オミケお疲れ様でした!
あるオミケ参加者たちの会話。
「悪いお待たせー、別棟の島回ってたら時間食ったわ」
「全然待ってないから大丈夫だよ。僕はそもそもオミケ午後から来てるしさ」
「お前まだ朝起きれないのか……学生の頃と変わってないじゃん……」
「朝起きれる人間の方が間違ってるってずっと言ってるでしょ?」
「だから留年しかけるんだよ……」
「まあまあいいじゃないか。それよりオミケどうだった?」
「あー……なんか今回、すげえうるさかったな」
「そう? 遅れてきたけど、僕は普段通りだと思ったなあ」
「いや爆発音とか地震とかあってさ」
「うるさいで済ませていい事態じゃないでしょ」
「今回はサークル参加落ちちゃったんだけど、なんか会場入りする時にランダム転移魔法でサークル主を遠方に飛ばして集団戦闘やらせてたって聞いたんだよ。ちょいちょい空きスペースあると思ったらそこで脱落したらしい」
「騎士団の試験でもやってた?」
「それにさあ、ハルート先生……先生? まあハルートさんのスペース激混みだったんだよなあ。名物の詩人アイアスさんの新刊なんて一冊売れる前に全部燃えたらしい」
「ああ……今回ハルート様が参加する理由、やっぱアイアス先生をとっちめるためだったんだ……」
「こればっかりは自業自得としか言えんね」
「サークル参加で正規の手順を踏んだだけ良心がある、僕なら普通に闇討ちしてる」
「まあ俺は目当てのブツをゲットできたから良かったんだけどな」
「お、飲みながら戦利品の見せあいでもするかい?」
「ああ。今回はリザード姦界の巨匠ザ・パンツ監督のトリガロンレインボーリザードのアダルトビデオが無事買えてさあ」
「僕らの道は……もう交わらないかもしれないね……」
「急に何!?」
◇
『本日は当即売会にお越しいただきありがとうございました──』
会場にオミケ終了のアナウンスが響く。
俺とアイアスの間で起きたいざこざから数時間経過した後だ。
とっくの昔に本は完売していたものの、会いに来る人が絶えなかったため俺はブースにて待機し続けていた。
地味に俺の顔を知っている人って少ない気がするので、結構な数の人が『ヘェェ~~』とか『ホワ~~』とか俺の顔を見てよく分からん声を上げていた。
まあ気持ちは分かる。勇者の血筋を継いでいるだけあって整ってるしな。それも半端ない整い方だ。
ゲス顔の練習が本当に大変だった。原作ハルート、よくこの顔でカスの小悪党そのものみたいな顔をできてたよ。
そして最大の目的であったアイアスに関しては、無事身柄を確保できた。
在庫もエリンが処分してくれている。
ここに来た目的はすべて果たしたと言っていいだろう。
で、その主犯というか、最大の目的であったアイアスの野郎は今、完全に拘束して転がされていた。
意識は未だ取り戻していないのだが、まあブレイブハート卿の体当たり(体当たりというか交通事故アタック?)が直撃しちゃったらこうもなろうよ。
「にしても、おいどんのせいでハルートさんのご友人に怪我させてしまうとは……本当に申し訳ないでごわす」
「ああ、全然大丈夫だよこれぐらい」
「一応、おいどんにとっては恩人でごわすけど」
「恩よりも害の方が多いだろ、与えられたものとしては」
「それは……否定できないでごわすな……」
気まずそうにしているブレイブハート。
今は諸国を漫遊しているという彼だが、遠征慣れしている元聖騎士なだけあって、旅も慣れたものといった風格がある。
なんていうか……こう……あの……凄い装備が整ってるランニングしてる人みたいな……(語彙消失)。
「で、何しに来たん? 本?」
「ええ、そうでごわす。会場に入ったら遠方に転移されてびっくりしたでごわすよ」
ああ……アイアスのやつ、多分一般入場客相手にも自動転移仕掛けてたんだろうな……
ただ強いだけで会場入りをめちゃくちゃ遅らせてくるの、シンプルに迷惑過ぎる。狙いは分かるけれどもさ。
「じゃあサインと握手する?」
「ヒョッ」
ブレイブハートの呼吸が止まった。
盛大に脂汗を流し始め、目が左右に揺れる。
こいつが事件現場にいたら犯人で間違いないな。
「いやもう一回戦ってるぐらいだし友達だしさあ……」
俺はブレイブハートが持っていた本をひったくってサインをすると、やつの両手を掴んでブンブン振った。
「えっあっちょちょちょちょちょ」
