楽園を壊す者たち

「久方ぶりの再会ですね」


 挨拶と斬撃は同時だった。

 振るわれた魔剣の一撃を、即座に抜刀し『救世装置(偽)』で上書きした剣で受け止める。


 間合いなど知ったことではない、と言わんばかりの超加速による接近。

 しかし見る者が見れば、単に出力任せのスピードではなく、呼吸の読みや視線誘導を駆使し技巧的に距離を詰めてきたと分かるだろう。


「お前の顔なんて見たくなかったよ!」


 勇者の剣と魔剣が激突すると同時、余波に大気が爆砕した。

 互いに大地を踏みしめ、至近距離で火花越しににらみ合う。


 鍔迫り合いが成立している、というのがそもそもの異常事態。

 勇者の剣で砕けず、切り裂けず、あろうことか拮抗状態の上に少しずつ押しこんできている。


「おや、もしかして聖剣のつもりで振っていましたか?」

「チッ――」


 最後にライトアーサーと戦った際は、確かにまだ一族に伝わる聖剣を使っていた。

 しかしあれは実家に返却し、今は練習用の剣を運用している。

 聖剣とそれ以外では、運用時のスペックに相当な差が発生するのは当然だ。

 だからといってここまで押されるとは……!


「あんな棒切れなくたってなァ!」


 力比べの体勢から大きく剣を弾き、間合いを取り直す。

 ――はずが、数歩後ろへ下がった俺の眼前には、既に剣を振り上げたライトアーサーの姿があった。


「しつこい!」


 切り払うも既にやつの姿は正面になく、背中めがけ真後ろから斬撃がきた。

 振り向きもせず、剣だけ背中に向けて防ぐ。


 タイマン中での前後からの挟撃、という理解不能な事態。

 ライトアーサーが二人いないとできないはずの芸当だが、こいつのスピード感はこれぐらいやる! っつーか追加でまた正面から来る!


「素晴らしい! これを凌ぐのは人類でもあなたぐらいだ!」

「女騎士の場合は斬られながら突っ込んでいくもんな……!」

「アレ本当に怖いのでやめていだけませんか? 臓器を貫いても動きに不調がないの、おかしいでしょう」

「アレは俺も本当に怖いと思ってる」


 微かにのけぞって斬撃を回避。置き土産の魔力弾はさらに身体を捻って回避。

 体勢を立て直す間もなく足を切りに来る魔剣を、地面を蹴って後方宙返りでかわす。

 空中で身をひねっている最中に飛んでくる斬撃。剣で受け止めた。衝撃に火花が散る。ライトアーサーの姿はない。上を取って剣を振り下ろしてきている。

 出力を制限した勇者ビームで迎え撃った。激突に発生した爆発を突き破って左右から迫る魔剣の切っ先。ギリギリで回避しつつ着地。

 着地した俺の正面で、チャージ済みの魔力砲撃を構えるライトアーサー。それが放たれた瞬間、刹那の切り返しで砲撃を真っ二つにする。剣を振り抜いた俺の眼前に魔剣が迫る。首を微かに傾げ、皮一枚で避ける。


