オミケお疲れさまでした!②

「オミケお疲れ様でした。ってことで、かんぱーい」

『かんぱーい!』


 ジョッキとグラスがぶつかる音が、居酒屋に響き渡る。

 エリンたち三人は当然ノンアルコールのジュース。

 そして俺とアイアスはキンキンに冷えた麦酒だ。


 ごっごっと大ジョッキに注がれた麦酒を飲み干していく。

 この喉を超えていく感覚がたまらん。神経がビリビリと開かれていくようだ。

 ジョッキの中身を一気に飲み干し、底をガンとテーブルに叩きつける。


「「プハ~~ッッ」」


 見ればアイアスも同時に飲み干していた。

 俺たちは上唇に泡をくっつけたまま、不敵な笑みをかわす。


「流石だね我が親友。これは負けてられないな、二杯目にいくとしようか──」

「いやお前なんでここいんのッ!?」


 俺は悲鳴を上げた。

 こいつを捕まえに来たのに、なんでこいつが打ち上げに参加してるんだ。


「そう言うなよ親友。僕は今日の売り上げがゼロだったせいで、当面は極貧生活確定なんだぜ? ここぐらい奢ってくれてもいいだろう」

「あれだけのことがあってまだたかりに来るなんて、本当にヤバい人じゃん」


 エリンは静かにドン引きしていた。

 気持ちは分かる。俺もドン引きしている。


「まあ、いいけどさあ……」

「いいの!?」


 俺が渋々告げると、シャロンがびっくりしてジュースをこぼしかけた。


「え、まあ本を売らせないって目標は達成できたし、別にいいかなって」

「せんせい、ちょっとお人好しとかじゃなくて、いくらなんでも隙がありすぎるかも~……」


 そう言って、クユミはフォークを片手に持った。


「フツーにキモいし帰ってもらう?」

「おいクソガキ、口の利き方に気をつけろ」

「お前の方だろそれ」


 アイアスが急にクユミ相手に暴言を吐いたので、俺は目を見開いた。

 悪口のアクセルの踏み込みがエグすぎる。道交法ぐらい守ってくれ。


「僕には感じ取れるよ。クソガキ、お前の旋律は美しく無さすぎる。断末魔で構成されたメロディを表で垂れ流す輩に、払うべき敬意は一つもない」


 ……どうやらこいつのポリシーの何かしらに、クユミが抵触してしまっているらしい。参ったな、こいつ美しい美しくないに関しては本当に譲らないからな。

 とはいえ、相手はクユミ。俺の教え子である。


「おい、アイアス。俺の教え子を不用意に傷つけたりしたらお前を細切れにしてその辺に捨てるぞ」

「……わ、分かってるよ、それぐらい」


 流石の俺も親友を斬りたくはない。

 そう思いながらだったが……冷静に考えて、細切れは、言い過ぎだな……


「きゃ~♡ せんせいに守られちゃった♡」

「ハッ」


 頬に手を当てて身もだえするクユミの言葉に、アイアスは明らかな嘲笑を浮かべる。

 先ほどに比べれば本気の嫌悪の色はない。

 それでもやっぱり、仲良くはできないようだ。


「それで自慢げにできるようじゃ、僕とはレベルが違い過ぎる。おうちでミルクでも飲んでおくといい」

「ハァ? お兄さんの冗談つまんないんだけど~」


 おっ、クユミから見ても相性最悪っぽいなここ。

 考えてみれば、アイアスも普段から煽りを入れてくるタイプの人間だ。

 同族嫌悪に近いものがあるのだろうか。


「そもそもお兄さん信じられないぐらいダサいし~? クユミちゃんのタイプじゃなさすぎて視界に入らないでほしいかも~」

「それは悪かったね。ずっと壁の方を向いているといいよ、僕もそうしてくれた方が嬉しい」


 二人の声色がだんだんと低いものになっていった。

 エリンとシャロンがあわあわしながらこちらを見てくる。


 ふふ……分かるよ。飲み会って案外簡単に空気壊れるんだよな。これ初めて遭遇するとびっくりするよな。

 ちょっと強い語調が一つ出ただけで、酒入れてる人間ってすぐ機嫌損ねるから。


 そして……俺はこういう状況に関して……無力!