握手した手を呆然と見つめながら、ブレイブハートが完全に放心状態になってしまった。
正直、まだ騎士でいてくれたらこの場でアイアスを突き出すまである。
迷惑行為にもほどがあるからな。
だが今の彼は騎士を辞めた後である。
ここでとっ捕まえたとしても、ブレイブハートが私人逮捕系youtuberになるだけなんだよな。詩人だけにw
「んじゃ俺らは撤収するかな。打ち上げ来る?」
「あ、あああああいいいいいえええいえいえいえいえいえ、おいどんがお邪魔するわけにはいかないでごわす! さ、流石にここでお暇させていただくでごわすよ」
というわけで、挙動不審になりながら元聖騎士はそそくさと去っていった。
気持ちは分かる。
恐れ多いって感情が勝つよなあ、そういう時……
「じゃあ俺らも帰るか……あ、その前にこいつをなんとかしないと」
縛って転がしてあるアイアスの処置は、俺たちに一任されてしまった。
運営サイドに突き出してみたところ『円滑な運営に必要なことは全部してもらったし結果として会場内の大混乱は最低限に抑えられたので、契約は満了とします。さようならと伝えておいてください』と言われたのだ。
これナチュラルに切り捨てられてるよなこいつ。まあ人間性を考えればやむなしか。
「ねえねえセンセ」
「ん?」
適当に服を脱がせて大通りに放置しておこうかな……と真剣に悩んでいると、エリンが俺のすそを遠慮がちに引っ張った。
「アレって一体全体、どういう魔法なの?」
「アレって……?」
「センセの勇者ビームを真っ向から削ってたやつ」
「ああ、こいつの凶悪分解転移魔法か」
確かに初見だと反則に見えるよな。
とはいえこれも結局、魔王を完全に滅ぼすことができない魔法なんだけど。
ていうか俺の勇者ビームのこと、生徒からも勇者ビームって呼ばれてるんだけど。ウケる。
俺は大まかに、転移魔法を極小サイズで発動させ、魔法陣と接触した物質のみを転移させている魔法であること……要するには敵を分解して分子単位に還元するバカ魔法であることを説明した。
話を聞いたエリンたち三人組の表情は、かなり渋いものだった。
「つっよ……」
「普段使ってる魔法が子供の遊びみたいに思えてくる……」
「独自構築魔法ってこういうヤバいのあるのが怖いよね♡」
ブレイブハートという上位層を知っていても、アイアスという超上位層を見た衝撃は打ち消せないようだ。
……いやそれ言ったら超上位層の頂点に君臨する俺を見まくってるんだから慣れてほしいわ。
冷静に考えろ! こいつのチンケで賢しい転移魔法ビームより、俺の勇者ビームの方がレアだしカッコいいぞ!
「えっと、先生」
「うん?」
「これが基準として正しいのかわからないんだけど……この魔法って上級魔族を倒せるの?」
シャロンの問いかけに、俺は腕を組んで唸った。
意外といい質問かもしれない。
想定しているのは恐らく、適当にブッパして、上級魔族を防御ごと分解して、という楽なルートのはずだ。
俺が今まで遭遇したことのある上級魔族を考えてみると、うーん。
「明確に無理だろうなっていう個体はいるけど……相性なのか単なる強さなのかは微妙だな。むしろ、相手を倒すっていうか、防御用に絞って活用する方が勝率上がるかも……」
攻防自在な印象の強い魔法ではあるものの、本当に攻防の両天秤にかけてしまうと効果が半減するのが痛しかゆしといったところか。
敵の攻撃を分解することに注力するなら、かなり戦い様はある。
だが、敵本体を分解して一発勝利! という未来は、マジで強い魔族連中相手を想定するならそこまで見えない。
アイアスもそういう使い方をあんまりしていないしな。
「勝ち筋を作るっていうより負け筋をなくす使い方の方がいいかなあ。でも独自構築で切り札にするような魔法が、その扱いじゃちょっと不満だよなあ」
「ボロボロに言うんだね、センセ……」
「事実だからね。いつかみんなが自分のオリジナル魔法を組むにしてもこれはちょっと参考にしてほしくない」
俺と違ってこの男の魔法は本当に参考にならない。
学生のころはその変態っぷり……もとい、独自構築の尖り方に揃ってドン引きしたものだ。
『えっ……ちょ、アイアスさあ……その魔法って……』
『ああハルート、君もビンビンに感じるだろう? この構築式の美しさと来たら、乙女の柔肌に勝るとも劣らない』
『ハハハ!