 ここだ距離が詰まった。


「吹き荒べ、涜神の嵐ッ!」


 勇者の剣に収束させていた光を、一気に解き放つ。

 密着状態で襲い来る破壊の嵐を目前にして、それでもライトアーサーの目は悦びに歪んだ。


「それは前回見ました」


 光が殺到するも、届かない。

 世界を救うはずの光が、見えない壁に阻まれてやつに到達しないまま消えていく。

 見れば、ライトアーサーの手の中にあった魔剣が輝きを失っていた。


「一時的に攻撃能力を捨てて防御に回したのか……!」

「ご明察です」


 ライトアーサーを蹴り飛ばしながら吐き捨てる。

 本当に器用な奴だ。

 魔剣を構築している出力を、体に薄く延ばして盾としているのだろう。


「ま、流石に無理か。前回も懐に飛び込ませて勝ったし……」

「その通りです、二度も同じ札は機能しませんよ」


 蹴り飛ばされた勢いを利用し、空中をくるくると回転した後、ライトアーサーはすたっと地面に両足で着地した。

 こいつ自分の死因ガッチガチに対策立ててくるタイプなんだよな。本当に最悪。


 本当は俺も知識チートでこいつの弱点を突いたりするべきなんだが、まあそれは難しい。

 なにせ――ライトアーサーは原作において、名前が登場するだけの上級魔族だ。

 原作無印では存在がほのめかされ、原作2ではこいつの処刑業務報告書が隠し倉庫で閲覧できる。


 実物のデザインも性能も何一つ分からんかった。

 初めて遭遇したときは名前を聞いてびっくりしたし、直後の戦闘力でもっとびっくりしたもん。強すぎて。本当に死ぬかと思った。


「そういえば先日のオミケの同人誌、私のことはさらりと流していましたね。『接敵時は必ず逃げること』……悲しいですよ、私に割かれているスペースが小さすぎて」

「他の人でも使える有効な対策を教えてくれたら次は特集組んでやるよ。っていうかオミケ来てたのかお前。まさか俺の弱点だと思って、アイアスの野郎の本を……」

「興味はありましたが、いささか遭遇したくない相手が多そうでしたからね。個人的に応援している絵描きさんがいらっしゃったので、そちらでサインをいただきました」


 こいつオミケめちゃくちゃエンジョイしてんじゃねーか。

 何なんだよ。


「ですが我々も長い付き合い……果たして今回は、どのようにして私を殺してくれるのか楽しみです」

「殺されに来るんじゃねえよ異常者」


 本当に来ないでほしい。青鬼ぐらい来ないで欲しかった。

 ただ……新しい札っていうだけならある。


「む」


 ライトアーサーも気づいたらしい。

 やつを取り囲むようにして、不可視の衝撃膜がいくつか配置されている。

 先ほど俺が剣戟の合間、やつに見抜かれないよう慎重に配置したものだ。


「今回は感電死でどうだ?」


 剣を振るうと同時、ザンバを模した雷撃の刃が迸り、トップガンを模した衝撃膜を経由して加速しながら疾走。

 やつを逃がさないよう雷撃の檻を形成しながら、秒間数百回の雷撃が炸裂する。


「フハッ――毛色を変えましたね」


 人間の反射速度ではまず対応できないだろう。

 しかしライトアーサーは魔力の発動でもなく魔族の権能の行使でもなく。

 ただ、秒間数百回に及ぶ『魔剣』の斬撃をもってして、雷撃の波状攻撃をすべて叩き斬った。


「しかし純粋なる破神の光と比べれば、物足りません」

「キモ過ぎ」

「そういうまっすぐなのが一番傷つきますよ」


 だってキモいもん。

 キモ過ぎて本当に死んでほしい。でも全然死なないところがこいつのキモさなんだよな。どうしろっていうんだ。

 そんなことを考えている間に、俺とライトアーサーが距離を取ったことで、今まで凍り付いていた群衆たちがハッと息を吹き返す。


「つ――強い……!!」


 エリンの声は震えていた。


「センセも、本当はこんなに疾いの!? だけど、あの魔族は……!」


 三人組の中でも、王道の剣術においては圧倒的な技巧を誇る彼女が。

 ライトアーサーの剣技に圧倒され、驚愕と恐怖に震えている。


「おや? 人間が数名いるとは思いましたが……お知り合いですか?」

「誰でもいいだろ」

「服装や呼び名からして……ほお? あなたが現役を退くだのと世迷言を口にしていることは知っていましたが、教師になっているとは。随分と可愛らしい生徒さんですね」


 ライトアーサーは魔剣の切っ先を下げると、エリンを一瞥した後に肩をすくめた。


「しかしあの齢としては相当に練り上げられている様子。私は幸いにも、種族として長命です。ゆえに剣技を磨くこと、他流派の技術を取り入れること実に数百年でしょうか。これらの過程を踏まえれば、この地上で私以上の技巧派は見たことがありません」