 コミュ力を持って生まれなかったどころか、生まれた後も搾取され続けた果てみたいなレベルの俺にとって、こういう人間の心情を読み切らねばならないシチュエーションは鬼門だ。


 ハッキリ言うぜ。

 俺はマジで役に立たないからそっちがなんとかしてくれ。


 そう念を込めて視線を返すと、二人の顔色が変わり、こちらにゴミを見る目を向けてきた。

 どうやら無事に伝わったらしい。


「クユミちゃん、せんせいに頭ポンポンしてもらったことあるしぃ~?」

「いや別にそれは羨ましくないんだが」

「じゃあ頭ポンポンしてくれるせんせいの顔は見たことないんだ♡」

「ハァ……!? 僕が見たことのない親友の顔だと!? 寝取られじゃないか……ッ」

「起きて♡」


 親友の言葉は全体的に寝言になっていた。

 見せたことない顔めっちゃあると思うよ、多分。


「……まあいい、君は生徒としては優秀なようだしね。これから先も親友をよろしく頼むよ」

「はあ? 最後にまとめ役やるだけで口論に勝った雰囲気出してくる人、きら~い」


 最後の最後までバチバチやり合いながら、二人は同時にそっぽを向いた。

 ふう……どうやら乗り切れたようだな。見に回っておいて良かった。


「……ああ、そうだ親友」


 ちびりとお酒を飲んだ後、不意にアイアスがこちらに話しかけてくる。


「なんだよ」

「イグナイトや姫様とは、最近顔を合わせてるかい?」


 少し虚を突かれた。

 挙げられた二人は、俺とカデンタとアイアス以外の、残った同期メンツだ。


「あの二人は立場が複雑だからなー……卒業してからは全然会えてない」


 そう言ってから、麦酒をぐいと呷る。

 冒険に出る前、人生の中でも1、2を争うほど楽しかった時期。まぶしい記憶。

 いつも俺を引っ張ったり振り回したりしていた同期連中だが、あの二人はカデンタやアイアスと比べても負けず劣らず特別だった。


 特別過ぎた、と言ってもいい。

 カデンタと同じように、入学したタイミングですでに、卒業後の進路が決まっていたぐらいだしな。


 まあ、国が違うんだからしょうがない。

 俺はもう冒険者を引退したわけだし、休みを取って顔を見に行くのもアリだろうけど……二人の立場がそれを許さない。軍人とお姫様だし。


「案外、死ぬまで顔合わせる機会ないままかもな」

「いやそれはないよ」

「なんでだよ」


 アイアスが思いがけず即答してきたので、苦笑しながら彼を見る。

 親友は超がつくほどの真顔だった。


「いや、それだけは、ないよ」

「……そ、そうか」


 めちゃくちゃ重い実感すら伴う声に、顔が引きつる。


「センセの同級生って、もしかして全員……」

「やめておきましょうエリン、考えるだけで頭が痛くなってくるから」

「せんせいってば本当に、ざこすぎだよね~」

「生徒たちはよくわかっているじゃないか。その通り、ハルートは本当にこの辺が雑魚なんだ」


 急に四人からコンボアタックを決められて俺は泣いた。

 ノーブルリンクの構築が早すぎるだろ。寝取られか?




