親友がロリコンの誘拐犯になっていた件

 超高級ホテルの一室。

 俺はそこで、魔族と共にくつろいでいる親友の姿に言葉を失っていた。


「アイアス……お前……」

「ま、待て待てハルートッ。いったん落ち着け!」


 即座に魔力を伝導させつつあった俺だが、彼の言葉にハッとする。

 魔族の少女はこちらに対して攻撃する様子を見せていない。


 単純に死を受け入れているのではなく、ぼんやりとしているのだ。

 まるでこの場で戦いが始まるなんて、想定していないかのように。


「これは……魔族、だよな」

「……ああ、そうだよ」


 魔族は人類と分かり合えない。

 だが先日、マリーメイアのパーティにカスが潜り込んでいたように、分かり合えるふりをしたり、人間に化けたりして策を講じる魔族は一定数いる。

 それでも正体が露見した際には、最終的には力づくでこちらをねじ伏せようとするのが通例だ。


 ベッドの上でぼけっとしてる魔族にその兆候はない。

 動きが読めないのではなく、単純に、本当に脱力している。


「落ち着いて、まずは話を聞いてくれ……親友」


 深く息を吸って、アイアスは俺に椅子に座るよう促した。

 ここで今すぐぶった切ったっていいんだが、いったんは話を聞いておくか。

 俺はホテルに備え付けられた椅子へと、いつでも動けるような姿勢で座った。


「まず聞きたいんだけどさ……君、不法侵入じゃないかい?」

「そこからかよ」


 今最もどうでもいいのに俺が一切反論できないところを突きやがって。

 冷静さを取り戻すと同時に、舌の動きも取り戻したらしい。


「見ての通り、僕は魔族に襲われているわけじゃない、むしろ一緒に行動をしていたんだ。君が心配しているのはきっと、騙されているんじゃないか、あるいは洗脳されているんじゃないか……そういうところだろう」