「嘘つけお前あんま練習しない派って言ってただろ」

「あれはあなたにかっこつけたかっただけです」

「テスト前にノー勉自慢してくるタイプかよ。教師として認めるわけにはいかねえな」


 魔力の発動はない。

 エリンたちに、何かしらの力で干渉しているわけではないらしい。

 そういう搦め手を使うタイプではないのは知っているが――俺の不安を察してか、ライトアーサーは『そんなことするはずないでしょう』と首を横に振る。


「とはいえ、あなたの講義が聞けるのはうらやましい限りです。外部の者も参加できる際は呼んでください、最前列で受講させていただきますよ」

「その時は『特定上級魔族に対する殺害方法』でもみんなに教えるよ」


 警戒は切らさずに、だらだらと会話し続ける。

 戦闘を再開しても得がない。

 最終的にこいつを殺し切れたとしても、戦いの最中にこいつがちょっと規模を広げるだけで、容易く集落の魔族たちを巻き込む形になる。

 犠牲者が出るのは、ほとんど避けられないだろう。


 俺が全員を庇いつつこいつを瞬殺する、というのが一番早い話なのだが。

 まあそれができる相手なら苦労しないよね、ということだ。


「それにしても、教師ですか……」


 ライトアーサーは俺をじっと見つめた。


「ふむ……少し、ほんの少しだけですが――鈍りましたね、ハルート」

「そうか? 自覚はないが」

「技術は朽ちないものです。しかしあなたの心は、殺戮者としての鋭さを微かに失っている」


 そう言った後、彼は不意に剣を手放した。

 地面に落ちた魔剣が、緩やかに木の棒に戻っていく。

 手から離れたぐらいで魔剣でなくなるような権能じゃない。

 意図的にスイッチを切ったのだ。


「は? 何のつもりだよ」

「いや失礼。そもそもあなたがいる以上、攻撃を仕掛けるつもりはなかったのですが……あなたと久々に会えて、つい高まってエレクトしてしまいました」

「……聞き間違えたってことにしといてやるよ」

「勃起してしまいました」

「喋んなカス」


 生徒の前で最悪だぞお前。

 っていうか、あるの? ついてるの? それが一番びっくりだよ。魔族ってそういうエッチなこと用の器官あるの?

 マジで……?


「おっとハルート、今まで打倒してきた好みで官能的な体つきの魔族に関して思いを馳せるのはそこまでにしておきなさい。生徒の前ですよ」

「オメーーーーが勝手に全部バラしてんだよなあ! お前のせいでなあ! お前どうしてくれんだよおいお前なあ!」


 敵対する上級魔族が目の前にいるのに、みんなからの視線が一気に冷たくなった。

 おかしい。勢力図がすごい勢いで書き換えられている。

 なんでこの状況で、勇者の末裔である俺が孤立しなきゃいけないんだよ!!


「グダグダと好き放題に喋ってくれるじゃないか」


 なんとかして俺が威厳を復活させようとする、その時だった。

 キィンという甲高い音と共に、俺とライトアーサーを中心に不可視の結界が展開される。

 顔を向ければ、こちらに手をかざしているアイアスの姿があった。


「同族狩り専門の魔族がここに来た理由は明白すぎる、彼らを処分しようとしているんだろう?」

「……そういえば。人間側の協力者が一定数いるとは聞いていましたが、その中にはあなたのご学友もいるそうですね? かの吟遊詩人が、魔族たちを自由という名の無秩序へ導いたと」

「動くな。今なら君を分解するだけじゃない、共振効果で石ころ一つ大も残さず粉砕できる」

「だとしたらなんで俺を巻き込んで展開してんのお前ッ!?」

「君は殺しても死なないだろう!」


 死ぬけど!?


「そう動じることはありませんよハルート。あなたも範囲に含まれていたから、私は逃げずにいるわけです」

「いや知らねえけど。俺も帰るからお前も帰ってくれない?」


 余裕たっぷりに肩をすくめるライトアーサー。

 ……薄々気づいてはいたけど、ライトアーサーはアイアスの方には顔すら向けていなかった。無視している、あるいは、本気でどうでもよすぎて意識に上がっていないかだなこれ。


「ライトアーサー、ひとまず、やり合う気がないのなら退いてくれ……お前は隊長と名乗っているが部下を見たことがない。どうせ今回も単独行動なんだろう?」

「ええ、粛正部隊は同族殺しを役割として持つ以上、互いの顔も名も知ることが許されません。私と陛下だけが全貌を知る権利を持ちますが、私はあえて知らないようにしています」

「仕事をサボれて楽だからか? あるいは――いつか自分を誰が殺しに来るのか、楽しみにしたいからか」

「流石、私のことをよく分かっていますねあなたは……サボれて楽だからです」

「この空気でそっちなことあんの!?」

「当然、冗談です」

「…………」


 こいつこいつこいつ!!