 ◇




「じゃ、僕はここで失礼するよ」


 一通り飲み食いをした後。

 店を出るや否や、アイアスはそういった。


「マジで奢らせやがって……」

「今度会った時にお金があれば返すよ」

「それ、金なかったら返さないってことだよな?」

「ハッハッハ」


 笑いながら、アイアスはすたすたと早足で歩き去っていった。

 マジで逃げやがった。あの野郎……


「……はあ、悪かったな、騒がしくして。俺たちも帰るとしようか」


 思っていたよりも遅い時間になってしまっている。

 王都とはいえ、夜分の外出は無用なトラブルの原因になるだろう。


 もともと辺境へと帰るには時間が足りないので、今日は王都に泊まる予定だった。既に宿は押さえてるし、とっとと寝よう。

 まあ三人はパジャマパーティーとかするかもしれないけど。


「センセ、いいの?」


 そう思っていたのに、不意にエリンがこちらをじっと見つめてきた。


「……何がだ?」

「あの人、何か隠してるみたいだったけど」


 エリンの指摘に、思わず目を見開いた。

 シャロンとクユミも同意見らしく、うんうんと頷いている。

 この子たちの観察眼には、本当に驚かされる。


「先生に何か言おうとして、やっぱりやめてるタイミングが多かったよね」

「別にあんなキモい人どーなったっていいんだけど、せんせいはそうはいかないもんね~」


 クユミは敵意を隠そうともしていなかったが、一応アイアスを気遣ってくれている。気遣ってくれているんだよな? これでも……


「……まあ分かってはいるけどもさ」


 あいつの様子は明らかにおかしかった。

 昔から合理性のない行動ばっかりする意味不明なカスだったけど、言いたいことはズケズケと言い放つ、気持ちのいい男でもあった。


 しかし今日は俺相手に、ふと数秒見つめてきては顔を逸らす。しかも何回もだ。

 恋する乙女っていうんなら分かるが、やつの顔色は違うと言っていた。


「でも、あいつから話してくれるまでは、待った方が……」

「そういうの、優しさだとは思うけどさ……踏み込めない人からしたら、踏み込んできてくれた方が楽な時もあると思うよ~?」

「……ッ」


 クユミの指摘には、一理ある。

 だがそれは……それは果たして、アイアスのことだけを指しているのだろうか。


「先生、後悔したくないなら、追いかけた方がいいと思う」


 一歩前に進み出て、シャロンが静かに告げる。


「少なくとも私は、先生から……こういう時は行動するべきだって、教えてもらってるから」

「……そう、だな」


 シャロンの言葉に背を押されて、俺は頷いた。

 アイアスの気配はそう遠くまでは行っていない。


「とってくれた宿の場所は分かってるから、先に戻っておくね」

「ああ、悪いな」


 エリンに宿を取った証明書を渡して、俺は親友の姿を探して王都を走り始めた。


 ──本当に、この時三人に背を押されてよかったと、後で痛感するとは知らないままに。




 ◇




 早足で立ち去った後に、アイアスはやはり転移魔法を使ってすぱっと姿を消していた。

 だが魔法の痕跡は、空間に残された魔力の残滓から読み取れる。

 魔力の残滓に注意すれば、使用者の意識の指向性を読み取ることもできる。


 ……って魔法使いが言ってた。

 正直、完全に彼女と同じことができるようになったわけではないが。


「大体の方角と出力を参照すればこの辺だよな……」


 王都の市街地からは離れて、郊外に位置する高級宿。

 この世界においては極めて異例と言っていい、六階建てにもなるVIP御用達のお忍び用宿泊施設。

 やつが転移した一帯を探していけば自然とここが見つかった。


 何が極貧生活確定だよボケナスが。金返せ。

 泊まったことも中に入ったこともないような高級宿を前に、俺は親友を想う心を忘れて完全に怒り狂っていた。


「あのアホを見つけ出してブチ転がしてやる」


 正面から入るわけにも行かないので、外からさらっと探知する。

 あんまり正確にやってしまうと逆探知されてしまうので、ごくごく自然に、バレないように行う。

 これで探す相手が中途半端な強さだと見つけにくいのだが……流石に俺の同級生、ちょっとこの宿の中で飛びぬけて気配が濃い。


 部屋を特定して、俺は地面を蹴ってそのベランダまでひとっ跳びに移動した。

 音もなくベランダに着地し、窓から中を覗き込む。


「は?」


 声がこぼれた。

 それを聞いて、部屋の中でくつろいでいたアイアスがギョっとしてこちらを見る。


「は、ハルートッ!? なんで!?」


 驚愕と混乱に慌てふためく様子は、とてもじゃないが、見たことのない姿だった。

 いつだって余裕を崩さない、嫌になるほど他人を舐め腐っているこの男が、ここまで取り乱すなんて。

 だがその理由ははっきりと、俺の目の前にあった。


「アイアス、お前……!」


 俺は窓を開けて部屋の中に入った。

 広々としたベッドにはやつの荷物が乱雑に置かれている。


 だが、もう一つのベッド。

 そう、ここはツインベッドルームなのだから、アイアス以外にもう一人いるのが当然だ。


 しかし。

 しかし、これは。


「……ふえ?」


 寝ぼけていたのか、その少女は目を擦ってこちらをじっと見る。

 頭部には二本の小さな角。

 背中には小さな黒い羽。


「どういう、ことだよ」



 アイアスの部屋にいた少女。

 それは人類の仇敵──魔族の少女だった。



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