「お前って分が悪い時、こっちの質問を先に言って主導権握ろうとするよな」

「僕が一切反論できないところを突くんじゃない」


 アイアスは途端に渋い顔になった。

 お前に好き勝手ペラペラしゃべらせてたら、気づいたら言いくるめられるんだよ。

 一番の対処法はしゃべらせないことだ。


「お前は自分が騙されてないって証明できるのか?」

「難しいよ。僕すら自覚できずレジストできない魔法で支配されている可能性はある。でもそれを言えば誰だってそうだ、君も例外じゃない」

「俺は精神干渉魔法を光輝輪転体躯で焼き尽くせる」

「…………」


 親友はすごく何か言いたそうな顔になった。


「じゃあその魔法だかなんだか分からないやつで僕の洗脳も焼き切ってくれ。その後も言動が変わらなかったら証拠になるだろう?」

「いいけど、お前の脳とか内臓とかも全部焼き切れるぞ」

「……………………」


 親友はものすごーく何か言いたそうな顔になった。


「なんだよ」

「要するに君は僕に、証明できないことを証明しろと吹っ掛けているわけだ。勇者の末裔はいつの間に詐欺師の血まで取り込んでいたんだい?」

「それぐらいできないと許されないことをお前がしてるってだけだよ」


 詭弁は破壊して逃げ道を塞ぎ、挑発は無視する。

 アイアス以外の同期四人で編み出した、対吟遊詩人用の口論完封術だ。


「あークソ、君ってば僕の対策をし過ぎだろ……」

「言いたいことは終わったかロリコン」

「待ってくれそれだけは本当に違う! 僕はどっちかっていうと経験豊富な人にリードされたい側だッ!」


 アイアスは唾を飛ばして叫んだ。

 今までの流れの中で、最も激しく抵抗している。


「でも魔族と人間は寿命が違う、外見と年齢の差が大きい。この子が数百歳で、経験豊富っていう線もある。もしそうだったらお前どうなの?」

「それは――それは……それは、それは……ッ」


 何度もベッドの上の幼女魔族を何度もチラ見しながら、言葉を探すアイアス。

 最終的に覚悟を決めたのか、彼はぐっと息を吸ってから声を発する。


「性的に興奮します……ッッ」


 両手を固く握り、奥歯をかみしめながら、俺の親友はそうのたまった。

 友情は今日までだな……


「お前、騎士団に突き出すから」

「まさか魔族より先に僕を取り締まるつもりなのかい……!?」


 愕然とする資格はねえよ。

 もうこいつとは話にならないなと判断し、俺は立ち上がって魔族に近づいた。


「……?」


 俺と視線を重ねて、彼女はゆっくりと首を傾げる。

 警戒とか恐怖とかの感情は見えない。


「君は俺が怖くないのか?」


 正直、顔を合わせるたびに魔族からは恐怖されるか憎悪されるかの二択だっただけに、未だぼんやりとしている幼女の反応は新鮮だ。

 遭遇したことは当然ないだろうが、俺のことを知らないなんてあるのか? あっこれ自意識過剰っぽくてちょっと悲しくなってきた。


「……おじさまから、聞いたことがある」

「おじさま? ……アイアス、お前自分のことおじさまって呼ばせてるの? お前ほんと、マジでさあ」

「違う違う違うッ! 僕のことじゃない! そもそも僕はまだお兄さんだ!」


 アイアスが首をぶんぶんと横に振った。

 いよいよこの男、人間相手では飽き足らずそういう目的で女魔族を囲っているのかと疑いそうになったが、どうやら違うらしい。


「彼女の言うおじさまっていうのはつまり、彼女と一緒の共同体で暮らしている別の魔族のことだ」

「別の魔族? 一緒の共同体? ……なるほど」


 なんとなく、だが。

 大まかに予想がついてきた。


 だがこの予想が正しいのだとしたら、と考えただけで舌打ちが漏れそうになった。

 もしもそうなら、アイアスの野郎は想像をはるかに超えた厄介事に首を突っ込んでいることになる。


「この人は?」


 こちらの懸念などお構いなしに、幼女魔族は俺をじっと見つめた後に、アイアスへと問いかけた。


「ああ……こいつはハルート。僕の親友だよ」

「はるーと……」


 その名前には覚えがある、という様子で幼女魔族が数秒考え込む。


「おじさまが言ってた、ぴかぴか光る剣と、綺麗な茶色の髪の人……?」


 ああ、光る剣はないが勇者の末裔ハルートの特徴だ。

 どうやら、聞いたことはあるらしい。

 そして魔族が魔族に俺のことを伝える時の内容は、大体想像がつく。


「逃げろとか……そういうふうに言われていたんじゃないのか」

「ううん、おじさまは、見かけても普段通りにしなさいって」

「……?」


 想像とは違う言葉が続いた。

 俺はてっきり、逃げろとか、あるいは、死んでも殺せと教えているものだと思ったのだ。


 これだけ幼い魔族ってことは、始祖……魔王から、魔族を生み出す能力をもらった個体が最近生み出したはず。

 始祖種は放っておくだけで敵勢力を拡大させる厄介な存在なので、見かけたら片っ端から殺していた。しかし、さすがに全滅させることができたわけではない。


「この子を産みだした始祖種とは顔見知りなのか?」


 俺はほとんど確信をもってアイアスに尋ねた。


「ああそうだ。僕は始祖種からこの子の面倒を見るように言われてね」

「訓練をしろってことか? まさかオミケに連れて行ったわけじゃ……」

「違う違う、訓練してるわけじゃないし、オミケにも連れて行っていない」


 ならば、何のために。

 視線で問えば、親友は頭をかきながら荷物を見た。


「もう数日は王都に滞在して、彼女に人の暮らしを覚えてもらいたかったんだ」

「それは……」

「いつか、その中に、違和感なく紛れ込むためだよ」


 俺は首を横に振った。


「お前、あまり舐めるなよ。そんな潜伏用の個体を育成しているなんて、騎士の前に引っ張り出せば、首を何回刎ねられても足りねーぞ」

「そうじゃない。完全な和解とか、共存とかは無理でも……人間たちからひたすら逃げ回らなくてもいいようにしてあげたいんだ」


 俺は彼の切実な言葉に目を細めた。

 魔族と仲良くするべきだっていう人間は一定数いる。

 たいていの場合は外患誘致に終わるか、そいつ自身が食われて終わりかなのだが。


「君は、殲滅するべきだって言うだろうけど――」

「いいんじゃないか?」

「ええっ!?」


 人間と魔族は分かりあえない。

 その理由は単純明快、魔族には遺伝子レベルで『人間を殺し人間が造ったものを破壊する』という行動原理が刻まれているからだ。

 もっと言えば、その行動原理に逆らうことのできる魔族はいまだ発見されていないからだ。

 即ち。


「本当にその魔族が大人しいのなら、殺す必要はない」


 確証の得ようがない話に思える。

 だが俺の親友が、吟遊詩人にして屈指の魔法使いであるアイアス・ヴァンガードが、そこで大きな判断ミスをするとも思えない。

 本人の『洗脳されていない』という言葉が真実なら、だけどな。


「俺を説得できる確信がないから伏せようとしたんだが……まあ百パーセントの説得力がなくてもいいんじゃないか?」

「……ッ」

「俺を巻き込みたくない、とか考えてるのならもう遅いぞ。お前がこれ以上の関与を断るのなら、元パーティメンバーの魔法使いを呼んでこの魔族の暮らす集落の位置座標を割り出して勝手に突撃するから」


 まあ魔法使いの居場所分かんないんだけど。完全なブラフではあるんだけど。

 俺の言葉を受けて、進退窮まった様子でアイアスが黙り込む。窓の外でカラスが鳴く声が虚しく響く。

 しばしの沈黙を挟んで、彼は意を決したように口を開く。


「ハルート、僕は、材料を、提示できるかもしれない」

「どうやって?」

「ついてきてほしいんだ」

「どこにだよ」

「彼らが……人類に敵対的ではない魔族が暮らしている集落にだ」


 そう言って、アイアスは俺をじっと見つめる。

 俺は即座に頷いた。


「分かった、行くよ」

「……ッ!」


 アイアスは俺の手を取って、頭を下げた。

 俺はそこで肩から力を抜いて、親友の後頭部を冷たく見下ろす。


 さっきの話から推測できる内容は大まかに当たっていた。

 魔族の集落があって、そこにこいつは出入りしていて、仲良くできるかもしれないと思っている。




 つまり俺は――アイアスが騙されていたのなら、その集落を殲滅する。

 一匹残らず殺し尽くし、夢物語ではなく、現実の世界を守る。

 それが勇者の末裔としての仕事というわけだ。









 ……心の奥底のどこかで。

 それがどうか真実であってくれ、楽園の存在を示してくれと誰かが叫んだ気がしたけど。

 馬鹿なやつが言いそうなことだと、俺は聞かなかったことにした。





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