「センセ、ちょっと分が悪いんじゃない……?」

「荷が重い相手だと思う」

「せんせいの舌先は一寸もないからキビし~ね」

「お前らなんで今口喧嘩の心配してるんだよ!? 俺の生死がどうこうの心配してないよなこれ!?」


 いい加減にしてほしい。

 今ばかりはアイアスと同じ気持ちだ。つーか真面目にやってるの俺ら二人だけじゃん。どうなってるんだよこれ。


「まあ、そうですね。あなたが退けというのなら応じるのはやぶさかではありません」

「お、ほんと?」

「とはいえ任務は任務ですから、あなたがいなくなった後に実行します」


 キン、と高い音がした。

 それはアイアスが展開していた超硬度結界を、ライトアーサーが腕の一振りで両断した音だった。


「な……!?」


 驚愕するアイアスの声が、流石に三人組も緊張状態に引き戻す。

 クユミだけはきちんと戦闘態勢を維持していたのが偉い。つーかエリンとシャロンに関しては説教だわこれ。


「ではひとまず帰ります。かつてのパーティメンバーによろしくお伝えください、特に魔法使いさんには丁寧に」

「お前殺されるぞ」


 あいつお前のこと本当に嫌いだったし。俺も嫌いだけど。


「そう思うのなら、あなたも彼女のように、私への敵意をもっと態度に出せばいいでしょう。誰が相手でも理性的にふるまうべき、なぜなら自分は勇者の末裔だから――その考えを持っている限り、やはりあなたは人間関係のトラブルを避けて通れないと思いませんか?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 俺だけではなく、全員沈黙した。

 あまりにも思うところが多すぎた。後ろからビシバシと視線が突き刺さっているのを感じる。


 こいつさっきから、全然シリアスじゃない話題を活用して俺を孤立させるの上手すぎないか? 言われてみれば今までもこういう切り込み方でパーティーの人間関係をめちゃくちゃにされそうになることあったわ。本当に戦い方がカスだな……


「そういえば疑問が、あと一つだけ」

「なんだよ」

「何故あなたが、魔族を守るのですか?」

「…………」


 ライトアーサーの問いかけは、あまりにも至極まっとうなものだった。

 しかし帰りがけに聞くことか? 今更過ぎるだろ。


「私の記憶が正しければ、史上二番目に多くの魔族を殺害したのがあなたです。最も多くの魔族を殺害したのは初代勇者ですが、彼女は生涯をかけて叩きだした数値レコード。やはり人類史上最も殺戮に向いた存在はあなたに他ならない」

「過分のお褒め痛み入るよ」

「しかし……そんなあなたが、魔族を庇うと? これは驚きです」

「いろいろあるんだよ。お前だってそうだろ」


 こちらが肩をすくめると、相手もくつくつと笑った。


「確かにその通りでしたね。ですが、私はあなたほど複雑に考えていません」

「どう考えてるのか、聞いてもいいか」

「私はあくまで過程であり、同時に手段に過ぎませんよハルート」


 過程であり手段。

 その言葉はいやに、そして不愉快なほどに、腑に落ちた。


「そしてそれはあなたも同じはずだ」

「……お前の言うことは大体正しいよライトアーサー。俺たちが違うのは、導く果ての結論だけだ」


 その通りです、と彼は喜びに目を歪ませた。

 直後に消えた。

 何の予兆もなく、痕跡すら残さず。


 アイアスやエリンたちが慌てて駆け寄ってきて、魔剣使いの姿を探す。

 しかしもうどこにもいないだろう。


「厄介な奴に目をつけられちまったな……」


 同族殺しがここを狙うというのは、逆説的には、ここの魔族たちがきちんと離反している証拠かもしれない。

 ライトアーサーも巻き込んで向こうが一芝居打っている可能性は――ない。絶対にない。断言できる。あの魔剣使いはそういうことをしない。強敵を切り捨てること以外の任務は全部拒否するはずだ。


「アイアス、少し対策を練る必要がありそうだ」

「あ、ああ……でも親友、協力してくれるのかい……?」


 俺が声をかけると、アイアスだけではなくエリンたち三人も不安そうにこちらを見てきた。

 だが俺の視線はそのさらに奥。

 集落に住む魔族たちへと向けられている。


「まあ、仕方ないだろ。親友の頼みだし……」


 粛正対象、と明らかに呼ばれていた彼ら彼女らの表情は、一様に不安そうだった。

 それは、見たくない顔だ。

 相手が誰であってもやはり、俺はそういう顔が見たくない。


「――『誰か』の自由が脅かされているのなら、『誰か』の願いが否定されようとしているのなら。俺はその願いを肯定するために、戦うよ」


 アイアスの顔に喜びとも哀しみともつかない色が宿った。

 ああ、そういう顔をさせたいわけじゃなかったんだけど。


 ……まあ、いい機会だ。

 こいつといい加減、腹を割って話さないとな。



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