『通報の準備だけはしといた方がいいなこれ』
『おっとこれは心外だな……僕は美しい詩を追及しているだけさ。いくら強かろうとも美しくない魔法じゃ抜けないだろう?』
『なんだコイツ』
『イグナイトはともかく、プリンセスには到底聞かせられない言葉だな……というか一応私も女なんだが……』
今思うと本当にキショいなこれ。
「う……?」
そんなことを考えていると、俺たちの足元でゆっくりとアイアスが目を開けた。
周囲の様子をうかがってから、やつは俺に対してふっと微笑む。
「どうやら……負けた、みたいだね……」
「お前もうちょっと真面目な戦いの後にそれしてくんない?」
同人誌即売会で戦った後の表情と台詞じゃねーんだよ。
「そう言うなよ親友……ま、あ記憶が確かなら随分と不本意な決着のつき方だったけど……」
アイアスは舌打ちを一つすると、するりと立ち上がる。
「え!? 拘束は!?」
「舌打ちで切らせてもらったよ」
驚愕するエリンの目の前で、アイアスの体を縛っていた拘束用ロープが細切れになって地面に落ちる。
本当に器用な奴だ。舌打ちの音波に斬撃の特性を付与していたんだろう。
「お前のおかげで散々な目に遭ったよ。どう落とし前をつけてくれるんだ?」
「ごめんよ」
両手を合わせて、アイアスがパチッ☆とウィンクをした。
「チッ」
「ちょっと親友? 人の謝罪を見て舌打ちはないだろう?」
「謝罪として成立してねーんだよ」
どの国にアイドルみてえなポーズして謝った扱いになる文化があるんだよ。
顔がいいからサマになってるのは認めるけど、それが逆に神経を逆なでするんだよ。
俺だけではなくエリンたち三人も、その光景に頬をひきつらせている。
自分にとって不利な空気であることを感じ取ったのか、アイアスは唇を尖らせた。
「まあいいや。とりあえず謝罪も済んだことだし帰ろうか」
「それ謝罪した側が言うんですか!?」
驚愕に目を見開き叫ぶエリン。
気持ちは分かるよ。図々しいとかそういうレベルじゃないよなこれ。
「なんだよ、賠償金でも払えっていうのかい? でも僕、この瞬間はガチの一文無しなんだぜ。収入のアテは君が焼き払ったし」
「うっ……」
「いやエリン勢いに負けないで。あれ焼くのは正しいんだから」
押されている様子のエリンに、慌ててシャロンがフォローを入れる。
だがアイアスは不満げな表情のまま、指を一本立てた。
「何故そんなことを言うんだい? この世界に焼かれていい本なんてあるはずがないだろう!」
この詭弁星の王子がよ。
生徒たちに、こんないくら会話したところでメリットのない存在とやり取りさせるわけにはいかん。
俺はずいと身を乗り出してやつに顔を近づける。
「お前のそれは本になり損なっている紙束だろ」
「クソッ君に真面目なことを言い返されると腹立つな!」
俺の個人情報駄々洩れのゴシップ記事をまっとうな本を認めるわけがねえだろ。
「じゃあお前、もう本出すなよ。いや本は出していいけど、俺のことを扱うな」
「そんな……! 貴重な収入源なんだぞ!?」
「親友の個人情報を収入源にすんなって言ってんだよ馬鹿が!!」
俺とアイアスは互いの胸ぐらをつかんで、至近距離で唾を飛ばし合う。
こいつ、もう一回ぶっ飛ばしてやろうか……!?
「あー……はいはい、せんせい落ち着いて~」
パンパン、と手を叩くクユミの言葉に、俺たちは揃って顔を向けた。
「二人とも、多分積もる話もあるとおもうし~? ちょっと場所変えよっか~♡」
そう言って彼女は周囲に視線を巡らせる。
撤収作業中の他サークルの皆さんが、こちらにちらちらと目を向けている。
みんな俺とアイアスを見て、スケッチブックにものすごい勢いでペンを走らせている。
「……これなんで俺たちスケッチされてんだ?」
「ハハハ! なんでだろうねえ!? 次はこれで金取るか……」
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