」

「はあ? なんで――」

「なんでって、友達だからに決まってるだろう……ッ!?」


 ガバリと振り向いた彼の両眼には、涙が浮かんでいる。


「情けない、情けないよハルート。僕は君を戦場に引きずり込んでいる……!」

「違う、バカにするなよアイアス。俺は自分の意思でここにいる」


 立ち上がり、やつに手を差し伸べた。

 こちらを見上げる表情には戸惑いが浮かんでいる。


「自由を守るための戦い――『勇者の末裔』としては十分だ。だけど今回は、それは理由の半分ぐらいに過ぎない。もう半分は、親友であるお前を助けたいっていう個人のワガママからだ」

「え……」


 本心だ。

 役割でも使命でもなく。

 友達が困っているのなら、助けたいと思う。誰だってそうだろ。


「だからお前も、友人として俺を助けてくれ。俺一人で楽に勝てる戦いじゃない、つーか今回ばかりは、最高の結果を目指すのなら俺一人じゃ絶対に無理だ」


 ライトアーサーと単独で戦う場合、周囲はめちゃくちゃになるし巻き込まれる犠牲者も出る。出てきた。たくさん、世界に必要だったはずの人たちが死んでいった。

 俺と同レベルの人間に補佐してもらわない限り、俺は守るためではなく、あいつを壊すためだけの戦いに持ち込まざるを得ない。


「だから……俺の力をお前に貸すから、お前の力を俺に貸してくれ」


 差し伸べた手をしっかりと開く。

 思えば俺がこいつに、こうして手を差し出すなんて、今まであっただろうか。


 今までは――ずっと、逆だった。

 俺を人々の暮らす世界に、暖かくて明るい世界に、こいつがいつも手を引いて連れ出してくれていた。


 だから今度は、俺の番なんだ。

 お前が一人で何かを抱えて沈んで行こうとするぐらいなら俺も一緒に沈んでやる。

 だけど、そうせずに済むのなら、お前を助けたい。


「……ッ」


 視線をさまよわせ、息を何度ものんだ後。

 アイアスは意を決した様子でこちらを見て、俺の手を取った。


「……分かった。ああ、そうかい分かった、分かったよ我が親友。共に戦おうじゃないか」

「当然だ。俺とお前が組んで、誰が勝てるっていうんだよ」


 立ち上がらせた後にアイアスが、にへらと笑う。

 そうだ、お前の顔はそんぐらいだらしない方がいい。

 思い悩み、張り詰めている顔よりずっといい。


「我が親友も、成長したんだね。学校にいたころからは考えられない言葉じゃないか」

「ああ……昔の俺、殴られたり斬られたりしても『すぐ治るから大丈夫』とか言ってたよなー……」

「あれは本当にサイテーだった。今でも腹が立つよ」


 軽く笑いながらアイアスが言う。

 俺は首を横に振って、彼をじっと見つめた。


「今なら言える……痛いよ、殴られても斬られても。だけど、それでも俺は、頑張りたいと思ってる。我慢できるからじゃない、痛くたってその先にあるものが欲しいからだ」

「――!」

「だから頑張れるように、手伝ってくれ」

「……ったく! しょうがないなあ、親友の頼みだ!」


 アイアスは尊大な態度を取り戻し、大げさに声を張り上げる。

 どうやら完全に調子を取り戻したらしい。


 うんうん、それでこそだ。

 正直ライトアーサーがこいつを無視してた時は正気を疑ったし普通に見る目なさすぎて呆れたけど、冷静に考えればあの時は精神デバフかかりすぎだったのかもしれん。



 ……あ、そういえば言っておかなきゃいけないことがあった。



「立ち直ったところさっそく悪い、一つ頼みがあるんだけど」

「何だい、我が親友。なんだって聞いてやろうじゃないか。何せこの僕アイアス・ヴァンガードは、ただでさえ友人の少ない君にとって唯一無二の親友なのだからね!」

「お前シバき倒すぞ。で、ライトアーサーは抜かりないやつだから……俺が本当に立ち去るなんてみじんも考えていないはずだ。でも任務は達成にしに来る。だから、多分だけど俺を殺す算段がついてるんだと思う」

「なるほど。気をつけろってことだね」

「ああ。だから

「……君それ、僕相手だからいいけど、生徒相手に言ったら本当にダメだからね」

「え、なんで?」




 ◇




 やがて日が完全に没し、世界が闇に包まれたころ。

 林の中を音もなく進んでいく集団は、一直線にアイアスが庇護する集落を目指していた。


「蹂躙の快楽は久しぶりだな……へへ」

「女子供がいるのも分かってる、今回は美味い悲鳴が聞けそうだ」


 武器を備え、魔力を練り上げた魔族たち。

 カルスバーン率いる虐殺部隊である。

 数十の中級魔族を有するその戦力、実に都市二つ三つを滅ぼしてもおつりがくるだろう。こんな戦力が気まぐれに、予兆なく人々の暮らしを壊しに来るのがこの世界だ。


「さて、魔法使いがいるのならそろそろ感知されてもおかしくないが……」


 最後尾にて幹部と共に様子を見ていたカルスバーンが独り言ちる。

 たとえ敵に騎士と魔法使いがいたとしても、集落の規模からして大したレベルではないだろう。上から押し潰すことができる。

 それが分かっているからこそ、彼も部下たちも、間もなく訪れるであろう饗宴に狂おしいほどの高揚を隠せていなかった。


「準備できたぞ! いつでも行ける!」

「そうか、じゃあな」




 部下たちの報告にカルスバーンが返事をするよりも早く、誰かの答えが割って入った――それは審判を告げる鐘の音だった。




「は……?」


 カルスバーンの目の前で、部下たちが光に呑まれた。

 横合いから放射されたそれは、彼が集めた精鋭魔族たちを塵一つ残らず消失させた。


「てっ……敵襲っ!?」

「どこから!?」

「ここだよ」


 死神の低い声。

 気づいた時にはもう遅い遅すぎる。救世の光を収束させた剣が振るわれて、それきり、振るわれた側の視界が闇の中に閉じられる。目を覚ますことはもうない。


「な、な、何なんだよさっきからっ!?」

「敵はどこだよ! どこに……!」

「視界が狭いな」


 また剣が閃く。

 待機していた自分たちの間を縫うようにして駆け抜ける一つの影。

 その両手に握られた二振りの輝く剣が、魔族たちを片っ端から蒸発させていく。


 小さな集落一つどころか複数の都市を簡単に焼き払うことができる中級魔族の精鋭たちだったはず。

 彼らが、まるで作業的にゴミを捨てるかのように、宙に舞っては塵屑に還元されていった。

 闇を祓い魔を除く救世の光を放射され、片っ端から存在そのものが消し飛ばされる。体も装備も何も残らない。


「しかし、数ばかりごちゃごちゃと……よくここまで用意した。そこだけは褒めてやるよ、事前準備は百点中八十点だ」


 見てはならないものを、見た。

 全身が恐怖に震え上がり、喉から悲鳴がこぼれないよう堪えるだけで精いっぱいだった。

 カルスバーンの視線の先。

 そこにいたのは。



「で……ライトアーサーと戦いに来たはずなんだけど。お前らマジで誰? まあ殺すけどな」



 親友と和解して友情再確認+誰かの自由のための戦い+聞こえてきたセリフからして虐殺の準備中だった連中が相手=ノーデバフかつ気力全開の、勇者の末裔ハルートだった。



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